87 再会と別れ
三年も空けてしまい申し訳ありませんでした。
完結まで書きためたので更新再開します。
駆け足気味なところもありますが、ご容赦ください。
朝日が昇るとともに目を覚ました俺の視界に、クラリスの横顔が入ってきた。
俺たちは同じベッドの中で一夜を明かした。
とはいえ俺の体はまだ七歳だから、ナニかしようとしてもできないわけで、ただ身を寄せていただけだけれども。
気持ちは確かめ合えたと思う。体温は覚えたと思う。
「クラリスさん。朝だよ」
「ん、ん……」
肩を揺すると、クラリスはうっすらと目を覚ました。
「あれ……ラグナくんと同じベッド……? 何で……私、昨日……昨日……っ!」
俺と目が合った彼女は、起きて早々、頬を朱に染めて布団の中に隠れてしまった。
「クラリスさん?」
「恥ずかちぃ……」
消え入りそうな声が聞こえてくる。
可愛いな、と素直に思った。
どうして俺は、この人が好きだともっと早く気づけなかったんだろう。
本当に子供だ。
俺も一緒に布団に潜って、ぎゅーっとクラリスを抱きしめた。
しばらくそのままでジッとして、改めて一緒に起き上がった。
そして昨日、クリスティアナやフレイユと話し合った部屋に行く。
すでにフレイユはそこにいた。
それと、見知らぬ二人。
一人は赤い髪の男性。かなりガッチリした体格で、実戦で鍛えた筋肉だと見ただけで分かる。両手持ちの大剣を背負っており、その眼光から優れた剣士の気配がする。
もう一人は銀髪の女性。かなりの美人で、どこかで見たような顔立ちをしている。身の丈ほどもある長い杖を持っている。おそらく魔法を主体に戦うのだろう。
二人とも二十代半ばから三十歳くらいに見えるが……同じ特徴を持った人物たちを俺は最近、探し回っていたような……。
「お父さんっ、お母さんっ!?」
クラリスは叫ぶ。
やはり、そうだったか。
アンガス・アダムスと、カーリー・アダムス。
二年半前に『天墜の塔』に入ったまま行方不明の、クラリスの両親。
「え、え!? 何で……夢?」
クラリスは目をゴシゴシ擦る。
だが俺にも見えているから、夢でも幻でもない。
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名前:アンガス・アダムス
レベル:61
・基礎パラメーター
HP:566
MP:19
筋力:377
耐久力:503
俊敏性:548
持久力:395
・習得スキルランク
ステータス鑑定:B ステータス隠匿:C
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名前:カーリー・アダムス
レベル:60
・基礎パラメーター
HP:324
MP:637(+50)
筋力:214
耐久力:301
俊敏性:345
持久力:418
・習得スキルランク
炎魔法:B 氷魔法:B 風魔法:C 土魔法:C 光魔法:A 回復魔法:A
ステータス鑑定:B ステータス隠匿:C
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ステータス鑑定を使っても、やはり名前が一致している。
それにしても……この人たち強いぞ。
三層どころか五層でも通用するレベルだ。
クラリスから以前、両親はレベル3だと聞いていたのだが……。
たった二年半でレベル60まで上げるには、よほど効率よくやらないと無理だ。ほとんど不可能といっていい。
おそらく、クラリスの前から失踪した時点で、かなりの高レベルだったはずだ。
「夢じゃないぞ、クラリス。本物のお父さんとお母さんだ」
「そうよ。もうクラリスったら、こんなところまで私たちを追いかけてきちゃって……ごめんなさい。二年以上も家を空けたままにして……心配したわよね」
「本物……? 本当に、お父さんと、お母さんだ!」
クラリスは叫んで、涙をにじませて、そして両腕で二人を一遍に抱きしめた。
彼女の両親は優しい表情で、娘を抱きしめ返す。
「どうして? どうしてここにいるの? 伝言所のメッセージを見たの? あれ? でもメッセージにはこの場所は書いてないし……」
クラリスは疑問を沢山口にする。
俺も全く同じ質問をしたかった。
この再会は喜ばしいことだ。クラリスの悲願なのだから。
しかし、あまりにも唐突で不自然。
俺は椅子に座ったまま澄まし顔を浮かべるフレイユを見つめ、説明を促した。
「ふふ。実はアンガスさんとカーリーさんは、神聖祓魔教団の一員なのですよ」
「ええっ!?」
クラリスはすっとんきょうな声を出すが、俺はむしろ納得した。
二人がここにいる理由はそれくらいしか思いつかない。また、生きているのにクラリスのところに長い間帰らなかったのも、神聖祓魔教団として活動していたからだろう。
神聖祓魔教団は魔族と戦うための組織だ。
そして魔族は近年、活動を活発にしているという。
「ついでに言えば、二人とも私の側近です。ラグナさんのことは六層と七層で知りましたが、クラリスさんの話も二人から聞いていました」
フレイユの側近なら、金を払って伝言所にメッセージを書く必要はなかったかもしれない。いや、しかし、フレイユ自身が伝言所で俺たちを見かけて追いかけてきたらしいから、やはりメッセージに意味はあったのか。
「クラリス。しばらく見ない間に背が伸びたなぁ。あと、ますます母さんに似てきた」
「本当ね。ふふ、私そっくりの美人だわ」
「二年半も経ってるんだから、背くらい伸びるわよ。でも、お父さんとお母さんはあんまり変わってないわね」
「お父さんたちは大人だからな。それに気合いが入ってるから老けないんだ!」
「ふふ。気合いは関係ないけど、若いって言われるのはいいことねぇ」
と、しばらく親子水入らずの会話をしてもらう。
それが落ち着いてから、フレイユは今後の話を始めた。
「もうすぐクリスティアナが来ると思いますが……ラグナさんとクラリスさんは結論が出ましたか?」
「……俺は神聖祓魔教団で古代魔法を学ばせてもらいます」
「私はクリスティアナのところで魔王のカケラの制御方法を勉強するわ」
俺たちは昨晩出した結論を口にする。
「賢明な答えを出していただき、ありがとうございます。ではラグナさんは私とアンガスさんと一緒に、四層にある本部に来てもらいます。クラリスさんはカーリーさんとともにクリスティアナのところへ」
俺がクラリスのお父さんと一緒に?
何だろう。別にやましいことはないが……ちょっと緊張する。
「お母さんと一緒! でもお父さんは来ないんだ……」
クラリスは嬉しさ半分、がっかり半分といった複雑そうな声を出す。
「ごめんなさい、クラリスさん。本当は親子を引き離したりしたくないのですが……さすがに精鋭二人を両方ともあなたにつけるわけにはいかないので……」
「……いいわ。私、一人でも行くつもりだったから。お母さんが来てくれるだけでも、凄く心強い!」
話がまとまったところで丁度、クリスティアナが昨日のように窓から入ってきた。
「はぁい、みんなが大好きなクリスティアナよ。あら? 人数が増えてるわね」
「クリスティアナ。クラリスさんはあなたと一緒に行くそうです」
フレイユが説明する。
「そう。決断してくれたのね」
「あなたの望み通り、ラグナさんは私が預かります。ただし、そちらにはカーリーさんを同行させますよ」
「ええ~~? カーリーは嫌いじゃないからいいけど。私、そんなに信用ないの?」
「はい」
フレイユが短く耐えると、クリスティアナは頬を膨らませた。
「失礼しちゃうわ。私が何をしたっていうのよ」
「かなり悪事を働いていると思いますが」
うむ。
俺と初めて会ったときも、いきなり襲いかかってきたしな。
信用度はゼロだ。
だから俺はクラリスがクリスティアナのところに行くのが不安だったのだ。
その点、クラリスのお母さんが一緒なら、まだ安心できる。
「私は可愛い女の子に酷いことなんてしないわよ。イタズラくらいならするけどぉ。ま、カーリーは美人で目の保養になるから、邪魔しないならついてきてもいいわよ。それにしても……クラリスちゃんとカーリーって、似てない?」
「ふふ。似てて当然よ。私たち、親子だから」
カーリーがそう答えると、クリスティアナは「あら」と言って口元を押さえる。
「そうだったの。奇妙な縁ね。え、じゃあ父親はアンガス? ……こんなごつい男の血が混じってもクラリスちゃんみたいな美少女が生まれるなんて、カーリーの血は濃いのね」
「ァあっ?」
クリスティアナの言葉を聞いたアンガスは、ドスのきいた声を出す。
……確かに、クラリスの父親には見えないな。
あ、いや、こんな失礼なことを考えてはいけない。
「あはは、こわーい。ねえ、クラリスちゃん、カーリー、早く行きましょう。あんまり長いこと留守にしてると、アレクスが寂しくて暴れちゃうし」
そう言ってクリスティアナはクラリスの手を引く。カーリーは娘にぴったりついて行く。
クリスティアナは一枚の札を懐から取り出した。
昨日、フレイユが俺たちを砂漠からこの部屋まで転送するのに使ったのと、同じ物に見える。
「あ、待って……ラグナくん、お父さん。行ってきます!」
「クラリスさん……いってらっしゃい!」
「クラリス、頑張れよ。母さん、頼むぞ」
俺とアンガスはクラリスにそう応える。
もっと色々言おうと思ったけど……言葉は昨日、沢山交わした。
しばらく会えないが、二度と会えないわけじゃない。
だから、これでいい。




