098話 領主の深謀 1
-リベスタン城塞 領主の部屋 マイネル司教-
ハミル様から急に呼び出しを受けた。今日のように朝方からというのは珍しい。普段は夕刻を過ぎた辺りからお相手する場合がほとんどなのだが、何か急ぎの要件だろうか。
いつもと同じく、ハミル様の私室の入口で声を掛ける。
「マイネル、領主様の命により参上いたしました」
「うむ、よく来てくれた。そこへ掛けてくれ」
いつものように椅子を勧められるが様子が普段とは違う様だ。声の調子から察するにやや興奮気味なのが窺える。話し方もいつもとは違う。
「司教、まずはこれに目を通して欲しい」
彼が私に差し出して来たのは二通の手紙。手紙と言ってもどちらも個人宛の軽易なものではなく領主宛の制式文書だ。片方は王都から。ほう、遂に山賊討伐に成功した様だ。大規模な山狩りで一夜にして云々、だいぶ盛っているな。そんなはずはあるまい。過去にあれ程苦汁を嘗めさせられた相手がそう簡単に滅ぶとは考え辛い。余程有能な指揮官が討伐に当たったのか?ふむ、近く褒賞されると。俄かには信じ難いが嘘では無さそうだ。何にしろ、山賊が居なくなったのは朗報だな。これで溜飲を下げる者も多かろう。
もう一方はクルスクから。奥様のご実家からだろうか。予てからの件について貴殿の希望通りの内容にて承諾すると。差出人は・・・ロメル・コールマン?!これは何の話なのか?
「司教、落ち着いて私の話を聞いて欲しい」
驚いた私を見てハミル様がゆっくりと、静かな口調で語り始めた。
「以前からコールマン家とは交渉を続けていてな。なかなか良い返事が頂けなかったが、漸くこちらが折り合える条件で話が着いたのだ」
コールマン家はクレア様のご実家でラジャイナ領クルスク鉱山一帯を治める貴族だ。家格は然程でもないが鍛冶が盛んなラジャイナ領内の鉱石需要を引き受けられるだけの生産力を有し、その特性を上手く使って侮れない資金力と影響力を持つに至った。ラジャイナ領都ウクレンスクに流通する鉱石のほとんどはクルスク鉱山産だと聞く。
他の貴族からは『新興の成り上がり』と蔑む声も有るが、独自の傭兵団を抱えていて一目置かれる存在なのは間違いない。現当主のロメルはやり手だが良くない噂が絶えない人物ではある。周囲の僻み妬みも当然有るから噂通りとも思ってはいないが。
ハミル様が仰るには、ずっと技術援助と利益供与の話し合いを続けておられたそうだ。クルスクが有する採掘技術と鉱山経営の手法を教授してもらう見返りとして、10年間の採掘物の優先的な買取権と価格優待、更に鉱山利益の30%を条件に提示されたとの事。
技術の重要性を考えても厳し過ぎる内容だ。教会に支援を求めるよりはマシだが、一応の親戚筋であるにも拘わらず足元を見た条件付けに軽く憤りを覚える。流石に呑める内容では無いので買取権と優待は5年毎の再交渉、分配利益は15%として何とか了承して欲しいと話の折衷を図っていたらしい。それでも随分な条件ではあるが。
「なかなか首を縦に振って貰えなかったのだが、やっと折れてくれたようでな。これで領地の開発を始める事が出来るという訳だ」
苦笑いを浮かべるハミル様。この様な表情で話すのは初めての事ではないだろうか。
「このお話は奥様はご存知なのでしょうか?」
「勿論知っている。話した当初は反対していたが、理由を教えたら納得してくれたよ。だから問題は無い。私達にも充分な利が有る」
「ハミル様、私には相当厳しい内容に思えるのですが、貴方の仰る『利』とはどの様なものなのですか?」
「ここを狙ってる奴らへの『牽制』だ。ロメルは打って付けだと思わんかね?」
なるほど、そういう意図か。そもそもリベスタン砦は王家の意向で建設された辺境開発用の城塞。今はサマリード領ではあるが『開発が済んだ後』もそうである保証は無い。王家の意向で城主の挿げ替えは充分有り得る。寧ろそれが前提でのサマリード領の可能性も有る。
上級貴族の領地を勝手に差配するなど王家にも出来る事ではない。そんな真似をすれば全ての貴族に反乱されて王家と言えども滅ぶ。だが爵位も低く強い後ろ盾を持たない相手であればその危険は無い。適当に王家の直轄地でも割当てて別の領地を当てがってやれば済む。最悪、適当な難癖を付けての取り潰しも有り得る。
「貴方はその可能性にいつ気が付かれたのですか?」
「私ではないよ。先代の遺言だ。父上のな。この懸念が払拭出来るまでは領地開発を控えろとね。貴族社会で散々煮え湯を飲まされ続けた人だったからな」
「遺言の内容を疑わなかったのですか?」
「有り得る話だと思ったね。私はずっと苦悩する父を目の当たりにして育った。その父が息子に遺した言葉だぞ、疑うなどそれこそ有り得んな」
なんと・・・そのようなお考えであったとは・・・。
「実際、司教が来る前にはなかなか領地開発に手を付けない私を排そうと教会が人を送り込んで来た事も有る。あの時は胆を冷やしたが何とかやり過ごせた」
教会まで動かすとは・・・王家が絡んでいると見て間違いないだろう。
「マリーナが勝手に領地の発展を手掛けてしまうのは完全に予想外だったがね。優秀なのは親として嬉しいのだが、内心では困り果てていたのだよ。こんな事情を子供に言って聞かせるのは難し過ぎるからね」
それはそうだ。いくらマリーナが早熟とは言ってもこの様な話は理解出来まい。
「ロメルは利に聡い男だ。新興だけに敵も多い。こちらが彼の利益を保証している間は味方であってくれると期待して良いだろう。ただ彼の提示してきた条件が厳し過ぎてな。かと言って旨味が少なければ簡単に敵に回られてしまう。悩んだ末に出したのが先程の内容という訳だ」
対抗するには自ら力を付ける、若しくは力のある者を味方に付けるしかない。ハミル様が考え付いたのはロメルを『番犬』として利用する事。そのための代金として譲歩出来る限度としたのがあの条件という訳か。コールマン家はラジャイナ領に強い影響力が有る。上級貴族ラジャイナ家の威光も場合に依っては利用出来るという事に為る。
「クレアにとっては『良い兄』らしい。何度か直接話す機会は有ったが、彼に親族としての情けは期待するべきではないと私は見ている。冷徹さを持つ男だが味方に出来れば心強い。間違っても敵にはしたくないと思ったね」
「もしや、クレア様を伴侶に選ばれたのは元々そういう意図が有っての事で?」
「いや、それは無い。サマリード家は家格も低くそもそも縁戚が少ないのだから、自然とそういった相手は限られる。その数少ない候補の中にクレアが居たというだけだ。ただの巡り合わせに過ぎない。もっとも、今はその縁に感謝しているがね」
ずっと雌伏の時を過ごして機会を窺っていたのか。よくぞ今まで周囲の目を欺けたものだ。そうせざるを得ないぐらい、難しい立場であったという事なのだろうな。
「領民に不満が溜まっているのは私も知っている。城内の者達もさすがに愛想を尽かしている頃合いだろう。だが、意図せずマリーナが動いている。出来ればこのまま周りに侮られていた方が何かと都合が良いのだ。マイネル司教、貴方が教会派閥に属していないのは分かっている。私にお力添え願えないだろうか」
ハミル様はそう言って私に頭を下げた。仮にも貴族である身で平民の私にここまでするとは・・・。事情を深く知ってしまった以上、協力する他あるまい。断れば彼は確実に私を消しに掛かるだろう。それに私は既に彼らに深く関わり過ぎてしまっている。否と言うのも今更な実態なのだ。だからこれはずっと黙っていたことへの謝罪と捉えるべきか。
「分かりました。微力ながら、務めて参りましょう。差し当たっては表向きマリーナ様に協力する形で有れば宜しいのですね」
「察しが良くて助かる。今のところは上手くやれている様子だが、所詮まだ子供だ。足りぬ所を補ってやって欲しい」
領主としても父親としても思う様に振舞う事が許されぬとは、つくづく気の毒な立場であるものだ。出来得る限り、尽力することとしよう。




