65話 王国武芸大会 1
-王都マハル 特別区-
街中の倍近い広さの道をゆっくりと進む。道の左右には似たような造りの建物が並んでいる。どう云う訳か脇道がほとんど無い様に見える。この幅広の道は正面の建物にしか続いていない。完全な一本道だ。こんな構造にした理由は何だろう。とりあえず正面の建物に向かう。行けるところがそこしかないからな。
馬車を停めて外へ出る。近くで見るとかなり大きい建物なのが分かる。中央の入り口横に屋台の様な物が作られており、眠そうな顔をした女性が座っている。多分案内所かな。
「少し宜しいですか、ここで何をなさっているのでしょうか?」
「ふぁ・・・あ、申し訳ありません。出場登録ですか?ここで受付けておりますよ」
看板みたいな物は無いが受付らしい。とりあえず招待状を見せるか。
「招待選手の方ですね。えぇと・・・マリーナ・サマリード様と。はい、確認出来ました。こちらの案内状をお渡ししておきますね。何かご不明の点が有れば仰って下さい」
えらいテンプレ対応だな。やる気の無いバイト店員みたいな感じだ。
「大会の運営関係の方なのですか?幾つか確認したい事項が有るのですが」
「御免なさい、私は急遽今日だけ受付を頼まれただけなの。明日以降の人に聞いてね」
ホントにバイトだったか。しかも急に呼ばれただけって。こりゃ聞くだけ無駄か。
「分かりました。また明日伺うことにします。お邪魔しました」
軽く会釈して立ち去る。また明日来れば何か分かるだろう。時間も余っているし、少し歩いて見て回るか。ゆっくりと歩きながら案内状に一通り目を通す。
むぅ、大した事は書かれていないな。要は開催中は面倒を起こすなってことだ。それとこの辺りの店は全て無料で利用出来るらしい。件の契約店舗がこの通りに集中している。加えて分かった事だが、さっきの門は大会開催時しか利用されないらしい。
この通り一帯が閉ざされたエリアで、他の場所には出入り出来ない造りになっている。なるほどな、門でまともに視なかったのはこれが理由だな。大会出場者が滞在するための場所で、城壁の中ではあるが街中とは隔絶している。同じ扱いでは無いという訳だ。
しかし、全然人通りが無いのはどう云う訳だろう。道路脇も店舗用の空間だけは有るがほとんど空いた状態だ。建物の中も人影を見ない。
しばらく歩くと一軒だけ開いていたので寄ってみる。宿屋らしいしここで泊まるか。
「どなたか居ませんか、宿をお借りしたいのですが」
中に入ると如何にも準備中といった様相だった。丁度掃除の最中らしい。
「おぅ、いらっしゃい。随分と早いな。もう少しで片付くところだ。嬢ちゃん達は何人なんだい。部屋はどこでも空いているよ」
人の好さそうな風貌のオジサンだ。まずはいろいろと聞いてみることにしよう。
馬車を車庫に収めてから改めて宿の主人らしき男性に挨拶する。
「私はマリーナと言います。宜しければ少しお話を伺いたいのですが」
「俺はモレットだ。この宿屋を切り盛りしてる。何でも聞いてくれて構わんよ」
この建物の一階部分は食堂らしい。カウンター奥に酒樽が見えるので夜は酒場も兼ねるのだろう。泊まる部屋は二階部分になる。部屋を決めて荷物を入れた後、食事のために階下に降りてきたところだ。
他の店舗はまだ開いていないとのことで、適当に頼んで作ってもらう。ここでは彼が料理人を請け負っている。今はカウンターの中で食材の準備をしながら話し相手をしてくれている。
「嬢ちゃん達は初めて来たんだろう?でなきゃこんな早くから来る訳が無いものな。気にせず何でも聞いてくれよ。客商売だから遠慮はいらないよ」
「ありがとうございます。助かります。ではお言葉に甘えさせていただきますね」
食事をしながらモレットに沢山の質問をした。彼は嫌がる素振りも無く丁寧にいろいろと教えてくれた。この宿にしたのは正解だったな。有難い事だ。
情報として得られた内容をまとめるとこんな感じだ。
・大会開催は十日後から。新人戦の予選が六日後から始まる。
・人が集まり始めるのは五日後ぐらいから。店舗はその前日ぐらいから開き始める。
・道路脇の店舗は売り出し中の鍛冶師が入る。武具屋兼修理屋で料金は自腹。
・大会開始後から概ね七日後に閉幕。表彰等が済んで三日後にこのエリアは閉鎖。
・開催中の観戦は自由。観覧席は決まっていて、指定範囲内ならどこでも利用可能。
・公式に賭けが認められており、各宿で賭け率等が表示板に公開される。ただし、八百長防止のため出場中の選手関係者は自陣営の選手にしか賭けられない。既に敗退した後は誰に賭けても良い。
「なるほど、仮にすぐ負けても賭けの結果次第では得るものが有る訳だな。面白い」
「良く考えられてるよねぇ。勝ち上がる毎に賞金も有るし、そりゃ人気も出るわ」
「王家公認の賭博というのは変わっていますね。闇賭博対策なのでしょうか」
それぞれに感じるところが有る様だが、俺としては肝心なところが確認出来ていない。
「モレットさん、大会の競技中に大怪我をしたり亡くなったりする方はどの程度居るのでしょうか。居ないってことは有りませんよね?」
「毎年何人かは居るね。真剣勝負だからな。腕の良い医者が控えてはいるが、こればかりはどうにもならんね。手加減無しの勝負だから観客も多いのさ」
まぁ、予想通りだ。出る側は命を張る訳か。これは案外厳しい内容だな。
宿屋の裏手には案山子や的が幾つか置かれている。逗留客が利用するための物かな。見た感じではまだ新しい。それなりに使えば痛むからな。大会の都度、新しい物に入れ替えるのだろう。
予選までは暇なので皆で馬車の手入れをしたり馬の世話をしたり。この区画だけでも建設様式がかなり違うので、うろうろと見て回っては参考に出来る内容が無いかと調べる。そんなことをしている内に少しずつ人が増えて来た。逗留している宿にも新たに何組かの客が宿泊している。今も新たに来た人達を受付けて部屋へと案内して行った。
この道沿いに在る店舗は開催期間だけの仮店舗なのだそうな。どの建物も造りは同じ。期間中だけの営業主を毎回募集していて、今回は当選したとの事。なかなかの競争率らしい。一律で開催終了後に王家からの下賜金が貰えるらしく、皆さんそれがお目当てなのだとか。結構な金額の様だ。
モレットの本業は食堂。街中に店を構えていて、今は臨時休業中とのこと。その内宿屋業も営む予定だそうで、今回はその予行も兼ねているらしい。
今二階に上がった客で4組目だな。建物は全部で6部屋だから後2組は入るのだろう。
案内を終えて降りてきたな。注文を頼むために手を挙げて呼ぶ。
「すいません、注文いいですか」
「は~い、お待たせしました。何に致しましょうか」
「昨日と同じ、紅茶とアップルパイで」
「あらあら、だいぶ気に入ったのねぇ。すぐお持ちしますね」
ここ数日は同じやりとりを繰り返している。味が分からんので雰囲気を楽しんでいる。
注文を取りに来た彼女はカレンと言う。モレットの奥さんだそうだ。夫婦二人での経営らしい。ちなみに初日の受付に居たのも彼女だ。持ち回りの務めが運悪く初日に当たったので旦那もついでに準備に来ていたとのこと。本来はあんなに早くは来ないのだとか。まぁ、そのおかげで俺達は宿に泊まれたわけだ。運が良かったという事だな。
「はい、お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
俺の前にいつものセットが到着した。両手を合わせ、行儀良く食器を手に取る。
ちなみに今は俺一人。他の3人は昨晩の酒量のせいか、まだ寝ている。ここの食べ物は非常に洗練されている。流石は王都だ。帰るまでに幾つかレシピを教えてもらいたいものだな。
タニア達もかなり食事が気に入ったらしく、ここ数日は夕方からずっと酒を飲みつつ食堂で寛いでいる。実際、暇だし他にやることも無いからな。代金も発生しないし気楽なものだ。滅多に来れないのだから存分に羽を伸ばしてもらうのが良いだろう。
忘れないうちに飛び入り枠でも参加しておいた。登録名を言ったら不思議そうな表情をしていたな。まぁ、あからさまな偽名なんで当然の反応ではあるが。それでも登録出来たのは過去にもそういう奴が居たのだろう。
しかし、食事もそうだが菓子類が普通に出されるというのは食文化に相当な差が有るということだ。来た甲斐が有ったというものだな。可能な限り、覚えて帰ることにしよう。




