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95/99

95 終わりの始まり

 ファングとの戦いで、アレクスがクリスティアナを庇って負傷した。

 動かせる状態ではなかった。

 クリスティアナはアレクスを世話するため六層に残った。


 俺たち三人は四層の教団本部に戻る。

 アンガスとカーリーの容態は、かなりよくなっていた。戦闘はまだ無理だが、歩く程度なら支障ないらしい。


 俺とクラリスは、七層に行く前に、塔の外にある家に帰ることにした。

 アンガスとカーリーも連れて行く。


「では、私の転送魔法でお送りしましょう」


 フレイユの転送魔法は、層を跨ぐことができない。

 しかし転送門までは一っ飛びだ。俺が全力で走るよりも更に速い。

 フレイユに一層まで送ってもらい、久しぶりに塔の外に出る。


 そして俺は実家に。

 クラリスは両親を連れて叔父の家に。


「じゃあね、ラグナくん。明日そっちの家に遊びに行くから!」


「うん。楽しみにしてるよ」


 実家に帰ると、父さんも母さんも跳びはねるほど驚いていた。そして俺を抱きしめてくれた。心が温かくなった。

 そして兄のデールも「無事に帰ってきたか……まあお前は強いから特に心配はしていなかったけどな! ふん!」と素直とは言いがたい態度で歓迎してくれた。


        △


 六層のとある宿。

 傷を負い動けずにいるアレクスを治療するため、クリスティアナは一番いい部屋を借りていた。


「さあ、アレクス。包帯を取換える時間よ」


「……申し訳ありません、クリスティアナ様。お手を煩わせてしまって」


「なにを言ってるの。あなたは私のものなのよ、アレクス。自分のものを大切にするのは当たり前のことでしょう」


 そう冗談めかして言ってから、クリスティアナはアレクスの寝間着を脱がせ、古い包帯を取っていく。

 アレクスは女性と見紛うほど整った顔立ちで、長身だが細身。まさに優男といった風体だが、こうして裸にすれば引き締まった肉体だと分かる。

 この鍛えられた筋肉も、無数に刻まれた傷も、全てクリスティアナを守るために存在する。


 自分はお姫様で、アレクスは騎士。

 なにがあってもアレクスはクリスティアナを守ってくれる。

 ファングとの戦いでも、彼は命を賭して盾になってくれた。


 なぜ彼がそこまでしてくれるのか?

 それは、かつて娼館で店主と客に言われるがまま、クリスティアナを犯そうとした贖罪。

 クリスティアナはもうとっくに許しているのに。

 アレクスは自分を許せずに、命を捧げようとしている。

 それが可愛くて仕方ない。

 クリスティアナは壊れそうなアレクスが大好きだった。


「ねえ、アレクス。あなたの全ては私のものよ。だから命を懸けて私を守りなさい。けれど死んでは駄目よ。ずっと私のお世話をしなさい」


「相変わらず無茶を仰る……しかし、承りました」


 アレクスはうっすらと笑って答えた。

 その瞬間、宿の外から爆発音が聞こえてきた。

 同時に無数の悲鳴。


「な、によ……この気配は」


 クリスティアナは言葉を詰まらせる。

 何事にも動じない女を演じてきたが、このときばかりは演技ができなかった。


 誰かが戦っている。

 ここは六層だ。最精鋭の冒険者たちが集まる場所だ。

 なのに誰もソレを倒すことができない。

 人の気配がどんどん少なくなっていく。


 ぐしゃり、ぐしゃり。

 肉を潰す音が廊下からする。


 ソレは壁を壊して部屋に入ってきた。

 闇そのものだった。

 人の形ではない。獣の形でもない。

 ボンヤリとした暗闇があり、その表面に無数の眼があり、そして大きな口があった。

 口からは人間の腕が一本、飛び出していた。よく見ると、指先がまだ動いている。

 口の中から「助けてくれッッッ!」と声が聞こえた。


 ばりばりばり。

 闇は咀嚼する。血が床に零れた。


「殺ス……全員殺ス……全部壊ス……ソレデ俺ガ、サササ最強強強強……」


「その声、ファング……?」


 クリスティアナは言葉にしてから、すぐに違うと確信した。

 確かにこれはファングの魂を核にしているだろう。彼が集めた魔王のカケラも全て混じっている。しかしファングだった部分は、ほとんど残っていない。

 クリスティアナも魔王のカケラを持っているから分かる。

 全方位への殺意。万物に対する破壊衝動。

 これは、もはや魔王そのものだ。


「クリスティアナ様!」


 アレクスが起き上がろうとしている。

 絶対に起き上がれない傷なのに、クリスティアナを守るため、包帯に血を滲ませながら力を込めている。

 それを見てクリスティアナは、体の芯が熱くなった。


 魔王の体の一部が触手のように変形して伸びてくる。

 回避できる速度だ。

 しかし避けたら後ろにいるアレクスが殺される。


 自分だけがこの場から逃げ出せたとして、アレクスがいない時間を生きるのか。

 それを想像したクリスティアナは、くるりと身を翻し、アレクスの顔を見た。


「たまには私が守るのもいいかもね」


 そう微笑んで、そして口から血が溢れ出した。

 背中から貫かれ、内臓を破壊されたのだ。


「クリスティアナ……様……?」


「ねえアレクス。私ね、あなたのこと好きだったのよ。みんなの前でするのは嫌だけど、二人っきりなら抱かれてもよかった。ううん、抱いて欲しかった。なのにあなたったら、あれから手を出してこないんだもの。私のこと大切にしすぎ。お姫様だって、たまには乱暴にされたいのよ」


 ああ、言ってしまった。

 照れくさい。

 アレクスの顔をまともに見られない。

 いや、見えない。視界が暗くなっていく。

 全身から力が抜けていく。

 死ぬんだ、と分かる。


 けれど、起き上がれないはずのアレクスが起き上がって、最後に乱暴に抱きしめてくれた。

 奴隷として育てられ、悪党として生きた自分にとって『もったいないくらい幸せな最後だ』と思いながら、クリスティアナの命は終わった。


 その日。六層から町が一つ消えた。

 生き残りはいない。

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― 新着の感想 ―
[一言] …もはや小説ではなく、粗筋とダイジェストの中間ですね…。 作者さん、この作品を仕上げる気力が尽きて、思い入れのあるとこだけ書いて済ませることにしたのかしら?
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