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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.5 約束はテストの後で
24/123

違う時間、いつもの場所で

 昨日から七月に入った。段々とお天道様も本領を発揮し始めており、町中や大学内にも、半袖半ズボンの人達がちらほらと見え始めてきた。これからまた、暑苦しい日々が続くのだと思うと、なんだか少し気が重くなるものだ。


 そして、そんな今日もまた、俺はいつもの場所で昼食を取った。もちろん相手には、あの彼女も一緒だ。いつもの如く、ああだこうだとお互いにくだらないことを話しながら、お昼休みの時間を過ごした。

 そのまま彼女とは別れて、三限目の講義へと向かう。薄っすらとした眠気がある中、ぼんやりと話を受け流す時間を過ごしていく。そうして今日の講義が終わり、このまま帰ろうかと思った矢先のことだった。


 ――そういや今期受けてる『著作権法』の講義、あんまりよく分かってないんだよな……。今月末にテストだし、そろそろ復習し直したほうがいいよな。


 今日はこの後、特に何も用事はない。あまり気乗りはしないものの、思いついたときに即行動とはよく言ったものだ。どうせ家ではやる気も出ないだろうし、こういうときに勉強しておいたほうがいいだろう。


 ――あそこ行くか……。


 建物を出た途端、生暖かい空気と再会を果たす。無意味に右手をパタパタと仰ぎながら、俺は再びいつもの場所へと向かい始めた。



 ◇ ◇ ◇



 ――あぁ、クソ。ここってどうやってまとめればいいんだ? 全然分からん。


 レジュメをジッと見つめながら、何度も何度も同じ行の文章を読み返す。しかし、どうにもその文章を理解することができずに、四苦八苦してしまっていた。


 ――著作権法が? “著作者の権利”と“著作隣接権”の二つで? ……あれ? この“著作人格権”ってどこに含まれるんだよこれ。……はぁ、ダメだ。何がなんだか全く分からん。


 とうとう面倒くさくなって、シャーペンを置いてしまった。書く手も動かなくなり、もはやお手上げ状態だ。


 ――あーあ、やめよ。どうせまだテストまで三週間もあるんだし、こんな早くからテスト勉強しなくたって正直いいんだよな。早めにやっておこうとやる気出してみたけど、なんか無駄だったな。……帰ろう。


 二十分程頑張ってみたものの、結局嫌気が差して荷物をまとめ始めてしまった。適当に自分の中で言い訳を述べながら、席を立ちリュックを背負う。そのままいつもの場所を出ようと、エントランスへ向かった。






「……あ」


 口から小さい声が出た。


「あら、先輩じゃないですか」


 その声の先にいた彼女が呟く。

 それは背中にまで伸びた長い髪を揺らして、綺麗な黒い瞳でこちらを見ている。相変わらず、見た目は美人なのに、雰囲気だけは気怠そうだ。


「やぁ、本城さん。奇遇だね」


「どうしたんです? こんなところで。……まさかお腹が空いて、また何か食べてたんですか?」


 彼女がジト目でこちらを見る。


「またとはなんだ、またとは」


「またじゃないですか。だって、普通にお昼も食べてたし。あれからまだ、二時間半しか経ってませんよ?」


「俺を誰かさんと同じ、食いしん坊だと思わないで頂きたいね」


「なんですか、うるさい人ですね。セクハラで訴えますよ?」


「いやどうしてそうなるんだ……」


 今の言葉が一体何故、セクハラの対象となるんだ。どこにもそんな要素があったとは思えないのだが。


「まぁ待てって、別に何かを食べに来たわけじゃないよ。ただちょっと、勉強しててね」


「勉強……? 先輩が?」


 あり得ない、と言いたげな顔で、彼女がこちらを睨む。やめてくれ、俺はそんなに勉強嫌いに見えるのか。


「別に、大学生だもの。珍しいことではないでしょ?」


「それはそうですけど……。なんでわざわざここで?」


「え?」


 確かに。言われてみれば、そうかもしれない。勉強をするなら、もっと静かな図書館だってあるし、他にもちゃんとした勉強ができるスペースはいくらでもある。それなのに、どうしてわざわざこの場所――いつもの学食へ来てしまったんだろう。


「んー……。なんとなく?」


「ふぅん……それに、先輩なら()()()()()お友達と一緒に勉強していそうですけど、一人なんですね」


「……なんか、嫌味たっぷりな気がするんだが」


「気のせいですよ」


「はぁ。いいだろ、別に。誰と一緒にいようがどうしようが、俺の勝手だし」


「んーまぁ、確かにそうですね。……じゃあ、先輩」


「ん?」


「今――暇、ですよね?」


 彼女がジッと、俺のことを見つめている。なんだかデジャブだ。いつぞやのあの時みたいに、きっとまた何か言われるに違いない。


「え、あ、いや、ちょっともう帰ろうかなって思ってたところで……」


「ふぅん……」


 目を細めながら、冷たい表情で彼女が俺を見る。


「な、なんだよ?」


「いいや? さしずめ、先輩のことですから? 勉強してたけど分かんなくなって、面倒くさくなって帰ろうとしてた……ってところじゃないですか?」


「うぐっ……そ、そんなことは……」


「だって私達、お互いに三限目の講義があって、お昼に別れましたよね? まだ時間的に四限目の途中ですし、ここにいるということは、三限目で今日の講義はおしまいってことでしょう? それにまだ、四限目が始まって、三十分も経っていませんよ?」


「ば……バレてる……」


 なんでだ、どうして分かるんだ。何故女の子というのは、こういうときに限って勘が働く?

 まさに完璧な推理。何一つ間違いのない、完璧な解答。どこの推理小説の主人公なんだだ、君は。


「まぁ……はい、そうです……」


「まったく……バレバレなんですから、隠さないでください。年上なのに、みっともない。将来、部下にバカにされますよ?」


「余計なお世話だ。まったくもう……」






「それで? さっき暇かって聞いてたけど、何か用?」


 改めて俺は、彼女に用件を問うた。


「いえ、別に大したことじゃないんですけど。心強い先輩がよければ是非、か弱い乙女に勉強を指南して頂ければなぁと思いまして」


 そんなことだろうとは思った。さっきは自分から、俺は勉強はしなさそうだと言ってみせたくせに、そんな俺に頼むとは意地悪な奴だ。


「勉強嫌いな脳筋の先輩にそれ頼むか?」


「いいじゃないですか。先輩、心強いんでしょう? こないだウチに来た時、自分で言ってたじゃないですか」


「そういや言った気もするけど、アレは冗談というものでな……」


「知りません。さ、早く入りましょう。ここ暑いです」


「はぁ……。はいはい」


 長い髪を優雅に揺らしながら、さっさと中へ本城さんが入っていってしまう。まだこちらは、イエスかノーかの返答すらしていないというのに、俺には選択権と拒否権というものが無いらしい。そんな彼女の背中に、トボトボと俺は付いていった。


 結局、先程まで俺が座っていた席に舞い戻ってきた。綺麗になった机の上に、再び勉強道具が置かれ始める。


「で、そういう本城さんも、結局はここで勉強するつもりだったんだ?」


「まぁ、そうですね」


 肩にかけていたグレーのトートバッグの中から、無地でグレー色のペンケースを彼女が取り出す。まったく、一体この子からは、どこまでグレーな物々(ものもの)が出てくるんだ。


「私、自分の家で勉強ができないタイプなんですよ。家だとほら、ゲームやりたくなっちゃうし、眠かったらすぐ寝ちゃうので」


「あー、分かる分かる。家だと他のものに手を出しちゃうよね。俺もそのタイプだよ」


 それは意外な彼女との共通点だ。些細な出来事のはずなのに、なんだか妙に喜ばしい。もしかすると、初めて彼女と同じものを見つけたような気がする。


「でもなんだ、本城さんだって、やっぱりこの場所が好きなんだね。俺もそう」


「やめてください。勘違いしないでくださいよ。私はただ単に、この場所が好きなだけです。先輩とは違います」


「え? だから、俺もこの場所が好きなだけだって……」


「分からないんならいいんです。それより、さっさと始めましょう」


「は、はぁ……」


 なんだ一体。彼女は何を言いたかったのだろうか。いつもいつも、彼女の言葉は遠回しで強引すぎて、イマイチ真意が伝わってこない。






「……っていうかさ、教えるのはいいんだけど……俺らってまず、同じ学科なの?」


「……あ」


 本城さんが目を丸くして、こちらを見た。やってしまった、という表情で、ジッとこちらを見つめてくる。やっぱりこの子は、変なところがアホっ子だ。

 まぁ、言ってもまだ彼女は一年生でもあるし、慣れていないところもあるのだろう。今日のところはこの心強い先輩が、寛大な心で許してあげよう。


「まさか今更になって、『私のプライベートは教えません』なーんて言わないよな?」


「それは……」


 言いたかったそうだ。


「はぁ。俺は社会学科。本城さんは?」


「……コミ科です」


「コミ科ね……」


 コミュニケーション学科。略して、通称『コミ科』と呼ばれている。

 その名前からして、恐らくコミュニケーション学について学べる学科なのだろうが、他学科の学生からは全く以て、何をやっているのかが分からない謎の学科である。


「一応聞いておくんだけど、何を聞こうと思ってたの?」


「あいや、必修科目の『学びの技法』のレポートについて、聞きたいなぁって思ってて。……もしかして、学科違うと必修科目も違ったりするんですか?」


「そりゃ当たり前だ。でも『学びの技法』なら、全学科の一年生は必修科目だったはずだから、多分大丈夫だとは思うけど」


「ホントですか? じゃあ、レポートの書き方とかってやりました?」


「あぁ、うん。やったやった。それならまだ教えられる。っていうか、レポートは受ける講義によっては、一度に何枚も書く必要があるから、絶対覚えておいたほうがいいね」


「えっ。……テストよりは楽だと思ってたけど、それは怠い」


「残念、正直どっちも地獄だよ」


 レポートはもちろんだが、長文をまとめる力が必要だ。そんなものは俺には無いし、そもそも文章力も俺には無い。去年はレポートを三種類ほど書いたが、全て単位が取れるギリギリの点数だった。まだテストのほうが、個人的に点が取れると思う。


「で? レポートがなんだって?」


「あ、はい。これなんですけど……。ここの章をワードで、序論、本論、結論でまとめて、更に要約文も書いてこいっていう内容で……」


 今度はバッグの中から、一冊の本を取り出した。パラパラとめくって、とあるページを開くと、それをこちらへと見せてくる。


「『美術のすすめ』ねぇ。へぇ、似たようなことはやったけど、やっぱり内容は違うんだな」


「先輩は、何やったんですか?」


「こっちはまぁ、社会学科だからさ。かたっくるしい社会問題についての本の要約だったよ」


「へぇ……そうだったんですね」


「そ。だから本城さんも、同じ学科の中で一人くらいは友達作っておいたほうがいいぞ? こういうとき、絶対助け合えるから」


「あ、それは面倒なのでいいです。ウチの学科、マシな人間いませんから」


「あー……例えば君みたいなね」


「……何か言いました?」


「いえ、何も……」


 そんな彼女はニコニコと楽しそうに笑っていたが、心の中ではきっと笑ってなどいないだろう。それどころか、思いっきりわら人形に、何度も何度も釘を刺していると思う。いつかそのわら人形に、呪い殺されないことをただただ祈ろう。


 そうして――なんだかんだ言い合いながらも、俺は冴えない頭を最大限に活かしながら、彼女にレポートの書き方についてを教えてあげた。

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