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86・俺、密林に入る

「悪はどこだ!」


 イクサが密林に飛び込んでいく。

 あっばか、土地勘がないのにカッとなって飛び込むと。


「ぬわーっ」


 イクサの悲鳴が聞こえた。

 ほらみろー。


 俺は後から猫人とともに密林に入る。

 入り口すぐに底なし沼があり、そこにイクサが腰まで浸かっていた。


「なんだこれはー!」


「侵入者を撃退するトラップです」


「くっ、トラップには悪意がないから分からん……!!」


「あー、そうだったよな。イクサはトラップは苦手だったもんなあ」


 俺は手を貸し、この男を沼から引き上げた。


「ひええ、あたしが落ちたらすぐ沈んじゃいそう……」


 ルリアが震え上がった。

 イクサの次くらいに、考えなしに前に出るからなこの子は。


「じゃあ、最前列は猫人と俺で。俺なら底なし沼に落ちても対処できるので」


「おお、自信ありそうですね」


 猫人が目を光らせる。

 これは俺を試しているな?


「ああ。底なし沼と言っても底がないわけではないので、幻炎術を纏って何か技で思いっきり殴りつけるんだ。そうしたら周囲一帯の地面が爆発するだろ? 沼も乾くから脱出できる」


 猫人が信じられないものを見るような目を向けてきた。


「いくらなんでも野蛮すぎませんか……」


「猫の人に言われるとは思わなかった」


 己の蛮人さを指摘された俺だが、それが俺なので反省のしようがない。

 猫も猫で、俺を沼にはめたら森が危なくなるのでは、と思ったようだ。

 慎重に道案内を始めた。


「密林は道が無いように見えますが、我々猫人族が移動する道があります。まあ、正規のルートは枝の上を渡ったりしますから人間には無理ですけどね」


 意地悪く笑って見せてくる。

 この辺り、猫だなあ。


「それは多分、私も行けますよ」


「俺も行けるな」


 カリナとイクサ。

 確かにこの二人なら可能だろうな。

 俺とイクサが初めて戦った時、天井が高い酒場で梁の間を跳び回っていた記憶がある。


 カリナはカリナで、野外行動に長けている。

 レベルも上がっているから、密林でも猫人に匹敵する動きが可能だろう。


 だが、猫人にはにわかに信じられないらしい。


「そうですか? ならば見せてくださいよ。こうやって我々は、樹を駆け上がって枝と枝を飛び回るんです」


 猫人はプライドが高い種族なのかな?

 俺達は彼らの仕事を受けてやって来たのだが、ここで力比べみたいなことをしていいものか。

 いいのだ。


「イクサ、カリナ、我らの力を見せつけてやるのです……」


「良かろう」


「なんだかオクノさん、悪い人みたいな物の言い方です」


 カリナがちょっと笑いながら、近くの樹につま先を引っ掛けた。

 そのまま、小さなでっぱりを足がかりにして樹を駆け上がる。

 枝の上にトンっと着地すると、猫人の目がまんまるに見開かれた。


「お、驚いた……! 人間の動きではありません……!」


「わたし、遊牧民の娘なんで屋外で運動するのは得意なんです」


「そういう次元ではないような……?」


 だが、もっと次元が違うのがいた。

 イクサが地面から枝まで、垂直跳びで飛び乗ってくる。


「ええっ!?」


 これには猫人もたまげた。


「あなた本当に人間ですか!?」


「当たり前だろう」


 イクサが不思議そうに返す。

 だが、俺はこの当たり前が怪しい気がする。

 イクサが普通の人間なら、人間はみんな嗅覚で悪意とか敵意を感じ取り、一撃必殺の斬撃を飛ばせることになるからな。


「ま、参りました。あの足の生えた樽を蹴散らす力といい、猫人族に迫る身体能力といい……。みなさんならば六欲天の落とし子を倒せることでしょう……! って、こんなことしてる場合じゃなかった!!」


 猫人のひと、焦った顔になる。

 すっかり猫人としての習性みたいなので、マウントの取り合いをしてしまっていたらしい。


 そう、森には六欲天の落とし子もいるし、緊急事態なのだ。


「猫の人って案外面倒くさい?」


 アミラが首を傾げている。


「もふもふしようとしたらマウントを取られるかも知れないな」


「あら、そうしたら喉の下を撫でてあげたらいいのよ。猫って撫でられるの好きな子多いんだから。お姉さん、猫とのコミニュケーションは得意なんだから」


 徹底的に相手を猫として扱うつもりだな?


 ちなみにラムハは、猫にはそこまで興味が無いようだ。

 たまにフタマタに餌をやったり、散歩に行ったりしてるので、多分彼女は犬派だ。


 やがて猫人の村に到着した。

 俺は、木々の上に巣みたいなのがあったり、大木のうろに住み着いたりするようなものをイメージしていたが違った。

 普通に村だ。


「みんなー! 人間の傭兵を連れてきたぞー!」


「人間だって」


「よく密林を無事で来れたもんだ」


 ぞろぞろと猫人が出てくる。

 家から、木陰から、頭上から。


 ちなみに集落は、密林の中の、半ば水没した地域に存在しているようだ。

 足場と見える部分も、枝と枝の間に渡された大きな橋である。


 その下は、さほど深くは無いものの水の底に沈んでいる。

 深さは2階建ての家くらいだろうか?


 密林の木々も水の中から生えており、根が盛り上がった部分などは水深が浅くなっている。


「猫ちゃんがいっぱいだわ!」


 アミラが嬉しそうだ。


「わしが村長じゃ。人間にどこまでやれるかは疑問じゃが、手を借りねば森が立ち行かぬ」


「すごくもこもこした猫ちゃんが出てきたわね! あらあら、可愛いわねー」


 あっ!

 アミラが村長の喉をナデナデし始めた!

 この村長、直立したもこもこの猫という外見なので、アミラにナデナデされていても違和感が無い。


 すぐに村長はゴロゴロと喉を鳴らし始めた。


「村長が人間にやられた!」


「猫扱いされている……!」


「手慣れているぞあの人間……!」


「次は私……!」


 猫人たちの間に衝撃走る……!

 だが、一部の猫人は次にアミラにナデナデされるべく並び始めた。


「マイペースな種族だなあ」


 こうして見ていると、猫人はほとんど人間で猫耳猫尻尾という外見から、直立した猫まで色々だ。

 猫耳娘がアミラに喉を撫でられて、もたれかかってゴロゴロ言っているのを見ると実に犯罪的である。


「眼福眼福……」


 俺が満足していると、ラムハの脇腹を小突かれた。


「いたい!」


「もう! 目的が違うでしょ! ちゃんと仕事しなくちゃ。六欲天が関わってるんだもの」


「そうだった」


 我に返る俺。

 ナデナデから解放され、ぼーっとしている村長のところまで来た。


「村長、仕事を引き受けたオクタマ戦団のオクノだ。よろしく」


「お、お、おお? おおー! そ、そうじゃった! 恐るべきナデナデの技……。茫然自失としておったわい。あれほどのナデナデ使いを擁する傭兵団。信用できる」


 村長から強い視線を受けた。

 そんなもので信用してしまって本当にいいのか?

 猫人族、色々な意味で心配な種族だ。


「六欲天の落とし子は、夜にやって来るのじゃ。奴らは夜行性ゆえな。じゃから、お主らは昼は休んでもらい、夜にこの辺りの見回りをして欲しい。こっちじゃ」


 村長に案内されて、アミラ以外がぞろぞろ村の中を歩く。

 村はあちこちに渡された橋で作られており、ところどころは猫人用なのか、丸太一本だけしか渡されていなかったりする。

 下は水なので、なかなか危ない。


「こちらが、昨夜落とし子に襲われた家じゃ。四人が犠牲になった……」


「なるほど……」


 そこは、丸太作りの家がバラバラにされていた。

 巨大な獣が暴れた跡みたいだな。


 六欲天の落とし子は、猫がネズミをなぶるようにして、猫人たちをもてあそんでいるようだ。


「邪悪の所業だな。許せん」


 イクサが怒りを燃やしている。

 こいつ、普段は暴発するショットガンみたいな危険な男だが、基本的に正義感に溢れているのだ。


 ルリアもカリナもやる気になっている。

 アミラにナデナデされて喉を鳴らしていた猫人たちを襲うモンスターに、怒りを感じているようだ。


「よし、それじゃあ夜まで休もう。日暮れにここに集合な」


 俺は解散を宣言した。

 また集まるのは、仕事が始まる時だ。


 俺達にはそれぞれ家が用意される。

 猫人用の家は狭くて、入り組んでいてとても人間がゆっくりはできない。

 ということで、倉庫の中身を撤去したものを使うんだそうだ。


 しばらくは、寝床代わりの枝や葉っぱを敷いたりの作業があるらしい。

 俺は寝床が整うまで、村をぶらつくことにした。


「私は作業を手伝うから、外を見てきたら?」


 ラムハとカリナは猫人達の手伝いをするようだ。

 イクサはいつの間にか消えていた。

 ということで、


「二人きりだねえー。うふふ」


 ルリアと二人で村の中を散歩するのだ。


「二人きりと言ってもあんまり色気はないなあ」


「それでもいいの! なかなかこういう機会無いんだから!」


 ルリアが腕を絡めてきた。

 おっ、悪い気分はしないぞ!

 むしろいい気分だぞ!


 俺はちょっとテンション上げながら、村の中を練り歩くことにした。


 すると……。


『ピガー』


 露骨に機械音っぽいのが聞こえてくるんだが。


「何かな?」


 ルリアが不思議そうな顔をする。


「何だろうな」


「行って確かめてみる?」


「そうするか」


 ということで。

 二人きりでどうこう、なんて事はすっかり頭の中から消え、俺とルリアは音がした方向に行くのだった。

比較的猫っぽい習性の猫人。

そして謎の機械音!

これはもしや……?


お読みいただきありがとうございます!


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[良い点] この声は……まさかヤシガニ……!? アラフォーの更新もこっそりお待ちしております!
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