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50/99

50 足手まといなので

「済まない、少年! もうこの山は黒いモヤのシルバーウルフだらけだ!」


 イーデンが叫ぶ。

 マジか。

 登ってくるときは出会わなかったから、下の方は大丈夫だと思ったんだけど。

 下山が無理なら、どこかに身を隠すしかない。


「とにかく逃げましょう!」


 俺はクラリスを背負ったまま移動する。

 するとイーデンたちが連れてきた奴らだけでなく、前方からもシルバーウルフがやってくるではないか。

 本当に山の至る所にいるんだな。


「邪魔だ!」


 俺は近づいてきた奴を一刀両断にする。


「ファイヤーボール!」


 クラリスも俺に背負われたまま攻撃魔法で敵を狙撃する。

 いいぞ。大したダメージを与えられなくても、衝撃で怯ませることはできる。

 そうやって突き進んでいくと、洞窟が見えてきた。

 俺は木から飛び降り、そこに向かって走る。


「皆、早く!」


 入口で振り返ると、イーデンたちはまだ少し離れていた。

 俺とクラリスはそれぞれ、アイシクルアローとファイヤーボールでシルバーウルフの追っ手を足止めし、時間を稼ぐ。


「助かった!」

「恩に着るぜ!」


 彼らは礼を言いながら洞窟の奥に入っていく。

 全員入ったところでシルバーウルフも追いついてきた。


「はっ!」


 俺が剣を薙ぐと、三匹がまとめて死体に変わった。

 残りのシルバーウルフは足を止めた。

 モンスターにも恐怖という感情がある。動物型はそれが顕著だ。

 ゆえに俺の太刀筋を見て、敵わないと悟ったのだ。


 シルバーウルフは逃げていく。

 しかし、逃がさない。

 仲間にこの洞窟の場所を知らされたらやっかいだ。


「クラリスさん。洞窟の中でちょっと待ってて。もし奥にモンスターがいたらファイヤーボールか何かを撃って教えてくれ」


「分かったわ! ラグナくん、気をつけてね!」


「ああ!」


 そして俺は逃走するシルバーウルフたちに斬りかかった。

 戦意を失ってしまった群れは、もう群れとは呼べない。

 雑魚の集団に過ぎない。

 守るべき人たちを洞窟に避難させた今、俺は暴れたい放題。

 全滅させるまで、十秒もかからなかった。


 よし。

 他にモンスターはいないな。

 見つかる前に俺も洞窟に隠れよう。

 二十匹くらいなら何とかなるけど、百匹とか二百匹とか出てきたら、クラリスを守り切る自信がない。


「クラリスさん。大丈夫だった?」


「あ、ラグナくん! ねえ、この洞窟、モンスターはいなかったけど……いたわよ!」


「何が?」


「三馬鹿が!」


「つまり、ジョージとモグとシューがいたってこと?」


「ラグナくん、よく三人の名前覚えてるわね」


 逆にクラリスは忘れてたのか。思いやりがあるのかないのか分からない人だな。

 クラリスに案内され洞窟の奥に行くと、確かにあの三人がいた。そしてイーデンたちにすがりついて泣いている。


「た、助けに来てくれたんだね……!」


 それは安堵の涙だ。

 が。


「確かに私たちは君たちを助けるためにこの山に来た……しかし、シルバーウルフの群れから逃れるために洞窟に入ったんだ。正直、君たちを無事に町まで送り届ける自信はない」


 イーデンがそう答えると、三人は青くなった。

 今度は絶望の涙を流す。


「そんな! あんたたち、アディールシティで最強の冒険者パーティーじゃないか! それなのに僕たちを助けられないって言うのか!? パパが黙っちゃいないぞ!」


 ジョージは助けてもらう側なのに、随分と偉そうだ。


「私たちが下山しなければ、代官殿も黙るしかないだろう」


 イーデンが身も蓋もないことを言うと、ジョージは絶句した。

 父親の権力を笠に怒鳴り散らしても、ここでは何の意味もないとようやく悟ったらしい。


 実際、俺だってここにいる全員を無事に下山させる自信はない。

 いっそクラリスだけ背負って逃げだそうかと考えているくらいだ。

 とはいえ、見捨てたら寝覚めが悪いし、クラリスに何を言われるか分からない。

 もうちょっと頑張ってみるか。


「生存の確率を上げるために現状を把握したいんだけど。シルバーウルフがあんなに強くなった原因に心当たりとかないの?」


 俺が質問すると、三人は首を横に振る。


「知るもんか。僕たちはただメタル系モンスターに会いたかっただけだ。出やすいと言われている他の二カ所にはいなかったから、昨日の朝、この山に来たんだ」


 とジョージ。


「山に入ったら、すでにこういう状態だったの?」


「いや……最初はこうじゃなかった。シルバーウルフや他のモンスターに遭遇しても、僕たち三人はいつものように戦えた。そして滝壺に辿り着いたんだ」


 この三人が自力で滝壺まで行けるということは、普段のこの山は本当に大したことがないらしい。

 それがわずか一日でこうまで変わるなんて……信じられないな。


 だけど……俺は前世でそれに近い話を聞いたことがあった。

 ある日突然、モンスターが異常に強くなり、冒険者が次々と殺され、そしてしばらくすると何事もなかったかのように元に戻るという――。

 俺自身はそんなものに遭遇したことがなかったので、ただの与太話だと思っていたのだが。

 どうやら、そうではなかったようだ。


「で、滝壺で何かあったの?」


 ジョージがなかなか続きを言ってくれないので、俺は促した。

 肩が震えている。よほど怖い出来事があったんだな。

 急かすのは可哀想な気もするが、彼らの命に関わることなので、致し方ない。


「あそこにドラゴンが住んでいるって噂は知っているな?」


 ジョージはやっと続きを語り始めた。


「知ってるよ」


「……そのドラゴンがいたんだ」


「へえ、なるほど。そりゃ怖かったろうね」


 俺は軽い口調で返事するが、別にジョージたちが感じた恐怖を馬鹿にしているのではない。

 塔にドラゴンタイプのモンスターは何種類かいるが、どいつもこいつも巨大で強力だ。

 もちろん、いくら強いと言っても『その場所にいる他のモンスターに比べて』ということだが……普通にレベル上げして到達したなら、まず返り討ちにされる。

 アディールシティで一番強い冒険者はレベル10のイーデンのようだが、二層のドラゴンを一人で倒すなら、レベル20……あるいは30くらいは必要だ。

 つまり、もっと上の層で通用する冒険者になってからでないと、ドラゴンというのは挑んではいけないのだ。


『天墜の塔』において、層が変われば、もはや別世界。

 ジョージたちは、別世界の強さを持った怪物に遭遇してしまったわけだ。

 そのまま逃げ帰ってきたとしても、決して臆病者ではない。むしろ正常な判断だ。


 事実、イーデンたちですら、


「ドラゴンだと……?」

「噂は本当だったのか……!」


 と、怖じ気づいた様子だ。


「ラ、ラグナくん……ドラゴンだって……! 私はドラゴン見たことないけど……もの凄く強いんでしょう?」


 クラリスが声を震わせながら、俺の服を引っ張ってくる。


「うん。噂ってのは嘘も多いけど、ドラゴンに関しては、世の中で言われてるとおりのモンスターだね。一層で戦ったグリーン・サーペントよりも大きいよ」


「ひぇぇ……」


 彼女は涙目になって抱きついてきた。


「おい、待て。確かにドラゴンは恐ろしかったけど……そこには、もっと恐ろしい奴がいたんだ」


 ジョージが蒼白な顔で呟く。


「もっと恐ろしい奴……?」


 流石の俺も、声に緊張感が混じった。


「黒いモヤがいたんだ。そいつがドラゴンと戦っていた」


「黒いモヤ……シルバーウルフがまとっているあれだな。同じように黒いモヤをまとったモンスターがドラゴンと戦っていたってこと?」


「そうじゃない! モヤそのものだ! 形のないモヤがドラゴンに襲いかかっていた! ドラゴンはそれを振り払おうと必死に暴れていた! それを見た俺たちは、恐ろしくて最初は声も出せなくて……けど、その場に残っていたら命がないことくらい分かる。だから逃げたんだ。とにかく山を下りることしか考えていなかった。でも、今度は後ろからシルバーウルフの群れが追いかけてきた。あの黒いモヤをまとった奴らだ。今までそんなのはいなかったのに、急に出てきたんだ。それで俺たちは走って、この洞窟を見つけて逃げ込んで……ずっと息を潜めて隠れていた。ああ、そうさ、情けないだろう。でも、どうしろっていうんだ! もうメタル系とかレベル上げとかどうでもいいから、僕たちを家に帰してくれ!」


 そう叫んでジョージは膝を抱えて泣き出してしまった。

 残りの二人は、リーダーの情けない姿を見てギョッとして、それから同じように涙を流した。


 やれやれ。

 想定外の恐怖に遭遇して震え上がるのは仕方ないにしても、虚勢くらいは張って欲しいものである。


「少年。ジョージの話、どう思う? そのドラゴンと戦っていたという黒いモヤが元凶なのだろうか……?」


 イーデンが問いかけてきた。


「さて。断言はできませんけど、無関係ではないでしょう。というわけで、俺が滝壺に行って様子を見てくるので、皆さんはここにいてください」


「そうか……って、え!? 君一人でっ? 駄目だ、危険すぎる!」


「そうよラグナくん、駄目よ! 私も一緒に行くわ!」


「いや。クラリスさんは足手まといだから。ここにいて」


「ふぇぇ……」


 クラリスは肩を落とし、しょんぼりする。


「この少女はともかく。私たち五人は同行したほうがいいのではないか?」


「いえ。イーデンさんたちも同じくらい足手まといなので。ここで大人しくしていてください」


「同じくらいか……」


 イーデンたち五人は肩を落とし、どんよりとした顔になった。


 足手まといと言われて悲しむ気持ちは分かる。

 だが実際、シルバーウルフに手も足も出なかったのだから、そこは納得して欲しい。


 俺は落ち込んでいる彼らを残して、洞窟を立ち去った。

書籍版は来年1月の中旬発売です。

Amazonで予約が始まりました。

よろしくお願いします。

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