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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.10 演劇の味を噛みしめて
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君との距離

 気が付けばとうとう、九月の半ば。いよいよ長かった夏休みも、終わりを迎えてしまった。

 サークルの本番も終え、バイト以外の予定が無いぐうたらな日々をここ数週間過ごしていたが、もう後戻りはできない。今日からはまた、先生の話を右から左へ受け流す日々がスタートだ。


 そんな大学の後期が始まってしまった一日目。終了予定時刻よりも五分ほど長引いた二限目の講義を終えると、真っ先に俺はあの場所へと歩みを進めた。






「……あれ、いない」


 久方ぶりにくぐる自動ドアを抜けて、あの陰キャお姫様御用達の学食へと入る。

 今日もまた、よく見るその顔がいるのかなぁとちょっぴり期待してしまっていたが、まだ到着していないみたいだ。


 ――なんだ、まだいないのか。


 いつもの席に仕方なく、一人ぼっちで寂しく座る。普段なら目の前にあるはずの顔が無いという今の現状に、なんだか言葉にできないような虚しさを覚えた。


 ――っていうかそもそも俺、本城さんの時間割なんて全然知らないんだよな。前は毎日お昼に会ってたけど、後期は会えない日があるかもしれないじゃん。バカだなぁ、俺。


 すっかり忘れてしまっていたが、前期と後期では人によって時間割が全く異なる。

 俺が偶々、月曜日の時間割が前期と同じなだけであって、彼女は違うかもしれないのだ。


 ――まぁ、三限までここにいてみるか。腹減ったし、取り敢えずなんか食べよ。


 いつもなら彼女に荷物を任せてカウンターで昼食を買っていたが、今は一人だ。誰にも荷物を盗まれないことを祈って、仕方なくその場に荷物を置き、財布だけを持ってカウンターへと向かった。






 ――……暇だな。


 こうして大学内で一人で昼食を取るのは、いつ以来だろうか。

 一年生の時はいつも、黒澤と一緒に昼食を食べてたから気にしていなかったが、いざこうなると寂しいものだ。

 いつも目の前にはやかましい皮肉女がいたという日常も、こうも無くなるとまた寂しくなってしまうのは何故だろう。人間の欲というのは、実に不器用で不透明だ。自分の感情でさえも、他人の感情以上に自分自身が理解できない。

 どうして人間はこのようなシステムになったのか、ぜひ神に一度聞いてみたいものである。


 一人寂しく、外の景色を見つめながらハンバーガーをかじる。

 意識が集中しているせいか、いつも彼女と話しながら食べるよりも、よりハンバーガーの味が感じられた。……それでも、何故か物足りなさも感じる。


 ――あー……なんか、一人ってこんな感じなんだなぁ。


 昔から俺の周りには、いつも誰かがいてくれていた。小学生の時も、中学や高校生の時も。大学生になった去年や、夏休み前までだって。朝も昼も、飯を食うときも遊びに行くときも、帰るときだっていつも誰かがいてくれた。

 けれど――大学生になって、胸を張って“友達”と呼べる人物は格段に減った。そりゃあ休日には偶に黒澤と一緒にどこかへ遊びに行ったり、誰かさんと一緒に出かけたりはしているが、それでも大学生になってからは大体そんなもんだ。

 それ以外はほとんどバイトとサークルに費やしてしまい、誰かと遊ぶ機会なんてものは一気に減った。

 いつの間にか、自分でも気がつかない間に俺の周りには、誰もいなくなってしまっているのかもしれない。


 ――……いや。


 そうじゃない。周りから人がいなくなったんじゃない。()()みんなの周りからいなくなったんだ。

 大学に入ったことで、親しい友達は主に黒澤一人だけになった。それ以外にも気軽に話せる奴はいるが、それも黒澤の友達だったり、サークル仲間だったりと曖昧な関係の人々だ。

 それ以上の関係にはなれずに、よく分からない距離感のまま、付き合いが続いてしまっている。


 ――分かってはいたけど……まぁ、そうだよなぁ。


 俺には、人を惹きつけるような魅力は無い。だからこうやって誰かの、どこかの集まりに属さないと、一人ぼっちになってしまう。

 こんなことは今まで考えもしなかったが、それほどまでに俺は無力で、孤独な生き物なのかもしれない。


 ――そのくせ、本城さんは凄いよなぁ。自分に魅力があるから、チャンネル登録者? が何十万っていて……。やっぱり、あの子は俺とは違うよな。


 それなのに、あの子は自分に自信を持てずに、殻に閉じこもってしまっている。

 きっとその中から出ることができれば、今以上に良い生活を送れるはずなんだ。――魅力の無い俺なんかよりも、よっぽど。


 ――……やめよ。こんなこと考えたって意味ねぇっての。さっさと飯食っちゃって、次の教室行くか。


 いつの間にか、手元に握られたハンバーガーは残り一口となっていた。

 最後の一口をポイッと口に運ぶと、包み紙をクシャクシャに丸めながら、荷物をまとめて立ち上がった。






「……あ」


 学食のエントランスを出ようと自動ドアの前に立ったとき、口から小さい声が出た。


「あ、先輩だ」


 そんな風に俺のことを呼んでみせる人物が、自動ドアを挟んで向かいに立っている。どうやら、ちょうど学食に入ろうとしていたところらしい。


「本城さんじゃん。今日はお昼来なかったけど、どうしたの?」


 自動ドアの境界線を越えて、俺は向かいの大陸へと足を踏み入れる。


 未だに半袖短パンの俺に対して、今日の彼女は上にGジャンを羽織っていた。

 今夏の暑さは段々と落ち着いてきたものの、この季節から長袖を羽織るあたりはやっぱり女の子なんだなぁと感じた。


「いえ。そういえば先輩に言ってなかったなぁって思って」


「ん、何を?」

 

 一体どうしたのだろう。俺は彼女の言葉を待つ。


「私、後期の毎週月曜日は、三限と四限だけなんです。だから、前期みたいに一緒にお昼食べられないなぁって」


「あ。あー……。なるほどね」


 やっぱりそういうことだったか。そんな予想はあったものの、それ以外にも飽きられたとか呆れられただとか、余計な考えも浮かんでしまっていたので、寂しいと思う反面妙にホッとしてしまった。


「なんか聞くところによると、社会学科ってコミ科よりも卒業するための単位数が多いみたいじゃないですか。先輩って多分、まだ毎日講義入れてますよね?」


「そう……だね。先輩達も、全休の曜日が入れられるのは、余裕ができる三年からだって言ってた。そうじゃないと、単位が足りないって」


「やっぱり。だから、伝えそびれちゃったなぁと思って、今日はこっちに寄ったんです」


 ――へぇ、あの本城さんがわざわざ。……なんか、変わったなぁ。


 以前に比べると、確実に当たりが柔らかくなったような気がする。前ならきっと、こんな風に伝えには来ずに、次に出会ったとき「別に、言う必要も無いので」とか言って教えてくれなかっただろう。

 意外とこの子猫も、飼い主の俺にようやく懐いてきてくれいるのかもしれない。


「そっか……なんか、わざわざありがとね」


「いえ。……あ、それから」


 何かを思い出したかのようにハッとすると、次にもう一言付け加えた。


「私、後期の火曜日は全休なので、よろしくです」


「……うそん」


 俺の弱々しい驚いた言葉は、俺達の後ろから学食から出てきた人が開く自動ドアの音によって、無様にも掻き消されてしまった。






「それじゃあ、また今度です」


「うん。またね、わざわざありがとう」


「いえ。では」


 そんな他愛も無い別れ際の挨拶を交わして、その日は本城さんと別れた。お互いがそれぞれ、次の講義を受けるために教室へと向かう。


 俺が次に受ける講義は『生理学』だ。講義の教室がある、普段の学食から更に奥へと進んだ先にある棟へと向かう。

 正直あの棟は、大学内で一番遠い場所にあるせいで、向かうのにちょっと気が退けてしまうのが本音だ。


 ――はぁ。後期は本城さんと一緒に昼飯食えるのは、水木金の三日間だけかぁ。


 せっかく先程学食に捨ててきたばかりの寂しさが、再び無性に募る。

 前期は毎日のように彼女とお昼を共にしていたせいか、なんだか日常が崩れてしまったかのように感じてしまった。


 ――なんか、変なの。最初はホントに、演劇サークルに勧誘するために本城さんのところに来てたはずなのに。……いつの間にか、友達になっちゃったな。


 当時はこんな風に、彼女がいないことに寂しさを覚えるだなんて、思いすらもしなかっただろう。

 それほどまでにこの半年間、彼女と共に過ごした時間は大切なもので、有意義なものだったのだったのかもしれない。


 ――まぁ、仕方ないか。っていうか、来年とか再来年は俺が忙しくなるだろうし、もっと会えなくなるんだろうから……今から寂しくなってたって、仕方ないよな。やめよやめよ。


 余計な考えを振りほどく。気持ちを切り替えて、次の講義へ向けて考えを改め直すと、俺は講義が行われる目的の棟の扉を開いた。






「……で」


 目の前のそれが短く呟く。


「どうしてあなたが、ここにいるんでしょうか? ここは『生理学』の講義のはずですが」


 嫌々と机に頬杖を突いてこちらに問う。その顔は久しぶりに見る、心から“最悪だ”と思っているであろう表情だ。


「んなこと言われたって、俺だってこの授業履修してるし……」


 それと向かい合う形で、手元にある机の角に手を置きながらぼやいた。


「あの、あなたは社会学科ですよね? わざわざ生理学を学ぶ必要がありますか?」


「それを言ったら君だって、コミュニケーション学科じゃない。生理学とコミュニケーションに、何の関わりがあるのさ」


「そりゃあありますよ。幾万と存在する人々とコミュニケーションをするためには、色んな知識を身に付けておかなくてはいけませんからね」


「そうやってまた、心にもないようなことをベラベラと……」


「うっさいですね。目障りですので、さっさと座ってくださいよ。面倒くさい」


「あー、はいはい。分かりました、分かりましたよっと」


 虫を払うかのように左手でしっしと彼女がジェスチャーする。

 こうなってしまったら、これ以上何を話していても無駄だ。仕方なく、空いていた隣の席に座ろうとする。……その途端。


「なに隣に座ろうとしてるんですか? やめてください。隣は嫌いなんです」


 と、彼女が告げてみせた。


「はぁ? なんでよ?」


「当たり前じゃないですか。どうして陽キャって、隣同士で座っていても気にならないんですか? 私にはそれが理解できませんね」


「いやだって、何かあったときに話しやすいだろ? 教科書とか忘れたときにも見せてもらいやすいし」


「バカですね。授業中は話しちゃいけませんって、小学校で学ばなかったんですか? だから授業中にも無駄話ばっかりして、授業が成立しなくなるんですよ。先輩だって中学や高校のとき、そういう授業あったでしょ」


「いやまぁ、確かにあったけど……」


「教科書だって忘れ物をするのは仕方ありませんが、忘れないように心掛けていない人がバカなんです。わざわざ忘れることを前提に毎度授業を受けているから、万が一忘れ物をしたときも気を付けようとはならないし、自分にとっても相手にとっても、全てにおいて良いことにはならないんですよ。いい加減、大人なんだから理解してください」


 彼女が人差し指を立てながら、そんなことを淡々と告げてみせた。


 ――うっ、なんも言い返せねぇ……。


「それは、そうかもしれないけど……」


「なんですか? まだ何か文句でも?」


 彼女が問う。

 確かに彼女の言うことは、間違ってはいないのだろう。それこそが陽キャの悪いところだろうし、陰キャにとって快いものでは無いのかもしれない。

 普段から一人でいる彼女だからこそ説得力はあるし、言いたいことは大いに分かる。

 けれど――だからといってそれは、俺にとっての“友達”という概念を否定されてしまったような気がしてしまって、なんとも言い難いもどかしさを覚えた。同時に、彼女と俺の“友達”という感覚のズレは、一体どこまで溝が大きいものなのだろうと、そのとき改めて恐怖に近いものを感じてしまった。


「……いや、別に」


「分かったならいいんですよ。せめて、私の前に座ってください。それならまだ許せます」


 そう言うと彼女は、偶々空いていた自分の座る席の前を指差した。


「……ん? そういうのって普通、視界に入るなって言わない?」


「なに言ってるんですか。後ろに座られたら、悪戯(いたずら)とかされそうで気持ち悪いじゃないですか。それならまだ、視界の中に収まってもらってたほうが気楽です」


「はぁ。……てっきり、遠い場所に座ってくれって言われるもんだと思ってた」


「そりゃあ、そのほうが気も楽ですし、そっちのほうがいいかもしれませんよ? でも……」


 そこまで言うと、唐突に彼女が言葉を詰まらせた。こちらから視線を逸らして、そっぽを向いてしまう。


「……でも?」


「……わざわざ“友達”と一緒の講義を受けるのに、遠くに座る理由も無いじゃないですか。『周りと相談して』みたいな時間に万が一なったとき、知らない人と話すのは嫌ですし……」


 そんな彼女の不器用な一言に、今の今まで萎んでいた俺の心が、みるみるうちに元気を取り戻していく。あまりにも不器用過ぎる言葉に、思わずおかしくなって笑ってしまった。


「……やっぱり遠くに座ってください。最低です」


 笑ってしまった俺を見て、睨みつけながら彼女が言う。よっぽど先程の言葉が気恥ずかしかったのか、口元が不器用に震えていた。


「いや、ごめんごめん。なんか嬉しくなっちゃって」


「意味が分かりません。いいからさっさと座ってください。あと二分で講義が始まりますよ」


「はいはい、分かった分かった」


 そんな風に急かす彼女をよそに、喜々として俺は目の前の席へと着いた。それと同じくして、後ろから大きなため息が聞こえてくる。






「……なんですか、ニヤニヤしてて気持ち悪い。ストーカーの常習犯みたいな顔しないでください」


「うわ、酷い言い方だなぁ。俺ってそんな酷い顔してる?」


「してますね、十分してます。吐き気がするくらいに」


「はぁ、そうなのね。はいはい」


「受け流さないでくださいよ。もっと自覚してください」


「はーい、気を付けますよっと」


「……なんでそんなに嬉しそうなんですか? どうしたんです?」


「んー? いや、てっきり月曜日は本城さんと会えないんだなぁって思ってたから、ちょっと嬉しくてね」


「……それ、友達に普通言います? 恋人とかに言うセリフじゃないですかそれ」


「そうかなぁ。いいじゃん、俺が言いたかったんだからさ」


「気持ち悪い。そういうところですよ、私が先輩の嫌いなところって。そのままいくと、ホントにストーカーになるんじゃないですか?」


「うるさいなぁ、いいだろ? 友達なんだし」


「“親しき仲にも礼儀あり”という言葉がこの世にはありましてね……」


「そんな友達を、随分と酷い言葉で毎度の如く罵りまくってるのは、どこの誰だっけな」


「はいはい、黙る黙る。もう講義開始です」


「なんだよ、お互い様じゃん」


「………」


「あーあ、無視ですか。ちぇっ」


「……気持ち悪い」


 彼女がポツリと呟いたとほぼ同時に、室内には講義開始のチャイムが鳴り響く。

 いつの間にか、話しているうちに一番前の席から回ってきていたプリントを本城さんに手渡すと、ギロリと睨まれながらそれを奪い取られてしまった。

(因みに余談ですが、筆者も隣に座られるのは嫌いです。特別に親しいわけではない人がパーソナルスペースギリギリにいるっていうのが、なんか気持ち悪く感じてしまうんですね……)


本話における本城さんサイドの動きが、本作のクロスオーバー作品『アンノウンストーカー』にて分かるようになっています。後々本編にも絡んでくる話になっているので、気になったからはぜひ読んでみてくださいね。

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