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超短編SS「秘密結社YMK±3」

第四巻クラファンは達成したので記念の短編です。(*´∀`*)

いよいよ、MFB時代に到達しなかった転章へ突入するぞ。




 そして、世界は再構成される。表面上に特に違いは見られずとも、根本的にはまったく違うものとして。

 いや、罅割れの先に見えた銀タイツはきっと何かの間違いであるはずだ。


 ダンジョンマスター杵築新吾は迷宮都市に召喚されて現在の迷宮都市を形作り、渡辺綱は極限環境へと転生した上でやがて迷宮都市へとやってくるだろう。可能性としていろいろな世界があるのは間違いないが、それらはかなり遠く、可能性の収束したこの世界では巨大な断絶が存在する。

 同時にユキが迷宮都市へやって来る事が確定したわけで、それを起点とする秘密結社YMKもおそらく結成されるのだろう。

 フレンズマンはそんな世界を想像しつつ、いつものように一人さまよう日々に戻る事にわずかばかりの寂しさを覚えていた。

 友人と別れる時はいつもそうだ。彼にとっての別れはすべてのリセットであり、関係性の喪失を意味する。

 友人関係というものは会う度に構築しなければならない。彼にとってはそういうものなのだ。


 結局、再構成の意味など分からないが、おおむね元通りの世界が構築される事は分かっていた。




-1-




「更にその後の未来は保証されていないがね」

「は? なんだ、独り言か?」


 なんか視界のいたるところが罅割れ始め、いよいよこの空間が崩壊するのだと実感し始めた頃、唐突にそんな独り言を呟くフレンズマン。《 念話 》でない事には気付いているが、それ相当の能力なら伝えたい相手にだけ聞こえるようにすればいいのだから、なんらかの反応を求めているという事で間違いないだろう。

 実際に発声しているわけではないので独り言というのは間違いなのだが、いまさら同志Aがそんな事を気にするはずもない。


「どうやら、本格的に世界は再構成されるようだ」

「ほう。つまり私が戻れる日は近いという事か。見た目通りだな」

「体感にしても、あと半日もないんじゃないかな。直後って可能性もあり得るよ」

「唐突だな」


 果たして、一体どれくらいの期間この空間に閉じ込められていたのか。一ヶ月か、一年か、十年、百年とまではいかないだろうが、時間間隔が壊れているのでそうでないと言い切れたりもしない。あるいは案外圧縮された数日程度の話だった可能性だってある。

 以前フレンズマンが説明した事だが、この空間は通常の時間の流れからは乖離している。場所によって時間の流れが異なる事があるなど、冒険者にとって珍しい事ではないから、そういう事もあるかと同志Aは納得した。重要なのは主観時間なのだから。


「君が異世界の食べ物を我慢できたから、そちらに引っ張られる事はないんじゃないかな」

「死ぬほどキツかったけどなっ!?」


 ある日、唐突に豪華なフルコース料理が出現したり、妙に落ち着く感じの家庭料理が出現したり、絶対体に悪いジャンクなラーメンが出現して、死滅しかけていた同志Aの食欲を揺さぶり続けたのだ。もはや、神話などでも見られるような、その土地に引き摺り込むためのトラップなのではないかと疑うほどに。

 出現する度にフレンズマンが収納してくれてはいたが、出現から格納するまではどうしても目に入ってしまうのである。

 サブリミナル効果かというほどにパッと出現して消える食べ物の連続に、余計に潜在意識に強く焼き付いたのではないかとも疑った。


「途中でイカの刺身が出てこなかったら、理性を保てなかった気さえするわ」

「イカが嫌いなのかい?」

「別に嫌いではないが、貴様を連想させるからな。いたずらで自分の触手をスライスしてみたとか言われたら悪夢そのものだろう」

「頼まれもしないのに、進んで自分の体を食べさせたりしないけどね」

「提案はするではないか」


 別に食べさせてもいいとは思っていて、飢餓対策として提示する程度には緩い抵抗感しかないはずだ。本人もそう言っていたし。


「迷宮都市には、自分と同種を美味しく食べさせるために日夜研究を続ける狂人がいるんだ」

「何それ、これい」


 存在に慣れ切ってしまったからそこまででもないのだが、冷静に考えると怖い。冷静でなくとも怖いし、なんなら慣れ切ったという事実そのものが怖い。

 フレンズマンがこれまで見てきた中にそういう存在もいたが、およそ生物の常識からは外れた存在だ。

 生態系のルール上、仕方なくとかではなく、美味しく食べてもらいたいというのがまた狂気である。


「だが、貴様はそんな怖い奴でも眼の前に現れれば友達なんだろう? 相手が拒絶しても」

「そうだね。よっぽどウマが合わなければ分からないけど、こちらが友達と思う分には自由だしね」


 長い間一緒にいて、同志Aはようやくその本質に近付く事ができた気がする。誰が相手でも友達認定する怪物は、本質を理解するほど恐ろしい怪物に見えていた。

 相手が敵対しようが交戦しようが友達。無視されても友達。嫌われても友達。存在するのか分からないが、きっと憎んでいる相手ですら友達なのだろう。

 そもそも、コレは接する者すべてを不快にし、嫌われるような外見を装っている。そこには無音声や雰囲気なども含まれるかもしれない。

 性格だけはその限りではないものの、つまりは接した嫌われるようにしつつも友達認定しているのだ。誰であろうと構わず。


「でも、何故今更? 最初から言っていたと思うけど」

「何、寂しい話だと思ってな」

「確かに、みんな忘れちゃうからねえ。再会の度に友達になればいいけど、それはそれとして寂しい」


 果たして、どこまで人間の感情に当てはめていいのかは分からないが、いろいろ考えるのは面倒なので、人間と同じものとして扱う事にした。


「忘れるのはこちらだけだろう? 貴様は以前会った私を覚えているようだし」

「そうだね。再会しても同じ同志Aかは分からないけど、多分同じ?」

「不安にさせる事を言うな」


 これだけ可能性世界を見せつけられて、複数存在する同志Aがすべて自分と言い切る自信はない。

 なんならYMKの代表でない同志Aや大成したり没落した同志A、超絶美男子な同志Aやあるいはユキたんのように性別不詳な同志Aだっているかもしれない。ひょっとしたらアルファベットがずれて同志Bだったりするかも……それだと何故創設者がAでないのかとか色々と設定破綻しそうだが、可能性としてはあり得るはずだ。


「というわけで、寂しい貴様にこいつをやろうと思ってな」

「なんだい、コレ……君の着ているローブかな?」

「YMKの名誉会員の証明だ。誰か別のYMKや別の私、あるいはユキたんに会った時にそれを着て、自分はYMKの一員と言い張るがいい」


 普通ならまったくもって嬉しくないはずのプレゼントだが、フレンズマンはそれを手に持って何やら考えていた。


「……ふむ」

「なんだ、友よ。返品なら受け付けんぞ」

「私を友と呼んでくれるのかい?」

「相変わらず不快感や忌避感は強いが、多大な恩義は受けた。なら同志として認定する事もやぶさかじゃない」


 正直なところ、フレンズマンは動揺していた。それは言語化が困難なほどに久しく感じていない情だった。

 相手が誰だろうと友達認識する彼だが、相手からそう言われた事は少ない……いや、膨大な記憶の海を探ったとしても存在するのか怪しい。

 自身に付与したイメージを完全に無効化するほどに強力な魂の持ち主ならそれも可能だが、そんな存在はそうそういないし、友達になれるかは別の問題だ。

 ましてや、多少緩和されているとはいえ、同志Aへのイメージ転写は正常に機能している。彼の中で、フレンズマンは見るだけで、傍にいるだけで不快な嫌悪すべき化け物のはずなのに。


「アルファベットが被る事を想定して、額の文字は『友』にしておいたぞ。これならさすがに被るまい」

「マメだね、君は」


 いくら暇だとはいえ、この空間で刺繍していたというのか。


「ありがたく受け取っておくよ。まあ、着る事はないだろうけどね」

「何故だ。別に強要する気などないが、数多の同志はそれをプライベートでも身につけるほど好評だぞ」

「君の……いや、同志たちはどうなっているんだね」


 フレンズマンにとっても、それは奇妙な代物なのは変わらないらしい。


「えっとね、コレは君から私に譲渡されたという以上の、何かしらの概念が生まれてしまっている。下手に身に着けて、この付与効果が弱体化されても困るしね」

「良く分からんがそうなのか」

「難儀な話だがそうなのだよ。残念な事にね」

「まあ、好きにするといい。普段着にするによ、使い潰して雑巾にするせよ、雨が続いた時にてるてる坊主にするにせよ自由だ。……いや、悪い事をする時は着てはいかんぞ。YMKの悪評になるかもしれん」

「なら、いい事をする時に着てみるかもね。正義の味方YMKって感じで」

「YMKは正義の味方ではなくユキたん推しの同好会なのだが……。それも自由だ」


 ひょっとしたら、どこかの異世界にまでユキたん推しの文化が広まってしまうかもしれないが、それはそれでアリだろう。

 自分がそれをされたら嫌なように、人が推しである事を否定しない。同志Aにとって同担拒否は敵だった。

 でなければ、そもそもYMKを組織したりなどしない。


「おっと、そろそろ本格的に世界が再構成されるよ。心残りはないかね?」

「忘れるのだろう?」

「忘れるからこそさ」


 その意味を理解できたとは言い難いが、同志Aは魂でそれを感じた。心残りは忘却だけで消滅させられるものではないのだと。


「じゃあ、次の私によろしく」

「なかなかいいね。よろしくされるよ」


 世界が割れる。

 無数の罅割れが大きくなり、数多の世界の姿が顕になり、それらが遠ざかっていく。

 可能性が収束した、管理者のいる世界とはこうも孤独なものなのか。


「……しかし」


 フレンズマンは世界が再構成されると言った。それは、あり得ない事。存在しないはずの可能性そのものではないのか。

 ならば、それこそすべてに不可能などない。今見えている管理世界など、一面でしかないのだろう。


 難しい事を考えるのが苦手な同志Aは、戻ったあとの推し活動について夢想する事に決めた。

 再構成される世界に多少のズレしかないのであれば、おそらく自分がやる事は変わらないだろうからだ。

 同志Aはどこまでも同志Aなのだから。




-2-




「何やってんだ、お前」

「うおっ!?」


 迷宮都市中央大学。その一室にて、同志Aは謎の仮面を被っていたところを見咎められた。


「す、すまん。待っているのが暇だから、つい人間やめるぞーごっこをしたくなってな」

「それ、石じゃないんだが」

「伝わるのか。あまり娯楽作品に興味はないイメージだったのだが」

「むしろ、地球産のものは読むぞ。半分は研究目的だがな」


 日本の漫画作品ネタで誤魔化そうとするのもアレだが、それで伝わるのも考えものだろう。迷宮都市のサブカルチャーは魔境である。

 しかし、造形が似てはいても、同志Aが被っていたのは推定金属製の仮面である。罅のようなものもないし、もちろん吸血鬼になったりもしない。

 そもそも模したものですらない。


「まあ、なんの効果もない仮面っては分かっているから、そうやって無防備に飾ってるんだけどな。考古学的価値も皆無に近い」

「アーティファクトではないのか?」


 元々飾られていた専用棚には、どこどこ出土という記述があった。


「それはそうなんだが……何? お前、貴重品を勝手に被った事を咎められたいのか? 貴重品ではあるぞ」

「私は常に無責任でありたい」

「最低な発言だな、おい」


 というわけで、その仮面は元あった専用棚へと戻される。

 こうして見ると、何故こんな不気味な仮面を被りたくなったのか良く分からない。唐突さと無軌道さに定評はあるものの、自分自身の行動に理由をつける事ができないほどではないはずなのだが。まさか、唐突に自分以外の何かになりたいとか考えたわけでもあるまいし。


「それで、さんざん待たされた用件は一体なんなのだ? 私とて暇ではないのだが」

「やらなきゃいけない事は少ないのがお前だろ」

「それはそうだが」

「なら暇じゃん」


 やれる事は多いが、やりたい事もやらなくては事も少ないのが彼という存在だ。


「ちなみに今日の話は、今度出す論文の共同研究者として、俺との連名にしていいかって話」

「どれの事か知らんが好きに出せばよかろう。別に私の名も出す必要はないし」

「じゃあ、連名でいいって事だよな? オーケー」

「まあ、それでも構わんが」


 同志Aとしては、どの研究にしても手伝っただけで、共同研究者として扱われるような仕事をした覚えはない。

 実際、内容の説明を求められてもさっぱりだし、それは自分が関わった部分だけですら怪しいのだ。発表のために呼ばれても役は立たない。

 それでも役には立っているらしく、律儀な彼は功績として残すよう行動しているわけだ。


「んで、本題なんだけどさ……」

「やはり何かあるのか。回りくどい奴め」

「距離感を掴むためのジャブは重要だろ?」

「むう……確かにジャブは大事だが」


 かつて、ボクシングジムの体験入門に行った際、痛感されられた経験のある同志Aはそれを無視できなかった。

 同じ体験生に偽装したプロボクサー相手に1R中一発も当たらなかったからだ。腐ってもこちらは冒険者だというのに。

 ボクシングでなくとも、似たような距離感の取り合いは様々な競技に存在する。なんなら本職の冒険者が一番重要で、どのポジションでも必須技能に近い。

 同志Aはそれを理解し、習得するのに長い時間をかけたが、戦闘センスの持ち主という奴はあっさりと天然の嗅覚で乗り越えたりもする。この辺、迷宮都市出身者よりも外部冒険者のほうが肌で理解している事が多いというデータも存在した。

 まあ、思い出しただけで、今は全然関係ない話なのだが。


「いやな、お互い本職と関係ない話なんだが、最近友人の一人が事業に失敗してな……」

「良く聞く話ではあるが……」


 色々やっている同志Aもすべてが順風満帆というわけではない。手を出して上手くいく事のほうが少ないくらいだ。

 そして、大抵はそこまで興味のない事ばかりが上手くいったりする。同志Aは正にそのタイプだった。

 これで真にやりたい事に才能がないなら悲劇だが、基本的にどこか冷めている彼はそういうものと割り切っている。


「んで、在庫の処分先を探しているんだが」

「それならお前でもいいだろう? かなり貯め込んでいるようではないか」


 眼の前の男は、迷宮都市全体で見てもかなり裕福なほうだ。冒険者の上澄みとは比べるべくもないが、一般人枠なら確実に上位数%の枠に入る。

 独身で使える金が多いというのも大きい。


「取り扱いに難のある物品が結構あってな。俺みたいな一般人だと購入許可の出ないものも多いんだ」

「ああ……違法薬物の類か。大人しく出頭する事をオススメするが」

「違うわっ!? 冒険者向けのモノだよ!」

「まあそうだろうな。いや、薬物にしても冒険者専用のはあるんだが」

「薬物じゃねーし、冒険者なら合法だよ」


 確かに、迷宮都市でそういう所持資格は厳密だ。昔はそうでもなかったのだが、年々様々な法律が制定され、試行錯誤を繰り返している。

 冒険者とそれ以外だけでなく、冒険者であってもランクの違い、資格の有無による所持資格は細かく定められているのだ。

 分かり易い例であれば爆発物や、銃などの身体能力に関わらず殺傷能力を得られるもので、これらは冒険者であっても所持資格が必要だ。

 逆に言えば、資格さえあれば何を持っていてもいいのが迷宮都市なのだが。でなければ、刃物を持ち歩いたりはできない。

 こうして聞いた限り、冒険者の副業か、あるいは事業者向けの売買資格を取得して経営していたのだろう。


「というわけで、質屋の売却額より高く引き取ってくれるところを探しているんだよ」

「あそこはなんでも引き取ってくれるが、あまり高くはないからな」


 ついでに言うなら、店の主人がムカつくから同志Aは利用したくない。

 少量ならオークションでもいいが、数も多いのだろう。少しでも多く回収できればという苦悩の果ての行動だ。


「という事は、差し押さえられているわけでもないのだな。引き取れる保証はないが、会うだけなら構わん」

「助かる」


 とにかく、なんでもいいから早く現金化したいなどの緊急性はなさそうなので、本当にただ伝手を頼っている感じだろうか。

 実際に確認するまでは油断できないが、よほど高額になるのなら専門の知人に裏取りをしてもいい。


「話は変わるが、お前いつまで冒険者やってんの?」

「なんだいきなり。冒険者は迷宮都市の花形だろう? これでもCランクの中級冒険者なんだが」

「あきらかに限界感じてるだろ? 別に辞める必要はないだろうが、そういう奴は冒険者のほうを副業にする奴も多いって聞く。他に才能ないならともかく、色々手を出してるのは良く知ってるし、ウチにもそういう奴は多い」

「まあな」


 自分には冒険者の才能はない。同志Aにはその自覚があった。

 もちろん、腐ってもCランクだ。ある程度の才能はあるんだろう。しかし、それ以上ではなかった。Cというのも相当に時間をかけ、無理をしての結果だ。これより上は目指せる気がしないし、Cランク相当の戦場に立ち続ける事さえ困難だろう。

 伝手や財力など冒険者の実力ではない……とまでは言わない。それは立派な力で、評価されるべきポイントだ。しかし、それらを含めた持ち得るすべてを総動員してギリギリ到達したのが今のランクなのだ。

 本当に限界を悟ったのは第五十層。出せる限界まですべてを放出しての一種の賭けで、それには辛くも勝利したのだが、その次にとてつもない壁を感じたのだ。

 その壁は鍛えればなんとかなるという問題ではなく、現状ですでに身の丈に合っていないし、向上心も維持できない。そこまでしてCランクになり、第五十層の八本腕を攻略したのは、そこに至る事で得られる優遇や権利がそれまでの比ではないからだ。そして、実利的な面で言うなら、これ以上はさすがに割に合わない。

 なのに未だ本業とし、そこそこのスパンでダンジョン・アタックに身を投じている姿は、冒険者でない者には不可解に見えるのだろう。


「ぶっちゃけ、好きな事をメインに第二の人生始めてもいいんだろ?」

「冒険者にはそういう奴が多いな」


 脱サラというレベルの話ですらなく、あとは好きに生きていい。そういう終活のような第二の人生が許される。それが、そこそこ成功した冒険者の在り方なのだ。自身のスタンスのせいか、同志Aの周囲にはそういう者は多い。条件次第で多少前後はするものの、Cランクまで昇格すればほとんどの外部冒険者が引退の権利を得るのも理由の一つだろう。

 同志Aが色々と手を出しているのは、そういう者に引っ張られてという側面もある。他人の第二の人生に引き摺られているわけだ。


「とはいえ、そこまで情熱が注げるものがあるわけでもないしな」

「相変わらず冷めてんね」


 色々手を出しても、それらを本業にしようとは思わないし、趣味として情熱を注ぐには至らない。多趣味ではあるが、どれも暇潰し以上のものではないのである。


「以前、お前から勧められたアイドルもいまいちだったし」

「ふざけんなよてめえっ!? キャロちゃん最高だろうかっ!」


 眼の前の彼は、今売り出し中のアイドルグループの一人にご執心だった。グループの中では地味で人気三番手くらいなのだが、何故か強烈なファンが多いらしい。

 同志Aはキャロちゃんのフルネームどころかなんの愛称なのかすら覚えていなかった。キャロラインなのか、シャーロットなのか、あるいは別の名前なのか。よほど奇抜なら覚えていると思うので、たぶんキャロラインあたりなのだろう。もちろん、そんな事実を告げるつもりはない。

 理解できずとも、他人の趣味を否定する気はないのだ。


「そもそも誰かを推すというのがな。……どちらかといえば推される側の人間だし」

「そりゃ冒険者って時点でファンクラブはあるだろうが、お前どれだけ会員いるの?」

「も、黙秘する」


 大多数の冒険者同様、存在すらほとんど周知されていない。伝手を駆使してさすがに二桁には届いているが、同格の者と比較するのも烏滸がましい路傍の石レベルだろう。もちろんグッズなども全冒険者が対象となるようなものだけだし、個別の活動も行っていない。

 別にチヤホヤされたいわけでもないのだが、Cランクまで来てほとんど認知されていないのは心にくるものがある。なんというかオーラがないらしいが、オーラってなんやねんという感じだ。それはもはやスキルなんじゃないかと。




-3-




「うーむ」


 その日の午後、同志Aはさっそく紹介された事業主と面会し、処分したい商品の一覧を見せてもらったが、正直目ぼしいものはなかった。

 なんというか、冒険者の事情を知らない者が、商売の方向性が定まらないまま印象だけで始めた商売という感じだったのだ。良く聞く話ではある。

 友人の顔を立てる意味で、処分し難そうないくつかの在庫を引き取ったものの、不良在庫化する気がして仕方ない。

 特に、クリスマスやバレンタインのレイド用に使われている< プラック・カポネ・ローブ >など、一体どこからあれだけの数を調達してきたのか。一着二着ならまだしも、在庫だけでレイドイベントを開催できるくらいあるし、さすがにそんなモノを捌く伝手などない。

 過去に、自分が参加した際に持ち帰ったローブもまだ倉庫にあるというのに。

 むしろ、なんでそんなモノを引き取ってしまったのか。それが分からない。



 なんとなく会館一階のギルドショップに足が向いたのは、友人との話に触発されたからだろうか。

 ここには一部のコラボ商品を除いて一般のグッズは取り扱っていないが、迷宮ギルド管理の直売店として冒険者のグッズが所狭しと並んでいる。その中で目立つのは、ファンも多いアイドル的人気を誇る冒険者のグッズだ。

 芸能人的売り出しをしていない上級冒険者のものも多いが、積極的にグッズ展開している冒険者のものが多くなるのは当然といえば当然である。


「やはり理解できんな」


 アイドル冒険者のグッズを眺めても、別段推したいという感情は湧かない。

 曲りなりにも同業者の枠にいる存在だからという可能性も考えたが、友人推しの某キャロちゃんでも結局一緒だった。

 少なくとも、彼女らのライブに足を運び、オタ芸している自分は想像できない。……いや、別にオタ芸はしなくてもいいんだが。


 なんというか、不安がある。このまま半ばにしても引退する形になると、廃人のようにならないかと。あるいは、どこかでそういう未来を懸念しているからこそ、未だ冒険者業から離れないでいるのかもしれないと気付いた。実際、そういう事例は多数あるのだ。


「……なんてつまらない奴なのだ、私は」


 これなら、非生産的な趣味に没頭し、社会的に破綻している者のほうがよっぼとマシなどではないかとすら思える。

 空虚というほど空っぽではないにせよ、振れば乾いた音が鳴りそうな密度の人間性だ。

 きっと、自分のような人間が結婚したら、いいようにATM扱いされるのだろうなと思ったりもした。そして、そこから妄想が膨らんで妻をチェラ男に寝取られた上でNTR属性を付与されてしまうところまで想像が……。


「それはさすがに妄想が過ぎる」


 ここまでリアルに想像できてしまうのは、まったく同じ体験をした友人の相談を受けた事があるという経緯からだ。

 その友人は立派なNTR専の同人作家として、別方面で活躍している。本人の体験談も裁判記録付きで公開されているから、作品だけでなく本人の人気も高いのだとか。

 いやいや、いくら脳内だけの話にしても本題から脱線し過ぎだろう。今は、冒険者グッズについてだ。


「くっ……奴のほうが充実しているように見えてしまうのは末期だな」


 ふと、商品棚の中に見えたゴリラっぽい友人とゴリラたちのフィギュアを見てそう思う。まったくもって羨ましくなんかないはずなのに。

 脳内で展開されかけたNTRネタは上書きされたが、それがゴリラというのは絵面的によろしくない。

 というか、ゴリラまみれで不遇なイメージのある彼だが、最近は結婚して幸せな夫婦生活を送っているらしいので、実際充実している。端から見たらゴリラと飼育員にしか見えなくとも本人は幸せなはずだ。


「やはり、別方面の趣味を見つけるべきか」


 いい加減、思考が脱線し過ぎて変な方向に向いつつあるので、グッズショップを出る事にした。

 多種多様な娯楽がひしめき合う迷宮都市だ。現在の立場からの繋がりを気にしなければどこかに熱中できるものもあるだろう。

 知人関係から辿るとしても、最近はリアルな冒険者の体験談をマンガにしたいという作家の監修依頼などもあるし、そういった方向で攻めるのもアリだ。

 とりあえずなんでも手を出してみる。そういうスタンスで生きてきた結果、何故かこんな事になってしまっているが、どこかで空虚な自分を満たしてくれるものが見つかると信じているのだ。




「……ん?」


 そんな事を考えつつ会館の正面ロビーに向かうと、何やら騒ぎがあったようで人が集まっていた。

 良く見れば、『いつもの』で通用してしまうくらい有名になった迷惑冒険者たちが、会館を訪れた新人に対して熱烈な勧誘アピールを行っているところだったらしい。

 何度も厳重注意を受け、決して直接的な手段に出れなくなった結果、親切な先輩冒険者としてアピールするところをインターセプト、邪魔し合うという奇妙な構造になっている。

 結果、生まれたのは筋肉と筋肉、モヒカンとアフロが対立する必死な勧誘合戦だ。いつもより人数は多いが、珍しくもない。


「はいはいはい、そこまでにしておくニャ」


 そんなカオスを仲裁すべく、一人の猫耳が現れた。直接見知っているわけではないが、確か< 獣耳大行進 >所属の冒険者だったはずだ。

 同じ中級だから扱い方を心得ているのか、軽く迷惑冒険者たちをあしらい、場を沈める事に成功していた。興味半分で見学していた冒険者も散っていく。

 そこまでなら、良くある事。さして珍しくもない出来事だったと言えるはずだ。

 しかし、同志Aの目に飛び込んで来たものは、決して良くある事で済まされない。


「…………」


 そこに奇跡があった。

 空虚な自身を一気に満たすような存在感に目を奪われた。隣になんかデカくて汚い男もいたが、そちらは猫耳を含めて目に入っていない。

 冒険者に限らず、大成する者には共通して他人を惹き付けるオーラのようなものがある。これまで何度もそういう者は目にしていたし、成功するのを見てきた。すべてがすべて大成するわけではないものの、あとになって振り返ると、あの頃から何か違ったなと思うのである。

 しかし、眼の前の存在はそういったモノとは隔絶した運命のようなモノを感じさせた。

 まるで、世界が創られる以前から崇め、称え、推す事が定められていたように、ピースが完璧に埋まった。


「お、おお……」


 その場に誰もいなくなったあとでも、同志Aは歓喜に打ち震えていた。

 これが、奴も言っていた推しに対する熱情か。

 多分、本人に言ったら全否定するような何かが体の内側で燃え上がっている。


 しかし、これまでの人生でいろいろと拗らせてしまった同志Aは、何をどうすればいいのか分からない。

 故に混乱し、迷走し、現時点では本人も予想だにし得ないムーブメントを作り出すのだ。

 果たして、これは必然であったのか。あるいは誰かに定められた運命だったのか。どちらであっても同志Aには意味のない問いであった。




「うおおおおーーーーっ!! ユキたーーーんっ!」

「うおおーーっ!! Y・U・K・I、ユ・キたーーんっっ!!」

「うおおーーっ!! L・O・V・E、ユ・キたーーんっっ!!」


 数カ月の後、そこには額にアルファベットを記した奇天烈なローブを身に着けた集団を先導する男の姿があった。


 ……そう、これは同志Aが同志Aになる一幕。

 世界が再構成され、同じ道を辿り、同じ結果に至った事など、どこかにいる彼の友人しか知らない。




そんな事が本当にあったのかはフレンズマンしか覚えていませんが、同志Aは無事再構成された世界に帰還し、第四巻の短編に登場します。(*´∀`*)


というわけで、次回からしばらく無限のターンが続きます。(*´∀`*)

リターン分の保証分に今回は含まないまでご心配なく。




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― 新着の感想 ―
モブに近い脇役をここまで深堀した作品が他にあるだろうか…(褒め言葉
どこかの世界には第二段階フレンズマンが存在するに違いない
つまり同士友の誕生!
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