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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.10 演劇の味を噛みしめて
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再会の味は味噌ラーメン(2)

「へぇ、ここホントに“美味丸”っていうんだなぁ。前来たときは、全然店名なんて気にしてなかったから分からなかったよ」


 店の前に立って、ぼんやりと呟く。そんな俺の隣に立つ本城さんは、その看板を眠たそうな目でジッと見上げていた。


「なんか、面白い名前だよね。覚えやすいし。あのおじさんセンスあるなぁ」


「そうですね。結構常連さんもいるみたいですよ。最近はどうか知りませんが、昔は演劇館の帰りに寄る人も多かったみたいですし」


「へぇ。じゃあやっぱり、ここのラーメン美味しいんだな」


 そういえば以前ここに来たときに、常連さんであろうおじさんがここのラーメンを絶賛していた。根強い客がいる以上、やはりこの店の人気は間違いないのだろう。






「はぁ……。でも正直、ここにはあんまり来たくなかったんですよね」


「え。そうなの?」


 唐突に彼女がそんなことを告げる。まさかそんなことを言われるとは思わなかったので、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


「えーっと……もしかして、ラーメンそんなに好きじゃなかった?」


「いえ、そういうわけじゃ無いんですが」


「え、じゃあ何?」


「……色々、です」


「へ?」


「だからっ! ……色々です」


 こちらから顔を逸らすと、俯き加減で本城さんが叫んだ。一体何事かと、彼女の顔色を伺う。


「……店のおじさんと、そんなに仲が良くなかったとか?」


「そんなんじゃないですよ。これは完全に、私自身の問題です。他の人は関係無いですから。気にしないでください」


「でも……お店、別のとこに行こうか?」


「ああもう、いいですよ別に。本当に嫌だったら、わざわざここまで来ていませんから。何より、先輩がここに来たいと思って選んだんでしょう? だったら、それでいいじゃないですか」


「そ、そうなのかな……」


「そうですよ。ほら、早く入りましょう? さっきから言ってるじゃないですか。お腹ペコペコなんだって」


「あ、うん……」


 半ば強引に、顔を強張らせたまま彼女が店の引き戸を開く。

 そんな風に険しい表情をしている彼女の気持ちを、俺は全く理解することができなかった。






「らっしゃい!」


 本城さんと共に、店内へ入る。軽く店内を見渡すと、今はどうやらお客さんは誰もいないようだった。

 それでも元気よく俺達を出迎えてくれた店主のおじさんは、今日も一人ポツリと厨房に立っていた。


「こんにちはー」


「……お? あんちゃんもしかして、前に演劇館のこと聞きにきたよな?」


 彼は一瞬「うん?」と唸ると、カウンター越しにこちらへ歩み寄っては、顔をパッと明るくさせた。


「え? あ、はい。覚えてくれてたんですね」


「あったりめぇだっぺ。こんな商売してたら、人の顔を覚えてねぇとやってらんねぇべ?」


「あははっ、そうかもしれないですね。流石です」


「おうよ」


 どうやら俺が再び来店したことに、喜んでくれているらしい。独特な訛り口調で告げると、ニッと口元を緩めて彼が微笑む。


「……んん?」


 と、思ったら……またまた彼はこちらをまじまじと見つめて、「うーん?」と唸ってみせた。一体どうしたのだろうと、再び彼の言葉を待つ。


「あの……ど、どうか、しましたか?」


 彼にまじまじと見つめられているのは俺では無く――俺の隣でもじもじしながら立っている、本城さんだった。

 ずっと見つめられるのが気恥ずかしいのか、その視線はゆっくりと斜め下へと落ちていく。


「いやぁな? 嬢ちゃん、なんかどっかで見たことあっと思ってよ」


「あ、その……えっと……」


 彼が見たことがある、というのは当然だろう。本城さんは昔、この店には何度かお母さんと来たことがあると言っていたはずだし、いくら数年前だろうが薄っすらと記憶はあるはずだ。

 このまま本城さんを放っておいても、なんだか話が続かなさそうだし、ここは俺が間に入るべきだろう。仕方ない、ここはまたこの心強い先輩が、助け舟を出してやろうじゃないか。……そう、思ったときだった。


「……あぁ、思い出したわ! 嬢ちゃんもしかして、松金んとこの娘ちゃんだろ?」


「……え?」


 突然店内にこだました彼の声に、俺達二人はそろって、素っ頓狂な声で驚いてしまった。



 ◇ ◇ ◇



「はいよ! 味噌ラーメン二つに、ライスと小ライス、餃子二枚ね!」


 俺達以外誰もいない店内。店主のおじさんと向かい合うかたちで、そろってカウンター席に座った。そんなカウンターの上には、出来上がったばかりの美味しそうなラーメン達が次々と並べられる。

 この店のおすすめは、彼曰く味噌ラーメンらしい。実際に出されたどんぶりには、ひき肉にネギ、チャーシューにメンマが乗せられた、見た目はシンプルなラーメンだった。

 味噌ラーメンといえば、よくもやしやコーンなどが乗っかっているイメージが強いが、ここのラーメンには違うこだわりがあるのだろう。スープの色も濃い目らしく、使う味噌にもこだわっているのが分かった。


「ありがとうございます。はい、本城さん」


 本城さんが頼んだ小ライスと餃子を、彼女のほうへと手渡す。小声で「どうも」と呟くと、ぶっきらぼうに彼女はそれを受け取った。


「いやぁ、それにしても。まさか桐野(きりの)さんが本城さんのお母さんと知り合いだったなんて、思いませんでしたよ」


 箸立てに立てられた割り箸を二本取っては、ラーメン屋のおじさんこと桐野さんに話し掛けながら、本城さんに片方を手渡す。今度こそ彼女は無言のまま、その割り箸を受け取っていた。


「あぁ、俺もビックリしたわぁ。どっかで見たことあんなぁと思ったら、あんとき小っちゃかった松金んとこの娘ちゃんなんだもんなぁ」


「あの……私、松金じゃなくて本城です……」


 小声でボソッと、隣の彼女が呟く。


「あぁ、そういやそうだったな。わりぃな、えっと……名前なんだったっけか」


「綾乃です。本城綾乃……」


「おー、そっかそっか。綾乃ちゃんね、覚えとくわ」






「あの……桐野さんは、本城さんのお母さんとどんな関係だったんですか?」


 二人の会話が一区切りついたところで、すかさず気になっていた話を彼に振る。

 そのまま、レンゲでスープをすくっては一口運んだ。……うん、美味しい。肉の脂なのか、何を使っているのかは分からないが、濃い味噌の味がしっかりとしたスープだ。これは確かに、彼が味噌スープをおすすめしているのが分かる。


「あぁ、松金とか。あいつとは高校んときに、部活の後輩だったんだよ」


「後輩? なんの部活だったんですか?」


「映画部だよ。つったって、俺が三年の時にあいつが一年だったから、あんまり昔のあいつのことは知らねぇんだけどな」


「へぇ、映画部。じゃあ自分達で映画を撮影して作ってたんですね」


「あぁ。でも今と違ってカメラもたけぇし、編集も簡単なのしかできねぇから、ほとんど一発撮りしたものをくっ付けてた映像だったよ。一発撮りだから失敗したらやり直しになるし、結構めんどくせぇ作業だったな」


「確かに……そう考えると、今は便利になりましたよね。映像の編集はあんまり詳しくないけど、カメラも良いやつは多いですし」


「そうだな。でも、どうやったら一発撮りで失敗せずに最後までやれるのかっていうのをみんなで話し合いながら、何度も何度も同じシーンを撮るってのも、結構楽しかったんだぜ? 今じゃなかなかあり得ねぇよな」


「ははっ、そうですね」


 そこまで告げると、スープを一回運ぶだけで止まっていた手を動かして、ようやく麺を一口すする。

 美味しい。味噌のきいた濃いスープが、しっかり麺にからんでいる。流石長年営んでいるラーメン屋の味だ。


「それで……やっぱり桐野さんも、役者だったんですか?」


 もぐもぐする口元を抑えながら、彼に問う。


「いや、俺はカメラマンだったよ。他の奴らはみんな役者がやりてぇって言って、脚本もカメラも誰もやらねぇからよ。結局映像には一回出たっきりで、三年間ずっとカメラマンやってたわ」


 わっはっはと豪快に桐野さんが笑ってみせる。そんなことを言う割には、とても楽しそうに語ってくれているところを見るに、それでもきっと楽しい部活動だったのだろう。


「そうだったんですね。じゃあ、本城さんのお母さんも役者だったんですか?」


「あぁ、役者だったさ。いやぁな? あいつったら、すげぇのなんのって。普段はバカで……天然っつーのか? 成績もあんまり良くなかったらしくて、ちょくちょく赤点の補習で部活に遅れてたりしてたんだけどな。役に入ると人が変わるっていうか……ホント、どんな役でもこなしちまうんだよ」


「へぇ、そうなんですね」


 そんな彼女の素性に、思わず感心する。それと同時に、納得もしてしまった。


 ――なるほどなぁ。本城さんのあの演技はやっぱり、お母さん譲りなんだ。そりゃあ本城さんだって、あんなに凄い演技できるもんだな。


 ふと、ここまで黙々とラーメンを食べている隣の彼女をチラッと覗く。……いつの間にか、もう既にラーメンと小ライスをほとんど食べてしまったらしく、隣の餃子も残り二つしか残っていなかった。


 ――……早すぎだろ。


 いくら食いしん坊とはいえ、そのスピードはおかしいと思う。ちゃんと噛んで食べているのだろうか?


「……それで。確か本城さんは、昔ここにお母さんと来たことがあるんだよね? 卒業した後も、交流はあったんですか?」


 俺の問いかけに、彼女は無言でコクりと頷いてみせた。次いで今度は彼が「いや……」と前置きを告げると、そのまま言葉を続ける。


「特別あいつと仲が良かったってワケでもねぇんだよ。俺がここにラーメン屋を開いて……開いたのが二十六歳の頃だから、そっから十年後くらいかなぁ……。偶々あいつが店に来たときに、久しぶりに再会したんだわ」


「へぇ、なんかそれも映画みたいですね。その時は、本城さんと一緒に?」


「いや、こう……仕事の後に仕事仲間と一緒に来たよ。その後だな、綾乃ちゃんと二人で来たのは」


 ふと、そこまでは一度も噛むこと無く豪快な雰囲気で喋っていたのに、珍しく彼が言葉を詰まらせた。

 一瞬おや? と思ってしまったが、そりゃあ彼だって人間なのだから、言葉を詰まらせてしまうのは何もおかしくは無いのかもしれない。


「そうなんですね。いいなぁ、なんかそういうの」






「……あの」


 唐突に、俺の隣から小さい呟き声が聞こえてきた。それまで二人でずっと話していた俺達の視線が、咄嗟に彼女へとターゲットを変える。

 ……こちらが黙々と食べてるなぁと思っていれば、既に彼女の前に置かれたお皿には、どんぶりの中のスープしか残っていなかった。


 ――……おかしいだろ。


 内心でツッコみながらも、苦笑いをこらえて彼女の言葉を待つ。


「その、こんなことを聞くのは、間違ってるのかもしれませんけど……。昔って、奥さんと二人でお店をやってましたよね?」


「っ……。あー、そうだな。昔は二人で働いてた」


 その言葉で、途端に彼の顔つきが変わった。今まで楽しそうに話していたのに、一気に悲しそうな表情へと早変わりだ。

 本城さんも、その疑問を知りたいという気持ちは分かるが、今ここで持ちだすべき話題では無かったのではないかと思う。しかし、その忠告はもう既に時遅しだ。


「ウチの家内な……去年亡くなったんだよ。ガンでな」


「あっ……。すみません、こんなこと聞いちゃって。やっぱり、聞かないほうがよかったですよね、すみません……」


 その返答を聞くなり、質問をした本城さんも萎むようにしょんぼりしてしまった。そんな彼女の言葉に、益々空気が重くなる。


 ――……やべぇ、気まずい。


 本城さんも桐野さんもすっかり黙り込んでしまって、俺も口を挟みづらい。さらには、まだ俺の手元にはラーメンやライスが残っているが、ここで麺をすする音を出すのはなんだか間違いな気がする。

 なんとも言い難い微妙な空気の中、仕方なく手元にあるコップに注がれた水を一口、ゴクリと飲み込んだ。


「……ぷっ、わははははっ!」


「え?」


 突然、目の前の桐野さんが豪快に吹き出して笑ってみせる。

 そんな彼に、カウンターを挟んで座る俺達二人は、再び素っ頓狂な声で唖然としてしまった。


「ったく、冗談だっぺよ。ウチの家内はまだ死んでねぇよ」


「は……? え、そうなんですか……?」


「いやいや、桐野さん。それ全然笑えないですって……」


 唐突な度が過ぎた冗談に、本城さんが言葉を失ってしまった。俺も同じくして、そんな彼に一体どんな顔をすればいいのか分からずに、思わず苦笑いである。


「ははっ、わりぃわりぃ。でも確かに昔から体が弱くてな、去年にはガンになっちまったけどよ。今は手術を終えて、必死に治療して頑張ってんだ」


「いやでもあの、あんまりそういう冗談はよろしくないと言いますか、なんと言いますか……」


 いくら冗談とは言え、身内の生死についての話はいかがなものかと思う。すかさず間に入ってツッコんだが、それでも彼は楽しそうに笑顔だ。


「なぁに言ってんだ。一番辛いのは、あいつ本人だからな。見てるこっちも同情して一緒に悲しむよりも、こうして笑いにしてやったほうが、向こうも気が楽になるもんだろ?」


「そ、そうなんですかね……」


「そういうこった。綾乃ちゃんも、応援してやってくれよな」


「え? あ、はい……」


 本城さんが半ば呆れた様子で、小さくコクりと頷いてみせる。……と同時に、彼に気付かれないよう小さくため息を吐いた。

 きっと今本城さんは、内心で“心配してやったのになんて冗談を言うんだこのおっさんは”と、お怒りになっているに違いない。表情にこそ出ていないが、彼女はそういう人だ。そこもまた、本城さんらしいと思う。


 そんなシャレにならないような冗談を告げた桐野さんは、言ってやったという顔でニヤニヤしながら楽しそうに笑っていた。

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