33 地震
塔に入る前に、できるだけかさばらない携帯食――例えば乾パンや干し肉などを買う。
それとナイフを二本。刃物が全くないと不便なので、一本をクラリスに渡す。俺は剣を背負っているが、やはり細かい物を切るときはナイフのほうが便利なので一本持っておく。
ゼンマイを回すと燃料なしで光ってくれる『ゼンマイ式魔法のランタン』も二つ。
タオルも二枚買おう。汗を拭くにも顔を洗うにも便利だ。
あとは胃腸薬か。
「マッチも一応買うか。クラリスさんの炎魔法があるからいらない気もするけど。レインコートも必要だ。防寒具になるし。あと……一層の地図とか売ってないかな」
「あ、地図ならあるわよ。ほら」
そう言って、クラリスは自分のリュックから一冊の本を出した。
「その本、何?」
「学校の教科書よ。一層の地図帳。生息してるモンスターとか野宿するのに適してる場所とか書いてあるの。必要だと思って持ってきたわ」
「へえ……そんな教科書があったんだ。知らなかった」
「ラグナくん、初日だけ登校して、あとはサボってたもんね」
「うん。そういう役に立ちそうな座学があったなら、もうちょっと出席しておけばよかったかな……でも一層は素通りするし。別にいいか」
「あなた、本当に何しに入学したのか分からないわね……」
「だからクラリスさんと出会えたからいいんだってば」
「そういう恥ずかしい台詞禁止!」
「何を恥ずかしがってるんだよ。子供だなぁ」
「七歳のくせに生意気!」
プリプリ怒るクラリスを「はいはい」と宥めつつ、必要な物を買う。
そして店を出ようとした、そのとき。地面が揺れた。
「わっ! 地震だ!」
クラリスは俺にしがみついてくる。
町の人たちも柱とか壁とかにつかまって、揺れが収まるのを待った。
地震は数十秒続き、ようやく治まる。
窓ガラスが割れたりといった被害もなく、たんにお騒がせしただけの地震だった。
「ああ……ビックリした。地震なんて何年ぶりかしら。私が小さい頃に一度あったけど……四歳とかだったかなぁ」
「へえ。前にも地震があったんだ」
「あ、そっか。その頃、ラグナくんはまだ生まれてないのね。うーん……ジェネレーションギャップ……」
「そんな、大げさな」
ジェネレーションギャップというか、塔の内側と外側のギャップを俺は感じている。
塔の内側でも地震はあった。
しかしそれは、地下で巨大なモンスターが暴れているとか、火山が噴火を起こすとか、そういう攻撃的な原因があった。
一方、塔の外にモンスターはいないはずだし、近くに火山もないから、今の地震は別の原因だ。
「地震ってどうして起きるんだろう?」
「さあ? 千年前はもっと大きな地震がしょっちゅう起きてたらしいわね。それこそ人間が滅びかけるくらいに」
「うん。でもある日、あの『天墜の塔』が墜ちてきて、それで地震が収まったんだ」
「まあ、収まったと言っても、こうして小さな地震は何年かに一度あるんだけどね。流石にこのくらいじゃ人間は滅びないわ」
「そりゃ滅びないけどさ。地震って何なんだろう。『天墜の塔』はどうして墜ちてきたんだろう。気になるなぁ。最上層に行けば分かるかなぁ」
「ラグナくん。オモチャをねだる子供みたいな顔になってるわよ。まあ、子供だから仕方ないんだけど」
「冒険者は童心を忘れちゃいけないんだよ」
「ふぅん……じゃあ私みたいな大人の女性には厳しい世界なのかしら」
クラリスは顎に手を当て、ニヤリと格好つけた笑みを浮かべた。
「は?」
「その『は?』って何よ!」
クラリスがまた俺の頬を引っ張ろうとするので、走って塔に逃げ込んだ。
この瞬間から、第二の人生における、本格的な塔の攻略が始まった――。




