40 タペストリー
俺たちは二層最初の町に辿り着いた。
それは湖畔に沿って作られた細長い町だ。
せっかく綺麗な湖が隣にあるというのに、全体を城壁で覆っている。
景色が見えなくてもったいないが、塔の内部の町はこうして守りを固めないとモンスターが侵入して来る恐れがあるから仕方がない。
逆に言えば、警戒しているのはモンスターに対してであり、人の往来に制限はない。
俺とクラリスは、いくつかある門の一つから中に入る。
この町の名は、アディールシティ。
人類が二層に到達して最初に開拓した町であり、もともとはヴァルティア王国の辺境だったが、今ではベルナー公国の一部になっている。
ベルナー公国は、前世の俺の故郷だ。
もっとも俺が生まれたのは首都だから、こことは別の場所だけど。
「二層の町も、やっぱり城壁の中は普通なのね」
「そりゃ、住んでるのが同じ人間だからね。塔の中に住んでいるうちに手足が伸びたりしたら町の形も変わるだろうけど。千年経っても人の姿は変わらなかったから」
「なるほど……確かに、変な形の建物を作っても、使いにくそうだもんね」
「そういうこと」
誰でも城壁の上に登れるようになっていたので、俺とクラリスは階段を上り、町を一望することにした。
大きな建物がないので、遠くまで見渡すことができる。
人口は五千人ほどだろうか。
ほとんどが城壁の内部に収まっているが、湖に作られた港と倉庫らしき建物だけは外部にあった。
湖から町中に水を引き込んで、水路が至る所に通っている。
水路を伝ってモンスターが入ってこないよう、湖と水路の境目には鉄格子があり、万が一侵入されたときはモンスターを閉じ込めるため水門を降ろすことになっている。
これは二層の町としては一般的な構造だ。
「ねえねえ、ラグナくん! 湖で泳いでる人たちがいるわよ! 私も泳ぎたいなぁ」
確かに何人か湖で遊んでいる者がいた。
暦の上ではまだ春だが、この二層は年間を通して温暖だ。
なので冬以外は泳ぐことができる。
「ほんとだ。でも湖はモンスターが出るから。あの人たちはモンスターに襲われても素手で返り討ちにできるくらい強いんだよ」
「そっかぁ……」
クラリスはがっくりと肩を落とす。
全身で感情を表す人だなぁ。
「クラリスさんもレベル3になったら泳いでいいよ。魔法使いだから武器がなくても戦えるし」
「ほんと!? よーし、早くレベル3になるわよ!」
どよーんとしていた表情が、一瞬で明るいものに変わった。
「その意気だよ。でも、今日はもう日が暮れそうだから、宿を探すことにしよう。レベル上げは明日から」
「あと棒術の特訓もね!」
「そうだね」
城壁から降りた俺たちは、町の人に宿屋の場所を聞いて、そこに向かう。
ちなみに『天墜の塔』の通貨は、場所によってコインのデザインが違ったりするが、ヴァルティア王国のものに合わせて同じ大きさ同じ材質なので、どこに行っても使える。
宿屋でとりあえず、二人で一泊分の料金を先払いした。
「おや。これはヴァルティア王国で作られたコインだね。あんたたち、一層から来たのかい?」
宿屋のおばちゃんに聞かれたので、
「いえ、塔の外からです」
と、正直に答えた。
「外から……へえ、二人とも小さいのに遠いところからご苦労様だねぇ。私はこの町から出たことないけど、外はモンスターが沢山いるんだろう?」
「この辺は沢山ってほどじゃありませんけど、ちらほらいますね」
「ここまで来たってことは、モンスターを倒しながらなんだろう? 私はそういうの怖くって無理だねぇ。あんたたちも、この町のタペストリーを買って帰るのかい?」
「タペストリー?」
俺は首を傾げる。
するとクラリスが耳打ちしてきた。
「アディールシティのお土産を買って帰ると、ヴァルティア王国で勇者扱いされって言ったでしょ。それがタペストリーのことらしいわ。地図帳にもそう書いてあるし」
「ああ、なるほど」
タペストリーならかさばらないし、分かりやすい証拠になる。
「俺たちはタペストリー目当てじゃないですよ。もっと先に進みます」
「そりゃ珍しいねぇ。どこまで行くんだい?」
「最上層まで」
という俺の言葉を冗談だと思ったのか、おばちゃんは笑い出した。
まあ、二層辺りだと本気で上を目指している冒険者が少ないから、普通の反応だ。
しかし持ち帰る予定はないが、タペストリーがどういうものなのか気になるので、部屋に荷物を降ろしてから、おばちゃんにお土産屋の場所を聞いて、クラリスと向かうことにした。
お土産屋は小さな建物の中に、変な置物とか、箱菓子とか、町の名前が書かれたタオルなどが所狭しと売られていた。
……誰が買うんだろう?
いや、塔の外から遙々やって来た冒険者なら、大喜びで買うかもしれない。
「ねえ、ラグナくん。これがタペストリーじゃない?」
「うん。そうみたいだ」
壁に飾られた三角形の布。
アディールシティと大きく書かれていて、その横に湖が描かれている。
おお、これこそ、塔の外に持ち帰ると勇者になれると言い伝えられる、伝説のタペストリーだ!
「……思い出した。確かにこれ、俺の実家にもあった」
「え、ほんと? そう言えばラグナくんのお父さんも、二層から生還した冒険者だもんね。父親の背中に追いついたわね!」
「まあ……そうだね」
俺は父さんのことを家族として慕っているが、別に冒険者としては目標にしていない。なので同じお土産屋に辿り着いたからといって、特に感慨はない。
むしろ――。
「俺は父さんに追いついたことよりも、クラリスさんという仲間と一緒に二層まで来たことのほうが嬉しいかな。誰かと一緒にずっと冒険するってことなかったから。このままずっと一緒に登っていきたいな」
俺は素直な気持ちを口にしてみた。
すると案の定、クラリスは頬を朱に染めて俺を見つめてきた。
「クラリスさん、照れ屋にもほどがあるよ」
「う、うるさいわね! 別に照れてないわよ!」
「ふぅん。ところでクラリスさんは俺と一緒に二層に辿り着けて、嬉しくないの?」
「嬉しいに決まってるでしょ! 照れくさいこと言わせないでよ!」
「やっぱり照れてるじゃん」
「ぐぬぅ……! お姉さんをからかうんじゃありません!」
クラリスは杖で俺の頭をコツンコツンと叩いてくる。
相変わらず、からかい甲斐がある人だ。




