46 メタルスレイヤーが行方不明?
「天気もいいし、気温が高いし、泳ぐには最高の日ね!」
「うん。俺も楽しみになってきたよ」
「でっしょー? あ、まさかラグナくん、私の水着が楽しみとか?」
クラリスはニヤニヤしながら質問してきた。
「いや、別に」
「真顔で否定されると悲しくなるんですけど!」
「でも、クラリスさんの水着姿が楽しみとか言うと、えっちな奴扱いしてくるんでしょ」
「それはそうだけど……男の子なんだからえっちなことに興味あるのは、多少は仕方ないところだし……」
何をモゴモゴ言ってるんだ、この人は。
「ほら。俺、まだ七歳だから。そういうの早いんだよ」
「そ、そっかー」
「まあ、世の中にはいたいけな七歳が寝ているベッドに潜り込んで、はぁはぁ興奮する人もいるらしいけど」
「うぅ……悪かったと思ってるわよ。つい潜り込んじゃったのよ。ラグナくんが可愛いのが悪いのよ。私は悪くないのよ」
「酷い言い訳だ。衛兵さん、この人が犯人です」
「ラグナくん、私を見捨てないで!」
そんなことを言い合いながら、衣料品店に辿り着いた。
「男物と女物は売り場が違うな。当たり前だけど。じゃ、しばらく別行動ってことで」
「えー。ラグナくんの選んであげるのにー」
「いいよ。クラリスさんに任せたら、変なの選びそうだし」
「変な水着ってどんな水着よ! そんなの売ってないでしょ!」
「どこからともなく見つけてきそう」
「ラグナくん、私のこと何だと思ってるの! もう!」
クラリスはぷんすか怒りながら女性向けの水着コーナーに歩いて行った。
さっきは『興味ない』と言ったものの、クラリスがどんな水着を選ぶのか、ちょっと気になる。
しかし、あまりジロジロ見ていると俺が変質者みたいになるので、やめておこう。
俺の水着は……半ズボンタイプのこれにするか。
男の水着なんて誰も気にしないだろうから、こだわっても仕方ないし。
試着室で着替えて、鏡を見る。
うん。普通だ。
「ねぇねぇ、ラグナくーん」
試着室の外からクラリスの声が聞こえる。
「どうしたのクラリスさん。覗きに来たの? 犯罪だって分かってる?」
「分かってるわよ!」
「分かった上でやろうとしてるんだ。凄い覚悟だね」
「覗かないわよ! そうじゃなくて、私の水着姿をラグナくんに見せてあげようと思って」
「へえ」
見せてくれるというなら断る理由もない。
俺はカーテンを開ける。
クラリスはセパレートタイプの水着を身につけていた。
胸部にフリルが沢山あって、腰のところはヒラヒラのスカートで覆われている。
いつも俺は彼女のことを「胸がない」と馬鹿にしてきたが、スラリと伸びた肢体は、こうして改めて見るとスタイルがいい。
「なかなか似合ってるじゃん。素直に可愛いと思うよ……って、クラリスさん。どうして自分の目を覆ってるの?」
「だ、だって……ラグナくん、上半身、裸……」
「……は?」
確かに俺は上半身裸だ。
で、それがどうしたというのか。
「念のために聞いておくけど、男が水着になったら、普通だよね?」
「うん……それは分かる。分かるんだけど……でもラグナくんの場合は……」
クラリスは指と指の隙間からチラリと俺を見る。
「ひゃぁ、駄目! 私には刺激が強すぎるわ! ラグナくん、お願いだからシャツか何か着て!」
「……本格的に変態みたいになってきたな」
チラチラ俺の上半身を見ながら「きゃーきゃー」言っているクラリスのために、俺は水着と一緒に半袖シャツを買うことにした。
そして城壁の外に出て、湖の岸まで歩いて行く。
「俺はあの岩の陰で着替えるから、クラリスさんも適当なところを見つけて着替えて」
「ラグナくん、覗いちゃ駄目だからね?」
「それはこっちの台詞だよ。最近のクラリスさん、かなり怪しいから。色々と危機を感じるよ」
マジで。
「さっきも言ったけど覗かないってば!」
本当かなぁ?
「信じてるよ……だから俺の信頼を裏切らないでくれ」
「深刻そうな顔で言わないで! 絶対に覗かないからラグナくんは安心して着替えてなさいよ、もう!」
クラリスは走り去り、茂みの中に消えていった。
ちょっと虐めすぎただろうか?
だが、このくらい念を押しておかないと、そのうち本当に襲われそうな気がする。
彼女は十三歳だから、性的なことに興味が出ててきても不思議ではない。
きっと異性の体が気になって、奇行に走っているのだろう。
……だとすると、俺が拒否すると他の男に向かうのか?
他人に迷惑をかけるのは駄目だなぁ。
笑って許せる範囲で相手をしてあげることにしよう。
なんてことを考えながら、俺は岩陰で水着に着替えた。
ちゃんと上にシャツも着た。
これでクラリスもうろたえたりしないだろう。
「ラグナくーん。もう着替えたぁ?」
「うん。今行くよ」
岩陰から出ると、水着になったクラリスが立っていた。
「……ふぅ。上半身裸じゃなかった。よかったぁ」
クラリスは安堵の息を吐いた。
「クラリスさんの前で裸になるなんて迂闊なこと、もうしないから安心して」
「そうよ。私の心臓に悪いじゃない」
とても真剣な顔だった。
「そんな堂々と言われてもなぁ」
自分は変態です、と公言しているようなものだ。
俺に対して言っている分にはいいけど、人前では普通に振る舞って欲しい。
今日は湖で泳いでいる人が他にいないからいいけど。
「よーし、泳ぐわよ!」
クラリスは杖を木の根元に置きながら言う。
「クラリスさん、まずは柔軟体操だよ」
俺もその隣に剣を置いてから注意した。
「そんなのが必要なの? 私、やったことないけど……」
「危ないなぁ。じゃあ俺の真似をしてよ」
一通り柔軟をしてから、湖に走って行く。
そう。走るのだ。
こういうときに変に大人ぶってクールになるより、はしゃいだほうが楽しいに決まっている。
「えいっ」
「やぁ!」
俺とクラリスは同時にジャンプして、湖に飛び込んだ。
丁度、俺の肩までの深さだった。
七歳の俺でも顔が出るということは、ここで溺れる人はいないな――と思ったら、隣でクラリスが足を滑らせ、水の中に沈んでいった。
「あっぷ、あっぷ……だずげで……うぷぷ」
「ええ……?」
クラリスは手足をバタバタさせながら暴れる。
まさか泳げない?
「しっかりして。落ち着いて。足がつくから」
俺はクラリスを助け起こし、まっすぐ立たせてやった。
「ありがとうラグナくん……げほっ……水飲んじゃった……」
「泳げないなら飛び込まなきゃいいのに」
「泳ぐの初めてだから、自分が泳げないなんて知らなかったわ!」
「そうなの? ああ、でも確かに塔の外は泳げるところが少ないか」
塔の外は、郊外に農作業用のため池があるものの、市街地には排水溝みたいなのがあるだけで、泳げそうな場所はなかった。
今まで気にしたことはなかったが、泳ぐ機会は確かに少ないかもしれない。
現に俺も、転生してから初めて泳ぐのだし。
「二層は水場が多いから、泳げないのは心配だな。棒術の前に、泳ぐ練習しないと」
「泳ぎ方もラグナくんが教えてくれる……?」
クラリスは不安げな顔で呟く。
「教えるよ。棒術を教えるよりは楽だし。別に魚並に泳げるようになろうってんじゃないんだ。ようは浮かべばいいんだよ」
「ラグナくんは本当に何でもできるのね……」
「何でもはできないよ。何でもできるなら、仲間なんていらないし」
「うーん……でも、私は何もできないわよ」
「そんなことないよ。俺はクラリスさんほど明るくないし。素直でもないし。それにクラリスさんは凄く頑張り屋だから、今に色んなことができるようになるよ。そう思ったから俺はクラリスさんと塔を登ろうと思ったんだよ」
「ラグナくん……もう、ラグナくんってば、私を喜ばせるのが上手いんだから!」
「そう? 普通のことを言っただけだと思うんだけど」
「そういうところがズルいの! えへへ、ありがと」
クラリスは照れくさそうにはにかみ、満面の笑みを浮かべた。
それを見て、どうしてだろう。俺はドキリとしてしまった。
何だろう?
顔が熱くなってきた気がする。
「……ほら、泳ぐ練習するよ。俺が手を持ってあげるから、バタ足してみて」
「バタ足って、足をバタバタさせるやつ? 何となく知ってるわ!」
「そのレベルの知識で泳げると思ってたんだ……」
一瞬だけ感じた不思議な感覚はもう消えてしまった。
俺はクラリスを異性として意識してしまったのだろうか。
ありえない――とは思うが、転生してから色々と前世と感覚が違うので、万が一ということもある。
まあ、人の感情はその時々で変わるので、深く考えても意味がない。
俺は気にせず、クラリスに泳ぎ方を教えることに集中した。
※
クラリスは何とか、一人で泳げるようになった。
もちろんフォームは不格好だし、息継ぎができないので短距離だけだが、それでも全く泳げないのとは雲泥の差だ。
「ありがとうラグナくん!」
「どういたしまして。さて、そろそろお昼だから町に帰ろうか。お腹減ったよ」
「私もお腹減ったー」
服に着替えて、町の食堂に行く。
午前中は泳いで疲れたから、二人で山盛りパスタを注文して食べる。
安いけど美味しい。いい店だ。
俺とクラリスが大満足で食後のコーヒーを飲んでいると、隣のテーブルの二人が、興味深い話をしていた。
「なあ、知ってるか? 代官の息子が行方不明らしいぞ」
「代官の息子って、ジョージとかいう冒険者のことか? 取り巻きが二人いる」
「そう、そいつ。取り巻きと一緒に、三人とも一昨日から帰ってきてないらしい」
「一昨日なら大したことないだろ。モンスター狩りに行っただけじゃないのか?」
「普通の冒険者ならそれで済む話だけどな。代官は息子を溺愛している上に、心配性だからな。基本的に外泊は許してないんだよ。それがジョージの奴、置き手紙一枚だけ残して、それ以来帰ってこないから、代官ときたら心配で食事が喉を通らないらしいぜ」
「箱入り娘ならぬ箱入り息子か。とんだ冒険者もいたもんだな。で、置き手紙ってどんな内容なんだ?」
「それがな。メタル系モンスターを倒してレベルが上がるまで帰らない――って書いてあったらしいぜ」
「メタル系って、そんなの一生に一度、出会えるか出会えないかって奴じゃないか」
「ああ。でもジョージは前に運良くメタル系を倒して、メタルスレイヤーを自称してるからな。また簡単に会えると思ってるんだろうよ」
「ふぅん……ま、あと何日かすれば、世の中そんなに甘くないと悟って、帰ってくるだろう」
「俺もそう思う。しかし代官は心配のあまり、息子を連れ帰った奴に賞金を出すそうだ」
「悪ガキを連れ帰るだけで賞金だって? そりゃ美味しい話だ。にしてもお前さん、随分と詳しいんだな」
「代官が町のあちこちに張り紙をしたからな。ほら、この店の壁にも貼ってやがる」
「……本当だ。よし、代官様のために一働きするか」
「賞金は山分けだぞ」
結論が出た二人は、金を払って店を出て行った。
「ねえ、ラグナくん。今の聞いた?」
「聞いた。一昨日ってことは、俺たちと会った日だね」
「ラグナくんにコテンパンにされたのが悔しくてメタル狩りに行ったのかしら?」
「まさかそんな安直な……いやでも安直そうな奴だったからなぁ……」
俺はジョージの、前髪を〝ふぁさぁ〟とかき上げる仕草を思い出す。
「探しに行きましょうよ」
「え? 確かに賞金は魅力的だけど、競争が激しそうだよ。無駄足になるんじゃないかなぁ?」
「そうかもしれないけど。本当に私たちが原因で行方不明になったんなら、放ってはおけないでしょ」
「クラリスさんはお人好しだなぁ」
俺に負けたのが悔しくてレベル上げに行ったというなら、なるほど俺に原因がある。
しかし、それで行方不明になるのは自業自得だ。
俺に『原因』はあっても『責任』はない。
もちろんクラリスだってそのくらいの理屈を分かった上で言っているのだろう。
お人好し。つまり優しいのだ、この子は。
「お人好しとかそういうんじゃないでしょ。たんに帰ってこないだけじゃなくて、何かトラブルが起きて身動き取れなくなってたらどうするのよ」
「分かった。探してみることにしよう。賞金は魅力的だしね」
とはいえ、手がかりがない状態で闇雲にウロウロしたところで、見つかるとも思えない。
「メタル系モンスターが出やすいと言われてる場所を聞いてみるか」
「え? そんなのがあるの?」
「うん。実際に出やすいかどうかは分からないけど、出やすいと噂されている場所ってのがあちこちにあるんだ。冒険者なら誰でもメタル系に遭遇してみたいからね。その願望が『出やすいと噂されてる場所』を作り出すんだ。ま、おまじないみたいなものだね」
「なーんだ。実際に出やすいわけじゃないのね」
「けど、ジョージたちがそれを信じて向かった可能性は高い」
「確かに。それで、その場所は誰に聞いたら分かるの?」
「そりゃ、この町にいる冒険者だよ。よほど意地悪な人じゃない限り、教えてくれると思う」
コーヒーを飲み終えたら早速、冒険者が集まっていそうな場所に行こうという結論になった。
しかしクラリスが大人ぶってブラックで飲んでいるものだから、むやみに時間がかかってしまった。




