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アウトドア系男子が、自宅警備員になる方法  作者: たいちょー
ep.2 撫子日和になりました
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撫子の花が咲きました

   いつの間にか、日付は六月を過ぎていた。時間というのは、歳を重ねるごとに一瞬で過ぎ去ってしまうから、困ったものである。


 そして、それと同じくらい、俺のことを困らせてくれる存在がいる。大人しくしていれば可愛らしいくせに、それは相変わらず俺のことを楽しそうに弄んでくれる。

 友達になったことをきっかけに、それは収まるどころか、益々過激化してきているのではないだろうか。流石はお姫様、といったところだろう。今更関係を切るつもりなどは一切ないが、それでもこの扱いの酷さには度々へこむ。


 そしてそんな存在は、今日も俺のことを困らせようとしてくれていた。






「……嘘でしょ? 陽キャの人って、男の人でも意外と花について知ってるもんだと思ってました」


 口をぽっかりと開けながら、目の前の彼女が驚いている。どうやら今日も彼女の本城節は、衰えを知らないらしい。

 どうして陽キャの人間が、花に詳しいだなんて思い込んでいるのか。それは分からないが、何故だか俺は彼女に呆れを抱かれてしまっていた。


 いつもの如く昼休み。俺は本城さんと一緒に、数人用の四角いテーブルに、向かい合って座っていた。ここ最近は、二人してここのハンバーガーを食べることが、日課になってきている気がする。


「いやいや、そんなこと言われても困る。花なんて、身近なところに咲いてるものしか知らないし」


 ハンバーガーをかじりながら、俺は彼女へ告げた。


「はぁ……。じゃあいいです、教えてあげます」


 そう言って彼女は、自身のスマホを机の上に置いて、画面を俺に見せてきた。そこには、鉢植えに生えた綺麗なピンク色の花の写真が映っている。


「これは、撫子(なでしこ)という花です。詳しく言うと、撫子の中でも『ダイアンサス』という品種ですね。綺麗な女性が大和撫子と例えられるように、昔から親しまれている花でもあります。


 名前の由来は、ピンク色の可愛らしい花ということから、撫でてやりたいほど可愛い子だという“撫でし子”というところから来ているそうです。花言葉は、貞節(ていせつ)や可憐という意味で、妻が夫に対して、ずっと愛情を注いでいけるように、という願かけで撫子が扱われることもありますね」


「へぇ……。詳しいんだね」


「花が好きというのも、もちろんあるのですが、その中でも撫子とはちょっと()()()でしてね。昔から毎年、家で育てているんです。これは一昨日咲いたばかりの、ウチのベランダで育てている撫子の写真です」


「あ、これ本城さんが育てた花なんだ。前に家に行った時は雨降ってたから、全然気が付かなかったなぁ」


 ――でも……腐れ縁って、なんだろう?


 そう意味あり気な発言をされると、どうしても気になってしまうのが人間の性だ。どうにかして聞き出したいと思うのだが、それを引き出すためには、彼女をその気にさせてから聞かないといけない。






「しかし意外だなぁ。面倒くさがりな本城さんが、花を育てるのが好きだなんて」


「よく言われますよ。私だって元々は、花なんて一切興味なかったんですから」


「え、そうなの? じゃあ、それまたどうして?」


 もしかすると、そのきっかけがさっきの腐れ縁に関係があるのかもしれない。俺はワクワクしながら、彼女の次の言葉を待った。


「……え、聞きたいんですか? 私のプライベートを?」


「え? うん」


「嫌です」


 顔色一つ変えずに、堂々とそう言ってのけた。

 流石本城さんだ。相変わらずガードが堅い。そんな風にハッキリと否定されてしまっては、こちらも追求しづらくなる。


「そ、そんなに嫌なの?」


「当り前じゃないですか。どうして“ただの”友達の先輩に、私のプライベートを明かさなくちゃいけないんですか?」


「た、ただの友達って……」


 何もそんな風に言わなくてもいいじゃないか。せっかく友達になれたというのに、その称され方はちょっと酷いと思う。


 あの日から俺は彼女にとって、“友達”という括りの中にはどうやら昇格できたらしい。

 だが、その友達の中にもいくつか段階があるようで、俺はまだその段階の一番下のようだ。おかげさまで、以前と対応はほとんど変わっちゃいなかった。――もしかすると、上のランクに行ったって、対応は変わらないのかもしれないけれど。


「んじゃあ、なんだ? 他人に話したくないとか?」


「そうではないですけど、わざわざ先輩にお話するような内容ではないということです」


「別に、そんなこと気にしなくたっていいのに」


「か弱い乙女がそう易々と、ホントの素性も知らない男に四の五の語るわけないじゃないですか。そのアホらしい考えを、今すぐにでも捨ててください」


「あーそうですか。はいはい、すみませんでした……」


 本当に、放っておけば次から次へと皮肉が出てくる。どうしてそこまで口が達者なのか、一度脳内を調べてやりたいくらいだ。






「でもさ。花の育成って、結構大変じゃないの? 毎日水やりしなきゃいけないだろうし」


「いえ? そうでもありませんよ。確かに毎日確認しなくちゃいけないのは変わりませんが、毎日水をやるのは、寧ろ毒になる花の品種も多いんですよ」


「え、そうなの?」


 それは初耳だ。てっきり毎日水やりをして、時には肥料を与えなくちゃいけないものだと思っていた。

 俺の母さんも昔から、ガーデニングが趣味でよく庭で花を育てていた。だが当時からあまり興味がなかった俺は、ほとんどそこに関与してこなかったので、知識は乏しい。そこら辺の知識は、小学生の頃にアサガオやプチトマトを育てて以来なため、ほとんど無に等しいものである。


「それから、種を植える土も重要です。土によって、栄養を取りやすかったり、雑草が生えやすくなってしまったりと、色々あるんですよ。単にそこら辺から土を拝借して、パパッと種を植えて毎日水をやるだけの簡単な作業だと思ったら、大間違いですね」


「へぇ……そういうもんなんだ」


 また一つ、俺の中に新しい知識が増えた。これも本城さんのおかげだ。

 今まで生きてきた世界が、本城さんとは百八十度違うためか、彼女から教わることは意外と多い。スポーツと映画とマンガにしか関心がなかった俺にとっては、毎日の会話が新鮮だ。

 同じように、彼女にも俺から色々と教えられれば本望なのだが――。プライドが高く、偏見が強い彼女にとっては、もしかしたら必要のないものなのかもしれない。


「それで。いつから本城さんは、撫子の花を育てるようになったの?」


「えっ?」


 彼女がハンバーガーをあむっとかじった途端、何故か唐突に目を丸くさせた。何か、変なことを言ってしまっただろうか?


「いや、だってさ。元々は、花を育てることには興味なかったんでしょ? それなら、どこかのタイミングで、好きになったってことじゃん? 流石にそれくらいは教えてよ」


「……つまらないですよ?」


「え?」


 つまらない、とはなんだろう。ただ俺は、いつ頃からなのかを知りたいだけなのに。まさか、中身まで教えてくれようとしているのだろうか。そうだとしたら、やはり本城さんは意外とアホっ子だ。


「まぁ、別に構わないけど」


「そうですか。じゃあ……」


 どうやら、そのまさかのようだ。ゴクリと飲み込むと、右手の甲で口元を拭きながら、本城さんは口を開いた。


「……中二の頃です。ちょうどその時期に、ウチの母が病気で他界したんです。そんな落ち込んでいた私に、一人の友達が撫子の花の種をくれました。『綺麗な花でも育ててれば、いつの間にか辛いことは忘れちゃうよ』って笑いながらね。その時は半信半疑でしたが、花を育てるために必要な道具を調べて、適当に集めて育て始めてみたんです。


 そうして、頑張って育てて咲いた撫子の花を見た時にはいつの間にか、母を亡くしたショックからは立ち直れていました。それ以来、気休め程度にでも嫌なことを忘れられるようにと思って、この花を毎年育て続けているんです」


「ほー……。意外と深い話だね。その友達も、優しい子じゃん」


 まさか思ってもいないタイミングで、彼女の口から自分以外の友達の話を聞けるとは。それ以前に、彼女にちゃんと友達がいるという事実に、正直ホッとしていた。


「優しいのは、優しいのですが……。なんだろ、バカの一つ覚えな子なんですよ。色んなところが抜けてる子で、一緒にいるとこっちが疲れますね」


「あははっ、でもいいじゃん。中学の時っていうと、もう五年くらい付き合いあるんでしょ?」


「いえ……。その子とは、幼稚園からの幼馴染なんです。性格は私と真逆なのに、不思議とずっと付き合いがあるんですよね」


「良いことじゃん。自分と違うタイプの人と一緒にいるっていうのは、色んな発見があるからね。自分が知らないことをたくさん知ってたり、相手の知らないことを教えたりって。正直、自分と似てる人同士よりも、性格が正反対同士のほうが仲良くなれるんじゃないかなって、俺は思うよ」


「……まぁ確かに、あの子は危なっかしいし、放っておけない性格です。ホントは私がそばにいてあげないと、何をしでかすか。早く良い彼氏でも作って、私を安心させて欲しいです……」


 ふぅっと不安の息を漏らす本城さん。なんだかんだ文句を言いながらも、やはり彼女は優しい子だ。そしてその友達もまた、本城さんに対して同じようなことを思っているに違いない。






「……もしかして先輩は、私とはもっと仲良くなれるって思ってます?」


 唐突に、彼女がそんなことを聞いてきた。そんな疑問が出てくるということは、彼女の中でも俺は、正反対の場所に位置する人間だという風に思われている証拠だ。


「んー、そうだなぁ。もう少し本城さんが素直になってくれたら、もっと仲良くなれるんだろうけどなぁ」


「……気持ち悪い。聞くんじゃなかった」


 そう言うと彼女は、呆れた表情で頬杖を突き、俺から視線を逸らした。つくづく、可愛くない奴だ。


「じゃあそういう本城さんは、俺のことはどう思ってるのさ?」


「先輩のことですか? ……まぁ、ただの陽キャですね。それ以上でも、以下でもない。陽キャのテンプレート的な存在です」


「テンプレートって?」


「典型例、とでも言いましょうか。まさしく先輩は、陽キャの複製品みたいなもんですよ。それ以外の、何者でもありません」


「いや、それ喜んでいいの?」


「えぇ。褒めてるんですよ? これでも。陽キャのテンプレートなんて、普通の人はなれっこありませんからね」


 ふふんと楽しそうに微笑みながら、彼女が告げた。彼女が笑ってくれることは喜ばしいが、こんなことで笑われたって、俺は一ミリも嬉しくない。


「はぁ……。一応、褒め言葉として受け取っとくよ」


「どうぞ。そのまま家宝として、孫に言い伝えてもいいですよ」


「いや、するわけないだろ!?」


 俺の叫びを聞くなり、今度こそ本城さんが楽しそうに、肩を揺らして笑ってみせた。






「あ、そうだ先輩」


 もうすぐ昼休みが終わってしまうので、そろそろこの場を離れようと二人で立ち上がったとき。本城さんが突然、俺に呼びかけた。


「ん?」


「実はですね。今度の土曜日、さっきの幼馴染の子と会う約束をしてるんです。なので、()()()()会うことがないように、その日は家にいてください」


 ――なんだ、そのお願いは。一体、どういうことだってばよ……?


「え、いや、そんなこと急に言われても……」


「なんですか? まさか、か弱い私のお願いを無視するっていうんですか? 酷い人ですね」


「いやいや、待った待った! その日は俺、サークルで大学に来るんだよ。夕方過ぎまで活動があるから、正直どうなるか分からん」


 そんな俺の言葉に、彼女が苦そうに顔をしかめて、嫌だという顔を浮かべている。そんな顔をされたって、外せない用事なんだから仕方がない。


「……はぁ。じゃあ、分かりました。例えもし、偶々、偶然、思わぬタイミングで、予期せぬ事態が起こってしまったとしてもです。私達のことを見つけても、絶っっっ対に声をかけないでください。いいですね?」


 最後の「いいですね?」の声のトーンを低くして、本城さんがこちらを睨みつけた。

 これは本当にそうなってしまったとき、恐ろしいことになりそうだ。ここは素直に従っておいた方がいい。


「わ、分かったよ! 分かったから、脅すのだけはやめてくれ」


「脅してなんかいませんよ。か弱い乙女が、心強い先輩にお願いしているんです」


 ――なんだそれ。心強い先輩なんて、一瞬たりとも思ったことないくせによく言う……。


「そうかい……。分かったよ。例え二人を見かけても、絶対に声はかけない。それでいいだろ?」


「えぇ、それでお願いします。……それじゃあ先輩、私先に行きますね。また明日です」


「はいよ。また明日な」


 そうして、お互いに軽く手を振りながら、俺達は別れた。


 ――ここまで言われてもし会っちゃったら、絶対面倒なことになるよなぁ。……これがフラグにならなきゃいいんだけど。


 そう呪うような勢いで願ったのは、言うまでもない。それは、彼女とて同じ思いだろう。


 だが、そんな願いは非情にも神に通じることはなく――寧ろ黒歴史帳があれば丁寧に書き記してもいいほど、見事なまでのフラグ回収をしてしまうという事実を、その時はまだ二人とも知らなかった。

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