19 アイテムを家に持ち帰った
レベル上げの初日は、三十匹のスライムに、グリーン・サーペント。あと五匹のブルー・ゴーレムを倒した。
ブルー・ゴーレムは水辺によく現われる、水色の石でできたゴーレムだ。身長は二メートレ弱。倒すとたまに、『浄化の石』をドロップする。
『浄化の石』は汚染された水につけると、飲用可能なまで綺麗にしてくれる便利な石だ。
世界全土が毒に汚染されている塔の外では、生活必需品。
使い続けると効果が消えていくので、需要は常にある。
塔の外に住む冒険者のほとんどは、これともう一つ、土壌を綺麗にする『浄化の粉』を手に入れるために存在していると言っても過言ではない。
『浄化の石』も『浄化の粉』も、一層で手に入る。
この二種類があれば、とりあえずは生きていくことができる。
だから二層から先に上る合理的な理由はないのだ。
もちろん、上に行けば『天井に星空を映し出すアイテム』とか『風景を切り取って紙に保存するアイテム』とか『特定の方向だけを指し続ける羅針盤』とか『美しい音色を奏でるアイテム』など、様々な物が眠っている。
他にも、『小さな町なら一撃で焼き払う爆弾』『鋼鉄すら簡単に切り裂く剣』『若返る薬』『吸えば深い快楽に包まれる煙草』など、強力かつ危険なアイテムも存在する。
それらは確かに、有用かもしれない。
だが、命を危険に晒してまで必要かと言えば、首を傾げるしかない。
なのに俺たちは簡単に命をかける。
理由を突き詰めると……そこに塔があるからさ。
塔の上に何があるのか見たいという、ただそれだけの理由で俺は一生を使い果たし、二度目の人生も捧げるつもりでいる。
我ながらアホだが、同じようなアホ仲間が欲しいものだ。
「ただいまぁ」
俺は約束通り、日が暮れる前に家に帰った。
「おかえり、ラグナ。何かアイテムを手に入れられたか?」
玄関をあけると、父さんが真っ先に出迎えてくれた。
「うん。とりあえず『浄化の石』が一つ」
「うぉ、でけぇ! こんな大きな『浄化の石』を見るのは久しぶりだな……メロンくらいあるじゃねーか」
「それと、こんな宝石も手に入れた」
「緑色の宝石か……高く売れそうだな!」
「売らないよ。装備すればHP+5の効果があるんだ。自分で使うよ」
「HP+5だと!? そりゃ貴重品だ……確かに売るのはもったいない……」
父さんは深刻な顔で呟く。
実は売り飛ばして、家計の足しにしてもらおうかなぁ、とか考えなくもなかったんだけど。
父さんの様子だと、売ったら逆に怒られそうだ。
「おかえり、ラグナ。無事に帰ってきたのね。あら、綺麗な宝石」
台所から母さんがやってきた。
その後ろにはデールもいる。
ニコニコしている母さんと違って、デールは実に不機嫌そうだ。俺が帰ってきたのがそんなに嫌なのだろうか。
「この宝石を装備するとHP+5の効果があるらしいぞ!」
「まあ、それは凄いわね! それにこの『浄化の石』随分と大きいわ! 漬物石みたい! これを一つ売るだけで、一週間分の食費になりそうね。凄いわぁ」
「父さんも母さんも素直すぎるよ! 塔に入っていきなり、こんないいアイテムが手に入るもんか! きっと店で買ってきたに違いない!」
「こらデール。なんでお前はそう決めつけるんだ? ラグナなら初日からこのくらい持ってきてもおかしくないだろ。そもそも店で買うって、その金はどこから出すんだ?」
「それは……ぐぬぬ」
ぐぬぬと呻くのが早すぎる。
イチャモンを付けるなら、もうちょっとマシな理屈で攻撃してきて欲しいものだ。
「ところで父さん。俺は早くレベル2になりたいんだけど、偶然出会ったモンスターを狩るだけじゃ、どんなに瞬殺しても何ヶ月もかかりそうだ。どこかに強力なモンスターと効率よく戦える場所ないの?」
「効率よくって言ってもなぁ……日帰りできる範囲で一番強いのは、やっぱりグリーン・サーペントかなぁ?」
「ああ、やっぱり。それは今日倒したよ」
「マジか!? 父さんはまだ戦ったこともないぞ! 呼び出すには、特別なトウガラシが必要なんだろっ?」
「うん。冒険者学校の先生が先に来ていて。トウガラシを使ったのはいいんだけど、グリーン・サーペントから逃げてばかりだったから、俺が代わりに倒しておいた。それでドロップしたのが、この緑色の宝石」
「ラグナ、お前……凄いことをサラッと言うんだな……」
「まあ、塔の最上階を目指してるからね。このくらいは別に」
「お、おう……しかし、父さんは効率のいいレベル上げの方法なんて知らないな。知ってたら自分でやってる」
「そっか……じゃあさ。日帰りじゃなくて、せめて一週間くらい塔にこもりたいんだけど――」
と、俺が提案した瞬間、
「だめぇぇぇぇっ!」
母さんが絶叫した。
「ラグナ、四月になったら学校の寮に行っちゃうんでしょ? それを考えただけでも寂しいのに……今から留守にするなんてお母さんが許しません!」
などと言って、母さんは俺を力一杯抱きしめてきた。
顔に胸が押しつけられて息が苦しい。
「ぷはっ……分かったよ、母さん。ちゃんと毎日帰ってくるから」
「本当? お母さん、ラグナが強すぎて心配なのよ……大人になってから親元を離れるのはいいけど、子供のうちは駄目よ?」
「……うん」
母さんの泣きそうな顔を見た俺は、頷くしかなかった。
この約束を完全に守ることはできない。
少なくとも学校を卒業したら、俺は本格的に『天墜の塔』を上ると決めている。
しかし……前世ではろくに実家に帰らなかったけど、今回の人生は数年に一回くらいは帰ることにしよう。




