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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.14 さそり座娘の解毒法
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親子喧嘩

 その後――少し家の周りを、俺と一緒に散策したいという七泉の要望で、夕方の町を散歩することになった。とはいえ、近所に何か特別な場所があるわけでもないので、言ってしまえば本当にただの散歩だ。

 唯一楽しんでもらったと思えたのは、偶々見つけたクレープ屋へ一緒に入ったことだろうか。滅多にクレープなんて食べないので久しぶりだったが、初めて入った店にしては当たりだったと思う。食べたクレープは美味しかったし、何より七泉も喜んでくれたようで一安心だ。

 そうして、一時間ほどの散歩を終えて、家へと帰ってきた。俺はともかく、七泉は流石に一日ずっと徒歩で歩いたのがキツかったようで、帰ってくるなりすぐにベッドの上に座り込んでしまった。


「大丈夫?」


「うん……でもちょっと疲れちゃった」


 あはは、と七泉が苦笑いを浮かべる。どうやら、だいぶお疲れのようだ。


「そっか、じゃあ少し休んどくといいよ。ベッドへ横になっちゃっても、別に構わないから。俺は風呂の準備でもしてくるよ」


「ん、ありがと」


 小さな笑みを七泉が浮かべた。それを見て軽く笑みを返すと、俺は風呂場へと向かう。


 ――さてと。普段は四十度で入ってるけど、七泉は何度がいいのか分かんねぇし……一先ずは無難に、三十八度で沸かすか。


 風呂場へと入り、浴槽に水を溜め始める。ほどよい熱さはあまり好みではないのだが、悪く言われるよりはマシだろう。

 雑に置かれたシャンプーなどを、わざわざ綺麗に並べ直しながら、そんなことを考える。――その瞬間、俺はハッとした。


 ――……ん、待てよ。風呂貸すのはいいけど、七泉が入るってことは……。


 いくら七泉が昔馴染みの従妹だとはいえ、彼女は女の子だ。兄妹でもないし、そういったケースも十分あり得る。

 こういう場合、一体どうすればいいのだろうか。風呂を貸すこと自体は構わないのだが、二人しかいない状況で俺はどう対応すればいい? 今更感が拭えないが、そんな大事なことを忘れてしまっていた。


 ――え、っていうかしばらくウチに泊まるんでしょ? わざわざ銭湯に行けとも言えないし、というか近くに銭湯ないし……。


 今更になって、風呂は貸せないだなんて言えるはずがない。もし万が一なことになってしまったら、それこそ家族ぐるみで大問題になる。ここは自分の中に眠るもう一人の自分を殺して、我慢するしかない。


 ――取り返しのつかないことにならないよう、マジで気を付けよう……。


 果たして自分は本当に、何事もなく過ごすことができるだろうか。徐々に増していく不安感に苛まれながら、早く時間が過ぎ去るように、わざと時間を掛けて風呂の準備をし始めた。



 ◇ ◇ ◇



「ごちそうさまでしたー」


 両手を合わせて、七泉が軽くお辞儀をしながら挨拶をする。どう思われるかとヒヤヒヤしたが、満足してくれたようで安心した。


「ごめんな、急だったからマシなご飯出せなかったけど……」


 今夜の夕食は、買い控えておいたインスタントカレーだ。あまりにも急な来客だったもので、全然マシなものが振る舞えなかったのは申し訳ないと思う。


「ううん、いいよいいよ。寧ろ急に来たのは私なんだし、実お兄ちゃんは何も悪くないよ」


「そっか……ありがとうな」


「こちらこそだよ。ありがと」


 お互いに感謝を伝え合う。いつもならそれだけで終わるはずなのに、この場に二人きりなせいか、なんだか雰囲気がぎこちない。どうにかその雰囲気から逃げ出そうと考えたときに、食べ終わった彼女のお皿が目に入った。


「……えっと、お皿片付けるよ。七泉は座ってていいから」


 そう言って立ち上がると、彼女の前にあったお皿を取ろうとする。


「あ、私も手伝うよ。お兄ちゃんばっかり申し訳ないし」


 すると七泉も同時に、そのお皿を手に取って立ち上がった。


「あっ……」


 二人して一枚のお皿を一緒に持ち合う。その瞬間、お互いハッとしながら二人の視線が絡み合った。

 なんてことないただのプチハプニングだというのに、どうしてこんな雰囲気なのだろう。俺の部屋に二人きりだという事実に、さっき俺が変な妄想を膨らませてしまったことが原因なのかもしれない。


「ご、ごめんね! 余計だったよね、座っててって言われたのに……」


 そんな後悔を感じている間に、七泉が咄嗟にお皿から手を離した。そそくさと席に座ると、顔を背けるようにして彼女が告げる。


「あ、ううん。そんなことはないよ。手伝ってくれる気持ちはありがたいけど、七泉は今日電車でここまで来て疲れてるでしょ? 俺は大丈夫だから、ゆっくりしてなよ」


「うん……。分かった、じゃあそうするね」


「あぁ」


 すぐに納得してくれたようでホッとする。七泉は茜と違って、昔から聞き分けが良いから助かる。これが茜だったら、嫌でも手伝わせろと喚くだろう。こういうところは、つくづく茜も見習ってほしいと思うものだ。

 二人分のお皿を持って、台所へと向かう。どうせたった二枚であるし、すぐに洗い終わるだろう。さっさと洗ってしまおうと、洗剤とスポンジを取り出し手にとった。






「……ねぇ、実お兄ちゃん」


 さっきの声のトーンで、七泉が静かに俺のことを呼んだ。


「ん、どうした?」


「あのね、ずっと気になってたんだけど……」


「うん」


「……お兄ちゃんって今、彼女って……いるの?」


「……あっ?」


 咄嗟にお皿を持つ手が滑り、シンクの中に落としてしまった。危うく割ってしまいそうになったが、急いでお皿を確認したところ、特に何も問題無いようでホッとする。


「お、お兄ちゃん!? 大丈夫!?」


 そんな音にビックリしたのか、咄嗟に焦った様子で七泉が駆けつける。


「あ、あぁ。大丈夫だよ。ちょっと手が滑っただけ」


「ごめんね! 私が急に、そんな変なこと聞いちゃったから……」


「いやいや、そんなことないよ。ただの俺のミスだよ」


 ――まぁ、ビックリしたのはホントだけど。


「そう……それなら、いいんだけど……」


「あぁ。七泉はそこに座ってて」


「うん……」


 そうして再び、七泉は先程までと同じ席に座り直した。


「……で。なんで急にそんなことを聞くのさ?」


 改めてお皿を洗いながら、七泉に問い返す。


「えっ? えと……それは……」


 その途端、七泉は言葉を詰まらせてしまった。気にはなったが、あまり追求し過ぎても、余計に言いづらくなってしまうだろう。ここは我慢をして、彼女が口を開くのを待った。


「……あの、ね。いま私ね、好きな人がいるんだ」


 恥ずかしかったのか、震えた声で七泉がポツリと告げた。


「おー、そうなんだ。いいことじゃん」


「うん。……それでね、もしよかったらお兄ちゃんに、色々アドバイスとか教えてもらいたいなぁって思って」


「俺? まぁ構わないけど、あんまり良いアドバイスできるかは分からんぞ?」


「いいよ、寧ろ実お兄ちゃんから聞きたいんだ。……いい、かな?」


 七泉が俺に問う。どうして俺に聞きたいのかは分からないが、そういうことなら喜んで協力してあげようじゃないか。


「分かったよ。良い答えができるかは分からないけれど、なんでも聞いて」


「……うん! ありがと。それじゃあ、えっと……」


 嬉しそうに七泉が告げると、今度は俺にしたい質問を考え始めていた。一方で、ちょうど俺もお皿を洗い終わり、食器棚へ片付けて戻ろうとしていたところだった。






「あっ……」


 そんな矢先。部屋へと戻ったところで、聞き慣れない音楽がどこかから流れ出す。一体なんだと不思議に思ったが、どうやら七泉のスマホの着信音だったようだ。荷物の中から彼女がスマホを取り出すと、小さな声で一言「お父さんだ……」と呟いた。


「おじさんから?」


「うん……」


 コクリと頷く七泉の表情には、先程までの楽しそうな雰囲気は一切無くなってしまっていた。きっとまだ、ケンカのことを引きずっているのだろう。


「ごめん、お兄ちゃん。少しの間、黙っててもらってもいいかな?」


「えっ? あぁ、分かったけど……」


「ごめんね」


 申し訳なさそうに一言告げると、七泉はその着信を受け取った。


「……もしもし」


「七泉。こんな時間まで一体、連絡も無しにどこへ行ってるんだ?」


 そんな一声にビックリする。てっきり耳に当てて話すのかと思いきや、スピーカー通話にして、俺にも聞こえるように話し始めていた。


「別に……。お父さんには関係無いよ」


「関係無くないだろ。仕事もほったらかして、朝からどこにもいないじゃないか。今どこにいるんだ?」


「どこだっていいじゃない。いちいち詮索してこないでよ」


「今どこにいて何をしているのかを聞くこともダメなのか? なら、それなりに遠い場所へ行ってるってことだな?」


「……知らない」


「……そうか、分かった。ならこちらも、それ相応の対応をさせてもらおう」


「何する気?」


「そのまま返そう、いちいち詮索してくるな」


「むぅ……」


 流石は七泉のお父さんだ。相変わらずの厳しい態度に、聞いているだけで助け舟を出してやりたくなる。何もできずに、ただ黙っていろと言われてしまったことがもどかしい。


「……言っておくけど、お父さんが私の趣味をバカにしたこと、謝るまで帰る気無いから」


「バカにした? 違うだろう。絵を描いてる暇があるなら、もっと一人前になれるよう修行に励めと言ったんだ」


「それをバカにしたって言ってるの! なに、私には好きなことをする時間も与えてくれないの? 永遠と織物作ってればいいの? お父さんの言いなりになっていればそれでいいの? そんなの、言ってることただの拷問だよ」


「そうじゃない。父さんはただ、七泉に一人前になってほしいから言ってるんだ。そのためには、それぐらい努力が必要だと……」


「そもそもさ、私には工房を継ぐ以外の選択肢を与えてくれないの? 織物以外はやっちゃダメなの? 例え副業だとしても? やっぱり結局は、私に永遠と織物織っててほしいだけじゃない!」


「はぁ……。七泉……父さんは……」


「もういいから。しばらく家には帰らないし、お父さんの電話には出ない。もう二度と、私の趣味を否定しないで。じゃあね」


「なな……」


 彼の言葉を遮って、七泉が電話を切ってしまった。虚しい空白と共に、彼女が大きなため息を吐く。なんだか、余計に事態は拗れてしまったように思えた。


「えっと……七泉。大丈夫?」


 何も言わずに、だんまりしてしまった七泉に問う。すると彼女は、こちらを見て苦笑いを浮かべてみせた。


「あはは、ごめんね……。見たくないとこ、見せちゃったよね」


「ううん、それは構わないんだけど……。益々お父さんと仲違いしちゃったみたいだなぁって」


「うん……。あそこまで怒る気は無かったんだけど、思わず言っちゃった……。ちょっと、言い過ぎちゃったかなぁ」


「そう……だね。少し七泉も、言い過ぎだったとは思う」


「……だよね。やっぱり私も、悪いよね……」


 その瞬間、しまったと思う。今の一言は絶対に、いま言うべき言葉ではなかっただろう。どうして余計なことを言ってしまったんだ。


「ご、ごめん。そういうつもりは、無かったんだけど……」


「いいの。実お兄ちゃんは、何も悪くないから」


「そう……」


「……それよりさ、お兄ちゃん。そろそろお風呂借りていいかな。なんか今ので、ドッと疲れちゃった」


 そう言って七泉は立ち上がると、スマホを荷物の中へと仕舞ってしまった。


「あ、うん。構わないけど……」


「ありがと。それじゃあ、入ってきちゃうね。……あ、わたし長風呂なのは知ってると思うけど、もし上がってほしかったら言ってね」


「うん、分かったよ」


 そうして、荷物の中から一つポーチを取り出すと、彼女はそそくさとお風呂へ向かっていってしまった。――心做しか、俺から逃げるようにして。


 ――なんだかまた、大変なことになったなぁ。


 先月に引き続き、今月も面倒なことになりそうだ。今年はいつになく波乱続きだが、果たして今回はどうなることやら。

 今のところ、解決の兆しは全く見えない。できれば早いところ、二人には仲直りしてもらいたいところだ。――これ以上事態が、ややこしいことにならないように。


 そんなことを切に願いつつ、彼女を待っている間は特にすることがなかった俺は、リモコンでテレビの電源をつけて、ぼんやりと番組を眺めていた。

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