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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.14 さそり座娘の解毒法
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女という生き物

「はぁ……」


 一人大きなため息を吐く。そんな俺の弱音は、真っ白になって秋空の中に溶けていった。

 バイト終わり。いつも以上にダラダラと自転車を走らせながら、俺は帰路をたどっていた。


 ――ここ最近、色々なことが起こりすぎだよなぁ。なんかもう、よく分かんなくなってきた……。


 先月の栗の事件に始まり、俺は日和ちゃんから本城さんのことを頼まれてしまった。一方の本城さんは、茜から何かを言われて戸惑っているし、挙句には七泉が家出をして、俺の家に泊まりにきた。

 ここまで次々とイベントが積み重なってくると、流石に参ってしまう。


 ――結局お昼休みギリギリだったせいで、詳しい話出来なかったし。多分、勘違いされたままなんだろうなぁ。


 あの後は結局、七泉が従妹であるということ、家出をしてこちらに来ているということ、彼女に特別な感情を抱いていないことなど、何も言及することができずに終わってしまった。それから、どうして彼女がそんなことを気にしているのか、その理由も分からないままだ。


 ――昨日は真逆のことを言ってた本城さんが、あんな風になるなんて。絶対に茜が吹き込んだからに決まってる。帰ったらすぐに連絡して、説教してやらなきゃ。


 なんだかその気になった途端、早く家へ帰りたくなってきた。それまで弱々しく漕いでいた足に力を入れると、俺は急いで自転車を漕ぎ出した。



 ◇ ◇ ◇



「ただいま」


「あっ、実お兄ちゃん!」


 帰った途端、真っ先に聞こえてきた優しくて黄色い声。どうやら七泉は、机の前に座りタブレットで何かをしていたらしい。俺が部屋に入った途端、立ち上がって俺のことを笑顔で出迎えてくれた。


「おかえりなさい、お疲れ……さま?」


「すまん七泉。早速だけど、ちょっと茜に電話するね」


 申し訳ないと思いながらも、七泉の言葉を話半分に聞くと、すぐに荷物を放ってスマホを取り出した。


「えっ? あ、うん。分かったけど……」


 せっかくお出迎えしたのに……そう言いたげに、不安げな表情を浮かべながら七泉は頷くと、萎れた花のように椅子へと座り直した。そんな顔をされると、これから説教するというのに、気分が変わってしまうじゃないか。なるべく七泉を見ないようにしながら、俺は茜に通話を入れた。






「もしもし、茜?」


「はいはーい、こちらブラコンの茜ちゃんでーす!」


 たったのワンコールで、彼女の元気な声が耳元から聴こえてきた。その様子だと、どうやら普段と変わらず相変わらずらしい。


「いま平気か?」


「うんー、お母さんと一緒にテレビ見てるけど平気ー」


「母さんと……?」


 ――マズいな、母さんが一緒にいることは想定外だった。どうすっかな。


 特に母さんに聞かれて問題があるわけではないが、彼女に介入されると厄介なことになりそうだ。ここは一度、二人きりで話したほうが話が早いだろう。


「えっと……テレビ見てるとこ悪いんだけど、母さんのいないところで話せない?」


「えー、今いいところなのにー!」


「なぁに? お母さんが聞いてたら不満?」


 奥から少し小さく、茜の声と一緒に母さんの声も聞こえてきた。どうやら向こうは、スピーカー通話にしているらしい。


「えっ、いやっ、そういう意味じゃないんだけど。なんというか……二人きりで話したほうが、スムーズに進むというか」


「ふーん。……実、良いこと教えてあげよっか」


「良いこと?」


 そう告げる母さんの見えない表情が、俺には容易に想像できた。きっといま彼女は、楽しそうに口元をつり上げているに違いない。


「子供が親に秘密にすることってのはね、大きく分けるとたった三つしかないの。何だと思う?」


「は……」


 母さんはふふんと笑みを浮かべると、そのまま言葉を続けてみせる。


「一つ。親が知らないきょうだい同士だけの秘密。二つ。友達や知り合いとのトラブル。そして三つ。……恋愛相談」


「う……」


 言わんこっちゃない。どうせそんなことだろうと思ってはいたが、たったそれだけの会話でそこまでバレるとは思わなんだ。母親という存在は、やはり恐ろしい。


「……で。果たして実君の秘密は、一体どれなのかなー?」


「う、うっせぇ。そこまで言われて、わざわざ言うかよ」


「ちぇ、なーんだ。お母さんつまんなーい」


 わざとらしく拗ねてみせると、段々と彼女の声は遠くなっていった。


「あれお母さん、続き見ないの?」


 どうやら母さんは立ち上がって、部屋を出ていこうとしているようだ。そんな彼女へ向けて、茜が声を掛ける。


「あー、大丈夫だよ。これ録画してあるから。邪魔者は仕方なく、お風呂にでも入ってきまーす」


 その声と同時に、パタンと扉の閉まる音が聞こえた。


「……母さん、風呂行ったの?」


「ん。行っちゃったみたい」


「マジか。まったく、母さんのからかい癖は相変わらずだな……」


 あの歳になってまでこの調子じゃ、きっと十年後になっても変わらないのだろう。困ったものだ。






「お母さんだって、お兄ちゃんのことが大好きだもんねー。きゃー、お兄ちゃんモテモテだぁ」


 そんな俺達のやり取りに、今度は茜が茶々を入れてくる。やめろ、なんで君達は親子そろって、俺のことをからかってくるんだ。


「別に家族にモテても嬉しかねぇっての」


「えー。そうじゃなくたって、お兄ちゃんはモテてるくせにぃ」


「なに言ってんだか。俺にモテ期なんて、人生一度もきたことねぇよ」


「……やっぱりお兄ちゃんって、鈍感?」


「は、なんだよ急に」


 急に何を言い出すのかと思えば、茜は呆れたようにため息だ。一体今の会話のどこに、呆れられる要素があったのかが全く分からない。


「そっかぁ。結局お兄ちゃんって、何振り構わず色んな人に首突っ込むからなぁ。思わせぶりもいいところだよねぇ」


「なんだよそれ。俺の何が思わせぶりなんだよ」


「……ホントに気付いてないの?」


 嘘でしょ、と言わんばかりの雰囲気で茜が告げた。


「分からないから聞いてるんだろ」


「そう。……じゃあさ、七泉ちゃんに聞いてみなよ。そしたら何か、教えてくれるかもよ?」


「七泉に?」


 咄嗟に振り向いて、七泉を見る。突然自分の名前を呼ばれたことに驚いたのか、彼女も同じように俺のことを見てきた。


「そ、今おウチにいるんでしょ? だったら私なんかよりも、よっぽど七泉ちゃんのほうが知ってるよ。私はただの、ブラコンだからね」


「……全く意味が分からんのだが、取り敢えず七泉に聞けばいいんだな?」


「まぁ聞いたとしても、ちゃんと返事してくれるかは保証しないけどねー。そこはお兄ちゃんが頑張ってね」


「なんだよそれ……」


 結局のところ、自分から言い出してきたくせに、全て俺に丸投げじゃないか。何故わざわざ七泉に話を振るのかも曖昧だし、茜が何を言いたいのかも全く分からないままだ。






「……で。話逸れちゃったけど、お兄ちゃんは何の用?」


 話の本題について、茜が俺に問う。まるで今の話から逃げるようにも聞こえたが、きっとそれ以上問い詰めたとしても無駄だろう。


「あぁ? ……いや、あのさ。お前この間、本城さんに何か言った?」


「この間? うん、言ったよ」


 意外にもすんなりと、茜はその事実を認めた。


「だよな。なんかあれ以来、本城さんの様子がおかしいんだよ。お前、ホントなに言ったの?」


「何って、『これからもお兄ちゃんの良い友達でいてください』って、言っただけだよ」


「……は、それだけ?」


「うん、それだけ。ほかは他愛も無い話だったし、何も言ってないと思うけど」


「……ホントだな?」


「だからホントだって。嘘なんか吐いてないよ」


 頑なに認めようとしない俺に、茜がムキになって言い返してくる。もし茜がここで嘘を吐いていたとすれば、ここで意地を張ったりはしないだろう。彼女の言っていることは、恐らく本当だ。


「……そう、分かったよ。信じる」


「もう。お兄ちゃんが何か、余計なことでも言ったんじゃないの? 女の子って、そういう細かい言葉にもデリケートなんだからね?」


「そうなのかな。特に何か、怒らせるようなことは言った覚えはないんだけど……」


 ――というか、怒るというよりは困っている、に近い気がするし。


 あの様子は、俺に対して何か不満があるような感じではない。どちらかというと……いや、それ以上は考えたくなかった。


「因みに、綾乃お姉ちゃんは今、どんな感じなの?」


 茜が問うた。


「今? えっと、昨日は確か『先輩は彼女作る気あるのか』って聞かれたな」


「っ!?」


 そう俺が告げた瞬間、ずっと俺の様子を見守っていた七泉の表情が曇った。何故そんな風に驚いたのかが気になったが、それはすぐに茜の返事がきたことによって阻まれた。


「ふぅん、そっか。……じゃあさ、そんな大変なお兄ちゃんに、とっても大事なアドバイスを三つだけ、教えてあげるね」


 早くも何かを悟った様子の茜が、まるで先程の母さんに似た口ぶりで告げてみせる。雰囲気が似ているのは、流石親子といったところだろう。


「お前もか。なんだよ」


「一つ。断ることを怖がらないこと。二つ。焦ってすぐに答えを出さずに、よーく考えること。最後に三つ。七泉ちゃんと綾乃お姉ちゃんのことを、どっちも大事にしてあげること。……分かった?」


「分かったって聞かれても……。俺にとってはどっちも大事な人だし、いつも通りのような気がするんだけど」


「いいから! 分、か、り、ま、し、た、か!?」


 珍しく茜が、威圧感のある声で怒鳴ってみせた。未だに俺にはなんのこっちゃ分からないままだが、ここは一先ず返事をしておかないとマズい気がする。


「わ、分かったよ! 分かった、そうするから!」


「それでいいの。……七泉ちゃんも綾乃お姉ちゃんも、どっちも特にデリケートな性格なんだからね? お兄ちゃんが傷付けたりでもしたら、私が許さないから」


「だから分かったって。気を付けるよ」


「それでよし」


 まだ多少の不満があるような様子だったが、一先ず了承を口にした俺を認めたのか、それ以上は特に何も言ってこなかった。


「じゃあそういうわけだから。私はテレビの続き見たいし、もう切るね」


「え。あ、うん……分かった」


「それじゃ。……何かあったら、また連絡して」


「……分かったよ。じゃあな、おやすみ」


「おやすみー」


 そうして、茜の言葉の意味がよく分からないまま、通話は切られてしまった。元々は俺が茜に説教するつもりだったはずなのに、いつの間にか俺のほうが説教を食らってしまったのは何故だろう。


 ――ダメだ、全く分かんねぇ。茜は何を言いたかったんだ?


 一体何を思って、彼女は俺にあんなことを言ったのだろう。それが分からなければ、本城さんの気持ちなんて分かるはずがない。


 ――取り敢えず茜は、七泉に聞けって言ってたよな。よく分からないけど、七泉にも相談してみるか。


 今のところ、その手掛かりの一つは茜の言う通り、七泉にあるのかもしれない。兄として妹に指南されるのはなかなか情けないものだが、ここは大人しく従っておこう。

 スマホをベッドの上に放って、一息を吐く。気持ちを改めて、今度は七泉に声を掛けようと彼女の顔を見た――それとほぼ同時に、七泉の口が開く。






「ねぇ……実お兄ちゃん」


「ん?」


 俯き加減で、机の上に置かれたタブレットの真っ黒なディスプレイを、ジッと見つめている。その表情は、先程よりも雲行きは怪しくなっていた。


「その、ね。さっき茜ちゃんと話してるのを聞いてて、思ったんだけどね」


「うん、どうした?」


 ゆっくりと、彼女の口元が開く。……しかし、一度は声を出そうとしたものの、怖気づいたかのように口をつぐんでしまった。

 それから少しの間を空けて、改めて俺と顔を向き合わせる。もう一度小さく息を呑むと、七泉はポツリと、その言葉を呟いた。


「……お兄ちゃんってさ。今、好きな人……いるの?」


「……へっ?」


 デジャブだ。そう俺に問い掛ける七泉は、まるで曇天の真っ暗な空のような、複雑な表情を浮かべていた――。

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