59・俺、陸に上がったカッパとは笑わない
立ち寄った都市国家は、とんでもない騒ぎになっていた。
いきなり全壊した海賊船が曳航されてきたんだから、そりゃあそうだろう。
都市国家の兵士がわいわい集まってきて、偉そうな人から検分を受けることになった。
「こ、これ、お前たちがやったのか」
「いかにも。降りかかる火の粉を払ったよ」
「どうして戦ったんだ……? 今は海賊王国の世の中だと言われている。手を出したらより強い海賊が来るだろうに……」
なんだ、海賊船がやっつけられて喜んでいるのではなく、報復を怖がっているのか。
「俺たちはオクタマ戦団と言って傭兵団なのだ。で、ふわっとした正義の名のもとに海賊王国を滅ぼしにやって来た。報酬は後払いでいいよ」
「海賊王国を滅ぼす!?」
兵士の隊長らしき男が、文字通り飛び上がって驚いた。
「そんなことできるはずがない!」
「やろうと思ったときには既に行動は終わっているんだぞ!!」
投げかけられた否定の言葉を即座に打ち消す俺。
「つまり、俺たちは海賊王国を滅ぼそうと思ったので、既に王国は滅びているも同然なのだ……。そして平和になった遺跡で俺たちは宝探しをする」
「正気じゃない……! 海賊王国がどれだけ恐ろしいか知らないのか……」
兵士たちは戦慄している。
俺たちを捕まえて取り調べをする……という勇気もないらしい。
たった数人で海賊をやっつけてしまったわけだからな。
「じゃあ、俺たちはこの街でまた調べたりとかするので。用があったら探して呼んでね」
「あ、ちょっと待って」
待たない。
話が進まないから。
俺の後ろにラムハとイーサワがやって来る。
「オクノ、海賊の頭目から情報を聞き出したわよ。これで海賊王国までの海路は分かったわ。問題は……」
「航海士なんですよねえ。みんな怖がってしまって、海賊王国まで行ってくれる船がありません」
なるほど、そんな問題があったか……!
「船が動かないと困るなあ。海は不便だなあ」
しみじみと呟いた。
「どうすればいいかな。酒場で仲間を探してみる? RPGだとそういうパターンなんだけど」
うちの仲間たち、一人も酒場で見つけた奴がいないけどな。
「RPGがなんだかは分からないけれど、ベネスティと同じようにこの街でも船乗りは酒場にいるはずよ。悪くない考えなんじゃない?」
「そうか! じゃあ酒場に行こう!」
そういうことになった。
途中でフタマタが合流する。
ルリアやアミラ、カリナに日向は、また酒場で絡まれると面倒くさいので外でお留守番なのだ。
イクサが暴れないように見ててね、と言ったら、真剣な顔で頷いていた。
「わんわん」
「どうしたフタマタ」
「わんわん」
「え? 中からなんか不思議なにおいがする? なんだなんだ」
酒場の前まで来たら、フタマタが妙なことを言う。
他人が聞くとわんわんにしか聞こえないが、召喚者である俺はこの犬の気持ちが分かるのだ。
どうやら、フタマタは嗅ぎ慣れないにおいを感じ取っているようだ。
「どーれ」
酒場の扉を開けると、中はガランとしていた。
船乗りたちはみんな、港に曳航されてきた海賊船を見物にでかけている。
呆れたことに酒場のマスターまでいなかった。
野次馬根性旺盛な街だなあ。
「おう、マスター戻ってきたか……と思ったら、なんだお前」
店の奥から声がした。
残ってた人がいたのか。
そこには、青い布で髪をまとめた、もみあげとアゴヒゲがつながったような男がいた。
で、横にはトカゲみたいな人がいる。
「わんわん」
「ははあ、このトカゲみたいな人が不思議なにおいってことか」
この世界に来て初めて出会う異種族かも知れない。
「こんにちは」
とりあえずトカゲの人に挨拶をしてみた。
「はい、こんにちは」
トカゲの人も律儀に挨拶してくる。
「キャプテン、彼らは礼儀ができています。人間の世界では、こういう方々は悪い人ではないのでは」
「お前なあ副長。海賊船が来たからってみんなが見に行ってる時に、酒場にわざわざ来るやつだぞ。まともじゃないに決まってるだろうが」
「なるほど」
トカゲの人が頷いている。
奥にいる男はキャプテンと呼ばれていたが、そいつが俺をじろりと見た。
睨んだ感じではないな。
「なんだ、お前」
「大事なことだな。二度言っても仕方ない」
俺はうんうんと頷いた。
「俺はオクノだ。オクタマ戦団という傭兵団の団長で、これから海賊王国を滅ぼしに行くんだが、航海士が欲しくてやって来たんだ」
「は?」
キャプテンがぽかんとした。
「何言ってるのお前」
「何って何が?」
「何ってお前、何だよ。お前が何言ってるのか全然分からんのだが」
「その何が何なの」
「何って」
「キャプテンそこまでにしましょう。私の頭が混乱しています」
「オクノも何に何で聞き返すのやめて」
お互い、相方に止められてしまった。
キャプテンは頭をばりばりと掻くと、
「つまりだな。海賊王国を滅ぼすなんて話、正気の沙汰じゃねえぞって言ってるんだ。ただでさえでかい組織なのに、そこに今は勇者とか言う化け物まで飼ってやがるんだぜ」
「ああ、そこはご安心下さい」
ここで出てくる、うちのマネージメント担当のイーサワ。
「我らオクタマ戦団は、さきほど湯が水になるよりも早く海賊船を制圧しています。こちらの団長オクノは、かの六欲天を下し、その力を借り受けるほどの戦士でもあるのです。それほどの実力者が海賊王国に挑めば、大言も真実となるでしょう」
「六欲天に? わっはっは! 馬鹿も休み休み言え! あんなもん、実在するはずがない。おとぎ話だろう」
俺はポケットからローリィ・ポーリィを取り出して、ダグダムドを呼ぶ構えに入った。
「落ち着いてオクノ。あと二回しか呼べないから」
「そうだった! ラムハはいつも冷静で助かるなあ」
六欲天の祭具を、アイテムボックスに収納する。
「そもそも思ったんだけど」
今度は俺がキャプテンとやらに話す番だ。
「おたく誰?」
キャプテンがずるっと椅子から滑り落ちかけた。
「……あのな。俺を知らないなんてのは、この辺りじゃもぐりだぞ」
「俺たちは南から来たのでおたくを知らない……」
「キャプテン、道理です。ここは自己紹介するべきでしょう」
「ああ、そうだな副長。物知らずに、俺が何者かを教えてやらんとな」
キャプテンは立ち上がった。
「俺の名はキャプテン・オルカ! アドバード海を股にかけ、オルカ海賊団を率いて海賊王国と争う海の男さ!」
キャプテン・オルカ。
そう言えばベネスティの街で聞いたな。
オルカは堂々と名乗った後、肩を落とした。
しょんぼりしてる。
「だが、運命の女神号を失い、おめおめと生き残っちまった今の俺は、こうして毎日飲んだくれているわけだ。まるで陸に上がったカッパだな」
ここで選択肢が出てきた。
1・カッパか、はっ!
2・えっ、この世界ってカッパがいるのか!?
「えっ!? この世界ってカッパがいるのか!?」
これはツッコミどころだろう!
なんでファンタジー世界にカッパがいるの。
「お、おう。一応伝説上の生き物だが」
「いるのかー。ファンタジーのイメージが崩れるわー。じゃあオルカ、今あんたはあれだろ? 無職なんだろ?」
「ああ……。残念なことにとても暇だ。それにおめおめ生きて帰ってきた俺を、他の連中は腫れ物を触るみたいに扱うんだ。毎日視線が痛くてなあ……。くそ、船さえあれば」
「ですがキャプテン。我々二名では船は動きません。船があっても駄目です」
「副長、いちいち常識的なツッコミをしてくるんじゃねえ! 正論が痛いんだよ!」
「申し遅れました。私はキャプテン・オルカの右腕、グルムルと申します」
「あ、こりゃあご丁寧にどうも」
ラムハとイーサワが名乗り、フタマタを紹介する。
グルムルはとても紳士的だったので、フタマタに対しても丁寧に挨拶を返した。
うちのワンコはこれがとても気に入ったようだ。
ハフハフ言いながらグルムルのところまで行って挨拶している。
リザードマンも、オルトロスの首周りをわしゃわしゃかき回していた。
心温まる光景だ。
副長がうちの犬と仲良くしてるので、オルカがちょっと寂しそうな顔をした。
ここで、イーサワが目を光らせる。
「どうでしょう、キャプテン・オルカ。ここは、オクタマ戦団と契約を交わしてみませんか? 仕事が無くてくすぶっているよりは、有意義だと思いますが」
「う……うーむ。そろそろ勇者から受けた傷も癒えた頃だから、いいタイミングと言えばそうなんだが……」
チラっと俺を見る。
あれだな。
最初強気で出ちゃったから、仲間になるよ、とは言いづらくなってる感じだなこれ。
ここは俺がひと肌脱いでやろうじゃないか。
俺は歩み出ながら、両手を広げた。
「な、なんだ!?」
「オルカ、マイフレンド……!!」
「うぐわーっ!? や、やめろー! 男に抱きしめられる筋合いはねえーっ!!」
よっしゃ、海に詳しい仲間をゲットだぜ。
このままなし崩し的にパーティー登録してやろう!




