99 目指すのはただ一つ
ふと気がつくと、俺はまた真っ白な八層にいた。
「クラリスさん?」
彼女はすぐ隣に寝そべっていた。繋がったままの手から体温が伝わってくる。そのことに俺は安堵する。
「クラリスさん、起きて」
「う、うーん……あれ? ここ……八層? 私たち……魔王を倒したと思ったんだけど」
「俺もそうだと思ったんだけど」
俺とクラリスが不思議に思っていると、
「はい。見事、完全に魔王を滅ぼしました。ほかの魔族も活動を止め、消えていきました。これで二度と復活することはないでしょう。ありがとうございました」
神々の声が聞こえた。
「そうですか……それはよかった」
「うん! 本当によかった!」
二層にいる前世の妹も、塔の外にいる家族も、これで無事だ。
あと問題なのは。
「俺とクラリスさんは、まだ生きているんですか?」
「はい。魂を半分ずつ使うというのは我々も想定していなかったので、これからどうなるかは分かりません。しかし今は生きています」
「そうか……ごめんね、クラリスさん。俺は二度目の人生だからいいけど、もし寿命が半分になっていたら……いや、もっと短くなったかもしれない」
「なに言ってるのラグナくん! 一緒に塔のてっぺんに来たのよ! それどころか魔王を倒すって凄いことを成し遂げたのよ! 私、達成感でいっぱいなんだから!」
クラリスはキラキラした瞳で叫んだ。
それを見て俺は笑ってしまった。
「そうだね。うん、実のところ、少しも申し訳ないと思ってないんだ。やり遂げた……全部、終わった!」
大きな喜びと、とてつもない疲労感。
両方が心地いい。
「あなたたちは魔王を倒してくれました。そこで、我々の力が及ぶ範囲で、望みを叶えたいと思います。寿命を延ばすのは無理ですが――」
「望み? 今はとにかく、家に帰って風呂に入りたい……いや、とにかく寝たい」
「私も……ラグナくん、一緒に寝よぅ」
クラリスは俺にしがみつき、寝息を立てた。
つられて俺の意識もまどろんでいく。
「分かりました。では一層まで転送しましょう。しかし、それだけでは働きに見合った報酬とは言えません。あなたたちが望むものを我々が予測し、近いうちに贈りましょう」
その声を最後に、俺の意識も眠りの世界に沈んでいった。
△
そして三年が経った。
俺は十一歳に。クラリスは十七歳になった。
あれから魔王も魔族も現われる気配はない。
俺たちは特に健康を害することもなく、塔の外でのんびりとした生活を送っていた。
もちろん遊んでばかりいるのではない。たまに天墜の塔に行ってアイテムを入手し、冒険者として真っ当に働いている。
それでも二層から先に行くつもりはない。
最上層に辿り着いた反動なのか、もう大冒険はいいという気分だった。
クラリスと二人で過ごせるなら、それでよかった。
ところが、ある日。
「ねえラグナくん聞いた!? ついに七層を超えて、八層に辿り着いた冒険者が出たんだって!」
「へえ。その人はガッカリしただろうね。苦労して辿り着いたのに、あの真っ白でなにもない空間なんだから」
「それがね! 私たちが行った八層と全然違うんだって! なんか、青空が広がってて、それで小さい島が空に浮かんでるんだって! それで、強いドラゴンがいて近づけないけど、九層への転送門も見つかってるらしいの!」
のんびりとした気分は吹き飛んだ。
もう大冒険はいいなんて言ったのは誰だ。
八層がまるで別のものになった。九層への転送門が見つかった。なら更にその先があるかもしれない。
俺はふと、神々の最後の言葉を思い出す。
――あなたたちが望むものを我々が予測し、近いうちに贈りましょう。
それが、これか。
確かに望むものだ。望むところだ。
要するにこれは、神々から俺たちに対する挑戦状なのだ。
すぐに俺とクラリスは冒険の準備を始めた。
お互いの家族から「まあ、そのうちこうなると思っていた」「むしろ、よく三年も大人しくしていた」と呆れられつつ、出発を了承してもらった。
「それにしてもラグナくん。三年経っても、まだ私の身長を抜けなかったわね。うふふ」
「なんだよ……あと何年かしたら追い越すからね。お姉さんぶれるのはそれまでだよ」
「どうかなー。ラグナくん、大人になってもあんまり大きくなれなくて、かわいいままな気がするなー」
「そんなわけないでしょ」
この三年で、俺はちゃんと背が伸びた。
けれどクラリスも成長した。手足がスラリと伸び、とても大人っぽくなった。美人に磨きがかかり、毎日顔を合わせているのにドキリとしてしまうほどだ。胸はそんなに成長しなかったので、そこは安心だけど。
実のところ、美人のお姉さんに子供扱いされるのも悪くない。
背を追い越すまで、この関係を楽しもう。
……本当に追い越せるよな?
些末な不安を覚えつつ、俺たちは天墜の塔の前に到着した。
昔と変わらず空高くそびえ立つそれを見上げながら、俺たちは宣言する。
「さあ、行こう、クラリスさん。何層まであるか分からないけど」
「うん! 私たちが目指すのはただ一つ!」
「「塔のてっぺん!」」
これにて完結です。
『婚約破棄されたので死霊術を極めたら、なぜか冷徹王子に溺愛されました』という作品を連載しています。
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