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90 縮地十連

「んー? 遠い上に気配が固まりすぎて分かりにくいですが……あそこのモンスター、全て憑依されてます?」


 フレイユは目を細めて言う。

 彼女は印を持たずに生まれてきたのでレベルがなく、当然、ステータス鑑定スキルも使えない。古代魔法で魔族の気配を察知しているだけなので、俺やアンガスほど詳細に分からないのだ。


「ええ、見える範囲は全て。三十匹ほどでしょうか。俺たち三人なら楽勝でしょう」


「俺一人でもいいくらいだぜ。ただし、魔王のカケラ所持者が出てこなければな」


 と、アンガスが言う。

 そうだ。俺たちはただの魔族を倒しに来たのではなく、魔王のカケラの気配を追ってきたのだ。

 その戦闘力は、かつてクリスティアナと敵対したときに思い知っている。

 古代魔法を覚えた今の俺でも、油断できる相手ではない。


「まあ、ここで見ていても始まりません。まず私が一撃を放つので、ラグナさんとアンガスさんで突撃しちゃってください」


 フレイユは杖を空高くかざし、一気に振り下ろす。

 すると光の矢のシャワーが集落に向けて飛んで行った。

 モンスターたちは素早く反応し、回避行動を取る。

 それでも何匹かに光の矢が命中。

 すると黒いモヤが取れ、通常のモンスターに戻ってしまった。

 フレイユが古代魔法で魔族を祓ったのだ。

 すると魔族に支配されたモンスターたちが、祓われたモンスターを攻撃し始めた。

 その隙を突き、俺とアンガスが突撃する。


 アンガスは教主フレイユの側近という立場ながら、使える古代魔法は一つだけ。

 身体強化の魔法だ。

 彼はレベル61だ。その筋力と俊敏性を古代魔法で更に強化すれば――瞬間的にはレベル99の剣聖ラグナさえ凌駕する恐るべき膂力を発揮する。


「うおりゃぁぁぁぁっ!」


 雄叫びとともに丘から飛び降り、剣を振り下ろしながら集落に突撃。

 クレーターが形成され、周りの魔族が吹き飛んだ。


 続いて俺も集落に飛び込む。

 使うのは古代魔法『縮地』だ。あたかも地面を縮めたかのような急加速をする技であり、相手との距離を一気に詰めて斬撃を放てる。しかも連続使用が可能。俺にピッタリの古代魔法だ。


「縮地十連!」


 俺は何度も別方向に加速し、アンガスが吹き飛ばしたモンスターを全て斬り裂いた。


「……何度見ても縮地の連続使用は神業だな」


 アンガスはため息交じりに言う。


「本当です。私なんて一度使っただけでも早すぎて目を回しそうになるのに。この半年で剣聖ラグナの力を思い知りました」


 浮遊魔法でふわふわと近づいてきたフレイユも俺を賞賛してくれた。


「そんなに凄いですか? 誰もやろうとしなかっただけで、練習すればできると思いますけど。多分、三十連くらいはいけますって」


「「無理無理」」


 アンガスとフレイユの声が重なる。

 そうかなぁ?


 俺が首を傾げていると、壊れかけの建物を完全に壊しながらモンスターがアンガスの背後に現われた。

 縮地でその胴体を斬ろうとしたが、その必要はなかった。


 一人の少女が現われた。

 彼女は、月光に照らされた長い銀色の髪と、スカートと、そして黒い翼をはためかせ――すれ違いざまに翼でモンスターの首を両断。

 父親の危機を見事に救ったあと、建物の瓦礫に着地する。


「もう、お父さんったら油断しちゃって!」


 腰に手を当て、誇らしげにクラリスは言う。

 かつて彼女は魔王のカケラを暴走させ、俺に襲い掛かってきた。

 黒い翼を生やした姿は、そのときを思い出させる。

 しかし今は完全に自分の意思で動いている。

 クラリスは魔王のカケラを制御するのに成功したのだ。


「クラリス……! 無事だったか! いやぁ、しばらく見ない間にまた大きくなったなぁ!」


 アンガスは娘に走り寄り、抱き上げてグルグル回る。


「ちょ、ちょっとお父さん! 半年しか経ってないんだから、そんなに大きくなってないって」


「そうか? しかし、前に再会したときは抱っこできなかったからな。ほーら、高い高い!」


「わーっ、やめてよ、恥ずかしい!」


 クラリスはジタバタともがく。

 だがアンガスは言うことを聞かず、娘を小さな子供扱いした。


「あらあら。あなたったら。クラリスはもう十四歳になったのよ。ちゃんとレディとして扱ってあげなきゃ。しかも好きな人の前なんだし。ねえ、クラリス?」


 クラリスの母親カーリーが現われ、微笑みながら言った。


「お、お母さん、そんな、好きな人の前だなんて……で、でも確かにラグナくんに見られるの恥ずかしい……はわわ」


 クラリスは顔を真っ赤にしたので、俺もなんだか照れくさくなる。


「……ちっ!」


 アンガスは不機嫌そうに娘を地面に降ろした。


「ラグナくーん!」


 クラリスは背中の翼を消し、俺に抱きついてきた。

 半年経っても身長差はかわらず、俺の顔は彼女の胸元に押しつけられた。安心すべきか落胆すべきか、相変わらず丸みの足りない胸だった。


「クラリスさん! 魔王のカケラを制御できるようになったんですね! クリスティアナやアレクスに酷いことをされませんでしたか!? というか、あの二人は今どこに!?」


 俺はつい早口で質問を並べてしまった。


「うん、大丈夫。修行は厳しかったけど、酷いことはされなかったよ。お母さんが見張っててくれたし。クリスティアナやアレクスは、用があるってどこかに行っちゃった。ラグナくんこそ、びゅんびゅん素早く動ける古代魔法を覚えたんだね! 見てたよ!」


「見てましたか」


「うん! すっごく格好良かった!」


 クラリスは俺を抱きしめる腕にますます力を込める。

 俺もこうして再会したことや褒められたのが嬉しくて、クラリスの腰に腕を回した。

 だが――。


「へえ……へえ! 人目を気にせず抱きしめ合うなんて、想像以上にお熱い関係ですね。それもご両親の前で。どう思われますか、カーリーさん、アンガスさん」


 フレイユは口元を手で押さえるが、ニタニタしているのが指の隙間から分かった。


「あらぁ。私は別にいいと思いますけど? クラリスはもう十四歳ですし。逆に、ラグナくんのご両親に申し訳ないかも? うちのクラリスのせいでおませさんになっちゃって」


「なにを言うんだ母さん! ラグナは前世を足すと俺たちよりずっと年上なんだぞ! フレイユ様はどうしてそうクラリスとラグナの間を煽るんですか!」


「えー、だって二人ともかわいいので。かわいい二人が恋してるのはかわいいじゃないですかー」


「フレイユ様、それ分かるー」


 とフレイユとカーリーは意気投合。

 アンガスは頭を抱える。


「もう! みんなそんなに見ないでよ……恥ずかしいでしょ!」


「だったら離れたらいいだろ!」


 娘の言葉にアンガスは反論する。

 しかし、クラリスは俺を抱きしめたままだ。


「だって……半年ぶりだから離れたくないし……」


「あ、俺もです……」


 俺たちがそう答えると、フレイユとカーリーが黄色い悲鳴を上げた。

 アンガスがなにか言いたそうにしているが、しかしモンスターはまだ集落にいる。

 話はそれらを全滅させてからだ。

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