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81 マグマオオガメの話

「さっきも言ったけど、六層はマグマだらけなんだよ。マグマって分かる?」


「分かんない」


 クラリスは首を横に振る。

 無理もない。俺だって六層に行くまでマグマを見たことがなかったのだし。


「だよね。えっとさ……ドロドロに溶けた真っ赤な岩って言えばイメージできる?」


「岩が溶ける……? そんな氷じゃあるまいし」


「気持ちは分かるけど、もの凄く高温にすると溶けるんだよ。それが川みたいにその辺を流れてるんだよ、六層は」


「真っ赤でドロドロの岩が川みたいに……え、じゃあ六層ってメチャクチャ暑いの?」


「マグマの近くはね。それ以外の場所は……三層と同じくらいかな」


「メチャクチャ暑いってことじゃないの!」


「でもHPが減るほどじゃないから」


 マグマのすぐ近くだと暑い(、、)というより熱い(、、)。ダメージとして判定されHPが減っていく。マグマの中に潜れば、それはもう常に炎魔法を喰らい続けているようなものだ。レベル99であっても、数分で死んでしまう。


「それで、六層には大きなマグマの湖があるんだ。周りにモンスターが沢山いるんだけど、黙って立ってるだけでHPが減っていくから狩り場として不人気だった。でも、六層に到達した冒険者は誰もが一度はその湖を見に行く。なぜなら巨大な亀が住んでるからだ」


「亀って、あの甲羅がある生き物でしょ? 池とかに住んでる奴」


「うん。亀自体は塔の外にもいるよね。それを山みたいに大きくしたのが、マグマの中をノシノシ歩き回ってるんだ。もの凄い光景だよ」


 俺の説明を聞いたクラリスは、腕を組んで考え込む。


「……想像できないわ」


「六層まで行けば実物を見られるから、お楽しみに。で、その亀はマグマオオガメっていうんだけど、ずっとマグマの中にいるから誰も近寄ることさえできない。でも冒険者ってのは何事も試さずにはいられない人が多いから、なんとかマグマオオガメを倒せないかと遠距離攻撃を繰り返していた」


「それで倒せたの?」


「いや、無理だった。ダメージを与えられたかどうかも分からない。マグマオオガメは同じところをグルグル歩き続けるだけだった。ちなみにステータス鑑定で見ると『このカメは倒す対象ではない』って表示される。だから多分、どんな威力の攻撃をしても無駄なんだと思う」


「へぇぇ、倒せないモンスターってのもいるのね。まあ、同じところをグルグル回ってるだけなら危険もないし、無理に倒す必要もないと思うけど」


「それでも倒そうとする人はいたけどね。あんまり何度も攻撃していると亀も怒って暴れ出す。するとマグマの洪水が起きて大変なことになる」


「前世のラグナくんもマグマオオガメを倒そうとしたの?」


「倒したかったけど、俺は剣士だからね。まず近づくのが難しかった」


「そうよね。じゃあ諦めたの?」


「まさか。近づくため、足場を作るところから始めた。まず大きな岩を集めて、マグマの湖に投げ込む。それで足場ができるから、何個も何個も投げて橋を作る。直接マグマに足を入れなくてもHPはガリガリ削れていったけど、たまに回復魔法を使ってやれば耐えられないほどじゃない。そうやって亀に近づいて、甲羅に飛び乗った。甲羅は結構でこぼこしてるから登るのは簡単だったよ。ただ寄生虫みたいなのが住んでて、たまに攻撃してくるのがウザかったけど。で、甲羅の上まで上ったら、そこから亀を攻撃してやろうと思ってたんだけど……なんとそこで転送門を見つけてしまった。もう亀どころじゃない」


「へえ、凄い! でもラグナくん以外には誰も甲羅を上ろうって人はいなかったのかしら?」


 クラリスが不思議そうに言う。

 実は俺も疑問に思っていた。他に思いつく冒険者がいてもよさそうなものだが、どういうわけか酒場でこのアイデアを話すと周りの冒険者から「できるわけがない」と笑われてしまった。

 なぜなのか?


「そんなことする人、他にいるわけないでしょう。まさかそんな方法で甲羅を上っていたなんて……」


 突然、フレイユが呆れた声を出した。


「あの湖の周りは、六層でも特に強いモンスターが出るところじゃないですか。そんなところで岩を投げて橋を作っていたって……よくそんな余裕ありましたね!?」


「ああ。だからモンスターと戦いながらの作業だった。さすがの俺も辛かったですよ。攻撃を全て避けてもマグマの熱さでHPが減っていくし……」


「だから誰も真似できないんですよ……」


「そういうもんですかね? ところで俺が作った岩の橋は、二年後にどうなってました?」


「マグマに流されたのか亀に蹴飛ばされたのか分かりませんが、跡形もありませんでしたよ」


「まあ、そうでしょうね。じゃあフレイユさんたちはどうやって甲羅の上に辿り着いたんですか?」


「私たちは、ほら。空を飛べるので」


 フレイユは胸に手を添え、自慢げに言った。


「え、ズル……」


「うん。ズルいわね……」


 俺とクラリスはフレイユへ批判的な視線を向ける。


「ズルくはありません! それが古代魔法の力なのです! それにあの亀、甲羅の標高が二百メートルくらいあったじゃないですか。あの高さまで飛べるのは、神聖祓魔教団の中でも極一部の精鋭だけなんですよ」


 なるほど。それで発見が俺より遅れたのか。


「ところでラグナさんは、転送門の先にいた門番を一人で倒したんですか……?」


 フレイユは、ふと思い出したという様子で尋ねてきた。


「当然、倒しましたよ。そうしないと七層に行けないので」


 するとフレイユは天井を仰いでしまった。なにがそんなにショックなんだろう。


「ねえ、門番って? 図書館を守ってたゴーレムみたいな奴?」


「あれとは違うかな。五層から六層に行くときもそうなんだけど、転送門に入ると次の階層に移動する前に『中間の部屋』と呼ばれる場所に出るんだ。そこにはかなり強いモンスターがいて、そいつを倒さないと先に進めない。それが門番。六層と七層の中間にいた門番は、炎の巨人だった。いやぁ、強かったね。一対一でなら七層のモンスターよりも強かったかもしれない」


 俺は昔を懐かしみながら語る。

 炎の巨人とは十時間くらい戦い、ギリギリのところで勝利を収めた。

 本当に興奮した。

 自分こそが世界最強だと本気で思った。

 まあ、その先の七層で死ぬんだけど……。


「私たちは十人がかりでようやく倒したというのに……たった一人で。それも剣技だけで……剣聖ラグナは頭がおかしいと六層で噂されていましたが、どうやら本当のようですね」


 フレイユがなにやらムッとした顔で俺を見てきた。


「嫉妬ですか?」


「そうですよ!」


 今度は逆ギレか。感情豊かな人である。クラリスとちょっと似ているかもしれない。


「ラグナくんって六層の他の冒険者からみてもメチャクチャ強いんだぁ……えへへ、自分のことじゃないのに嬉しいかも」


 と、クラリスは笑う。

 実に可愛らしい笑顔だった。

 ……あ。いかんいかん。

 ごく自然に彼女を可愛いと思ってしまった。

 だいぶやられているみたいだなぁ……。

おかげさまで七万ポイント達成しました!

ありがとうございます!


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