37話 トリスタンの商取引 1
-リベスタン城塞 衛門-
移動手段が出来たのでトリスタンへ行くことにした。馬車が有れば一応日帰りは可能とのことなのでそこそこ距離はあるようだ。さすがにまだ泊まりで出かけるのは難しい。
ジルに頼んで通門証を作ってもらった。観光目的ということにしてある。意外にも何も訊かれることは無く、すんなりと手渡された。止められるかとも思ったがな。
今回は領地から短時間だが出ることになるので自警団から4騎が同行して警護する。人選はタニアに任せたので上手くやってくれるだろう。
「では出発しますね。何か有れば停まりますから言って下さい」
ミランはだいぶこの馬車の扱いに慣れたようだ。彼女自身、非常に気に入ったらしく、今は運転自体が楽しいとのこと。長く運転しても疲れにくく作っているので、存分に満喫して欲しい。
サマリード領は城周辺が山岳地帯になっているが、少し南部に下れば南北に延びる縦長の平野部が広がる。 東は広大な湿地帯で、西はアルバータ山脈に沿って荒れた岩場に囲まれている。全体的には森林地帯で南北に流れるリベーヌ川に沿う形で開拓がされている。
トリスタンとの間には2つの大きな湖が有り、カラムは南側のカラムダ湖畔に拓かれた町だ。北側のビッグベアー湖畔にはフォートという小さな開拓村が在る。
カシムーン領北端の町がカラムだ。更に南に下ったところに商業都市トリスタンが在る。今回の目的地だ。城壁に囲まれているので入るには通行証が必要になる。領主のカシムーン侯とは交流が無いので訪問の予定は無い。まぁ、向こうは底辺貴族なんて眼中に無いだろうからな。
トリスタンまでは広めの道路が川沿いに延びている。カラム手前に大きめの橋が架かっているので良い目印になるはずだ。
窓からは川で釣りをする姿を良く見かける。船で移動しながら釣るものらしい。
人里近くまで進むと畑や牧場が広がっている。馬、山羊、羊、牛、豚と多様だな。この辺りではトウモロコシも作っているのか。領内の作物種についてあまり気に掛けて来なかったな。戻ったら調べてみるか。
少し足を伸ばすだけでいろいろな事に気付かされる。農業に畜産業、出来る事は沢山在りそうだ。知識としては持っているはずなのに考えが及ばないのは反省すべきところか。まぁ、全部に手を付けられるとも思ってはいない。少しずつだな。
それにしても、こいつら二人して気持ち良さそうな顔で寝てやがるのはどういうことなのかね。暇なのは分かるんだが、寛ぎ過ぎじゃないですかね?
「この辺りで一度休憩しましょう」
小窓からミランに声を掛ける。今はカラムダ湖の西を南下している辺りだろう。距離的には概ね中間地点まで進んだところだ。馬にも水を与えて休ませる必要が有る。外の連中も休憩させてやらんとな。
「川沿いに寄せて一旦停まりますね」
ミランの声には疲れた様子が見られない。まだまだ大丈夫かな。
馬車の揺れが消えたな。停車したようだ。扉を開けても大丈夫だろう。
「もう着いたの?案外と近いのね」
「いや、まだだろう。カラムの近くまでは来ていると思うが」
君ら起きるの早いね。タニアは寝てたのに何で分かるんだろう?
「概ね中間地点まで進んだので、少し休みましょう。馬も休憩が必要ですから」
俺は扉を開けて階段を伸ばす。水辺の澄んだ空気と風を感じる。
「よし、馬は一旦解放して水を飲ませようか」
「私も手伝うよ。ミランは大丈夫かな?」
そう言うと二人とも素早く降りて様子を見に行った。俺も続いて馬車から降りる。
川辺に馬が並んでいる。それぞれに水を飲ませているところだ。ミランは濡れた布で馬を拭いている。そうか、馬も汗を掻くからな。こういうのは気が付かないところだ。
「皆さんお疲れ様です。そろそろカシムーン領に入りますのでよろしく頼みます」
「お嬢、こいつらには散歩みたいなもんだ。気にしなくても大丈夫だよ」
見たところ全員まだまだ余裕だな。馬にも疲れは見られない。問題無さそうだ。
「先は長いんだ。そろそろ出ようか。メリッサは馬を繋いでおくれ」
自然と場を仕切れるタニアが頼もしい。さすが、団長なだけはあるな。
休憩を終え、しばらく進むと橋に差し掛かった。この先からカシムーン領になる。少し進むと左に脇道が見える。その先がカラムだ。まだ陽は登り切っていない。少し早いぐらいかな。
順調に南下出来ているが、サマリード領と違ってこの辺りからは少ないながら盗賊が出る地域だ。一応の警戒はしておくべきだろう。
二人共、さっきまでと違って横にはなっているが寝るような気配が無い。こういう切替の利くところは頼もしい限りだ。単に寝過ぎただけって雰囲気じゃないしな。
実際のところ、少し離れた位置にアルとエクスが並走している。不穏な兆候が出ればすぐに対処出来るように準備は万端だ。10人程度の盗賊なら近づく前に始末することが出来る。まぁ、遭わないに越したことは無いがな。
-商業都市トリスタン 北門手前-
川沿いの道をしばらく進むと城壁が見えて来た。トリスタンだな。
「もうすぐ着きます。何も起きなくて良かったですね」
馬車にも不具合は無いし、盗賊の類も見えなかった。順調だな。
「まだ陽も高いからね。暗くなったら分からんさ」
「横道に入らなければそうそう危ない目には遭わないんじゃないかな」
油断はするなと言うことか。確かに警戒しておくに越したことは無い。
門で通行証を見せるとすんなり通してくれた。まぁ、底辺でも貴族だし、領主の一族が止められる訳もないか。
モルダーの店は中央通り沿いに在るはずだ。店構えは派手で分かり易いと言っていたが・・・さてどの辺りなのか。
大通りをゆっくりと進む。商業都市と言うだけあって店が多い。城壁を過ぎて少し進んだところに宿屋、飯屋、土産物屋と分かり易い看板の店が並ぶ。教会もあるな。更に進むと規模が小さくなって露天商と屋台が多くなってきた。この辺りは住人用の店かな。
露天商のばかりの通りを過ぎると、一転してしっかりした見た目の店が多くなった。この辺りが中心街だろう。行き交う馬車の数も増えて来た。歩いている人達も若干小綺麗になったように思う。もう中央通りのはずだが・・・お、多分あれだな。
馬車を道路端に寄せて停めよう。道幅には余裕があるから邪魔にはなるまい。
「ミランさん、停めて下さい。ここが目的地です」
小窓を開けて指示すると馬車がゆっくり停まった。彼女は停め方も丁寧だな。街中なのでこういった操作が出来るのは助かる。気遣いの出来る人で良かった。
扉を開けて馬車を降りる。通りすがる人達がこっちを横目でチラチラと見ている。これだけ大きな馬車は目立つ。外観も珍しいだろうからこの反応は仕方あるまい。
【モルダー服飾店】か。凝った看板だな。結構大きな店構えだ。装飾は確かに派手かも知れない。外壁と柱に使われているのは大理石だな。浮彫でリーフが描かれている。門の扉も鳥のレリーフが象られている。何の鳥かは分からんが、高級店らしい門構えだ。
「皆さんはこの場で待っていて下さい。店には私だけで伺います」
「分かったよ。街中だし大丈夫だろう。何か有れば呼んでおくれ」
タニアは何か思うところが有るようだ。わざと大きめに口に出したのは『言われた通りにしろ』との指示なのだろう。彼女ならではの気の回し方だな。こっちもその方が助かる。
ゆっくりと扉を押し開けて店の中に入る。店内は静かで照明は少し暗めだ。
店の中には幾つかのドレスが展示されている。派手過ぎない、落ち着いた印象の服が多いな。モルダーは奥か。俺に気付いて店番と思しき女が近づいてきた。




