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30 がんばれクラリス

「ぎゃぁぁ! でかい! 怖い! こんなの聞いてないぃぃぃぃ!」


 クラリスは涙を流しながら泣き叫んだ。

 情けない姿だが、しかし無理もない。

 戦闘力そのものはともかく、グリーン・サーペントの大きさは俺ですら威圧感を覚えるほどだ。

 というか俺の体は七歳のものなので、体感的には他の人よりもグリーン・サーペントを大きく感じている。


 そして十三歳のクラリスも、まだまだ子供の体だ。

 そもそも一層の入口付近でスライムを相手にしてきた少女に、いきなりグリーン・サーペントを見せるのは刺激が強すぎたかもしれない。

 先に説明しておくべきだった。

 が、反応が面白いので、これはこれでアリだな。


「落ち着いて。戦闘は俺がやるから。クラリスさんは弱ったところに攻撃魔法を撃てばそれでいいから」


「だってだって! こんなに大きいモンスター、ラグナくんでも無理よぉぉぉぉ!」


「勝てるって。前に何匹も倒したし」


「え! マジで!?」


「うん」


「キシャァァァァァァッ!」


「うわぁぁ口も牙も大きいッ! でも……そうね! 大きければいいってものじゃないわ!」


 怯えきっていたクラリスの顔に、戦意が戻ってきた。

 気持ちの切り替えが早い。これは得がたい才能だ。


 グリーン・サーペントは口を大きく開けて、俺たちを二人まとめて飲み込もうと向かってくる。

 俺は反射的に背負った剣を抜きそうになった。

 だが、剣を使ったら一撃で終わってしまう。

 ここは素手で殴る……いや、デコピンしたほうが上手い具合に手加減できるだろう。


「えいっ」


 俺はグリーン・サーペントの鼻先にデコピンを打ち込んだ。

 グリーン・サーペントは吹き飛び、水面に落ち、そこでビクビクと痙攣した。


「クラリスさん。トドメを」


「え、あ、うん。ファイヤーボール!」


 クラリスはグリーン・サーペントに攻撃魔法を放った。

 爆発が起きたあと、標的の死体が消えていく。


「よし。丁度一発で倒せたね。MP効率がいい。この調子でいこう。でも水面で倒すとアイテムをドロップしたかどうか分からないから、陸に吹き飛ばさないと……」


「ちょ、ちょっと待って……ラグナくん、デコピンであのおっきいのを吹っ飛ばしたの? どんだけ強いの?」


「こんだけ強いよ。クラリスさんのMPって、その杖で増えた分をいれて38だったよね。ファイヤーボールをあと十八発分。休まずいこう」


「よ、よし! ドンと来い!」


 クラリスは再び杖を構えて威勢のいいことを言う。

 そして二匹目のグリーン・サーペントを見ても、今度は悲鳴を上げなかった。

 しっかりと正面から敵を見据えている。

 本当に覚悟を決めたらしい。

 十三歳にしては肝が据わっている。頼もしい限りだ。


 俺がデコピンやら張り手などでグリーン・サーペントを弱らせ、地面で瀕死の状態になっているところにクラリスがファイヤーボールを打ち込む。

 ドロップした宝石を拾う作業をいれても、一匹辺り三分程度で狩ることができた。

 とてつもなく効率がいい。


「MPゼロ……つ、疲れた……」


 十九匹目のグリーン・サーペントを倒したクラリスは、ペタリと草むらに座り込む。

 俺はドロップした四つ目の宝石を拾い、鞄に入れる。


「お疲れ様、クラリスさん。丁度お昼だ。一休みしよう」


 俺は鞄から紙袋を二つ出し、一つをクラリスに渡した。


「あ。パンが入ってる!」


「腹が減ってはレベル上げはできないからね」


「でも、お腹がいっぱいになってもMPは回復しないわよ? ラグナくん、MPを回復させるアイテムとか持ってるの?」


「アイテムはないけど手段はあるよ。あと牛乳もある」


 鞄から水筒と二つのマグカップを取り出す。

 近くにテーブルになりそうな平たい岩があったので、そこで水筒からマグカップに牛乳を入れる。


「準備いいのねぇ」


「このくらいは普通だよ。お昼ご飯しか持ってきてないし。何日もレベル上げし続けるときは、もっとかさばらない食料にする。まあ、現地調達もするけど」


「食料の現地調達? でもモンスターって倒すと死体が消えちゃうから食べられないでしょ?」


「食べられるアイテムをドロップするモンスターもいるんだよ。スライムだってスライム玉を落とすでしょ」


「あ。言われてみれば。あれ、甘くて美味しいのよね……」


 思い出したのか、クラリスはうっとりとした顔になる。


「でも、このパンも美味しいわ。ハチミツが入ってるのね」


「クラリスさんは甘いものが好きなの?」


「甘いものが嫌いな女の子はいないわよ」


「それは偏見だと思うけど……」


 しかし俺の母さんも甘いものが好きだった。

 前世で出会った女性たちも、甘党が多かった気がする。

 とはいえ辛党の女性だっているだろう。

 決めつけはよくない。


「さあ。お腹いっぱいになったところで、続きをやろうか」


「待ってよ、ラグナくん。私のMPが空なんですけど?」


「それを今から魔法で回復させるのさ」


 前世の俺は魔法をほとんど使えなかったが、回復魔法だけはCランクまで上げていた。

 ソロで戦うには必須の魔法だったし、ごく稀にパーティーを組んだときも活躍した。

 そして今、クラリスのMPを回復させる役にも立つ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――

名前;マナヒール

説明:自分のMPを相手に渡す魔法。使用するには相手に直接触れる必要がある。

――――――――――――――――――――――――――――――――――



 この上なく分かりやすい説明の魔法だ。

 俺のMPは現在160ある。これをクラリスに渡せば、ファイヤーボールをあと八十発も撃つことができる。


「クラリスさん。手を握らせて」


「え!? きゅ、急にどうしたのっ?」


「いや。別にほっぺでも脚でもお腹でもいいんだけど。とにかくクラリスさんに触らないと使えない魔法なんだよ」


「その魔法でMPを回復させるの……? まあ、手を握るくらいなら……」


 クラリスはモジモジしながら手を伸ばしてきた。


「何で年下の男と手を繋ぐだけでそんな緊張してるの? 変じゃない?」


「だ、だって……ラグナくんって小さいくせにえっちじゃない。だから変なことされないかなぁって心配なの!」


「俺はえっちじゃないし。クラリスさんがえっちだからって、周りの人もえっちだと思うのはやめたほうがいいよ」


「私、えっちじゃないもん!」


「はいはい」


「雑ぅ!」


 ぷりぷり怒るクラリスを無視して、俺はその手を握りしめた。

 そしてマナヒールを発動。

 彼女のMP最大値である38を譲渡する。


「な、何かラグナくんに握られたところが熱いんだけど……」


「MPを流し込まれるとそんな感じになるらしいね。ちょっとだけ我慢して。すぐに終わるから」


「……でも熱いのが全身に広がっていくし……体がふわふわする……」


「大丈夫だって。別に痛くないでしょ?」


「うん……痛くはない……むしろ、気持ちいい……? ひゃん、変な感じがする!」


「ちょっと、クラリスさん。変な声を出さないでよ。びっくりするでしょ」


「だって……本当に、これ……あっ、ちょ、ラグナくん、一回止めて! あひゃひゃひゃ」


「駄目だよ。今日中にレベル2にするんだから。怠けないで」


「怠けるとかじゃなくて、くすぐったいの! あひゃひゃひゃ!」


 突然、クラリスの体がビクンと跳ねた。

 そして糸の切れた操り人形のように倒れてしまう。

 俺は慌ててそれを受け止めた。


「ふぇぇ……体に力が入らないよぅ……やめてって言ったのに……ラグナくんのいじわる」


 クラリスは焦点の合わない目で俺を見つめる。


「……マナヒールが気持ちいいって話を聞いたことあるけど……こんなになった人は初めて見たな……クラリスさん、かなり敏感なんだね……」


「確かにくすぐったがりとはよく言われるわ……」


「くすぐったがりかぁ……でも、我慢してもらわないと」


「本当にレベル2になれるなら我慢するわ……!」


 俺はクラリスの腕を引っ張って立たせた。

 すでにMPの譲渡は済んでいる。

 あとは凄いトウガラシを湖に投げれば、レベル上げを再開できるのだが……。


「私はもう大丈夫よ! 再開しましょう!」


「クラリスさんがそう言うなら」


 彼女を信じて、湖にトウガラシを投げグリーン・サーペントを呼び出す。

 少し動きがぎこちなかったが、午前中と同じようなリズムで狩ることができた。

 俺の予想では、合計六十匹ほど狩れば、レベルが上がるはずだ。


 トウガラシ投入。デコピン。クラリスがトドメ。

 トウガラシ投入。デコピン。クラリスがトドメ。

 MPがなくなったらマナヒール。

 とてもリズミカルな流れでグリーン・サーペントを狩りまくる。


 俺はふと、わんこそばという食べ物を思い出した。

 かつて天変地異が起きる以前、遙か東にあった国の郷土料理らしい。

 その国の末裔が塔の中で、わんこそば屋を開いていたのだ。

 わんこそばを食べるリズムと、グリーン・サーペントを狩るリズムがそっくりだ。


 この光景を見た人は『グリーン・サーペントは何て弱いんだろう』と誤解するかもしれない。

 だが、俺がいるから可能な芸当だ。

 おそらく校長でもグリーン・サーペントを一匹倒すのに一時間はかかるはず。

 もし、わんこそば狩りを誰でもできるなら、この国の平均レベルは5を超えるだろう。


 やがて空が赤くなり始めた頃。

 六十匹目にファイヤボールを撃ち込んだクラリスが「あっ!」と大声を上げた。

 そのまま固まり、一点を見つめ続ける。

 きっと自分のステータスウィンドウを見ているのだろう。


「上がった! レベルが上がった!」

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