13話 まず知るところから
-リベスタン城塞 礼拝堂 書庫-
ようやく最近になって言葉が分かるようになってきた。まぁ歳相応なものだけだが。
半年も経てば何とかなるものだ。『年』というのもこの世界の基準だ。呼び方は異なるが、概ね俺が居た世界と差が無い。農作物が育つ周期が基準となって決められているようだ。寒暖の変化も有って四季も存在する。よくよく考えると動植物が存在出来る世界というのは基本的な条件にほとんど差が無いはずだ。当然のことにまで頭が至らなかった。
俺がここに来て一か月程経った頃に礼拝堂を見つけた。そこの『マイネル』という爺さんにずっと言葉と文字を教わっている。この爺さんは結構偉い人らしく、本来子供の面倒など見ない立場のようだが、教え方が気に入ったので今も続けてもらっている。
ちなみに弟(アモンという名だ)は爺さんの部下の誰かに教わっているらしい。
ちょくちょく宗教的な話が挟まるのが煩わしいが、情勢を理解するにはかなり助かっている。若い頃は伝道師もしていたらしく、この地域以外の話が聞けるのも良い点だ。
蔵書もだいぶ読んだが神学関連が多かった。興味が無いのである程度読めるようになったら宗教関連は避けた。つまらんからな。興味を持って読んだのは動植物関連、薬草学、歴史書、それと地図だ。
ここはリベスタン砦というタジク王国北端に位置する城塞で、辺境開発の拠点として建てられたらしい。城主はハミル=サマリード。つまり俺の父親だな。タジク王家はここから南に在るマハル中央都市に在る。タジク王国は近隣を治める国家だ。300年ぐらい前にタジク王家の祖先がこの辺りの部族や都市国家を纏めて建国したのが始まりらしい。
同時期に南方に興ったのがルベリアン連邦。タジク王家の動きに対抗して南側の都市国家が連合して出来たものだそうな。連邦名は創立当時に牽引し、発起人となった者の名に由来するとか。首都名もそのままルベリアンだ。
王国と連邦で何度か小競り合いは有ったようだが近年は紛争も無く落ち着いている。
貿易も普通にされていて、商隊の行き来は盛んなようだ。特にマハル中央都市は栄え方が段違いだそうな。ナスルマ教の総本山(所謂聖地)もマハルに有る。
ちなみに連邦ではクルスト教という宗教が信仰されている。内容は詳しく分からない。どちらも一神教だが、これまで大きな宗教対立は起きていないらしい。
書物から読み取れるのはこのぐらい。実際には見て見ないと分からないだろう。書物も古いし、情報自体が正しいかも不明だ。
そろそろここの書物も読み切ってしまう。何らかの新しい情報源を探す時期だな。
-リベスタン城塞 領主の部屋 ハミル·サマリード-
「一時はどうなることかと心配だったが、司教には感謝しかないな」
マリーナには悪いが、本来子供の教育に使って良いような方ではない。マイネル司教は領内の宗教的なまとめ役として城に派遣してもらっているのだ。若い頃から各地を伝道師として巡り、豊富な知見を備えた方で、私自身の相談役でもある。
「いえ、マリーナ様は覚えも早く、いつも斬新な意見を仰るので私も面白いですよ」
物腰も柔らかく人柄が滲み出ている。次の枢機卿はこの方に違いなかろう。何より有能だ。こんな方へ我が娘可愛さに教育を頼んでいることが非常に後ろめたい。
しかし、最も懐いているのも司教なのだ。心苦しい限りだ。
「最近はどんどん質問の内容が高度になっておりまして・・・先が楽しみです」
「ほう・・・例えばどのような?」
「そうですな・・・歴史、農業、鉱物、薬学などに興味がお在りのご様子です」
それは女の子の考える内容ではないな。違う意味で心配になってきたぞ。
「あの娘はまだ9歳のはずだが・・・大丈夫なんだろうか?」
「マリーナ様は充分お綺麗ですし、将来、嫁ぎ先には困らないでしょう」
「しかし女社会では困りはしないか?いや、礼儀作法は見事なものなんだが」
妻からもこの点は心配されている。あまりにも世間ずれしているのだ。
「確かに宝石や服飾にはご興味が無さそうですね。美食にも興味は示しませんし」
そうなのだ、マリーナは何も欲しがらない。親に物をねだるということがないのだ。
「ですが、嫁がれる先からすれば望ましいのではありませんか?」
「それはどういう意味でしょう?」
「様々な実用的知見を持った伴侶など探して得られるものではありません。私が領主なら確保に全力を尽くします。妾か息子の嫁に出来れば十分な効果が見込めましょう」
確かに言われてみれば、浪費に興味が無く、実用的知見を持った娘か。
専用の宰相が増えるようなものだ。歓迎しない者の方が少ないだろう。
「ご慧眼ですな。さすがはマイネル司教。今後とも、是非ご教授いただきたい」
「私からも是非に。最近はマリーナ様との問答が本当に面白いのです」
司教はそう言って楽しげに微笑んでいる。娘は良い師に恵まれたようだ。




