43 そしてカニは美味い
また長い時間をかけてオオサワガニを倒すと、今度はアイテムをドロップした。
「なぁに、これ。カニの足みたいだけど……色も赤いし」
クラリスはそれをつまみ上げる。
確かにそれはカニの足にしか見えない。
ただし、オオサワガニのものより明らかに小さい。
手に持って食べやすいサイズだ。
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名前:オオサワガニの足
説明:オオサワガニが死亡し、塔の魔力で変化した姿。殻の中身は食べることができる。
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ステータス鑑定を使うと、そんなテキストが表示された。
前世の少年時代を二層で過ごした俺は、オオサワガニの足を食べたことがある。しかし、そのときはステータス鑑定を覚えていなかった。
どうして倒すと小さくなってしまうのか、なぜ茶色かったカニの殻が赤くなるのか不思議だったが……そうか、塔の魔力で変化したのか。
なるほど、なるほど。
……説明文を読んでも不思議なのは一緒だなぁ。
「それ、食べると美味しいんだよ」
「へえ。そう言えば、カニ型モンスターのドロップアイテムは美味しいって、お父さんとお母さんから聞いたことあるわ。でも、どうやって食べるの?」
「ちょっと貸してみて」
まず足からハサミの部分をもぎ取る。
そして、そのハサミを使い、殻をその形に添って切る。
「わっ! 凄い切れ味ね!」
「でしょ? オオサワガニに接近戦を挑んじゃ駄目だよ」
「挑まないわ……真っ二つにされちゃうもの」
「まあ、慣れてくれば、ハサミを避けながら戦うのも簡単だけどね……ほら、これで食べられるよ」
俺はカニの足を食べやすいように切ってクラリスに差し出した。
「中身はピンク色なのね。美味しそう! ラグナくんが半分食べる?」
「いいの?」
「殻を切ったのはラグナくんだし。それにこれから沢山カニを倒すのよ。欲張っても仕方ないでしょ」
「クラリスさんは優しいなぁ。でも、今渡したのはクラリスさんが全部食べてよ。俺はこっちのハサミの中身を食べるから」
ハサミのほうにも身はぎっしり詰まっている。
しかし、ハサミは一つしかないので、さっきと同じ方法で殻を切ることはできない。
だから俺は素手で殻を割ることにした。
「……ねえ、ラグナくん。この殻って、私がさっき戦ってたときよりも柔らかくなってるの?」
「いや。一緒だと思うけど」
「それを指先の力だけで割ってしまうラグナくん……」
「何を今更驚いてるの」
俺の身体能力が普通と違うことなんて、今まで何度も目の当たりにしてきたはずだ。
カニの殻を割ったくらいで、改めて戦慄されてもなぁ。
「そりゃ、ラグナくんが強いのは分かってたけど。私はオオサワガニを倒すのに、あんなに苦労したのに。それをいとも容易く割られると……」
「クラリスさんも一撃でオオサワガニくらい倒せるようになるよ。なってもらわなきゃ困る。それはそれとして、食べなよ」
「うん……んん!? 美味しい!」
クラリスはカニの肉をちゅりゅーんと飲み込んでしまった。
「今まで食べたことのない味だわ! もっと食べたい!」
「もうないよ」
俺も自分の分を食べてしまった。
「うぅ……ラグナくんにあげなきゃよかったわ……」
「ええ……クラリスさんの優しさに感動してたのに」
「冗談よ。よーし、カニを沢山倒して、カニを沢山食べるわよ!」
クラリスはやる気をみなぎらせる。
そのやる気が食欲から発生しているのが可愛らしい。
本当の目的はレベル上げなのだが……まあ、それだって忘れたわけではないだろう。
それから三匹目、四匹目と倒したところで、俺のMPもなくなってきた。
クラリスがカニと戦っている途中、レッド・ダイヒトデーも現われたが、それは俺が剣で倒しておいた。
「今日はここまでだね。日も暮れてきたし」
「一日かけて四匹かぁ……倒すのに時間かかるし、意外と見つからないものだし、MPもなくなっちゃうし。もっと効率よくできないものかしら」
「これでもマナヒールのおかげで、普通じゃ考えられないくらい効率いいんだけどね。単純にレベルを上げることだけ考えたら、メタル系モンスターを倒すのが一番早い」
「メタル系モンスター? そう言えば、昨日、町で会った三馬鹿もそんなこと言ってたような?」
三馬鹿とは酷い呼び方だなぁ。
ピッタリだけど。
俺も次からはそう呼ぼう。
「メタル系モンスターってのは、普通のモンスターより遙かに多い経験値をくれるモンスターだよ。ただし滅多に出会えないし、逃げ足も速いから、よほど運がよくないと倒せない」
「ふーん……じゃあ、あのジョージって奴は運がよかったのね」
「そうだね。運だけはいいみたいだ。けど、運だけでレベルがあがると、それに見合った戦闘技術が身につかない。あと一層でやった、強いモンスターに俺がダメージを与えて、クラリスさんがトドメだけ刺すって方法も、レベルが上がるのは早いけど、クラリスさんに本当の意味での戦闘経験はたまっていかない」
「戦闘経験かぁ……オオサワガニと戦ってるだけで、それは身につくのかしら? あいつら単調な動きしかしないけど」
クラリスは首を傾げる。
「まあ、カニだから横にしか動けない奴だけど。それでも横移動だけはそこそこ素早い。クラリスさんはその動きをちゃんと観察して、距離を一定に保っていた。だんだん動きが洗練されてたよ」
「そ、そうかしら……私はただ、ぼんやり攻撃してるだけじゃ芸がないと思って、できるだけスムーズに倒そうと思っただけなんだけど……」
と、クラリスは照れくさそうに目をそらして髪の毛をいじる。
それから。
「動きが洗練されてきたってことは、カニ以外と戦ってもいいってことかしら!?」
「いや。オオサワガニ以外だといきなり難易度があがるから駄目。レベル3になってから」
「駄目かぁ……ところで、あのカニを何匹くらい倒せばレベル3になるの?」
「そうだなぁ……成長負荷の印を計算に入れると……五十匹くらいかな」
「五十! でも、大変だけど、そこまで無茶な数でもないか……」
「そうそう。最上層までの長い道のりを考えればすぐだよ。それにクラリスさんがオオサワガニに完全に慣れてきたら、俺がダメージを与えてからクラリスさんがトドメを刺す方式に変えてもいいし」
俺はクラリスを励ます。
そして二人で宿に戻り、一泊。
次の日、また同じ森にやってきて――そこでメタル系モンスターに遭遇してしまった。




