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80 前世の話

「なるほど。俺たちが知っている魔法とは別の魔法があるというのは理解しました。しかし、それはそんなに凄いものなんですか? もしそうなら神聖祓魔教団は『天墜の塔』で最強の集団として君臨していなきゃおかしい。けれど俺は、あなたがたが強いという話を聞いたことがない」


「秘密にしていますから、聞いたことがないのは当然です。でも教団の構成員の中には、正体を隠して普通の冒険者として活動している人もいます。ラグナさんたちもそうと知らずに接触しているかもしれませんよ?」


「なぜそうまでして古代魔法とやらを秘密にするんですか?」


「それは無論、危険極まる力だからです。しかし強力ですよ。なにせ私も五年前、七層まで行ったことがありますから。まあ、単独ではなく十人の集団の中の一人としてですけど」


「五年前? 前世の俺があそこで死んだ二年後か……」


 フレイユたちが七層に辿り着いたのが俺のあとであることに、少しだけホッとした。

 七層でモンスターに殺されそうになったのは今でも悔しい。

 それが更に、自分より先に七層に足を踏み入れた者がいるとなったら泣きそうになってしまう。


「はい。そこで私たちは剣士の遺体を発見しました。剣聖ラグナが六層から姿を消していたこと。遺体の装備品が剣聖ラグナと同一であったことから、剣聖ラグナの遺体だと断定しました。あのときは本当に驚きました。まさか神聖祓魔教団よりも早く七層に辿り着く者がいるとは思っていませんでしたから。そして私たちは七層を探索し、転生のナイフというアイテムを手に入れました。その能力はとても信じがたく、当然、試してみようという者はいませんでした。なにせ自分の命を懸ける必要がありますからね。そのあと私たちは、七層のモンスターの強さに恐れおののき、三人の犠牲者を出しながら撤退し、今に至るも転送門の近くをウロウロするにとどまっています」


 そうか。

 神聖祓魔教団も七層には手を焼いているのか。


「そして最近になって私は、クリスティアナから『小さな子供なのに六層の冒険者よりも強い剣士に出会った。その子はラグナという名前だった』と聞きました。それで、もしやと思って探していたんです。ラグナさん、あなた転生のナイフを使ったんですね?」


「……使いました。あのときはモンスターに取り囲まれて絶体絶命でしたから。転生でもしない限り、助かる道はなかったんです。もちろん転生できるという確証はありませんでしたが」


「でも、あなたはここでこうして私と会話をしています。転生のナイフの効果は、本物だったというわけですね」


「……使うつもりなんですか?」


「今のところ予定はありませんが。ラグナさんのおかげで、いざというときためらわずに済みます」


 フレイユは恐ろしいことを笑顔で言う。

 あまり人のことは言えないが、あのナイフを使うなんて正気の沙汰ではない。

 なにせ自分で自分を刺し殺す必要があるのだ。

 転生するのが確実だと分かっていても恐ろしい。


「ねえ。話を聞いてると、七層に行ったってだけで凄いみたいな感じになってるけど。六層と七層ってそこまで違うものなの?」


 ずっと黙って聞いていたクラリスが疑問を口にする。


「違うよ。七層のモンスターは六層とは桁違いに強い。でもそれ以前に、七層行きの転送門を見つけるのが大変だ。なにせ誰も場所を知らなかったくらいだ」


「へえ。じゃあもしかして七層行きの転送門を最初に見つけたのって前世のラグナくん?」


「もしかしたら俺以前に見つけた人がいるかもしれないけど、少なくとも俺は自力で見つけた」


「すごーい。そのときの話、聞かせてよ」


 クラリスは目を輝かせて話をせがんでくる。

 だが今は俺の話よりもフレイユの話を聞くべきときだろう。


「私も気になりますね。あの転送門をどうやって見つけたのか。たんなる好奇心だけでなく、その話を聞けば、あなたが剣聖ラグナであるという確信が深まります」


 ところがフレイユまで俺の話を聞きたいと言い出した。


「なんだ。まだ信じてなかったんですね」


「念には念を入れて、というやつですよ」


「そういうことなら……クラリスさんのために、まずは『天墜の塔』の全体像から語ろうか――」


 一層、草原が広がる。

 二層、湖や川が多い。

 三層、一面の砂漠。

 四層、常闇の世界。

 五層、凍てつく極寒。

 六層、マグマ地帯。

 七層、入り口付近は一層に似ていた。ただしモンスターの強さは別次元。

 八層から先、存在するのかさえ不明。


「これが各階層の大雑把な特徴だ。上に行くほどモンスターが強くなるけど、五層と六層は環境そのものも強敵だった。だから探索が上手く進まない。七層行きの転送門が見つからなかったのは、そのせいなんだ」


「ふむふむ。で、六層のどういうところにあったの? ずっと誰も見つけられなかったってことは、よっぽど変な場所にあったの?」


「まあ、変な場所だね」


 俺がそう言うと、


「確かに、変な場所でしたね」


 と、フレイユが笑いながら同調する。


「二人で分かり合ってないで私にも教えてよ」


「ごめん、ごめん。それはね、亀の上だよ。信じられないくらい巨大な亀の甲羅の上に転送門があったんだ」


「亀?」


 クラリスが首を傾げるのも当然だ。

 俺だって人からこの話を聞いたら容易には信じない。

 しかし事実なのだ。

 俺はそのときの話を詳しく語ることにした。

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