89 半年の修行
四層は昼のない、常夜の世界だ。
夜の闇に紛れるためか、暗い色をしたモンスターが多い。
逆に、光を放ってほかのモンスターを誘き寄せ、捕食するモンスターもいる。
太陽の光がないのでまともな植物は育たず、岩肌ばかりだ。
しかし、常夜だからこそ育つ特殊な植物がまばらに生えている。薬の材料になるので、それを目当てに集まった冒険者たちが作った集落がいくつかあった。
俺が前世で訪れた集落は、どれもさほど大きくはなかったが、四層の強力なモンスターから身を守るため、分厚い壁で覆われていた。
神聖祓魔教団の本部は、そんな四層の人目につかない谷間に建っていた。
まるで城のように立派な建物だった。
四層にこれほどの建造物を作れるというだけで、教団の持つ力が強大だと分かる。
教主フレイユは信者たちに俺を、剣聖ラグナの生まれ変わりだと紹介した。
俺が七層に最初に辿り着いた者だと誰もが知っていたらしく、とても歓迎された。悪い気はしなかった。
だが、次の日から始まった古代魔法の勉強は、なかなか過酷だった。
古代魔法とは――塔に由来しない本来の魔法。
それを習得するには、まず魔法の知識を学ぶ必要があるのだ。
塔の魔法なら魔導書に手をかざせば簡単に習得できた。しかし古代魔法は、しっかり魔導書を読み、理解しなくてはならない。
机に向かって何時間も勉強するのは、手の皮が剥けるまで剣を振り続けるよりも遙かに忍耐を使った。
そして古代魔法の実戦形式の訓練では、容赦なくボコボコにされた。
特にクラリスの父親アンガスは、明らかな敵意を持って俺を痛めつけてきた。
しかし、俺もかつては剣聖と呼ばれた男。
古代魔法にかんして素人でも、反射神経では誰にも負ける気がしない。
相手の魔法を避けながら観察し、技を盗む。
――そして半年が経った頃。
「ラグナさん。一つ、仕事を頼まれてくれませんか?」
と、フレイユが俺に話しかけてきた。
「なんですか、フレイユさん。お世話になっているんですから、俺にできることならやりますよ」
「そう言って頂けると思っていました。実は、とある集落が音信不通になったという報告が入りました」
「音信不通?」
「その集落の近くではムーンメタルという鉱物が採れるのですが、そのムーンメタルをほかの集落や別階層に売りに行く商人が現われなくなったんだとか。そして、その集落に向かった人も帰ってこないらしいのです。一緒に偵察に行ってくれませんか?」
フレイユは指で方角を示す。
それを目で辿った俺は、ふと嫌な感じを受けた。
「……なにか、ただならぬ気配を感じますね」
「おや? さすが半年も修行しただけありますね。あの気配を感じ取れましたか。私も感じます。おそらく魔王のカケラ保有者かと。クリスティアナも気配を掴んでいるでしょうから、クラリスさんを連れて来ているかもしれません」
「なるほど! 確かに、もう約束の期限ですからね!」
お互い半年の修行期間という約束だった。
実のところ、俺はここしばらく、クラリスと再会するのを楽しみにしていた。
「ふふ。ラグナさん、本当にクラリスさんが好きなんですね。顔に書いてありますよ」
「……からかわないでください」
この半年でよく分かったが、フレイユは神聖祓魔教団の教主という立場でありながら、恋バナが大好きだった。
俺の前世の情報と同じくらい――あるいはそれ以上に――俺とクラリスの話を聞きたがる。
若い女性なので仕方ない。だが今の俺の精神年齢は彼女よりもっと幼いので、年上の女性に恋の話をする形になる。非常に恥ずかしい。
「よし。出発するか」
教団本部の出口でアンガスが待っていた。
「なんだ、その顔は。クラリスが来るかもしれないんだ。俺も行くに決まってるだろ!」
かくして俺は、やたら恋バナを振ってくる年上の女性と、恋人の父親の三人で旅をすることになった。
それでも、もうすぐクラリスに会えるかもと思えば耐えられる。
「フレイユさん。転送魔法で集落まで一気に移動できないんですか?」
「残念ながら、行ったことのない場所には行けません。それよりもラグナさん。あの日は、本当にキスして抱き合っただけなんですか? もっと凄いことはしなかったんですか?」
「こら、ラグナ。クラリスに手を出してたら、お前の前世が剣聖でもただじゃおかないぞ!」
「……」
この調子で二日かけて目的の集落を見下ろす丘に到着した。
集落を守るはずの壁は崩れ落ち、建物もほとんど崩壊している。
そして集落の中を多数のモンスターが徘徊していた。
馬よりも大きなトカゲやムカデなどだ。
ただのモンスターではない。どれも黒いモヤをまとい輪郭線がボヤけている。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
名前:クラヤ▓オオトカ▓
説明:魔族に憑依されている。
名前:ヤミ▓ノ▓カデ
説明:魔族に憑依されている。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ステータス鑑定スキルを使うと頭痛に襲われた。
そして名前のところに走るノイズ。
間違いない。
あそこにいるモンスターたちは魔族に乗っ取られているのだ。
『婚約破棄されたエルフ男爵令嬢は、実家で宇宙艦隊を作り無双する ~優しい教え子たちが領地に駆けつけてくれました~』という新作をはじめました。
広告の下のリンクから飛べます。よろしくお願いします。




