49 群れ
シルバーウルフの一匹が、斧使いに爪を振り下ろす。
斧使いはレベル7だ。
本来、シルバーウルフごときの攻撃に競り負けたりしない。
が、彼は斧を叩き落とされてしまった。
明らかに通常のシルバーウルフよりも強い。
無防備になった斧使いに、今度は牙が迫った。
イーデンが剣でシルバーウルフを弾き飛ばし、斧使いを間一髪で救う。
かなり鋭い斬撃だった。シルバーウルフはそれで首が切断されてもおかしくなかった。
しかし実際は少し血が滲んだだけ。
大振りの一撃を放った直後のイーデンに、別のシルバーウルフが襲いかかる。
仲間のフォローは間に合いそうもない。
「クラリスさん、しっかり掴まってて!」
俺はクラリスを支えるため、その太ももに手をかけていたが、それを外す。
ゆえに彼女は自分の力だけで俺に掴まっていなければならない。
そして俺は空いた手で剣を抜き、枝から飛び降りる――いや、自由落下では間に合わない!
そう判断し、落下しながら剣をシルバーウルフへと投げた。
剣はシルバーウルフの頭部を貫通し、絶命させる。
俺は着地すると同時にシルバーウルフから剣を引き抜き、一閃。
二匹目を仕留める。
「アイシクルアロー!」
残る三匹目に攻撃魔法を命中させ、その足下を凍らせる。
シルバーウルフは一瞬でその氷を砕く。
が、俺はその一瞬で距離を詰め、シルバーウルフの心臓を一刺しにした。
これでお終い。
もしかしたら茂みの中に他のモンスターが隠れているかもしれないから警戒は解けないが、今のところ、その気配はない。
「……斬った感じが、やっぱり普通のシルバーウルフより硬かったな。どういうことなんだ?」
俺は消えゆく死体を見ながら呟いた。
同じ種類のモンスターでも、強さに多少のバラツキがある。しかし、あくまで多少だ。
これではまるで別物。
三層に出てもおかしくないほどの強さだ。
「何という身のこなしだ……君のような少年が、まさかこれほどの……あ、いや、まずは礼を言うのが先だな。助かった。君たちが来てくれなかったら全滅していたよ」
イーデンは呆気にとられた顔をしながらも、礼儀を忘れなかった。
うーん、立派な大人だ。
助け甲斐があるというもの。
「どういたしまして。危ないところでしたね。それにしても、どうしてシルバーウルフがこんなに強いんでしょう? 何か心当たりは?」
「分からない……この山にはドラゴンが住むと言い伝えられている。メタル系モンスターが出やすいという噂もある。だが、黒いモヤをまとったシルバーウルフの話など聞いたこともない」
イーデンがそう言うと、残りの四人も頷いた。
地元の人も知らないということは、俺の知らないうちに『天墜の塔』の常識が変わったわけじゃなさそうだ。
「不可解ですけど、ここで考えていても答えは出なさそうですね。とりあえず俺たちは滝壺を目指すことにします」
「待ってくれ。君は何者なんだ――」
イーデンは俺の正体が気になるらしい。
だが話したところで信じてもらえるとは思えないし、何より、今はそれどころではない。
「しっ……茂みの中で、何かが動きました」
俺は唇に人差し指を当て、イーデンに黙るよう伝える。
背中におぶさったままのクラリスを地面に降ろし、俺は耳を澄まして、聴覚に集中する。
うーん……既に包囲されているな。
今度は三匹どころじゃない。
十匹……いや、もっとだ。
これは結構ヤバイ。
自分だけが生き延びればいいというなら楽勝だけど。
俺は現状における優先順位をつける。
最優先は、クラリスを守ること。
イーデンたちは申し訳ないが、オマケだ。助けられるなら助けるけど。
「ラグナくん。モンスター?」
「うん。俺が合図したら、その場所にファイヤーボールを撃って。フルパワーで」
「分かったわ」
俺は耳でモンスターたちの、おおよその位置を探る。
クラリスを守りながら全滅させるのは難しい。
包囲網に穴を開けて逃げるのが得策だ。
その穴をどこに開けるべきか……よし、決めた。
「あそこだクラリスさん!」
「ファイヤーボール!」
炎の玉が、俺の指さす方角へと飛んでいく。
実はそこにモンスターはいない。ただ草むらを燃やすだけだ。
だが、その左右に身を潜めている奴がいる。
そいつらは突然の攻撃魔法に驚き、茂みから飛び出してきた。
二匹のシルバーウルフだった。
やはり黒いモヤをまとっている。
「エアロアタック!」
俺は飛びかかってくるシルバーウルフたちを、風魔法で減速させた。
そして二匹とも着地する前に斬り伏せる。
「皆、俺に続いて走れ!」
叫ぶと同時にクラリスの手を握って走り出す。
イーデンたちの足音もついてきている。
「ねえラグナくん! 狼が沢山追いかけてくるわよ!」
「分かってる。今はとにかく逃げるんだ!」
俺はクラリスを引き寄せ、そのまま肩で担ぎ上げた。
荷物を運ぶような格好で申し訳ないが、このほうが断然速い。
ジャンプして木の上に行く。
イーデンたちも同じようにした。
が、シルバーウルフたちもまた、木に爪を引っかけ登って来る。
「バキューム!」
エアロアタックは風を撒き散らす魔法だが、バキュームは逆に吸い込む魔法だ。
それを使ってシルバーウルフたちを木から引き剥がし、空中の一点に集めた。
俺は跳躍し、片手で剣を振る。
バキュームで吸い込んだシルバーウルフを全て倒した。
しかし、バキュームの威力で吸い込みきれなかったシルバーウルフが、あと六匹も残っている。
そいつらは地面に降りた俺とクラリスに殺到してくる。
「少年!」
頭上からイーデンの声がする。
「俺たちに構わず、そのまま下山してください! すぐに追いかけますから!」
イーデンは一瞬だけ迷った様子を見せたが、仲間たちと一緒に麓へと向かっていった。
彼もまた、出会ったばかりの者より、自分と仲間の命を優先させたのだ。
プロっぽくて好感が持てる。
さて。
六匹のシルバーウルフに囲まれて大ピンチに見える俺たちだが、実は好都合だったりする。
さっきまでは茂みの奥に身を潜めていたシルバーウルフたちが、こうして姿を晒してくれているのだから。
クラリスを守りながらというハンデはまだある。が、お互い離ればなれの状況ならともかく、こうして肩に担いでいるから、彼女の動きは完全に俺がコントロールできる。
楽勝だ。
「フリーズウェーブ!」
MP3を消費して、俺を中心に地面を凍らせる。
俺の背後に回っていたシルバーウルフが足を滑らせた気配がする。
それを見て、左右から挟撃しようとしていた奴らが足を止めた。
シルバーウルフの群れは、連係攻撃が最も脅威だ。
地面が凍ったことにより、その連携に隙が生まれた。
あとは全て斬り殺すだけだ。
「終わったよ、クラリスさん」
俺は担いでいたクラリスを降ろして地面に立たせようとした……けど彼女はふにゃふにゃと座り込んでしまう。
「目が回る~~」
「……ごめん。気がつかなかった」
彼女を担いだまま戦うということはつまり、俺の戦闘の動きに合わせて振り回すということに他ならない。
目が回って当然だ。
しかし逆に言えば、それだけで済んだのだから勘弁して欲しい。
「立てないよぅ……ラグナくん、抱っこして~~」
クラリスは目をぐるんぐるん回しながら甘えた声を出す。
「……仕方ないな。俺のせいだし」
彼女が自力で歩けるように待つより、おんぶして運ぶほうが早いし。
「おんぶじゃなくて、お姫様抱っこがいいのに……」
「わがまま言わないの」
俺はさっきと同じように枝から枝に飛び移り、イーデンたちを追いかける。
もうかなり先に行ってしまったはず。
と、思ったのも束の間。
彼らは血相を変えた様子で引き返してきた。
その後ろには二十匹を超えるシルバーウルフが、地面と木の上の両方を使って追いかけてきている。




