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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.7 俺にとっての「彼女」
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昔の彼女

 建物の三階奥。上級生達が主に使う階ということもあって、なかなか下級生は足を踏み入れにくい場所に、その部屋はあった。

 そのときまで一度か二度しか立ち入ったことが無かったが、偶々その日は黒澤に誘われて、俺はその場所へと訪れていた。


「さーて、お目当ての本はどこかなぁ」


 共に部屋へと入る彼が呟く。

 どうやら彼は、初めてのテストに向けて参考書を借りに来たらしい。いくら赤点を取るのが怖いからって、わざわざそこまでしてテスト対策をしなくても、ちゃんと勉強すれば問題は無いだろうに。

 そんな彼に、俺は付き添いとして連れて来られていた。


「あぁ? そりゃ、参考書があれば勉強しようって気になるだろ。多分」


 俺が何かを黒澤に問うと、彼はそんなことをぼやいてみせる。普段は勉強している姿なんて見たこと無いのに、こんなときだけやる気になるだなんて、その気合が空回りしないことだけ祈っておこう。


「……あ? なんだよ、一緒に探してくんねぇの? ……わぁったよ、ちょっと待ってろ。今探してくる」


 そう言って、彼は部屋の奥へと向かっていってしまった。一人取り残されて、一体どうしたものかと周りを見渡してみる。


 ふと、勉強机が並んだスペースを見たとき、俺の視線がその場に止まった。最近では見知った顔が一つ、その場所にあったのだ。

 どうせすることも無かったので、その顔を見つけるなり、そこに向かって歩き始める。――目の前に立ち止まったとき、それは何事かとこちらを見上げた。


「……村木君?」


 俺が何かを告げる。すると、手に持っていたシャーペンを机に置いて、体をこちらに向けた。


「う、うん、英語の勉強してる。……村木君も、勉強?」


 それを俺は否定して、簡潔に事情を説明した。


「へぇ、そうなんだ……」


「おーい、村木。もう借り終わったから行くぞー?」


 そんな折、早いことにいつの間にか本を借り終わったらしい黒澤が、後ろから俺達の元へやってきた。……そして、そんな俺達二人を見るなり、気持ち悪いような笑みを浮かべて「へぇ……」と呟いてみせる。


「あ、く、黒澤君」


 なんだか異様におどおどしていて、いまいちパッとしない彼女に、黒澤がニッと笑ってみせた。


「おー、花岡。悪い悪い、邪魔しちまったなー。もーなんだよ、村木。そういうことなら早く言えよなー?」


 俺の口から、素っ頓狂な声が出る。


「いやいや、分かった! 邪魔者はこれにて失礼するよ。じゃあなー、二人とも!」


 ワケが分からなかった俺が、咄嗟に彼を呼び掛ける。――しかし、そんな俺の叫びも虚しく、彼はそそくさと部屋を出て行ってしまった。


「あはは……。いつもお調子者だもんね、黒澤君って」


 ため息を吐いている俺に、彼女が言葉を続ける。


「じゃ、じゃあさ……村木君も、一緒に勉強する?」


 その言葉に、再び変な声が口から出る。そんな俺に、彼女がクスッと笑った。


「うん。せっかくなんだし、一緒にしようよ。ほ、ほら、隣座って?」


 彼女が隣の椅子を引いて、俺に座れと告げる。女の子と二人きりで一緒に勉強をするだなんて、少し気が退けてしまったが、仕方なく俺はその椅子に座った。

 そんな俺に彼女は、不思議と嬉しそうにニコッと微笑んでいた。






「――っ!」


 ――……? なんだぁ?


 光の一筋すらも通さない暗闇の中。どこからか、何かが聞こえたような気がする。


「――ろーっ!」


 まただ。ぼんやりとした意識の中、何かが叫んでいる声が聞こえてくる。それはどこか、聞き覚えのあるような――。


「起きろー! この寝坊助兄貴ーっ!」


「……んぁ?」


「だーかーらー! 起ーきーろーって言ってんのー!」


「んがっ!?」


 ゆっくりと目を開いた瞬間、何かが俺の上に馬乗りをしてきた。急な重さに、思わず変な声が出る。


 ――なんだよもう、いきなり……。っていうか、やっぱりこいつか。


「……茜。重い」


「はぁーっ!? やっと起きたと思ったら、いきなりそんなこと言うの!? ホント最低!!」


 相変わらずの、ふんわりとハネた髪を揺らして、茜がふんっとそっぽを向いてしまった。まったく、寝起きから一体なんだって言うんだ。


「……っていうかお前、彼氏の家に行ってたんじゃないのか?」


 カッスカスな寝起き声で、俺は彼女に問うた。


「帰ってきたんだよ! お兄ちゃんが実家に来てるって言うから、朝ご飯食べて帰ってきたの!」


「……というと、今何時?」


「さぁね、自分で考えたら?」


「……その様子じゃ、十二時は過ぎてそうだな」


「あと五分早く起きてれば、午前中だったのにね」


「あっそう」


 唐突に眠気が襲ってきては、ふわっと一つ欠伸をする。ゴシゴシと目を擦りながら、そんな俺のことをまじまじと見つめている茜に、俺は言葉を投げる。


「……で、降りてくれないと起きられないんだが?」


「降りてほしかったら、どうすればいいか考えてよね。……せっかく急いで帰ってきたのに、寝てるんだもん。ホント嫌な兄貴」


「……悪かったよ」


 茜に謝罪の言葉を告げる。……しかし、彼女の表情は一向に緩んでくれない。


 ――はぁ。……そうだなぁ、せっかくだし、ちょっと試してみるか。


 昨日母さんが言っていた、茜はそっちの方面には興味が無いと言っていた言葉――せっかく二ヶ月ぶりに再会したのだ、試してみよう。


「……そんな怒んなって。ほら」


「わっ……」


 両手を伸ばして、彼女の背中へと回す。そのまま俺は、彼女をこちらへと引き寄せ――。


「何してんの!? バッカじゃないの、やめてよね!?」


「あいったっ!?」


 そして、腕をバチンと叩かれては振り解かれてしまった。――結構本気で叩かれたぞ? 痛いんだが?


「あー……怒ってます?」


「当たり前でしょ!? 実の妹に、何するつもりだったの!?」


「いや、ただギューってしてやろうかなと」


「はぁ!? そんなこと普通、妹にする? 何考えてんの? いつまでも寝ぼけてないで、ちゃんと起きてよね?」


「は、はぁ……。すみません……」


 ――その言葉、そっくりそのまま返してやりたいけど……多分今言ったら、確実に嫌われるよな。やめよ。


「分かったなら、さっさとする。じゃないと、一生降りてやらないから」


「分かってるよ、もう……」


 そうして、渋々彼女の頭へ右手を伸ばしては、いつもの如く優しく撫でてやった。

 今までとは打って変わって、途端に茜が嬉しそうにクシャッと笑ってみせる。……そんな顔を兄貴にするから、面倒なことになるんだってことを、どうしてこの子は学ばないのだろうか。


「ほら、これでいいだろ?」


 頭の上から、パッと手を離す。すると茜が、物欲しそうな目でこちらを見てきた。


「えー! もっとー!」


「なんでだよ」


「だって、二ヶ月も会ってなかったんだよ!? 二ヶ月分くれないとやだ!」


「その二ヶ月分は、あとどのくらいだよ……」


「えっとねー……私がいいって言うまで!」


「いやお前にそれ任せたら、一生言わないだろ!? やめろ!」


 そんな俺のツッコミに、ようやく茜は楽しそうに、肩を揺らしてクスクスと笑っていた。


 ――あー、ホント女の子って分かんねぇ。……もっと単純だったら、こっちだって楽なのに。


 そんなことをいくら願ったところで、その願いが叶うことは無いだろう。

 けれども、そんなことをいくらでも願いたくなってしまうほどに、俺の頭は彼女の行動に悩まされていたのだった。






「じゃあほら、準備できたら下に来てよね。もうご飯できてるんだから」


 部屋の扉に手を掛けながら、茜が告げる。


「ん、何? 茜が作ったの?」


「そうだよ! 流石にお昼ご飯作ってたらお兄ちゃん起きてきてくれるかなぁって思ってたけど、全然起きてこないんだもん!」


「それは……申し訳ない」


「何度も言ってるけど、お昼まで寝るのはやめてよね。体にだってあんまり良くないんだから」


「はいはい、分かってますよ」


「分かってないから、何度も繰り返すんでしょ?」


「……なんも言えねぇ」


「はぁ。……じゃあ、待ってるよ。早めに来てよね」


「はーい、すぐ行きますよっと」


 そうして、茜は部屋を出て行ってしまった。


 俺も昼飯食わなきゃなぁと、また一つ欠伸をしながら、ベッドから立ち上がる。大きく伸びをして一つ息を吐くと、そのままスマホを手に取って部屋を出ようとした。


「……んあ?」


 ズボンのポケットに入れたばかりのスマホが、唐突にブルブルと震え出す。

 なんだよ、震えるならあと十秒早くしてくれよと不満を抱きながらも、再びスマホを取り出した。


 ――……お? 飯田(いいだ)だ。話すの久々だなぁ。


 以前に声で話したのは、どのくらい前だっただろうか。そんなことを思いながら、スマホを耳に当てた。


「もしもし」


「よっ、実。久しぶり」


 スピーカーからは、以前と変わらない独特な野太い声が聞こえてきた。

 昔から体格も大きく、中学、高校と柔道部だった彼の重低音のある声が、久しぶりに耳元へと届く。


「おー、久々だね。一年ぶりくらいか?」


「確かそうだなぁ。……実、お前寝起き?」


「え。うん、さっき起きた」


「やっぱり。声がそんな感じする」


 フッと彼が笑ってみせる。なんだ、そんなに俺の寝起き声って分かりやすいのか?


「そんなに分かるか?」


「分かる。いつもの声が益々アホになった感じ」


 ――いや、どういうことやねん。


「あーはいはい、そうですか。……それで、どうしたの?」


「いやな? 来週みんなで久々に集まるって話あるだろ?」


「あぁ、そうだね」


「そのときなんだけどさ。実って、免許持ってる?」


「え。……持ってるのは持ってるけど」


「あぁ、そっか。今さ、免許持ってる奴が交替で運転しねぇかって話になってて、一応実にも電話掛けたんだよ」


「あー……。言っとくけど、俺ペーパーだぞ?」


「え、マジで? いつから運転してねぇの?」


「いや、もう半年は運転してない。今年の一月から水戸で独り暮らししてるんだけど、自分の車持ってねぇし。実家に住んでた頃も、家族乗せて何回か運転してたくらいだから、ほぼほぼペーパー」


「うわぁ、マジかお前。なんか意外だな。てっきり普通に乗りこなしてるもんだと思ってた」


「はぁ。どこからそんな期待が出るんだ……?」


「イメージだよ、イメージ。なんかそんな気がした」


 イメージ、と言われても。なんでそんなイメージが出てくるのか、俺には全く以って分からない。


「そう。まぁ、俺の運転に身を任せられるなら、運転してもいいよ?」


「いや……マジで死にそうだからやめとくわ」


 半ば苦笑いで、彼が告げた。


 ――おい、それは酷くないか?


「あぁ、そのほうがいいわ。悪いね」


「いや、いいよいいよ。大丈夫」


「おう、そっか」


 そうして、話に一区切りが付く。今日の用事はこれだけなのかなと、次の彼の言葉を待っていた。






「……あぁ、あとそうだ。伝えることがあったんだ」


「ん?」


 何かを思い出した様子で、彼が言葉を続ける。


「今度会うときさ、夕方から女子連中と合流して飲みに行くって話は聞いてるだろ?」


「あぁ。俺はまだ飲めねぇけどな」


「あー、お前誕生日いつだっけ?」


「十二月。まだまだ先だよ」


「あそっか、そういえばそうだったな。……でな? 一応高校の時によく絡んでたみんなに声掛けてるんだけどさ、こないだ花岡にも電話したんだよ」


「っ……」


 また彼女の名前が出てきた。――夢の中でも、ぼんやりと彼女が出てきていたような記憶があるのに、今日は何度出てくれば気が済むんだ。


「……あいつ、なんて?」


「『実が来るなら、私は行かない』だってさ。どうしてもお前と会いたくないんだって」


「……まぁ、そうだろうな」


 それについては、以前に女性陣と合流すると聞いた時から大体察していた。それを考えて、本当はこの誘いも断ろうとも思っていたのだから。

 黒澤に(そそのか)されなきゃ、今頃俺は一人平凡とお盆休みを過ごしていたに違いない。


「なんだよお前ら、ケンカ別れでもしたの? 高校の時は、あんなに仲良かったくせにさ」


 彼が俺に問うた。


「いや、別にそういうわけじゃ無いよ。ただ……まぁ、色々とね」


「ふぅん。女絡みの重い話は好きじゃないから、別にいいけどさ。あんまり気に病むなよ? 言ってもどうせ高校時代の、一瞬の出会いだったんだからさ。まだ出会いなんていくらでもあるよ」


「……うん、分かってるよ。サンキュー」


「おう。……で、あと最後になんだけど。花岡から、お前に伝言」


「伝言?」


 あいつが俺に? 困惑しながらも、彼の言葉を待つ。


「『次の彼女は、あんまり困らせないこと。それから、()()はちゃんと守ってよね』だってさ」


「っ……!」


 どうやら、日がいくら経とうと彼女は彼女のままらしい。あの時、いつも隣にいた彼女は今、どんな風に過ごしているのか心配だったが、その心配も今のところ無用のようだ。

 そんな彼女の伝言に、なんだか胸がギュッと詰まるような感覚を覚えた。


 ――はぁ、あいつ……。


「なるほど、ね。そっか。……飯田、俺からもあいつに伝言いいか?」


「あぁ? なんだよ、別に俺は伝書鳩じゃねぇんだけど?」


「いいだろ別に。ちょっとくらい頼まれてくれよ。今度ジュース一本奢るからさ」


「ジュースて……。まぁいいけどさ。で、何?」


「あぁ。『他人の心配するくらいなら、自分の心配すること。ちゃんと()()は分かってるし、破る気もねぇよ』って」


「ふぅん。……きっとどうせ言わないだろうけどさ、その()()ってなんなの?」


「あぁ? 俺達の“二人ルール”だよ。……それ以上は、言えない」


「あっそ。……じゃあまぁ、分かったわ。伝えることは伝えたから。また来週な」


「おう、サンキューな。伝言頼んだ」


「ちゃんとジュース一本、覚えとくからな? 鳥頭のお前に任せといたら、どうせ忘れられるから」


「うるせぇ、分かったって。さっさと切れよ」


「へいへい、じゃあなー」


「はいよー、また」


 そうして、久しぶりの飯田との電話は、そこでプツリと切れた。――スマホを耳から離すと同時に、なんとも言えないような虚無感を覚える。






 ――はぁ……。お節介が過ぎるんだよ、(さき)は。


 一人きりの自分の部屋で、はぁっとため息を吐く。

 相変わらず、俺の周りの女性陣はみんな、どうして色々と面倒なのだろう。もっと簡単で分かりやすければ、こちらも疲れることなんて無いのに。


 ――もう彼氏じゃないのにさ……。ホント、バカな奴。


 俺には、恋愛の“れ”の字も分からない。女の子との正しい付き合い方も分からないし、どうすれば彼女達が喜んでくれるのかなんて以ての外だ。

 けれど――この胸の中がギュッと詰まったような気持ち悪い感覚は、この感覚だけは、こんな鳥頭の俺でもなんとなく分かる。


 ――……サンキュー、咲。


 目をゴシゴシと擦る。これは涙なんかじゃない、ただ眠いだけだ。きっと、そうに違いない。適当にそんな言い訳を、自分に言い聞かせる。

 よしっと声に出して呟くと、気持ちを切り替えて、俺は自分の部屋を出た。――早くしないとまた、茜に怒られてしまうだろう。急がなくては。






 ようやく来週には、一年半ぶりにみんなと会える。俺はその日が来るのを、まだかまだかとウズウズしながら待ち構えていた。

これにて、本章は終わりです。ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


次回は、本城さん視点の物語になります。村木先輩が元カノなどの話をしている中、果たして彼女はどんな日常を過ごしていたのか。

……そしていよいよ、みんなもお待ちかね(?)の彼も登場するかも?

お楽しみに!


【筆者のTwitterはこちら→@sho168ssdd】

詳しいお知らせやご質問などは、Twitterへどうぞ。小説家になろうのマイページにも、Twitterへのリンクを貼ってあります。

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