022 転生
魔王軍の本拠地、デビルキャッスル。
その巨大な城は、呼吸するかのように揺れ、周囲の空気を凍らせていた。冥界の瘴気が渦を巻き、地面には白く砕けた骨と灰が散らばっている。ここで命を落とした者たちの痕跡が、今もなお空間に漂っていた。
だが、そこに立つ者たちの胸には、恐怖ではなく確かな意志があった。
サラが先頭に立ち、城を見上げる。肌を刺すような冷気に包まれながらも、彼女の視線は揺るがない。
「これが……魔王城か」
ロウィンが呟く。その声に緊張がにじんだ。
「今さら怖がっても仕方ないニャ」
サラがきっぱりと返し、仲間たちを見渡した。足元の灰が巻き上がり、音もなく宙を漂う。
「不安はある。でも……みんなと一緒なら、大丈夫だと思えるの」
シルヴァーナが優しく微笑む。張り詰めた空気の中に、わずかな温もりが差し込んだ。
城門の前で立ち止まり、最後の確認をする。背後ではルミナドラゴンが静かに翼を畳み、待機していた。
「中に入ったら、外は任せたニャ」
サラが振り返り、アルテウスに視線を送る。それに応えるように、彼女は爪で地を打ち、低く唸った。
「お前たちが迷わず進むのなら、こちらも全力で守るだけだ」
城門がゆっくりと開かれる。冷気が押し寄せ、暗い回廊がその先に続いていた。
サラたちは躊躇なく進む。空間全体に張り詰めた力が満ち、魔符が刻まれた壁が不穏な光を放っている。
やがて、一人の女が闇の奥から現れた。
長い黒髪に鋭い眼差し。闇の中に溶けるような存在感を放つ。
「いらっしゃい、勇者たち」
冷たい声が響く。
かなえが立ち止まり、問いかけた。
「あなたは……?」
「私はエリシア・ムーンヴェール。魔王軍に仕える者」
その言葉と同時に、彼女は力を解放した。
空気が震え、圧倒的な重圧が襲いかかる。
「みんな、先に行って! ここは私が引き受ける!」
かなえの声が響き渡った。
「待つニャ――!」
サラが手を伸ばすが、彼女は首を横に振る。
「お願い。ここは任せて」
その眼差しが語るすべてに、誰も言葉を返せなかった。
……かなえを信じて、ロウィンたちはその場を後にする。
*
さらに奥へ進むと、再び闇の中に一人の女性が現れた。
その名はリリス・シャドウレイヴ。均整の取れた美しさに、異質な闇が漂う。
「よく来たわね」
彼女の声は穏やかで、どこか馴れ馴れしい印象さえあった。
ロウィンとシルヴァーナが立ち止まる。
「ここは俺たちが受け持つ」
ロウィンの声にサラは振り返ったが、彼の意志を読み取り、黙って頷いた。
サラたちが先へ進んでいく中、リリスはその場を離れず、ふたりの動きをじっと見つめていた。
ロウィンが剣を抜き、鋭く振るう。だが、光の膜のようなものが彼の攻撃を遮り、剣は空を切るだけに終わった。
「通用しない……?」
動揺を押し殺し、距離を取る。
リリスの視線には感情がなかった。
まるで意志すら感じられない空洞のようだった。
「この空間では、私の意のままに世界が動くのよ」
彼女が手を上げると、黒いエネルギーが凝縮し、ふたりに向けて放たれる。
ロウィンとシルヴァーナは迎撃に入るが、力の密度に身体が沈むような感覚を覚え、反応が鈍る。
その時、さらなる影が現れた。
冥王・ハルバス・ドラウグス。
リリスの背後で、ただならぬ気配が膨れ上がり、場の空気が一変した。
ロウィンとシルヴァーナが身構えた直後、その攻撃がふたりの胸を貫いた。
痛みと共に膝をつくロウィン。タイムリープを試みようとするが、力が限界に達し、発動しない。
「もう戻れない……」
力尽きかける中で、彼は目を閉じる。だが、選択を迫るように、目の前に扉が現れた。
「このまま終えるか。それとも……」
朦朧とする意識の中で、シルヴァーナの姿が視界に映る。動く彼女の胸に安堵し、手を伸ばした。
「シルヴァーナ……」
その名を口にすると、互いの手が重なった。
ロウィンは、力を振り絞って立ち上がった。
「転生を選ぶ……」
その言葉に導かれるように、扉が開く。光が差し込み、ふたりの輪郭を包み込んだ。
シルヴァーナが手を握り返すと、自然と二人の顔に笑みが浮かんだ。
彼らの心には、過去を越えた確かな想いがあった。
そして、光の中へと歩み出した。彼らの存在は、もうこの世界にはなかった。
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