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34 一層を進む

『天墜の塔』一層は、ヴァルティア王国の一部だ。

 クラリスが持ってきた地図帳いわく、人口一万人規模の街が四つと、大小様々ないくつかの町があるらしい。


 塔の外にある都市と違い、内側の町はその周囲を城壁で囲っている。

 もう地上にはヴァルティア王国以外に人が住んでいる土地はないので外敵に備える必要はないが、塔の中にある町はモンスターの攻撃を受ける恐れがある。だから城壁が必要なのだ。


 二層へ通じる転送門は一層の中心地にある。かなり急いで歩いても、おおよそ二週間はかかるだろう。

 その中間地点に街がある。

 塔への入口が四つだから、街も四つというわけだ。

 俺とクラリスは地図を見ながら、街を目指して進む。


 モンスターと何度も遭遇したが、一層はスライムばかり出てくるので、倒してもレベルアップには繋がらない。

 ただドロップするスライム玉が食料になるのがありがたい。


 あと、たまに出てくる一角ウサギという狼ほどもある角の生えたウサギもいい。肉をドロップする。しかもこの肉、最初からステーキのような形なので、焼けばいいだけ。


 水源は地図で確認できるので、飲み水にも困らない。


 初日は地図帳に載っている『オススメ野宿スポット』の一つである、大樹の下に泊まることにした。

 先客の冒険者が三人いたので、彼らと交代で焚き火の番をした。次の日の朝、それぞれの幸運を願って別れる。


「他の冒険者と野宿するなんて初めての経験だったわ」


「そっか。俺は懐かしかったよ」


「ラグナくん。あなた本当に七歳?」


「実は六十七歳だったりして」


「あはは、それはないわ。六十七歳だったらもっと言動が大人っぽいでしょ」


「む」


 前世と合わせたら本当に六十七歳なのだが。

 俺、そんなに子供っぽいか?

 いや、見た目が子供だからそう感じるだけだ。

 中身はちゃんとジジイだ。枯れている。多分……。


「ちなみに、あそこに見える山で『凄いトウガラシ』が手に入る」


「へえ……見るからに険しい山ね」


「登るだけでも時間がかかるし、オオカミ系とかコンドル系のモンスターが襲ってくるから大変だよ。食虫植物もいたし」


「ラグナくんなら、そんなの簡単に倒せるんじゃないの?」


「倒せるけど、面倒なことに変わりはないよ。それにトウガラシを奪われないよう守りながらだし」


「モンスターはトウガラシを奪ってどうするつもりなのかしら……」


「辛党なんじゃないの?」


 塔に入ってから七日目。

 俺たちは一層の中間地点にある街に到着した。


「城壁の中は、塔の外とあまり変わらないのね……」


 クラリスは物珍しそうにキョロキョロしながら呟いた。


「一層と二層のモンスターは、石の城壁で十分に侵入を防げるからね。町中は平和なものだよ」


「本当ね……子供が元気に走ってるわ」


 前世の俺が生まれたベルナー公国も、似たような雰囲気だった。

 ただ、ここ一層のモンスターはレベル1でも戦えるから、町の外に気軽に出かけられるだろうが、二層はそうもいかない。ベテラン冒険者の護衛がないと、レベル1はすぐに殺されてしまう。

 だから二層から上の住民は、生まれてから死ぬまで城壁から出たことがないという人が珍しくなかった。


 不便なようだが、塔の外も都市が一つあるだけで、あとは荒野が広がるばかりだから似たようなものだ。


 それに塔の外の水や土は、アイテムを使って浄化してやらないと、すぐに毒にまみれてしまう。

 一方、塔内部の水と土は、そのままでも使えるというメリットがある。


 とはいえ場所によっては、草一本生えていない砂漠とか、しょっちゅう噴火が起きてマグマの川が流れている所など、生存に適さない土地も多い。


 明らかにデメリットしかないような場所に人が住んでいたりすると、この塔が墜ちてきてから千年という時間が流れたのだなぁ、と感じてしまう。


「ねえ、ラグナくん。見て見て。名物のスライムパフェだって。食べてみましょうよ」


「パフェにスライム玉が入ってるのか。確かに美味しそうだね」


 俺たちは喫茶店に入り、スライムパフェとやらを食べてみた。

 とろけるほど甘い。

 前世の俺は甘いものが苦手だったが、肉体が変わったせいか、こういった物も楽しんで食べられるようになった。


「ああ、美味しかった」


「うん。塔でしか手に入らない食材を使ったご当地グルメも、塔を登る醍醐味の一つだ」


「ところでさ。モンスターって倒すと死体が消えるじゃない? 食材がドロップすることもあるけど、凄く小さいし……塔の中に住んでる人たちは、どうやって食料を確保しているのかしら?」


「城壁の中に牧場があって、牛や豚を育ててるんだよ。畑もある。家畜も野菜も、もともとは塔の外から持ち込んだものだけど、もう何世代も塔の中だけで育てている」


「なるほど。塔の外から連れてきた生き物は、塔の中で倒しても死体が消えないのね」


「そういうこと」


 クラリスは「ふむふむ」と感心した顔で頷く。

 それから俺たちは宿屋に行って、借りた部屋に荷物を降ろす。


「時間も早いし、あんたら、公衆浴場に行ってきたらどうだい? 街の外から来たってことは、ずっとお風呂に入ってないんだろ?」


 宿屋のオバチャンにそう言われた俺たちは、大喜びで公衆浴場の場所を教えてもらった。

 この一週間、たまに水浴びをして汗は流していた。が、やはり温かいお湯に浸からないと疲れは取れない。


「ああ、いいお湯だったぁ……生き返った気分ね」


「うん。やっぱり街は色々な物があっていいな。二層に行ったら、ベルナー公国を拠点にしてレベル上げしよう」


「分かったわ。でも教科書の地図、二層はあまり詳しく載ってないわよ」


「大丈夫。俺が詳しいから」


「ふぅん……ラグナくん、二層に行ったことあるの?」


「まぁね」


「まだ七歳なのに、本当に凄い奴ね、あなた……」


 クラリスは褒めているような嫉妬しているような、微妙な声を出す。


 俺たちは町に一泊し、朝一番で公衆浴場にもう一度行ってから出発した。


 そして、塔に入ってから二週間が経った頃。

 予定通り、二層へ通じる転送門が見えてきた。


「あれだよ。光の柱があるでしょ」


 俺は丘の向こうに見える光を指さした。


「ほんとだ。ぼんやりと光ってるわね」


 クラリスが言うとおり、金色の淡い光が空に向かって伸びている。


「一層と二層の移動は、転送門に辿り着くだけでできるんだ。簡単だよ」


「つまり、三層以降は辿り着くだけじゃ駄目なの?」


「そうだね。ま、その辺は今度説明するよ。まずは二層に行こう」


「二層かぁ……まさかこんなに早く二層に行けるなんて、ラグナくんに会う前は想像もしてなかったわ!」


 俺とクラリスは、小走りで光に向かっていく。

 丘の上に登ると、眼下に転送門の台座が見えた。


 灰色の石畳と、その四隅に建つ柱。

 そして石畳の中央には、一軒家がすっぽり収まりそうなほど巨大な魔法陣が描かれており、そこから空に向かって金色の光が伸びている。


「あれと同じような台座が二層にもある。で、あの魔法陣の中に立って『二層に行きたい』と念じれば、二層の魔法陣に転送されるんだ。二層からこっちに帰ってくるときも同じだね」


「転送ってさ、つまりどういうことなの?」


「どうって言われても……夢を見ていると、急に場面が切り替わったりするでしょ。あんな感じで、二層まで一気に飛ばされるんだ」


「ええ? 信じられないわ」


「この塔は信じられないようなことがよく起きるんだよ」


「それにしたって……まあ、行ってみれば分かることね」


「そういうこと」


 俺たちは丘を一気に下ろうとした。

 だが、それを呼び止める声が背後から聞こえてきた。


「ちょっと待ったぁぁぁっ!」


 その声の主は……校長だった。

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