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74 クラリスの両親の似顔絵

 図書館の外に出る直前、クラリスは振り返って辺りを見渡した。


「どうしたの?」


「いや……お父さんとお母さんも、この図書館に来たのかなぁと思って」


 クラリスは寂しそうに呟く。

 彼女の両親は、塔の三層に行くと言って家を出たきり帰ってこなくなった。

 それを探すためにクラリスは塔を上ろうと決めたのだ。

 両親の目的地だった三層に来た今、その痕跡を探そうとするのは当然だ。


「お金を払わずに魔導書を入手できる貴重な場所だからね。来た可能性は十分にある」


「そうよね。さすがに手がかりはなかったけど……お父さんとお母さんが来たかもしれないってだけで、私にとっては貴重よ!」


「来たかもしれないって意味だと、ドズの町が一番可能性が高いよ。だって転送門から一番近いし。二層から三層に来て、ドズの町を素通りするってのは考えにくい」


「そうなの? じゃあ、あの町で聞き込みとかしたら、お父さんとお母さんの目撃情報が出てくるかも?」


「可能性はあるね」


「そっか! じゃあ早く帰って聞き込みよ!」


 クラリスは表情を輝かせ、砂漠を早足で進んでいく。

 しかし彼女の両親が行方不明になってから二年半近くが経っている。

 仮にドズの町に来ていたとしても、よほど目立つことをしていない限り、人々の記憶には残っていないだろう。

 だが何事にも『万が一』ということがある。

 絶対に見つからないと思っていたものが、意外とあっさり見つかったりするのだ。

 その逆もあるけれど……。


 さて。

 大急ぎでドズの町に帰ってきたクラリスは、宿屋で両親の似顔絵を描き始める。

 紙を買う金がもったいないので、マジックブックのドロップ品である紙くずを拾ってきた。

 大きめのを選んだから人の顔くらいは描けるし、売っている紙より質がいい。


「よし。描けたわ」


 クラリスは俺に二枚の紙切れを見せてくる。


「……どっちがお父さんで、どっちがお母さん?」


「そんなの見れば分かるでしょ」


「分からないよ。人間を描こうとしたんだなぁというのが辛うじて分かるくらいで」


「ええ!? 私そんなに下手なの?」


「うん」


「断言した! 酷い! そんなに言うならラグナくんが描いてみてよ!」


「いや、俺はクラリスさんの両親に会ったことないし」


「言われてみれば……」


 そもそも似顔絵を描くというのは難しいのだ。

 もしクラリスの両親の顔を知っていても、素人である俺に描けるわけがない。


「似顔絵は諦めて、特徴を口で伝えようよ。まずご両親の名前は?」


 俺は拾ってきた紙切れを一枚手に取り、クラリスから情報を引き出そうとする。


「お父さんはアンガス・アダムス。お母さんはカーリー・アダムス。どっちも三十歳よ」


「なるほど。他に目立った特徴はある?」


「えっとね……お父さんは赤い髪。お母さんは私と同じ銀髪よ。お父さんは大きな剣を使って戦うのが好きだったから、まだ持ってると思う。お母さんは魔法が主体」


 体格。顔立ち。性格。仕草。性格。食べ物の好み――。

 思いつく限りを聞き出してメモしていく。


「クラリスさんの元気な性格はお父さん譲りで、外見はお母さんに似たみたいだね」


「そうだと思うわ。お母さん、すっごい美人なのよ。だから私も将来はすっごい美人になる予定なんだから」


「まあ、クラリスさんは今でも綺麗だからね。この調子でいけば美人になるのは間違いないね」


 俺が素直な感想を口にすると案の定、クラリスは真っ赤になった。


「も、もう……どうしてそんなこと言うの! 恥ずかしいでしょ!」


「クラリスさんがそういう反応すると思って言ったんだよ」


「年上をからかうなんて悪い子! えいえいっ!」


 クラリスは俺の頬をつまみ、ムニムニ引っ張ってきた。

 それでも俺がニタニタ見つめていると、クラリスはふてくされベッドに潜り込んでしまった。

 仕方がないので、俺も寝ることにする。

 魔法のランタンの明かりを消し、自分のベッドに入った。


 うつらうつらとしていると、もう寝たと思っていたクラリスがポツリと呟いた。


「ねえラグナくん……さっきのって全部が冗談だったの……?」


「全部って?」


「だから、その……私が綺麗……っての」


「それは割と本気で思ってるけど?」


 クラリスの容姿は整っている。

 それは十人中十人が認めるところだろう。

 子供なら照れ隠しに嘘をついて「やーいブス」などと言うのかもしれないが、二度目の人生を生きている俺は、綺麗な人にはちゃんと綺麗と言うのだ。


「そ、そっか……ラグナくん、私のこと綺麗だと思ってたんだ……えへへ。私もラグナくんのこと、可愛いと思ってるわよ」


「だから、男にとって可愛いはあんまり褒め言葉じゃないなぁ」


「あと、格好いいとも思ってるわよ……!」


 クラリスはそう言って頭まで布団を被り、隠れてしまった。

 よっぽど恥ずかしかったのだろう。

 そして俺も何やら顔が熱くなってきた。


 二層で妹のロミーから「クラリスをどう思っているのか」と聞かれて以来、俺は彼女に対して前と違う感情を抱きつつある。

 最初から『元気で綺麗な少女』くらいには思っていたが、異性として意識することはなかった。

 それが長いこと一緒に冒険しているうちに、どうやら俺は彼女に異性としての魅力を感じつつあるらしい。


 前世の俺は六十歳まで生きた。

 それが十三歳の少女に恋心を抱くなど、あってはならない。

 しかし生まれ変わった俺は、前世と同一人物とは言いがたいところがある。

 見た目どおり七歳の精神年齢とまではいかないが、この体にかなり意識が引っ張られている。

 そしてクラリスいわく俺は、前世の記憶のせいで大人びたところもあるが基本的には子供だという。


 なら、俺がクラリスを好きになっても問題ないのではないか?

 いやいや、やはり駄目だろうと前世の俺が言う。

 しかし七歳の俺は、クラリスが気になってしまう。

 まるで頭の中に人格が二つあるみたいだ。

 これまではずっと『天墜の塔』を上るという目的に向かって突き進んできたから、前世と今世の違いが表に出てこなかった。

 クラリスに恋心らしきものを抱いたせいで、まさかこんな問題が出てくるとは……。


 色々と考えているうちに、クラリスに向かって「綺麗」と発言したことまで恥ずかしくなってきた。

 これじゃただの七歳児だ。

 いかんいかん。

 早く眠って忘れよう。

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