56 食べ歩き
俺たちはまたゴンドラに乗って、露店が並ぶ場所まで移動する。
思えば、メヤームシティの露店で食べ歩くなんてこと、あんまりしたことなかったな。
冒険者として初めて行った町や村は珍しがって観光したが、ここは地元なので探索しようという気にならなかったのだ。
だから、俺も新鮮な気持ちで楽しむことができる。
「ラグナくん、あれ美味しそう! それも美味しそう!」
「はいはい。両方食べていいよ」
「やったー!」
クラリスは牛肉の串焼きを食べてから、豚肉入りコロッケを食べる。
間髪容れずにフライドポテト。
「あ、バナナだ!」
フルーツ屋の前でクラリスは立ち止まる。
「バナナなんて塔の外じゃ滅多に見れないのに、ここには沢山ある!」
「二層は一年を通して温暖だからね。塔の外に流れてくるバナナだって、二層から冒険者が持ち帰ったやつだと思うよ。ここはバナナの他にもグレープフルーツとか、マンゴーとか、色々ある」
「知らない果物だらけ! 一つずつくださいな♪」
「どんだけ食べるつもりなの?」
「半分にしてラグナくんにもあげるわよ!」
「いや。別に欲しいわけじゃないよ。俺は俺で食べたいもの食べてるし」
「そう? じゃあ遠慮なく全部食べる!」
「どんだけ食べるつもりなの……」
クラリスは道ばたのベンチに座り、バナナとグレープフルーツとマンゴーとパパイヤとアボガドとライチを、一つずつぺろりと食べてしまった。
「うぅ……もう食べられないよぅ……」
「アホかな?」
「アホじゃないもん……でも動けるようになるまで時間かかるから、もうちょっと待ってぇ……」
世話のかかる人だなぁ。
それでも年上のお姉さんか! あ、いや、本当は俺が年上だったな。
第二の人生に馴染んできたせいか、たまに忘れそうになる。
まあ、実際に体は七歳なので忘れてしまってもいいんだけど。
戦い方と、塔の攻略法さえ忘れなければ問題ない。
俺は姉を待つ弟の如く、隣に座ってぼんやり街を眺めた。
「ふぅ……消化完了!」
「どういう胃袋してるのさ」
元気に立ち上がったクラリスを見て俺は苦笑してしまう。
とはいえ、食べたのはほとんどフルーツだったので、少し休んで楽になっても不思議ではない。
それから俺たちは公衆浴場に行って旅の汚れを落としてから宿に帰る。
部屋に備え付けのパジャマがあったので、それに着替えることにしたのだが。
「ラグナくん、こっち見ちゃ駄目だからね!」
「それはこっちの台詞だよ。クラリスさん、近頃、怪しいから……」
冗談抜きで、本当に。
「怪しくないし! じゃあお互い背中合わせに着替えるわよ。それでいいでしょ!」
「いいもなにも、他にないでしょ」
というわけで、俺たちは別々の方向を向いて服を脱ぎ、パジャマを着た。
「クラリスさん、俺は終わったけど」
「待って、もうちょっと……オッケーよ」
振り返るとダブダブのパジャマを着たクラリスがいた。
なにせ部屋にあったのは大人用のパジャマ。まだ十三歳であるクラリスはサイズが合わないのだ。
つまり七歳の俺はもっとダブダブしている。情けない。
「ラグナくん、かわいい~~」
「別にかわいくないよ。ほら、寝るよ」
「怒ってる。かわいい~~」
何がかわいいものか。動きにくくて困る。
俺はズボンがずり落ちてこないよう手で抑えながらベッドに潜り込んだ。
クラリスも隣のベッドに寝転んだので、俺はゼンマイ式ランタンの明かりを消す。
「おやすみなさい、クラリスさん」
「おやすみ、ラグナくん」
暗くなった室内で、俺たちは天井を見つめる。
カーテンの隙間から、街灯の明かりが漏れてきた。
飲み歩いている人たちの声がかすかに聞こえてくる。
「ねえ、ラグナくんって、前にもこの街に来たことあるの?」
クラリスが話しかけてきた。
まだ眠くないらしい。
「あるよ」
「いつ?」
「うーん……何十年も前のことだよ」
「むー。ラグナくんは七歳なんだから、何十年も前のはずないでしょ」
「……前世の記憶があるって言ったら信じる?」
「前世の記憶? そう言えば前に、本当は六十七歳とか言ってたわね。その設定、まだ残ってたんだ」
「設定って……まあ、信じられなくて当然だけど」
「でも、前世の記憶があるって考えると、ラグナくんが塔に詳しすぎるのも納得いくし……」
「ちなみにパラメーターも前世から引き継いでる」
「ふむふむ。強い理由も納得ね……あれ? 前世の記憶って冗談じゃなくて本当なの!?」
クラリスは布団をバサッとめくりながら起き上がった。
「だから、そう言ってるじゃん」
「ええ……じゃあ六十七歳なの……? ラグナさんってお呼びしたほうがいいでしょうか……」
「今更そんなのよしてよ。今までのままがいいんだけど……」
「そっかぁ。ああ、よかった。ラグナくん、大人っぽいところあるけど、基本的に子供だもんね。前世の記憶があるから年上だ、とか言われても困っちゃうもん」
むむむ?
これはちょっと聞き捨てならないぞ。
「俺のどこら辺が子供なのさ」
「そうやってムキになるところとか?」
「……」
「それに大人の人は、私の足をこしょこしょしないもん!」
「いや、大人だって……する……かな?」
クラリスの話を聞いているうちに、ちょっと自信がなくなってきた。
言われてみると、確かに前世の俺なら、十三歳の子供相手にムキになったり、まして足をくすぐったりはしないのではないだろうか。
それ以外にもたまに感じていたが、前世の俺と今の俺は、微妙に違う気がする……。
「でも、記憶はちゃんと引き継いでるんだよ……」
「前世のラグナさんもそういう性格だったの?」
「いや、もっと大人っぽかったと思う……」
「ふーん。じゃあラグナさんとラグナくんは別人なのよ、きっと」
「え? どういうこと?」
「記憶を引き継ぐってつまり、前世のラグナさんがやったことを知ってるってことよね?」
「そう。前世の俺の人生は、ちゃんと頭に入ってる」
「でも知ってるからって同じ人間になるとは限らないでしょ。例えば私が小説を読んで主人公の人生を知ったからって、主人公そのものにはならないし」
「クラリスさんが知的なことを言ってる……」
「ラグナくん! 私はそんなにバカじゃないのよ!」
クラリスの心外そうな声が聞こえてきた。
しかし実際、俺は驚いていた。
彼女の理屈が整然としており、それを信じれば、前世と今世の俺が違うことにも説明がついてしまうのだ。
別人?
いやいや、こんなにも前世の記憶がハッキリしているのだから、そうは考えられない。
だが、全く同じだとも言えなくなった。
精神的な差は、歳を重ねるごとに大きくなっている気がする。
それでも――。
「前世も今も、俺は『天墜の塔』を登っている」
「私と一緒にね」
クラリスが明るい声で言う。
「そうだね。そこは前世と違うか」
「ちょっとビックリしちゃったけど、私にとってラグナくんはラグナくんよ。だから、深く考えないほうがいいわよ」
「うん。そうする。重要なのは、俺は今こうしてクラリスさんと塔を登っているってことだ」
「は、恥ずかしいこと言わないの! もう!」
クラリスは叫んで布団を頭まで被った。
なんだよ……先に恥ずかしいことを言ったのはそっちじゃないか……。
とは言え。
彼女のおかげで、色々とスッキリした。
「ありがとう、クラリスさん。君が仲間で本当によかった」
返事はない。
もう寝てしまったのかな?
俺も今度こそ寝よう。
前世の話をしたことだし、明日はクラリスと一緒に前世の実家に行ってみよう。
書籍版1巻はGAノベルから1月15日発売予定です。
すでにAmazonなどで予約が始まっています。
よろしくお願いします。




