第21話「異形の兆し」
今回は【第9回二ツ樹五輪プロジェクト】その無限の先へ 第4巻出版(*´∀`*)の「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定7名)」に支援頂いたとも りさんへのリターンとなります。(*´∀`*)
ロクトル・ベルコーズは、優秀な人材を多く輩出し続けてきたベルコーズ氏族において尚、飛び抜けた天才として評価されていた。
嫌われているはずの人間界にも広く響き渡る名声は魔族の立場の改善にも寄与し、結果、英雄と呼ばれるまでに至る。
しかし、果たしてそれが本人にとって幸福であったのかはかなり怪しい。本人の自覚としては、ただただ己の持つものに振り回され続ける人生。そう認識していたのだ。
世界のあらゆる場所で使われる技術でも、遡れば必ず名前が記されている。その技術特許が本来生み出す権益が正当に支払われていれば、世界の富を得て尚余ると言われるほどの高名。魔族自体の悪名もあり、彼が仕える王……魔王は軽んじられる事は多いが、ロクトル・ベルコーズの名は無視できない。彼の手によって、人類は文明の歩みを数十年進めたとさえ言われるほどだ。
しかし、それは名声だけの話。本人はなんの権限も持たず、ただただ名のみが独り歩きする歪さは、彼のいた世界の構造の歪みそのものであったとも言える。
世界を買えるほどの搾取。一部でそう評価される立場が幸福であるはずもなく、逆に正当に支払われていたとしてもどの道不幸という、悪夢のような話である。
そんな彼に転機が訪れたのは、本人も良く覚えていない青年期の頃の事。
遥か古くから続き、現代においても高い象徴性を持つ魔王。種族として長命であるが故か、生殖能力に乏しい魔族の中でも次代が不安視されるほどに数を減らしてしまった王家。その座についたのは血筋が極めて薄くなってしまった王家唯一の直系であり、その王配として選ばれてしまったのが、近縁家のベルコーズ家の長子であったロクトルだった。
ベルコーズ氏族は現魔王の数代前の王弟より派生した分家であり、今尚高い継承権を持つ立場である以上、王配としてはこれ以上なく相応しい立場。しかも、それが歴代すべてを重ねても届かないほどの叡智の持ち主となれば、反対する者など……少なくとも表立ってはいない。
「ふっ……実は私は性的不能者なんだ」
……本人を覗いては。
「ぶん殴りますよ、お兄様」
「殴ってから言うのはやめたまえ。……相変わらず手の早い。まったく、成長したのは見かけだけで、淑女にはほど遠いな」
「淑女になる前に魔王になってしまいましたわ。お兄様」
本当か嘘か分からないロクトルの言葉に拳を握る現魔王。その拳に一切の迷いは見られない。
二人は幼馴染……というにはいささか年が離れ過ぎているものの、長い事共に過ごした家族のようなものだった。
人間の感覚で言えば親子ほども年齢差があるとしても、長命種である魔族にとっては気にするようなものではなく、特に常識などあってないような王家の婚姻においては無視できるような差でしかない。
事実として、相手のオムツを替えた事がある程度の年齢差の婚姻など、歴史を見ても良くある事でしかないのだ。
「その、お兄様というのはやめて欲しいんだがね」
魔王……彼女は一人っ子だ。血縁上、兄と呼べる者は存在せず、だからこそこうして魔王の座に着いているとも言える。
両親が揃って事故死などしなければ別の可能性もあっただろう。
「お兄様はお兄様ですわ。それとも、旦那様と及びしたほうがよろしい?」
「だから、結婚する気はないんだよ。立場上問題があるなら、君からの破談という形にしてもらって構わない」
「相変わらずふざけたお方」
「性分なんだ」
彼がふざけているのはいつもの事だ。それこそ、生まれた時から冗談のような存在だったと聞いている。
魔族だけでなく人間の尺度……世界規模で見ても冗談のような存在。それが、ロクトル・ベルコーズなのだから。
そんな彼が頑なに拒む婚姻が成立するはずもなく、どうせ押し切られるのだろうなと感じつつも、ちゃんとした理由は聞いておきたいと魔王は考えていた。
「あなたがこの婚姻に反対なのは、お母様のせいでしょう? 生き写しのような私に、その記憶を重ねてしまうから」
噂ではあるが、彼が彼女の母に懸想していたというのは一部で有名な話だ。
だから、代替品のように扱うのは許容できない……という理由なら納得できなくはない。
「いや、まったく以てそんな事はないが」
「…………」
かなり自信のあった回答のはずなのに、そこまで平然と答えられると不安になる。
去勢を張るような仕草と口調はブラフ。ただ上手く話を誘導するための小細工で、そこを突いてもきっと真実は出てこない。
しかし、ここまで長い付き合いであればさすがに分かる事はある。どの程度かは分からずとも、真理に触れてはいると。代替品云々を気にしていないのは本当だとしても、近い部分に何か隠し事があるのだと。
ヘタに論理的な見方で真実を探るよりも、女の勘に賭けたほうが分が良さそうな気もしていた。
「亡きお父様は生殖機能がなかったという噂をご存知ですか?」
「そんな不敬な話もあったね。もちろん覚えているよ」
「では、実はあなたが私の父であるという噂は?」
「根も葉もない噂だね」
まさか、信じているのかと言わんばかりの表情に嘘はない……ように見える。
……実際、どうだろうか。正直、かなり怪しい噂ではあったが、一応の整合性はとれている。
しかし、それが本当だとして、どうしたいのか。眼の前の男を父と認めさせたいのか、父であるから娘と婚姻できないと納得したいのか……分からない。
噂の真偽を確かめたいのは本音だが、迂遠に過ぎる会話は本来の焦点をぼやけさせる。
「だいたい、君の遺伝子情報は検査済だろう?」
「そうですね。あなたの作った装置によってですが」
「まさか、わざと間違えたとでも?」
「違うのですか?」
果たして、どう話を転ばさせたいのか。ロクトルにしても着地点が見えないでいた。当然だ。魔王は勢いのまましゃべっているのにすぎないのだから。
しかし、それにも理由がある。この男相手に筋道立てて会話をすると良いように誘導される。着地点を決めずに話を紡ぐのは、それを封じるための苦肉の手段でもあるのだ。
ロクトルもそれに気付いてはいたが、立場上強く出る事はできない。
「あなたが父親であるなら、この婚姻についても破棄を納得しましょう。さすがにこれ以上血を濃くするわけにはいかないので」
つまり、それほどの理由がなければ破談にするのは無理がある。対外的な理由付けとしても、本人の心情的にも。なんせ、魔王はノリノリなのだから。
なんなら、本人的には別に本当の親でも別に構わないとさえ考えている剛の者だ。王家の倫理観を舐めてはいけない。
「倫理的には確かにそうだけど、とんだ特大スキャンダルだね」
「王室を巻き込んだスキャンダルなら、国を放逐されますね。あなたなら死刑を上手く免れて逃げる事も可能でしょう?」
「それは魅力的な案だが、実際に違うしなあ」
その困った表情は素の顔なのか。判断が付かなかった。
魔王が次の手に困っていると、やがてロクトルは深く息を付く。
「当人からは口止めされているんだが……まあ、娘である君なら構わないか。真実を教えよう。墓から出てきて殴られるかもしれないが、それはそれで一興だしね」
「不謹慎極まる話ですが、それなら私も王位を継がずに済んで万々歳ですわね」
「君の母上に頼まれたのだけど、私が無理やり勃たせる薬を用意したんだ。体の負担を考慮すると二度は使えない手だったけど、その結果君がここにいると」
「…………あー、えーと」
「誓ってもいいが事実だよ。その関係で私と密会をしていたという事実が、ねじ曲がって変なスキャンダルが生まれたわけさ。遺伝子の検査をする羽目になったのだって、それをはっきりさせるために外部から突っつかれたに過ぎない」
「一見整合性がとれているのが困った話」
「事実だからね」
まあ、実際そうなのだろうとは思う。事が事でなければ、それで納得してもいいくらいに筋は通っているし、ありそうな話だからだ。
隠している事実があるとすれば……ロクトルは本当に先代の魔王妃に懸想していて、死にたくなるような覚悟で薬を調合したという事だ。
あの時、事後になって先代魔王から恐ろしい視線を向けられ、いろんな意味で表しようもない感情に襲われた事は忘れられない。
ついでに言うなら、それで性的不能になったのも本当だったりする。……さすがに言えないが。
「私が君と結婚したくないのはまったく別な理由さ」
「伺っても?」
「単純にこの国の生贄にされるのは御免なんだ」
「…………」
ド直球である。氏族の、国の、世界の待遇を考えれば当然抱いて然るべき理由でもあるから、嘘と断言できない。それほどまでに、彼の評価と待遇は釣り合っていないのだから。愛想が尽きたと言われれば、そりゃそうだろうと判断するしかない話ではあった。
そして、魔王の勘はそれが真実と告げている。それがすべてでないにしても。
「この際、不敬罪で放逐でも構わないけど、私はもうこの国を見限っている。長命種故に目立たないだけで、緩やかな衰退は止めようがない」
「国の中枢でそれを変えようという気概はないのですか?」
「無理って事は君も良く分かっているはずだ。誰がやってもこの国は救えない。変えるには国の基盤そのものから引っ繰り返して丸ごと作り変えるしかない。大多数の国民も城に巣食う老害共もそれを認めないし、外部の……特に人間の国はそれを見過ごさない」
ああ、そこだな……と魔王は思い至った。複数想定していた理由の一つではあったが、これで確定した。
この国は変わる事を許されない。長い期間をかけ、極限まで骨抜きにされ、内部が腐敗するように操作され続けた。世界の悪役でなければならない。世界の悪役である事が唯一の存在価値であり、だからこそ生き残っている。
……ロクトルは諦め、見切りを付けたのだ。
「これでも、散々この国に尽くしてきたつもりだ。人間が栄華を極める土台で使われている技術のどれほどが私の作り上げたもので、その内のどれほどが名前だけの名誉だけのものか知っているかい? それらがすべてご機嫌とりさ。冗談じゃない。もう開放してくれ」
それらは事実ではあるが、嘘だった。そんなものになんの未練も感じてはいないし、たいしたものとも思っていない。
「なるほど……あなたの真理はそこですか」
「…………」
まずいな、とロクトルは思い至った。かなりの熱演だったつもりなのに、見抜かれた。勢いで誤魔化すには相手が悪過ぎる。
「なるほど、なるほど。……やはり、お兄様はお優しい」
「……買い被りだよ」
もはや、誤魔化しようはなさそうだった。
おそらく、国内部の熱狂的な者が推薦するのとは別のラインで、ロクトルには多大な圧力がかかっている。この婚姻を成立させればロクな事にならないぞと。これまでの事から、国の中枢に置いてもたいした事はできないだろうが、魔族が力を持つかもしれないというだけで避けたい勢力がいるのだろう。
それはそれとして、ロクトル自身がこの婚姻を望んでいない事や国に縛られるのが御免というのも真実。
性的不能云々が事実であるかは判断がつかないものの、魔王がロクトルへ抱く感情は一方的なものに過ぎないと理解してしまった。
長い間その心情を読み取れなかったのに、何故こんな時になって、こんな真理に触れる事ができてしまったのか。
「……正直、もう限界だったんだ。私は少々人間相手に名を上げ過ぎた。使い勝手のいいコマの範疇を越えて、脅威と感じる者が増えてきたらしい」
「調子に乗っていろいろし過ぎたのでは?」
「そこは私だけの差配ではないからね。どう転んでもこうなっていたさ」
ロクトルが自身の頭脳の価値を見誤っていたというのもあるが、あれもこれもと無理強いをしてきたのは人間だ。なのにいざ生み出されたものに恐怖する。
どうせ、できないと突っぱねてもロクでもない事になっていただろうから救いはない。
やれとは言ったが、どうしてできてしまったんだ、が積み重なった果てに今がある。
「まあ、魔族は長命なだけあって、どう転ぶにしても緩やかになる。君の代でどうこうって話にはならないはずさ。多分、次代でも。……だから、やっぱりこれは私のワガママなんだ」
「こんな斜陽の国に、私を見捨てていかれるのですね」
「君一人くらい、攫って逃げてもいいよ」
でも、君はそれを選べないだろうと、視線で続ける。
「……ひどい人」
そう、ロクトル・ベルコーズはひどい奴なのだ。
だから、眼の前の妹分を見捨て、国を見捨て、どこか誰も近寄らないような穴蔵に身を投じるのだ。
それは、ロクトルがベレンヴァールと出会う遥か以前の話。魔王国出奔直前に交わされた、決して世に出ない出来事だ。
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「という事があってだね。今では彼女も息子に王位を明け渡して引退したらしいと風の噂で聞いた」
「なんでそれを赤裸々に語るのだね、君は」
クーゲルシュライバーの喫茶室。周りも決して無人ではない空間でそんな話を聞かされ、ラディーネは呆れ返っていた。
話のきっかけは、元の世界に未練はないのか、残して来た家族はいないのか程度の軽いノリだったはずなのに、なんかとんでもない話が投下されてしまった。
確かに自分たちや迷宮都市に直接関係のある話とは言い難いものの、世間話のような口にするものではないだろうに。
「だって、もう昔話の領域だしね。話の上っ面だけ聞けば真偽を確かめる気になるかすら怪しい、世迷い言にしか聞こえないだろうさ」
もちろん人間にとってはだが、魔族にとっても色褪せる程度には古い記憶だ。なんなら、同じ魔族であるベレンヴァールでさえ彼女……先代の魔王の事はほとんど知らないはずである。
魔王と謁見した事があるとは聞いているが、おそらくは継承した当代……かは分からないが、とにかく彼女の次代以降の魔王の事だろう。
ベルゴーズの名からロクトルが王家に近い出身である事は知っていても、王配にされるところだったのもさすがに知らないはずだ。別に隠してもいないが、聞かれもしていない。
「もちろん、向こうでは墓場まで持っていく覚悟で口にしていないよ。君たちで言うところの、前世でこんな事があったんだけど~的な雑談のようなもの。別の世界の……なんならそろそろ二つ世界を跨いだところの出来事さ」
「確かに、そろそろ龍世界に着くがね」
クーゲルシュライバーはそろそろ龍世界へと到着する。以前の航海と比べて何もない旅路、起きる気もしない旅路なのは、渡辺綱がいないせいだろうか。
出港してからここまで、ラディーネはこうしてロクトルと話す機会が多かった。極めて怪しく危険な人物だからこそ、今後長く付き合っていくのには相互理解が必要と考えた結果だったが、その度に突拍子もない話が出てきて困っている。
確認しようもない事だから嘘と断じられればいいのだが、どの話もそれなりに信憑性のある情報が混じっているからまた困る。
「どんだけ波乱万丈なんだね、君は」
「長く生きていたら、一つや二つの武勇伝は抱えているものさ」
口を開くたびに伝説として扱われそうな話ばかりで飛び出してくる。そのほとんどが……少なくとも本人の主観では本当の事で、そしておそらく、本当に言いたくない事は巧妙に隠している。
自分が性的不能者である事はともかく、そこに至る真実などは恥ずかしいのだ。
「一つや二つではなかったんだが……まあいいか」
良く考えたら自分も人の事は言えないなと思い直すラディーネ。前世の事もそうだが、迷宮都市に来てからの事、渡辺綱と出会ってからの出来事を思えば、それどころではない。
「むしろ、この世界に来てから体験している事のほうがよっぼど強烈なんだがね。なんでもう少し早く召喚されなかったのかと」
「君が特異点の時にいれば心強かったかもしれんが、ワタシはもう一度体験したいとは思えんなあ」
「しかし、また近しい体験をするかもしれない場所に残っている」
「……それは否定しないがね」
確かに、今ラディーネがいるのは危険極まる立ち位置だろう。渡辺綱と関わりがあるというだけでも怪しいのに、同じ組織の中に身を置いている。
あるいは渡辺綱が持つ特性故、その引力のようなものに引かれているだけかもしれないが、逃げようと考えていないのも事実だった。
とはいえ、何かの過程で死ぬ事になったとして、果たしてその時後悔するのかどうか。むしろ、今の立場から逃げ出したら後悔しそうだった。
「多分だが、ワタシは楽しんでいるよ。おそらく君もだろう?」
「今のところはただの予感だがね。そうなるだろうという確信はあるよ。ここは、そして君たちは極めて興味深いと」
なんて事はない。どちらも狂人なのだ。真正のマッドサイエンティストかどうかなど些細な問題でしかない。
二人とも、この危険な立ち位置に知的好奇心を刺激されている。あのゲルギアル・ハシャほど苛烈ではないが、近しいものであるという確信さえあった。
[ 監獄星オウラ・ギラ クーゲルシュライバー発着場 ]
「ほほー、これはこれは……いや、まったく以てなかなか……とにかくすごいな」
以前よりも遥かに短い検疫期間と手続きを終え、実際に降り立ってみた龍世界の景色は、ロクトルにとって筆舌に尽くし難いものだった。感想を言うにも、表現する言葉が出てこない。
複数回の行き来によって整備された宇宙港……いや、次元港でもいうべき施設こそ単なるサイエンス・フィクションのようなもので、想像の範疇ではあったものの、その外に延々と広がる荒野や縮尺の狂った龍仕様の建築物、嵐を防ぐドーム状障壁など、想像の埒外にあるものばかりが目に飛び込んでくる。
ぶっちゃけ、これを見る事ができただけでも、元世界のアレコレを投げ捨てた価値があるだろう。
「便龍タクシーサービスでーす、初回利用のお客様は半額割引で素敵な空の旅が……」
迷宮都市の文化に染まり切った、未許可タクシーサービスの客引きですら興味深い。
嵐を阻む障壁を間近で見てみませんか、と危険極まるキャッチコピーは確かにインパクトがあるものの、あきらかに普通ではなかった。
「なるほど、少々お高いが円でいいのか。……悩むな」
「おい、さっそく引っ掛かるな。そこの龍も、絶対にそれ許可されてないだろ!」
「ソンナコトナイヨー。ヤスイヨーヤスイヨー」
そもそも、迷宮都市側の人間は移動範囲が極めて制限されているのだから、許可が出るわけがないのだ。
百歩譲ってそんな許可が出ていたとしても、取っ手が付いているだけの見るからに安全性の怪しい箱での移動などしたくない。
迷宮都市で観光用に提供されている、安全・快適と銘打った竜籠サービスとは違うのだ。
「空龍殿が迎えに来るのだから、いなくなったら彼女も困るだろうに」
「む、それもそうだね」
「チッ」
余計な事を言いやがってと言わんばかりに、眼の前で鴨を逃した不良従業員、車龍は不服そうだった。
数分後、合流した空龍にいろいろバラされた時にはすでに姿を晦ましていたものの、報告された時点でペナルティが課されるはずだ。
ちなみに、ロクトルが受け取ってしまったチラシによれば、彼は< 便龍タクシーサービス >という名前でここらを彷徨く迷宮都市人相手に商売をしているのだとか。本業は個人向け大型貨物の運搬で、ぼったくり観光は副業なのだが何故かタクシーサービスである。
ただ、正式に届け出がされているわけではないので違法は違法なのだが、別段取り締まられてもいないし、事故も起きていないので目溢しされているという状態らしい。料金についても、妥当な値段など誰も分からないので、実はぼったくりというのも正確ではないのだ。
「頭が痛い……」
合流した空龍は、あまりに変貌した故郷の無秩序さと、恥を振りまく兄龍たちへの怒りで頭を抱えている。
あの呼び込み……車龍の件に限った話ではなく、こちらにいる間、延々とあんなのを見る羽目になっているのだとか。
少し前までは寡黙で真面目一辺倒だった彼らはどうしてこうなってしまったのか。迷宮都市の文明はあまりに毒だった。浸透力が強過ぎる。
「そろそろ龍世界交流団代表の座を投げ捨てたくなってきました」
「責任感の強い君が言うんだから相当だね」
「面白いと思うけどね。いや、この車がボーグ君だという事実のほうがよほど面白いか……いやしかし」
『武装のナイ輸送トラックなのハ不服デス』
一行は貨物付き輸送車と化したトラック・ボーグに揺られ、発着場をあとにする。
貨物には荷物と共にキメラが格納されているが、本人はその扱いで本当にいいのか。何も言わないから不安になる話だ。
「というか、ベレンヴァール君も止めてくれないか? 保護者役なんだから、そうやってずっと後方腕組みしていないで」
「と言われてもな。空龍同様、俺もそんな立場は投げ捨てたいんだが……」
「実に気が合いますね」
「本当にな」
出港からこちら、事実上ロクトルの監視役として同行してきたベレンヴァールは、ほとんどその役割を果たしていない。
本人曰く、言って聞く奴なら咎めるが、ロクトルの場合は表面上納得してもすぐに抜け道を画策し始めるから逆効果なのだ、とか。
ラディーネにもても、それは事実だろうなと理解できるようになってしまったから強くも言えない。
「それで、転送の手筈は整えてくれたかね?」
「ええ、スケジュールの都合上、私は同行できませんが、道中にある転送機と環境の整備と動作テストまでは……問題は同行者ですが」
「ロクトル君がこうなのは君も知っていただろうに」
「いえ、ロクトル様の話ではなく、ウチからの同行者ですね。星龍お兄様と機龍お兄様が出番を争っていまして」
「ワタシとしてはどちらでもいいんだが」
「尚更ですね」
実際に移動するのは明日なので、それまでに決まればいいのだが。
尚、ラディーネたちが移動する事になっているのは、ここ監獄星オウラ・ギラから遠く離れた首都星カムロス・ギントと呼ばれる星だ。旧時代、すべての文明の中心と呼ばれた星で、未だ唯一の悪意の影響が強く残っている地である。
向かうのはラディーネ、ボーグ、キメラとベレンヴァール、そしてロクトルに、同行者が一名。予定期間中に迷宮都市行きの便に乗る予定の空龍は不参加である。
「どうせなら、こちらの無限回廊なども見学しておきたいところなんだがね」
「明日の移動を忘れなければ構わんよ。ただ、あくまで龍用に最適化されているダンジョンだから、誰か同行者を連れて専用装備を持っていきたまえ」
「なら、俺が同行しよう。各所の挨拶は任せてもいいか?」
「君はそれが面倒なだけだろうに、ベレンヴァール君」
ベレンヴァールはどちらが面倒臭いかを天秤にかけ、多少はマシかと思われるロクトルの子守を担当する事にした。
とはいえ、専用装備にも癖があるから経験者がいたほうがいいのは確かなので、特に反論もない。
[ 龍世界・無限回廊・入口 ]
その後、ラディーネたちと別れて訪れた無限回廊への転送ゲートは以前のものとは違う物になっていた。
特異点で受けた損傷は改変でなかった事にされたものの、元々が古く動作不良もあったため設置し直したのだろう。
「でかい転送ゲートだねえ。単に拡大しただけのようにも見えるけど」
いちいち縮尺が狂っている龍世界だが、コレも同様だ。自分たちの世界では人間大サイズのものしかなかったというのに。
「実際そうなんだろうな。以前使っていたモノは如何にも古かったし、迷宮都市側が用意したのだろう」
「無限回廊のゲートがあとから設置可能なものっていう話が初耳なんだけど」
「おそらく俺たちの世界もそうなんだろうが、こういった現地人が潜るためのサイズは後付の設備らしい。皇龍用と言われている本体のゲートは近くにあるからそちらも見学させてもらうか?」
「可能であれば是非お願いしたいところだね」
自分たちが故郷の世界で利用していた転送ゲートの正体すら知らなかった。目の届かないダンジョン内部はともかく、ゲート自体は調査が禁じられていたため仕方ない面もあるが、ロクトル的に少々ショックだった。
二人はゲートに併設された施設に入る。ここで、入場申請と同行役の龍を斡旋してもらい、見学ツアーのように案内してもらうのが一連の流れだ。
ダンジョン・アタックと呼ぶのにはあまりにヌルい体験になるだろうが、そもそも最適化されていないダンジョンに挑む事自体が無謀である。
とはいえ、ロクトルの興味はダンジョン攻略ではなくダンジョンそのものなので、それでも十分だろう。
「探索者たちが屯する施設……って感じじゃないね、コレは」
斡旋の手続きを待つ間、その施設内に用意された食堂のような場所で時間を潰す二人。
何人か冒険者のような者の姿もあるが、故郷で時折利用していた施設ではなく、迷宮都市のギルド会館の雰囲気に近い。
二人がイメージしたのは凶悪な犯罪者たちが武装刑務官に監視されつつわずかな自由を謳歌する食堂だったが、迷宮都市が用意した施設なのだからそんなものであるはずがないのだ。
提供される飲食物も迷宮都市産のもので、レシビもそのままレギュラーメニューのサンプルが並んでいる。一応、提供物は改変の許可が出ているものの、まだそんな時期ではないのだろう。龍向けのメニューすらない段階だ。
「なにか飲み物でも買ってこようか?」
「ん? ああ、頼めるか。珍しいな」
「なに、半ば無理やり突き合わせているようなものだしね。自由になるお金も結構もらっているし」
「……それは、無限回廊の案内に対する対価だよな?」
まさか、この龍世界行きや明日の首都星行きの分まとめての礼じゃないだろうなという意味を含んでいるのだが、ロクトルは何も言わない。
「お? ベレンヴァール……だったか?」
「リザードマン……確か、グワルだったな」
そこで、偶然にも見知った顔に遭遇した。かなり前からこちらに武者修業に来ているというグワルだ。
良く考えてみれば、無限回廊を利用するなら主な滞在場所はここになる。内部で時間経過しないのだから、必然的に遭遇する可能性は高かったのだろう。
「ひょっとしてツナも来て……はなさそうだな。……と、そっちのは」
「ロクトルだ。一応OTI所属になる。ロクトル、こちらは迷宮都市の中級冒険者のグワル殿だ」
「ほうほう、ロクトル・ベルコーズだ。よろしく。リザードマンというのもなかなかに興味深いね」
「お前はさっさと買いに行け」
グワルの生態に興味を惹かれてしまったロクトルを追いやる。
「お前らの世界には俺みたいなのはいなかったのか?」
「いや……実に言い難いんだが、いたにはいたというか、記録には残っているというか」
「あー、絶滅してんのか。どこの世界も変わらねえな」
「探せば少数はいるかもしれん」
「いや、別に異世界のそっくりさんにはそこまで興味ねえよ」
つまり、ロクトルの興味は古代に絶滅した種族、あるいはせいぜい絶滅絶滅危惧への興味なのだ。自分の故郷では今ごろそんな扱いになっているかもしれないなとグワルは思う。
そのまま、流れで二人は情報交換も兼ねて雑談を交わす事にした。臨時用らしい安っぽさの椅子に腰を降ろす。
そこまで深い関係でないとはいえ、知らない仲でもない、しばらくすればロクトルも戻ってくるだろうと、近況報告を中心に迷宮都市の出来事を話し始める。
「ほう……もうそんな時期か。ツナはマジでクラン発足まで漕ぎ着けたと」
「確か、グワル殿も年末のイベントに参加するという話ではなかったのか」
クーゲルシュライバー内の訓練、あの時渡辺綱と二人で話した内容までは知らないが、そういう経緯になった事はベレンヴァールも知っている。
申請期間の問題もあるから、タイミング的に次の便に乗らないと間に合わなそうという事もだ。
「帰りの便の予約は済んでるんだが、確かにそろそろ帰る準備しねえとな。こっちにいると時間間隔がおかしくなってな。無限回廊内だけならともかく、外までこうだとバイオリズムもくそもねえ」
「なるほど……確かにな」
ふと設置された時計に目をやるが、外の明るさや雰囲気と合わせても違和感しか抱けない。このあたりは何時だろうが一緒だろうが。
迷宮都市の冒険者は時間経過のないダンジョンに籠もる関係から、そういう時間のズレに慣れがある。しかし、それはダンジョン外の時間経過を加味したものであって、ここのようにずっと昼も夜もない場所はまた違うのだろう。
「で、ツナの様子はどうよ。最後に会った時は調子悪そうだったが、復調してんのか?」
「どうだろうな。特異点での影響は抜けつつあるようだが、何故かレベルが上がらんとか悩んでいた。クラスのセカンドツリーが取得できないとな」
「Lv50になれねえのか。いやまあ……あんな離れ業をやったらそりゃ何か影響も出るだろうが。って事はダンマスも分からねえんだろうな」
渡辺綱が特異点でやった事は、まさしく人知を超えた領域にある。その反動となれば、予想がつく者がいないのも仕方ないだろう。
「グワル殿こそ調子はどうなのだ?」
「ん? んー、お前ならいいか。調子いいぜ、すこぶる」
「……目標は?」
「当然、優勝だな」
…‥虚勢ではない。
直接はほとんど絡んでいなかったが、心身共に低調な状態であったのを見続けてきたベレンヴァールとしては、その回答は意外だった。
確かに、さきほどからの受け答えや会った時の立ち振舞に淀みのようなものは見られなかった。思い返してみれば、それは自信の表れととれなくもない。
しかし、それは年末の個人戦に向けての自信なのか。多少でも参加者……特に上位の者たちの実力を知っているベレンヴァールとしては、それを踏まえて尚の自信なのか判別できない。なんせ、基準がリグレスなのだ。
「俺からしてもあのトーナメントは魔境に見えるのだが……。いや、あなたが元々その上位に君臨していたというのは知っているがな」
ベレンヴァールが知るのは、せいぜい現在判明している今年の主要選手の情報と、去年までの厳選動画くらいだ。それだけでも、眼の前のリザードマンが勝ち上がるビジョンが浮かばない。
対人戦の経験に乏しい自分の審美眼という条件を踏まえても、どうしてもベースレベル差が埋まる要素が見えてこない。
「こちらに来ると決めた当初、来たあとでも勝ち抜けるか怪しいな。迷いのあった俺じゃ確実に予選落ち……一回戦ですら厳しかっただろう」
「それが、今は違うと?」
「とりあえず、迷いは消えた。ベースレベルでの差はそう埋まっちゃいないが、そんなものより迷いが消えた事のほうがよっぼど重要だと自覚した」
「迷い」
「ウォー・アームズって組織に拘り続ける事の愚かさだな。さすがに迷宮都市に来たばかりのお前さんにゃ分からんだろうが」
ベレンヴァールにしても、ウォー・アームズの名は知っている。しかし、知っているだけだ。
迷宮都市でも古参の大型クラン。にも関わらず中堅でしかないクラン。名前を見る機会は多いが、どうもイメージが一致しない不思議なクランだ。
「時間があるなら、手合わせでもしてみるか? なんなら、ツナの野郎に情報流してもいいぞ。連絡取れるんだろう?」
そして、グワルについてもまた不思議な印象を抱いた。
表面上の情報でしかないが、確かレベルそのものは中堅どころと変わらない。古豪ではあるものの、リグレスとの模擬戦では軽く一蹴されているのを目にしている。一対一であれば、ベレンヴァールが負ける余地はほとんどないと言っていいだろう。
もちろん、渡辺綱のように表面的な実力差など簡単に超えてくる存在がいるのは良く分かっているが、そんな存在がザラにいるわけでない事も知っている。
……しかし、この自信はなんだ。虚勢とも思えない、強者のそれを感じる。
「……流したほうが良さそうな感じだな」
「どっちでもいいってくらいだな。ツナはともかく、他の奴ら相手には警戒を誘うくらいは役に立ちそうだ」
手合わせするのなら、それから判断してもいいかと、ベレンヴァールは軽い気持ちでその申し出を受け入れる事にする。
「悩んだけど、結局ドリンクバーにしたよ。なかなか面白い配合になったね」
「ドリンクバーなら入れる前に持ってこい」
極めて怪しい色のドリンクを抱えて戻ってきたロクトルはそんな事情を知らなかったが、彼にとっても興味深い内容になるかもしれない。
[ 迷宮ギルド出張所・トレーニングルーム ]
迷宮都市のギルド訓練場を知る身としてはかなり手狭な印象を受けるその空間は、特別な機能などないただの広場だった。
利用者の絶対数が少ないため、とりあえず空いたスペースで用意しましたと言わんばかりの空間に彼ら以外の姿はない。
「なんか面白え事やってんじゃねーか」
……一体どこから聞きつけてきたのか、神出鬼没のおっさん、サイガーが追加されても利用者は四人である。
なんなら、過去を遡っても利用者は数えるほどしかいないらしい。
「君、なかなか面白いもの着けてるね? 籠手じゃなくて、義手だよね、それ」
「ああ? いいだろ、< サイガー・アーム >ってんだ」
つまりそのままじゃないかと言いたくなるロクトルだったが、モノ自体は興味を惹かれるシロモノだ。
パッと見、無骨な機械腕だが、再生技術の発展した迷宮都市でそんなモノを着けている時点で異端。メリットが何かあるからそうしているはずである。
「格好良いだろう?」
……まさか、格好の良さだけで着けているわけじゃないよな。と疑うが、良く考えてみれば迷宮都市ならそれはあり得る事に思い至ってしまう。
実利以外追求する意味のない故郷の無限回廊探索者とは違う。対外的な見栄えやロマンを追求する迷宮都市冒険者がいるのは目にしているのだ。
未だに常識のすり合わせがし切れない自分が悪いのか、迷宮都市が悪いのか。
とはいえ、実際に解説付きでモノを見せてもらうと、それが杞憂であった事が分かり、少し安心した。
あきらかなロマンはあるものの、ちゃんと意味もある。トップ層に届かずとも、長年中級上位勢に位置している者にはそれなりの理由があるのだ。
なんなら、自分がこちらに来て伝えた技術の片鱗まで感じられた。新しもの好きなサイガー故の事であるが、この短期間で咀嚼し、応用方法を検討する段階にまで踏み込んでいる。そして、それを可能とする拡張性を残しているサイガーもなかなかの手腕なのだろう。
「それで、どーよグワルのおっさんは」
初めて会った顔だが、ベレンヴァールと一緒にここにいるって事はそれなりの意味はあるんだろうと言わんばかりに・眼の前で繰り広げられている模擬戦の評価を求めるサイガー。尚、実年齢的にはサイガーのほうが年上である。
「戦闘自体の解析って苦手なんだよね」
「そうなのか? あんたからはディルクの小僧みてーな雰囲気を感じてたんだが」
「出力された情報を元に分析するのは得意だけどね。私自身そこまで強くないし、見たものは一旦情報化しないと評価精度が落ちるんだ」
どうにも即応性に欠ける。それがロクトルの自己評価だった。
探索者……今は冒険者の実力にしても、迷宮都市の同格冒険者と比較すればベースレベルほどの実力はないだろう。
「そうだよな……あんたはそっちじゃねーな」
会ったばかりの相手の何が分かるのかと思うが、別段否定する理由もないので聞き流す事にした。
「事前に準備した材料を100パーに近い精度で発揮させるタイプだろ。つまり、あいつや渡辺綱みたいな、簡単に100%をぶっちぎってくるタイプは苦手と見た」
「……なんで分かるのかね?」
「おっさんの勘ってやつだ。ジジイに片足突っ込んでも少年心を忘れないおっさんは目ざといのよ」
良く分からないし、初めて聞く理屈だが、そういうタイプもいるという事なのだろうか。迷宮都市というのはつくづく既知から外れた存在ばかりなのだなと素直に感心するロクトル。
サイガーは適当に言っているだけなのだが、それはそれとしてロクトルの知らないタイプの人間である事も事実であるから、その人物評もまた正しいと言える。
「とはいえ、ベレンとは長い付き合いだからね。その彼を見れば、おおよその想像はできるよ」
「特異点で肩並べて戦いはしたが、むしろあいつの事は良く分からんのよな。……それで?」
「実にやりづらそうだ」
「さすがにそれくらいなら分かるわ。がはははっ!」
……そう、実にやりづらそうに戦っている。実力を発揮し切れていない。
ベレンヴァールが対人戦に長けていないというのもあるだろうが、それ以上にグワルの持つ何かに翻弄されている。
一過性のものであれば、単に何か奥の手のようなものを持っているんだろうという話で済むが、始まってからずっとだ。
結局、そのずっとは最後まで続き、キリのいいところで模擬戦のような何かは終わった。
「……なかなかにやるね、彼」
「アレが本来の姿という事だな。リグレスに腑抜けていると言われるわけだ」
グワルとサイガーが去った場で二人呟く。それだけでお互いに認識の擦り合わせは完成した。長い付き合い故だ。
全力で勝ちにいったわけじゃないが、手を抜いたわけでもない。それでも結局押し切れなかった。
事前に教えてもらったモノがその理由の一旦を担ってはいるのだろうが、それ以上に本人の実力が飛び抜けている。レベル差を明確に埋める力を実感させられた。剣の腕もそうだが、なにより戦闘の巧妙さが際立っていた。
長年、実力だけで格上と渡り合ってきたが故の、そういう強さをベレンヴァールは感じていた。
「玄龍が見たら、永遠に模擬戦が終わらなくなりそうな相手だな」
最終的なその評は本人的にも、実質的にも的を得ていると言える。
その後の無限回廊観光も物珍しいものではあったが、ベレンヴァールとしてはどちらかといえばグワルとの手合わせのほうが印象深い。
ロクトルとしても龍世界の無限回廊はさすがに勝手が違い過ぎて、調査する以前の問題と言わざるを得ない。とはいえ、何が足りないのかの方向性は理解した。そういう体験だった。
あとは、明日の案内役を奪われた機龍が案内役だったというのも一応は印象に残る出来事ではあったか。
「あの時、あの時パーを出していれば……」
そのぼやきを聞いてベレンヴァールが思ったのは、そんな事をじゃんけんで決めるのかという呆れではなく、三本指な星龍がどうやってじゃんけんをしたのかという疑問だった。
……三本あればなんとかなるか。
-3-
「ウォー・アームズだと……」
翌日、ラディーネにグワルとの一件を報告すると、ベレンヴァールたちにとって奇妙な反応が返ってきた。
「そんな反応をするようなものなのか? 本人としても、どの程度の効果があるかは測り切れていないようだったが」
「問題はそこじゃないね。……そうか、君たちはクラスの知見が足りていないのか」
「ユニーククラスとは言っていたな」
グワルがこちらに来てから得た新クラス。それは< 軽装戦士 >ツリー下に新たに出現した< ウォー・アームズ >という名のユニーククラスだった。
それを教えられた時、ベレンヴァールとロクトルはそういう事もあるのかという程度の認識で流してしまった。しかし、長年クラスという存在と付き合ってきた迷宮都市冒険者としては違和感しか感じられない。それは、事実上新クラスを創り出したラディーネにしても同様だ。
そもそも、クラスというのは職業や肩書のようなもので、認知されているイメージを役割としてシステム化されているのだ。そこに制限などないように思えるが、< サイボーグ >や< キメラ >、あるいは< アンドロイド >のように、概念として近しいけれどもまだシステム化されていなかっただけのものとは話が違う。すでに< ウォー・アームズ >というクランの存在が認知されている上でクラスとして定義される事などあるのだろうか。
あり得ないとまでは言わない。未知の部分が多いシステムだし、特異点以降は特に新規変更が多いからだ。しかし、それでも常識が邪魔をして違和感が拭えない。
「良く分からないけど、自分こそがウォー・アームズだーって事ではないのかね?」
「あ、ああ……まあ、それに近い事なんだろうがな」
ロクトルの言はおそらく的を得ている。違和感はあれど、そういうものである事は理解できる。
無茶苦茶な理屈ではあるが、本人が長年その部分で悩んでいた事を加味するなら、ギリギリ納得できなくもない気はする。ウォー・アームズという概念をどう扱うかで、道理を捻じ曲げたという事なのだろう。
そんな事になれば、ウォー・アームズの在り方がどうと悩んでいたのも解消されるはずだ。
「いやはや、ここ数ヶ月はいろんな事があったが、これはかなりインパクトが強いな」
自分たちのクランマスターはもっと道理に合わない状況になっている事を知らないラディーネは、とりあえずそういう事もあるのだろうと納得した。
「さて、準備はいいかな、諸君」
そこで、今回の案内役が姿を現した。
浮遊する巨大椅子に乗って現れたのは、じゃんけんで勝ったはずの星龍ではなく、本来自室から出る事がないはずの人龍だ。
「準備はいいが、本当に来てもらってもいいのかね? いや、旧時代の話を聞くなら適任とは思うが……」
「見知った仲でもあり、渡辺綱の縁者となれば最大限を提供するのが筋と母上から依頼されてね。私も同意したのだよ。運動能力がほどんど機能していないだけで、移動しても問題があるわけでもないしね」
それでも本当にいいのだろうかとラディーネは考える。本人が言っている事に異論はないのだが、さっきから人龍を興味深そうに見ているロクトルの存在が不安で仕方ないのだ。
彼にとっては龍の存在だけで極上の研究対象なのに、どうやって生きているのか分からないレベルの異形と化している人龍など興味しか湧かないはずだ。
とはいえ、決まった事で今更グダグタするわけでもいかず、一行は専用に用意された転送ゲートを潜る。
[ 首都衛星カムロス・ザント ]
「――っ!?」
転送先は監獄星オウラ・ギラからいくつも星系を隔てた首都星カムロス・ギントの第一衛星カムロス・ザント。
予め環境調整されたというこの空間に至るまでの経路。中継用の転送ゲートを潜るたびに謎の圧のようなものを感じていたが、目的地手前のここに至り、その密度が急激に跳ね上がるのが分かった。
全身に掛かる不可視の圧力は、未知のエネルギーが実体を伴って襲ってきたように感じられる。
心弱い者であれば即座に発狂する。環境に依らない、科学的、魔術的なものではどうしようもない類の根源的な恐怖そのものがそこにあると言わんばかりの空気だ。
「さて、未体験の者だと少々辛いだろう。こちらでいくつか精神防御の手段は用意してあるから、その処置をしよう……まあ、気休めのようなものだがね」
ここにいるのは、全員がシステム的に精神的な補正を受けた冒険者だ。それでなくとも元々の素養からして精神的に強いと言える者ばかりである。
加えて、あの特異点を駆け抜け、精神世界での戦いを経て、ベレンヴァールに至っては無量の貌の本体近くにまで迫った。
そんな経験を持つ猛者たちの足が揃って止まり、動けずにいる。唯一いつも通りなのは案内役の人龍だけだ。
「何故、あなたは平然としていられるのだ?」
ラディーネの疑問は、他の全員の代弁だ。
「龍はある程度成長した段階でここに連れて来られる。唯一の悪意の爪痕が深く残るこの場所を知る事、心に、魂に刻み、自分たちにとっての怨敵の存在を認識するためだ」
いわば、それは成人の儀のようなもので、すべての龍が通るものだった。
迷宮都市の文明に汚染され、堕落したように見える……というか文字通り堕落している龍にしても、かつて潜り抜けてきた試練でもあった。
それで昨日会った車龍の評価が変わるかといえば怪しいところだが。
「つまり……空龍たちもコレを?」
思わず車龍の名を出してしまいそうになったところを堪え、空龍の名を出すファインプレー。
「もちろん。ただまあ、あの子は勘が鋭いほうだし、避けてはいるね。今回だって、来ようと思えば来れたのに」
「…………」
確かにそうだ。スケジュールの問題があるとはいえ、どうしても次の便で戻らないといけないわけでもない。
そんなものはどうにでもなるし、渡辺綱に関わる者であればここに来る事の重要性も分かっていたはずだ。
なのに、ここに来ようともしなかったのは意図的なものか、あるいは深層心理で無意識に避けていたのか。
「鈍い私のほうが向いているから適役ではあるがね」
人龍が用意していたのは、旧世界で使われた機器を現代で使えるように、魔術的な技術を加えて改良したもの。
改良といっても、それは動かないものを無理やり動かすためのツギハギのようなもので、本来の性能を引き出せてすらいないはずだ。
その装置で発生した目視可能な障壁に包まれて、ようやく全員が息を吹き替えした。
「……これは、冗談じゃないな」
全員が息も絶え絶えだ。それは何を考えているのか分からないキメラですら同じく、ボークに至っては明確に大量のエラーを吐いている有り様である。……そう、物理的な影響を伴う負荷なのだ。
その中にあって、尚ギラついた目をしているロクトルだが、不調の具合は最も激しそうだ。
「数日、ここで慣らしを行い、様子を見つつ本星との距離を詰めよう。その間は……私の講義でも受けるかね?」
「……よろしく頼みます」
異論は一切出なかった。誰もが、事前に聞かされていたものを正しく認識し、覚悟できていなかったと突き付けられた。
「しかし、まさかこの強度のプレッシャーをただの人間だったワタナベ君は生き抜いたのか」
それを言うなら岡本美弓もだが、ラディーネとしてはとても正常な精神構造の人間に耐えられるものではないと感じた。
「こんなものではないはずだ。正確な位置は分からないが、この世界において唯一の悪意が出現したとされるのは、本星より離れた宇宙空間のはずで、彼らが体験したという距離よりもかなり遠い。比較対象のデータが記憶のみに頼っている以上、明確な比較は難しいが、距離での影響差は無視できないだろう」
「どれだけなんだ、彼は。精神力どうこうで耐えられる類のものではないぞ」
「耐えられるさ」
そう断言する人龍は実際平然としているのだから、反論などできるはずもない。
無機物、有機物問わず存在ごと変質させる悪意とはこういうものなのか。湧き上がる負の感情。果たしてコレが悪意なのかと判断し切れない、様々なネガティブイメージが体中から湧き上がる。
その発生源は単一ではない。自らの心から生まれるはずのものなのに、強弱こそあれどそれを全身から無数に感じる。そういう異形の未知の不快感が沸騰している。
「長い年月で影響は減衰しているはずなのだがね。最も影響を受けた本星は未だにコレだ」
「…………」
誰も、何も言えなかった。
ただ一つ共通して抱いたのは、こんなものを撒き散らされたら文明など容易に滅ぶ。そんな実感だった。
-4-
その日はもちろん、次の日も、その次の日も、本星に向かえる状態になる者はいなかった。
徐々に慣れはしたが、それで変わったのは悪意の輪郭を感じられるようになっただけだ。はっきりと掴み取れてしまう分、更にタチが悪い。
そして、ますます以て強大になる渡辺綱への畏怖。地球で最後まで生き抜いた彼も、その直前まで生き残っていたという者たちも尋常じゃない。
「どうやら、個人差はあるらしい」
人龍はそう言う。渡辺綱もそう言っていたような気がするし、事実そうでなければ説明がつかないが、実際に体験してしまうと受け入れ難い事実だった。
目と鼻の先にある首都星。その中心部の映像を見る。
目視するだけで発狂しかねないその光景は、歪に変化したカタチそのものが悪意を放っているようで、以前ロクトルが言っていた事を思い出させるが、本人たちにはそれどころではなかった。これでも、直接見るよりは遥かにマシというのだから、本物はどれだけなのか。
「悪意に最低限抵抗できる者、その因果を持つ者の選別、という事なのかも知れないね」
まったくもって合理的な試練といえた。文明で一つ存在するか分からず、それ以外を間引く選別は苛烈であり有用だ。
因果の虜囚として舞台に上がる資質、唯一の悪意に立ち向かう者を選別するための第一の試練は、その残滓ですら文明を滅ぼしてあまりあるものと体験させられた。
研究は進む。保護され、距離の遠い衛星にあっても、ほとんどゼロから開始する時点では何かを得るだけで明確な進捗だ。
人龍が語る旧時代の知識、眼の前の形ある悪意、そして何より己の実感がそれを加速させる。
しかし、果たしてこれ以上踏み込めるのか、誰も自信を持てずにいた。
サンプルは回収し切れないほどある。衛星にあるすべてが何かしらの影響は受け、変質している。
旧文明との差は人龍がデータを確保している。長年かけて復元したという旧世界の物質構造は、たしかに眼の前のそれとは分子構造からして別物だった。
しかし、歪でありつつも元のカタチは完全に失われていないのは奇妙だった。どれもこれも、素材は活かしたまま変質させられている。
そして、何故これで成立するのか分からない構造。自分たちの知る科学、龍世界の文明を含み、あるいは魔術的なそれを加味しても説明できない根本的な異形がそこにある。これではさすがにお手上げと言わざるを得ない。
「……私たちの持ち札じゃ解析には届かないな」
あっけないロクトルの敗北宣言。あくまで今は、であるものの、手も足も出ないと匙を投げるしかない。
まだ本星に足を踏み入れてもいないのに、失敗を受け入れてしまうほどに未知だった。何かまったく別のアプローチが必要になる。
それはそれとして、あの本星には行くべきだという使命感のようなものがあった。
「しかし、どうしたものかね。何もせずに全滅だよ、これじゃ」
そうぼやくラディーネとて平静を保てていない。全員が空気に飲まれていた。
強く影響を受けたのはボーグとキメラの二人だ。本来なら感情など感じるはずのない自身の一部が悪意によって暴走するのを感じている。
明確にエラーとなって現れるボーグはまだいい。ラディーネが直接手を加えて原因の切り分け、調整もできる。しかし、キメラにはそれができない。
……というよりも、キメラはそれを極力表に出さずにいた。傍目には、影響を受けていても他の者と同程度としか見えない。
何故だろうか。いつもならそんな事はしない。上手く伝えられないまでも、はっきりとラディーネに確認してもらうように意思表示する。
そういう契約だし、正しいとも思っているから、いつもはそうしているのに。
例の文字板だって持参しているし、なんなら喋れないわけでもないのだ。
とはいえ、別にこの葛藤を知られたくないというわけでもない。ただただ不可解。自身でも判断できない奇妙な葛藤だった。
あえて言うなら、それは予感だろうか。
生命体としての高みに至る兆しのようなものがそこに隠れているような気がしてならない。
じっと内面に語りかけ、問いかけ、暴れそうな悪意を抑え込むのではなく飲み込む。
思い返すのは、かつて特異点で戦った時の記憶。必死に戦いこそはしたが、精神構造の差というどうしようもない一点において不甲斐ない事になってしまったあの一幕だ。
キメラは恥じていた。あの時、他のものと同じ舞台にありながら、立ち向かう事が許されなかった自分を。
誰にも言ってないし、知られていないが、それは明確なトラウマとして、後悔として残っていた。
OTIというクランに所属し、その一員であるという自負は持っている。異形そのものである自分をさして抵抗もなく受け入れてるくれる場所が少ない事は自覚しているし、その感謝を要求もせず、ただやりたいようにやらせてくれるのはただありがたい。実のところ、帰属意識はかなり強いと思っている。
ラディーネが、渡辺綱が知っているのは、生命体として強くなりたいという自分の意思一つだ。なのに、それ以外のすべてを問わない。
話すのが面倒だからというのもあるのかもしれないが、それだけでこんな異形を置いてくれるのは懐が深いというより他はないはずだ。
だからこそ、自分が役に立つ場面では奮起する。自分の夢に合致しているなら尚更だ。
しかし、あの時はまったく役に立たなかった。普段同様、戦闘においては役に立っていたかもしれないが、それは他のメンバーと比較して特別秀でているとまでは言えない。それなら自分である必要はないのだ。
だから、こういう時こそ何かをすべきではないのか。こういう、異形である事そのものが要求されるような場面こそが。
とはいえ、何をしていいかは分からない。おそらく、コレを伝えても何かが変わる事はないだろう。
正直、キメラは頭が良くない。自身がそうであると自覚しているから、考えても答えが出ない事は分かっていた。これは諦めではなく適材適所なのだ。
自分が出せる回答はもっと感覚的なものに限られるはずなのだと知る。
「キメラはもう大丈夫そうだな。やはり、精神構造自体が違うという事か……」
自分を見て、そんな見当違いな事を言うベレンヴァールに呆れる。威嚇してやろうか。
そんなはずはないのだ。表に出していないだけで、おそらく悪意の影響は自分が最も強い。
今もこうして全身至るところが別種の敵対生命のように反乱を企てているような、普通なら自意識過剰にもほどがあると思うような内的恐怖に襲われている。
きっと、クラスにもあるように< 合成生命体 >としての特性も関連しているのだろう。
これまで取り込んできた自分以外のモノ。取り込んで己自身としてきたものは、当たり前だが元々は別の存在だったものだ。
果たして、この身に元々自分と呼べる部分などどれほどあろうか。そういう意味では、ごくわずかな本体に自分以外という鎧を纏った騎士のようでもある。
なるほど、装備品に恵まれないこの体は、実のところ全身甲冑であったのか、と意識が脱線した。
……今考えるべき事はそんな事ではない。
ふと、皆に語りかける人龍の姿が目に入った。
どことなく自身と似た部分のあるその体は、あのネームレスとかいう茄子もどきによるものだったはずだ。
茄子か……そういえば、最近野菜が不足している気がする。見た目から肉食と思われるからメニューが偏りがちだ。
特に、ユキに任せると肉料理ばかりになる傾向があるから困る。かと言って、居候のパンダに相談したら笹を差し出されてしまったな。うむむ。
違う違う。そうじゃないのだ。いつもなら構わないが、今は考える時……いや、感じる時だ。
自身の体と対話しろ。反乱を企てるモノ共の声に耳を傾けろ。それらは錯覚じゃない。そう思い込め。
……そうだ。己はキメラだ。他を取り込み、我とするモノ。
ならば、この無数にある悪意であろうが食せるのではないか。食し、己とする事ができるのではないか。
「……?」
そこで、何故だかボーグがキメラの異変に気付いたのは偶然なのか。
抗い難い影響が出ている者同士、何かしら通じ合ってしまったのかもしれない。戦闘中でさえ、割と息の合わない二人が今だけは奇妙に同調した。
答えなど出ない。いくら極限状態とはいえ、こんな簡単に答えが出るなら苦労はしない。
しかし、何かの兆しは掴んだ。高みに至るための、見えないはずの道が微かに見えた気がした。
今はそれでも十分。特に狙ったわけでもないのに邂逅したのだ。やはり、このクランの行き着く場所は自分の夢と一致している。
頭の悪い自分が、そう確信が得られただけでも良しとしよう。
「どうしたものかな」
ラディーネや他の者は眼の前の事で悩んでいるが、自分だけはなんだか答えを得たようで気分が良かった。
(*´∀`*)「俺自身がウォー・アームズだって事やね」
(*■∀■*)「厨二病ですね」







