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45 棒術の練習

「フレアファランクスの練習はここまでだね」


「そっかー……次は絶対、動くものに命中させてみせるわ!」


「その意気だよ。それで、時間が余ったから、棒術の練習もしてみようか」


「棒術! もちろんやるわ!」


 クラリスは目を輝かせた。


「それじゃ、まず。杖を構えてみて」


「分かったわ!」


 クラリスは足を左右に広げ、両手をくっつけて棒を握りしめた。


「まず、その構えを直すところからやろうか」


「え? 駄目なの?」


「うん。まず内股なのが駄目だね。戦闘中にそんな可愛い立ち方しなくていいから」


「え、私、可愛い!?」


 クラリスは頬を赤らめる。


「そういう話じゃないから」


「そっか……」


「落ち込まないでよ。クラリスさんは可愛いよ。でも棒術とは関係ないから」


「えへへ。ラグナくんに可愛いって言われた」


 何やらニヤニヤと心底嬉しそうに笑っている。

 あんまり幸せそうだったので、ツッコミを入れるのが申し訳なくなり、しばらく見ていることにした。


「あ、いや、別にラグナくんに褒められたから喜んでるんじゃないんだからね!? 誰に褒められても嬉しいんだから! ラグナくんが特別ってわけじゃないのよ!」


「そうなんだ」


「で、でも……やっぱりラグナくんに言われるのが一番嬉しいかも……ちょっとだけね!」


「そうか。そう言ってもらえて俺も嬉しいよ」


 どうやら俺はクラリスにかなり気に入られているらしい。

それが冒険者仲間としてなのか、友人としてなのか、あるいは異性としてなのかは分からないが。

 ま、異性としてってのはないか。

 十三歳のクラリスから見たら、七歳の俺は恋愛対象外だろう。

 たぶん。


「それでさ。まず足を左右じゃなくて前後に開いて。右足を前に出すのが基本だ」


「こんな感じ?」


「そうそう。で、棒の持ち方だけど、クラリスさん、手と手をくっつけすぎ。剣を持つときだって、もっと離すよ。棒は剣よりも握れる場所が多いんだから、広く使わないと」


「そう言われても……どうしたらいいの?」


 クラリスは戸惑った声を出す。

 確かに彼女は剣士ではないから、剣と比べてもピンとこないだろう。


「右手を棒の真ん中に。左手は端より少し上に……うん、そのくらいでいいと思う。さまになってるよ」


「本当? 確かに持ちやすい気がするわ。でも、端っこを持ったほうが振り下ろしたときの威力があがるんじゃないの?」


「一撃の威力を上げたいときはそれでもいいよ。けど、棒術は打撃だけでなく、相手を絡め取ったり、すくい投げたりと、色んな技がある。真ん中に近いところを持ったほうが振り回しやすいんだ」


「へー、殴ることしか考えてなかったわ」


「クラリスさん。そんな怖いことだけ考えて生きてたの?」


「棒を使った戦い方の話に決まってるでしょ! 何で私がつねに誰かを殴ることだけ考えてるみたいになってるのよ!」


 クラリスはムッとした表情になる。


「冗談だよ。クラリスさんが色んなこと考えてるのは知ってるから。それじゃあ、俺の剣と勝負してみようか」


「え、いきなり!?」


 飛び上がりそうなほど驚いている。


「俺、実は人に教えるの得意じゃないし。そもそも専門は剣術で、棒術はちょっとかじっただけだから。実戦形式でしか教えられないよ。もちろん剣は鞘に入れたままにするし、スローモーションで動くから」


「それなら大丈夫ね。お願いします!」


 クラリスは杖の先端を俺に向ける。

 俺も鞘をつけたまま剣を構え、クラリスに近寄っていく。


「わ、私から攻撃してもいいの?」


「いいよ。人間相手なら喉元を突くとか、俺は男だから股間を狙うとか、足を払って転がすとか、手の甲を叩いて武器を落とさせるとか、懐に潜り込んでテコの原理で投げ飛ばすとか、色々できる」


「そう色々と言われても……えいやっ!」


 クラリスは喉元を狙ってきた。

 俺の剣より、彼女の杖のほうが長い。

 下手に踏み込むより、リーチの差を活かしたほうがいいと思ったのだろうか。

 悪くない。

 動きは素人だが、レベルが上がったことで身体能力が向上し、なかなかの速度で杖が迫ってきた。

 上手く不意を突けば、これで昨日の三人組を倒せるかもしれない。


 もちろん、俺には通用しない。

 ひょいと後ろに下がって回避。


「ぐぬ!」


 クラリスはムキになって何度も突いてくる。

 俺はその全てを回避したり、剣で払ったりする。


「あーたーらーなーいー!」


 それを二十回ほど繰り返したとき、クラリスは頬を膨らませて文句を言い出した。


「そりゃひたすら喉だけ狙ってくるんだもん。もっと色々やらなきゃ、俺でなくても読めるよ」


「むー。じゃあ色々やってみる」


 と言い終わるやいなや、クラリスは杖を大振りに振って俺の頭部を狙ってきた。

 それをひょいと避けると、今度は肩を。次に胸部。それから足払い。

 おお、色々とやってきたぞ。

 初めてなのに、なかなか様になった動きだ。


 どれ。そろそろ反撃してみよう。

 俺はクラリスが突き出してきた杖を剣で絡め取り、えいっと投げ飛ばした。


「あれ」


 杖を失ったクラリスは、ぽかんと口を開ける。

 それとほぼ同時に地面に杖が落ちてコロコロ転がった。


「へ、変だわ。ラグナくん、そんなに力を込めてるように見えなかったのに、なんかこう……ひょいって杖が飛んでいった!」


「クラリスさんの力も利用したんだよ。力の流れを感じ取れるようになれば、相手が人間じゃなくてモンスターでも、まぁまぁ戦えるようになる」


「よく分からないけど、分かったわ! 頑張る!」


「クラリスさんは頑張り屋さんだね。でも、クラリスさんの本当の武器は魔法だからね。棒術はあくまで、補助的な技として覚えるってことを忘れちゃ駄目だよ」


「分かってるわよ」


「前みたいにモンスターに殴りかかって返り討ちにあっちゃ駄目だよ」


「……わ、分かってるわよっ」


 本当かなぁ?

 棒術をある程度覚えたら、試しに殴りたいって顔だぞ。

 まあ、今のパラメーターでも練習すれば、あのヒトデくらいなら杖で殴り殺せるかな?


「さっきも言ったけど、俺は口であんまり説明できないから、こんなふうに続けるよ。次は俺のほうからゆっくり打ち込んでいくから防いでね」


「え、ラグナくんから!? あわわわ」


 という感じで、日が暮れるまで杖と剣で打ち合った。

 クラリスはへとへとに疲れてしまったが、とても楽しんでくれたようだ。

 俺も人に教えるというのが新鮮で、どんどん成長していくクラリスの姿を見ているのが面白かった。


        ※


「ラグナくーん。朝よー」


 レベル3になった次の日。

 朝早くから俺の部屋の扉を叩く音と、クラリスの声が聞こえてくる。

 それで起こされた俺は、上半身を起こしてから、大きくあくびをした。

 そしてスリッパを履き、パジャマのまま扉を開ける。


「……こんな時間からどうしたの?」


 廊下に立っていたクラリスは、今すぐ出かけてもいいくらい準備万端だった。

 一方、俺はまだ頭がしっかり覚醒していない。

 また大きなあくびが出た。


「ラグナくん、はしたないわよ」


「だって無理矢理起こされたし……」


「もう。だらしがないんだから。早く着替えて湖に行くわよ!」


「……湖?」


「レベル3になったら湖で泳いでもいいって言ってたでしょ。だから早速、泳ぎましょ!」


 確かにそんな話もしていた。

 別に忘れていたわけじゃないけど、まさかこんな朝早くから騒ぎ出すと思っていなかった。

 そこまで楽しみにしていたのか……。


「湖は逃げないから、もうちょっと寝かせてよ」


「もうちょっとってどのくらい?」


「一時間くらいかな」


「えー……」


「えー、じゃないの。いいかい、クラリスさん。冒険者ってのは危険と隣り合わせなんだ。野宿するのが普通だし、危険が迫ってきたら即座に起きて行動できるようにしなきゃいけない。だから、こうやって安全な町中で眠れるのは貴重なんだよ。だから、その貴重なチャンスを逃さず、たっぷり眠らないと」


「ラグナくん、たんに二度寝したいだけでしょ?」


 クラリスは鋭いことを言ってきた。

 くそ……クラリスの癖に!


「……というわけでお休み」


 俺は逃げるように布団に潜り込んだ。


「あー、ラグナくん、本当に寝ちゃうの? じゃあ一時間、ラグナくんの寝顔を見てるわね」


「……どうぞ、お好きなように……」


 見られたからって別に減るものでもないので、俺はどうぞどうぞと返事する。


 そして目を閉じてまどろんでいると、すぐ近くからクラリスの息づかいが聞こえてきた。

 どうやら本当に俺の寝顔を見ているらしい。

 ……にしても近すぎないか?

 そんな面白いものではないと思うんだけど。


「はぁ……はぁ……ラグナくんの寝顔……かわいいよぅ……」


 耳に吐息がかかってくすぐったい。

 どうしてこんなに「はぁはぁ」言ってるんだ。完全に怪しい人だぞ。

 俺の寝顔ってそんなに可愛いのか?

 流石に自分の寝顔を鏡で見ることはできないので、確認のしようがない。


「ラグナくん、もう寝ちゃった? 寝ちゃったよね?」


 と言いながら、クラリスは俺の頬を指先でつついてくる。

 何をするつもりなのか気になるので、しばらく寝たふりを続けてみよう。


「はぁ……柔らかい……食べちゃいたいわ……食べるのは駄目だけど、ぎゅってするくらいはいいわよね……? よいしょっと……」


 なぜかクラリスは俺のベッドに潜り込んできた。

 そして俺をむぎゅっと抱きしめる。


「わ、私ったら勢いでなんてことを……でも仕方ないわよね? だってラグナくん可愛いんだもん……はぁ、顔綺麗……まつげ長い……」


 これ以上放置するとクラリスがどこまでエスカレートするか不安になってきたので、俺は目を開けることにした。


「わっ! ラグナくん、起きたの!?」


「そりゃ、こんなことをされたらね」


「あのね、これは違うのよ……ラグナくんの寝顔を見てたらぎゅってしたくなっただけで……別に変なことしようとしてたんじゃないんだから!」


「うん。寝てる人をぎゅってするのは十分変だと思うよ」


「そんなことないわ!」


「そう? じゃあ俺とクラリスさんの立場を逆にして考えてみてよ。七歳の女の子が寝てるところにさ、十三歳の少年が潜り込んで抱きしめたり、はぁはぁ言ったりしてたら、変でしょ?」


「そ、それは……でも、私はやましい気持ちはなかったもん! 純粋にラグナくんの顔を見てただけだもん! 芸術鑑賞みたいなものよ!」


「俺の顔が芸術作品だとは知らなかったよ」


「私的にはそうなの!」


 そうだったのか。

 変わった趣味をしている。


「クラリスさんのせいですっかり目が覚めちゃったよ。着替えるから出て行って」


「分かったわ。起こしちゃってごめんね……」


 クラリスはしょんぼりと謝ってから部屋を出て行った。

 そこまで申し訳なさそうにされると、こちらが逆に恐縮してしまう。

 別に寝顔を見られるのが嫌だったわけではないのだし。


 着替え終わって扉を開けると、廊下でクラリスが待っていた。

 リュックサックも背負って完全装備だ。


「泳ぐだけなんだからリュックは置いていきなよ」


「え、でも盗まれるかもしれないし……」


「持っていったら泳いでる最中に盗まれる可能性のほうが高いよ。ここに置いていって盗まれたら犯人は宿屋の人だって分かるし。そもそも盗まれて困るほど高価なもの入ってないでしょ。杖だけ持って行きなよ」


「なるほど。それもそうね」


 お互い、荷物は武器だけにして、宿屋に今日の宿泊費を払う。

 それから水着を売っている店の場所を聞いてから外に出た。

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