24 お隣のお姉さん
「ラグナくん、起きなさい。ラグナくん、朝よ!」
少女の声とともに、扉をノックする音が聞こえる。
「……?」
目を覚ました俺は、いつもと違う天井に戸惑う。
ああ、そうだ。昨日から学校の寮に引っ越したんだった。
そしてこの声の主は、お隣のクラリスだ。
壁掛け時計を見ると、六時半。
入学式は八時からと言っていたから、あと一時間半もある。
「こんな朝早くから何の用?」
俺はパジャマのまま扉を開ける。
すると、そこにはネクタイをしっかり締め、ブレザーとプリーツスカートで身を包んだクラリスが立っていた。
「おはよう、ラグナくん。やっぱりまだ寝ていたのね。ふふ、私のほうが早起き! ようやく一勝ね」
「はあ……そんな勝負があったとは知らなかった。あと三十分くらい二度寝してもいいかな?」
「駄目よ。あなた、それでも私のライバルなの? そんな情けないこと言わないで」
「え? ライバル?」
「そうよ。入学試験で試験官を倒し、更には校長も倒し……そして昨日は私にディベートで勝ったわ。あなたこそ、私のライバルにふさわしい!」
クラリスはビシッと俺を指さした。
やべぇ……昨日は可愛い女の子が隣で嬉しいなぁとか軽く考えてたけど、かなり面倒くさい性格だぞ。
「それに昨日の夜、食堂のオバチャンに言われたでしょ。朝の食堂は混むから、早めに並んだほうがいいって」
「それは確かに……分かったよ。俺も着替えるから、廊下で待ってて」
クローゼットから制服を出して袖を通す。
そして、俺は大変なことに気がついた。
前世を含めて、俺は一度もネクタイを結んだことがない!
制服にネクタイがあると分かっていたんだから、練習しておくべきだった……。
「……クラリスさん」
俺は廊下に出て、そこで待っていたクラリスに恥を忍んで頼むことにした。
「ネクタイの結び方……教えて……」
その瞬間、クラリスの顔がパッと輝いた。
それはそれは、太陽のように素敵な笑顔だった。
「え!? あなた、ネクタイ結べないの! 昨日あれだけ『自分はしっかり者です』みたいな雰囲気出しておきながら、ネクタイは結べないのね! ネクタイ結べないのに、私のこと地図読めない奴って馬鹿にしてたのね! うふふふふふふ」
どんだけ笑ってるんだよ。
ああ、もう……悔しいな!
「俺が悪かったです。だからネクタイの結び方を教えてください。クラリスさん」
悔しくてたまらないが、今はクラリスが圧倒的に優位なので、下手に出るしかない。
「素直でよろしい。いい? ネクタイはこうやって、こうして……」
クラリスは腰をかがめて、俺のネクタイを結び始める。
「はい、完成」
「ありがとう。でも、一度説明されただけじゃよく分からないな」
「ふふふふふ。じゃあ明日も結んであげるわ。もう、ラグナったらお姉ちゃんがいないと何もできないんだから」
クラリスは俺に勝てるところを見つけたせいか、もの凄く嬉しそうだ。
まったく。いつから俺のお姉ちゃんになったんだ?
まあ、デールよりクラリスのほうを家族にしたいけど……いや、こんな人が同じ家にいたら疲れるから、やっぱり嫌だ。
俺とクラリスは洗面所に行き顔を洗い、寮の食堂に行って朝食を食べる。
「どう? 早い時間だから、とても空いてるでしょ」
「確かに、並ばずに注文できるのはありがたい」
しかし注文と言っても、日替わり朝食AセットとBセットがあるだけだ。
ちなみに昼は、日替わり昼食AセットとBセット。
夕飯は、日替わり夕飯AセットとBセット。
町の食堂のように、何でも好きなものを注文することはできない。
しかし昨日の夜、クラリスと一緒にこの食堂を利用したが、味は悪くなかった。
料理が不味いと悲しい気分になってくるので、美味しい料理が出てくるのはありがたい。
授業にも身が入るというものだ。
「Aセットはオムレツとコーンスープか……Aセットにするか」
「ラグナくん。あなたオムレツ好きなの?」
「いや。特には。たまたまオムレツ食べたい気分だっただけ」
「ふぅん……私はBセットにするわ」
Bセットはトーストとベーコンと目玉焼きだった。
注文したらすぐに出てきた。
俺たちは料理を乗せたトレイを持って、窓際の席に座る。
「ところでラグナくん。あなた校長を倒したときは剣を使ってたけど、そのあと風魔法を覚えたのよね? この私に憧れて。この私に憧れて」
「何で同じことを二回も言うんだ?」
「大切なことだもの。それでラグナくんはどの授業をメインに選択するの?」
この学校。
塔の一層と二層にいるモンスターやアイテムの知識を学ぶ座学の授業はどの生徒も共通だが、実技の授業は好きなコースを選択できる。
コースは、剣、槍、斧、弓、魔法の五種類だ。
一つのコースを集中して受けてもいいし、「剣と魔法」とか「槍と弓」のように組み合わせてもいい。
「俺は魔法を選ぶよ」
「そっか……まあ、あなたより剣が強い先生はいないでしょうしね」
「自慢じゃないけど、そうだろうね」
などと言いつつ、俺は自慢げな声になってしまった。
仕方がない。
俺だって自慢したいときがあるのだ。
「もちろん私も魔法がメインよ。よかったわね。憧れのクラリスお姉さんと同じ授業を受けられるわよ」
「クラリスさんが何か言うたび、憧れが薄れていくのが悲しいよ」
「はっ!? あなた、顔に似合わず本当に毒舌ね!」
「俺が特別毒舌なわけじゃないよ。クラリスさんの言動がツッコみどころ満載なだけだと思う」
「酷いことを天使みたいな笑顔で言われた! かつてないショックなんですけど!」
クラリスはムキーッと怒りながら、目玉焼きにフォークを突き刺した。
なんとも、からかい甲斐のある少女だ。
これは楽しい学園生活になりそうである。




