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82 千年前からの歴史

「色々とツッコミどころにあふれていましたが……今の話のおかげで、あなたが剣聖ラグナであると確信が持てました。これで安心して話を先に進めることができます」


「それはよかった。このまま俺の昔語りを続けることになるのか心配しました」


「それはそれで気になるところですが。私はあなたたちを神聖祓魔教団に勧誘しに来たんです。私の話を聞いてもらわないと」


「勧誘、ですか。そういうのは間に合ってるんですけど……」


 俺はクラリスと一緒に塔を登っていく。

 今のところ、パーティーや組織に属するつもりはない。

 仲間がいるのは心強いが、多すぎると自由に動けなくなる。

 下手をすると足を引っ張り合って、歩みが遅くなることさえある。

 俺はそうやって崩壊していったパーティーをいくつも見てきた。


「まあまあ、そう仰らずに」


 フレイユはそう言って神聖祓魔教団の歴史を語り出した。

 別に入団したくはないが『天墜の塔』よりも古いという組織の歴史には惹かれるものがあるので、俺は耳を傾けることにした。


 いわく――。

 神聖祓魔教団の発祥は千年以上前まで遡る。

 古代魔法を現代に伝える、唯一無二の魔法結社である。

 ラグナたち印を持つ者たちが使っている魔法は、塔のシステムを使った擬似的な魔法に過ぎない。

 教団が使っている古代魔法は、世界の法則を歪める真の魔法だ。

 塔と無関係であるがゆえに、無印の者でも使うことができる。


 ただし古代魔法の使い手が増えすぎると、世界の歪みが大きくなり、さまざまな異変が起きる。

 かつての魔法使いは、世界の歪みをまるで気にせず、好き勝手に魔法を使っていた。


「異変って例えばどんなことが起きるんです?」


「そうですね。記録に残っているのだと、歪みが大きくなった地域で犯罪が急増したり、死産ばかりになったり、疫病が蔓延したり、天変地異が起きたり――」


 そういえば『天墜の塔』が墜ちてくる前、この世界は地震や水害、疫病などで大変なことになっていたと言い伝えられている。

 何か関係があるのだろうか。


「やがて世界の歪みが後戻りできないほどに達したとき、空の彼方から歪みを好む存在がやってきたのです。それは――魔族」


「魔族? 魔族は『天墜の塔』のモンスターじゃないんですか?」


「あら? ラグナさんたちはすでに魔族と接触しているんですか?」


 フレイユは目を丸くした。

 どうやら俺たちの監視を始めたのは今日からというのは本当らしい。


「一層と二層で一度ずつ。異常なモンスターだとは思っていましたが、まさか塔と無関係な存在だったとは……」


「無関係ではありませんが、魔族は『天墜の塔』よりも古くからこの世界にいます。と、偉そうに言えたことではないんですけどね。なにせ私たちの遠い先輩方の魔法で呼び寄せてしまったのですから――」


 フレイユは自嘲気味に笑い、また話を続ける。


 この世界にやってきた魔族たちは、魔法使いを食い殺し、他の人間も食い殺し、あらゆる生物を食い殺そうとした。

 そして彼らは宣言する。

 この世界は魔族が支配する、と。

 古代魔法によって歪みに歪んだ環境は、魔族にとってこの上なく居心地のいいものだったらしい。


「古代魔法で世界を歪めた魔法使いは自業自得だけど、どうして他の人まで支配されなきゃいけないのよ」


 クラリスはムスッとした顔で言う。


「ええ、その通りだと私も思いますよ。当時の魔法使いたちもそう考えたのでしょうね。彼らは神々に祈り、そして歪みを消す『調律』という技を授かりました。魔法と調律を同時に使うことで、世界がそれ以上歪まないようにしたのです。そして魔族と戦うための組織、神聖祓魔教団が設立されました。魔族との戦いには、天上世界の神々も参戦してくださいました。そしてついに、魔王を含めた魔族たちを全て、地下深くに封印することに成功したのです」


 魔族の封印に成功したあと、魔法使いたちは世界各地の歪みを調律して回った。

 研究の結果、歪みが自然発生することもあると知り、それも調律した。

 また魔法使いの数が増えすぎないよう、その情報を秘匿する。

 おかげで世間一般では、魔族との戦いはただのおとぎ話だったということになった。


「けれど魔族を封印してから五百年後。神聖祓魔教団では調律しきれない歪みが発生しました。原因は分かっていません。誰かが大きな魔法を使ってしまったのかもしれないし、自然発生したのかもしれません。とにかく、その歪みによって地中の魔族が復活し始めました。同時に天変地異や疫病も再び世界を襲います」


「それが今から千年前?」


 俺は尋ねる。


「はい。当時の神聖祓魔教団は、次々と地上に現われる魔族を倒しましたが……魔族は封印されていた間に力を増していたようなのです。千五百年前の戦いには勝利できたのに、千年前は劣勢でした。いえ、敗色濃厚であったと記録されています。そしてついに、魔族の王が地中から顔を見せました。あのまま魔王まで復活していたら、千年前に人類は滅びていたかもしれません」


「でも私たちはまだ生きてるわ。どうして魔王は復活しなかったの?」


 クラリスは首を傾げる。


「それはご存じでしょう? 私たちが今いるこの巨大ダンジョン『天墜の塔』が墜ちてきたのです。それも今まさに復活しようとしていた魔王の頭上に」


「それで全ての天変地異は収まり、魔族は再び封印されたってこと?」


「ええ、そうです」


「ふーん。めでたしめでたしってことね」


 クラリスは単純に納得してしまう。

 しかし俺はむしろ緊張していた。


 フレイユの話に出てきた魔王。

 そしてクラリスの中にあるという魔王のカケラ。

 この二つが無関係とは思えない。


「めでたしめでたし……ええ、確かに大きな危機は去りました。ですがご存じのように、世界の土壌はいまだ汚染されています。神聖祓魔教団は世界の歪みを全て調律し、世界を元に戻そうと試みました。ですが、土壌の汚染は歪みによる現象ではありませんでした」


「え、違うの?」


「はい。何かこう……地の底から毒が湧き出してきているような……おそらく地中の魔族たちの仕業なのでしょう。その毒を消すには、塔で手に入るアイテムを使うしかありません」


「そうか……どうして塔の周りだけでも調律してくれないんだろうと思ったけど、あれは歪みと関係なかったんですね」


「ええ、私たちの力が及ぶ状況ではありません。幸い、土壌を浄化するには一層のアイテムで事足りるので、塔の周りに住む人々が生きていくのに問題はありません。ですが地中に封印された魔族が地上に影響を及ぼしているということは、二度目の封印がとても弱いことを意味しています。そして塔が墜ちてきて以来、私たちの祈りは神々に届かなくなってしまいました。それ以前は魔力を持った者が深く祈れば、神々が応えてくれたと記録に残っています。ですが今の神聖祓魔教団には神々と対話する力はありません。おそらく『天墜の塔』は、神々が魔族を再封印するために送ってくださったものでしょう。しかし、そのせいで神々に何かが起きたのでは? そして封印のために、なぜ塔が必要だったのでしょう? その内部が巨大ダンジョンになっている理由は? 私たちはいまだに何も分かっていないのです。この千年間、塔を調べても手がかりさえ見つかりませんでした。しかし、上ってこいと言わんばかりに建てられた塔。もし答えがあるとすれば……」


「最上層」


 俺が短く呟くと、フレイユは頷いた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 魔族の死骸が毒になるのだから、魔王の死骸が大地を汚染したのか。 神々が居たのなら、魔王を倒せる天墜の塔なんて物を作って魔王の頭上に落とせるのは神々くらいだと思うけど。
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