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76 オーツーグラス

 メルティゴの街は前世でも来たことがある。

 レベル上げの拠点として一ヶ月ほど滞在しただけなので記憶は曖昧だが、何とか伝言所に辿り着いた。


 伝言所の中はメッセージを貼るためのパネルがいくつも並んでいる。

 貼られている紙の数は千枚を超えるだろう。

 デタラメに貼ったのでは誰も自分向けのメッセージを見つけられないので、受取人の名前ごとに整理されている。

 とりあえずクラリスに両親からのメッセージがないか見るため、『ク』のパネルを見に行く。


「……ないわね」


 クラリスは肩を落とした。


「そう気を落とさないでよ、クラリスさん。俺たちがメッセージを貼るのが本命でしょ」


「分かってるわ。それにしても沢山あるわね。ねえ、ラグナくん。紙の大きさがそれぞれ違うんだけど、どうなってるの?」


「高い料金を払うと、普通よりも大きくできるんだよ。あと貼り出し期間も変えられるよ。最短は三日、最長で一年だったかな。ほら、隅っこにいつまでここに貼ってるか書いてある」


「本当だわ。私はとりあえず一週間くらいにしようかしら」


「うん。まずはそのくらいにしておこうか」


 俺とクラリスは受付に行って用紙をもらう。

 書き込む内容は『アンガス・アダムス様とカーリー・アダムス様へ。なかなか帰ってこないので塔の外から追いかけてきました。このメッセージを見たら返信ください。クラリス・アダムスより』だ。


「見つけてくれるかしら」


「この街にいるかどうかが問題だからなぁ……こればっかりは運だよ」


「そうなのよね……メッセージの貼り出し期間中、私たちはレベル上げ?」


「レベル上げもするけど、まずは魔法の練習をしよう」


「そっか。ラグナくん、雷魔法を覚えたもんね」


「クラリスさんもステータス鑑定を覚えたんだから、使いまくったほうがいいよ。何百回も使わないと、レベルアップしてもスキルランクが上がらない」


「分かってるわよ。すれ違う人を片っ端から見てるんだから。だいたいレベル10くらいの人が多いわね」


「ここは三層でも二層に近い場所だから、まあそのくらいだね」


「でもたまにレベル30を超えてる人も混ざってるわ」


「多分、上の階層の人が何か用事があって降りてきたんだろうね。特定の場所でしか手に入らないアイテムとかあるし」


「へえ」


 クラリスは人ごとのように返事する。

 しかし俺たちは、上の階層から降りてきたと思わしき奴らに二層で襲われたのだ。

 クリスティアナとかいう女はステータスがなかったので分からないが、アレクスはレベル99だった。少なくとも六層まで行かないと、それほどの経験値を稼ぐのは不可能だ。

 アレクスはまだ二十代に見えたが、どうすればその若さでレベル99になることができるのだろう。俺の知らないノウハウが発見されたのだろうか。実に気になる。


「あと、保留していた草の魔導書はクラリスさんが使ってよ」


「え、なんで? 私が二冊も使っちゃっていいの?」


「うん。草魔法ってどんなのがあったかなって前世の記憶を探ってたんだけど、炎魔法と草魔法の組み合わせが強力だったのを思い出した。クラリスさんは炎魔法を覚えてるからピッタリだ」


「そうなんだ。でも、どう組み合わせるの? 草って燃えちゃうじゃない」


「それはあとで説明するよ」


「むむ? もったいつけるわね」


 クラリスは唇を尖らせる。

 俺たちは昼食を取り、それから今夜の宿を決め、部屋に不要な荷物を置いてから街の外に出る。

 相変わらず砂漠ばかりの光景だ。

 しかし、おかげでモンスターを見つけやすいので、レベル上げに向いた地形といえる。


「まずは魔導書と契約して」


「おっけー」


 クラリスは草の魔導書に手を当て、MPを10消費して契約する。


「オーツーグラスってのを覚えたわ。えっと、消費MP4。太陽光の下で大量の酸素を吐き出す……? これの何が凄いの?」


「火ってのは酸素がないと燃えないんだよ。逆に言うと酸素が多ければ火は強くなる。つまり、そのオーツーグラスを使えば炎魔法の威力が上がるってわけ」


「へえ! じゃあさっそく使ってみるわね。オーツーグラス!」


 クラリスが杖をくるんと回すと、彼女の目の前に大きな草がニョキニョキと生えてきた。

 セイタカアワダチソウに似ている。あれも人間より高く育つが、オーツーグラスも負けず劣らずだ。

 そのオーツーグラスから、シューシューと気体が噴き出す音がする。

 もう酸素を作っているらしい。


「クラリスさん、あんまり近づかないほうがいいよ。高濃度の酸素って喉を痛めるらしいから」


「ラグナくんって本当に色々知ってるのね」


「前世で聞きかじった知識だからどこまで正確か知らないけどね」


 俺たちはオーツーグラスから二十メートルほど距離を取る。

 そしてクラリスはファイヤーボールをオーツーグラスに向かって発射した。

 いつもなら命中するとバンッと爆発し、その周りが炎に包まれる。

 今回は規模が段違いだった。

 ドッガァァンッと重低音が響き、鼓膜と下腹が揺れ、直径十メートルほどの爆発が広がる。火の粉が目の前まで飛んできた。


「あちち」


 クラリスが悲鳴を上げる。


「凄いな……五倍以上の爆発になってる」


 砂漠が抉れていた。オーツーグラスは燃えカスすら残っていない。


「凄すぎてビックリしたわ。でもこれって咄嗟には使えないわね」


「あらかじめオーツーグラスを設置してから敵をおびき寄せる、みたいな使い方をしなきゃ駄目だね。でも練習して発動速度を上げれば、目の前の敵にも当てられるかも」


「練習あるのみね。オーツーグラスにフレアファランクスをぶつけたらどんな威力になるかしら?」


「あと、オーツーグラスを何本も生やしたら凄いことになりそう」


「あ、それ強そう! やってみよーっと」


 そう言ってクラリスはオーツーグラスを生やしていく。

 あまり遠くには生やせないらしく、自分の体から三メートルほど先が限界だとクラリスは言う。

 やはり使い方を工夫しないとモンスターには当てられないな……と俺が考えているうちに、クラリスは十本もオーツーグラスを生やしてしまった。


「……やり過ぎじゃない?」


「自分でもそんな気がしてきたわ……MPはあと50……ま、余裕余裕」


「俺が言いたいのは残りMPの心配じゃなくて、爆発が強くなりすぎないかってことなんだけど」


「距離を取れば大丈夫でしょ……多分」


 俺たちはオーツーグラスの密集地から百歩ほど離れた。それでも少し不安だったのでもう百歩離れる。


「さすがにここまで爆発は届かないでしょ」


「まあね。逆にここから狙えるの? かなり距離があるけど……」


 目標はオーツーグラスそのものではなく、オーツーグラスたちが出す酸素だから、少しくらい狙いがそれても問題ない。

 だが、それにしたって遠い。オーツーグラスがとても小さく見える……。


「へーきへーき。フレアファランクス!」


 え!?

 ファイヤーボールじゃなくてフレアファランクスを撃つの!?


「クラリスさん、念のために伏せよう!」


「え、え?」


 俺は戸惑っているクラリスを引っ張り、無理矢理、地面に寝かせる。

 次の瞬間、大爆発が起きた。

 さっきのとは比べものにならない。

 寝そべっていても爆風が辛い。熱波が背中を通り過ぎていく。


「……伏せて正解だった」


 爆発が収まったあと、俺は顔を上げる。

 目の前にはドラゴンがすっぽり収まりそうな穴が空いていた。

 オーツーグラス十本とフレアファランクスで合計70のMPを使ったにせよ、この威力は凄まじい。むしろコストパフォーマンスがいいかもしれない。

 とはいえ、危ない。


「ひぇぇ……まさかこんな威力になるなんて……」


「伏せろと言った俺自身、ここまではと思わなかったよ。クラリスさん、オーツーグラスはもっと慎重に使うようにしよう」


「そうね……いやぁでも凄かった……怖かったけど……ドキドキしたわ……」


「うん。俺も正直、興奮した……」


 やはり大爆発というのは心が躍る。

 絶対に巻き込まれたくないが、遠くから見る分には何歳になっても楽しいものだ。


「ねえねえ、ラグナくん。マナヒールでMPをちょっと分けてよ。次はオーツーグラスを二十本生やすから……」


「うーん……その爆発、確かに見てみたいけど。今度にしよう。俺の雷魔法も試させてよ。あと普通にレベル上げもしよう」


「そっかー……それもそうよね。真面目に頑張ろうっと」


 クラリスは表情を引き締め、レベル上げをする決意を固める。

 それを見て俺は「偉い、偉い」なんて褒める。

 しかし実際は、二人のMPを限界まで使ってオーツーグラスの草むらを作りフレアファランクスを撃ち込んでみたいなぁ、なんて思っていた。

 我ながら子供っぽい。

 クラリスには絶対内緒だ。

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