06-赤い光に捕らわれて。
ファンタジー要素が増え始めたおかげで、楽しく書けております。
「…全身全霊で学び、有意義な学園生活を送ることができるよう頑張りたいと思います。新入生代表、イヴ・アシュテアン。」
はぁんっ…という嘆息がアセンブリホールのあちこちから響き渡った。主に女子からだが。理由は簡単で、現在壇上にて新入生代表挨拶を終えたイヴの美声と風貌に、腰砕けにされてしまったからである。
相変わらずだ、我が弟よ。
思い返すこと2年前、誰に教わったわけでもなく魔法が使えるとのたまった彼は、ウェンストン家のみならずこのベルへレア王国全土に雷を落とした。わずか9つの少年が強大な魔力を有しており、しかも複数の属性の魔法を使うことができたからだ。
魔法を習得することは、言語を習得することに非常に似ている。言語の場合、多量なインプットを得た上でアウトプットを積み上げて初めて喋れるようになっていく。同じくして魔法も、誰か教えてくれる人がいたり、魔法が飛び交う環境に身を置いていたりしなければその能力は身につかない。イヴの場合特異なのはいくつかの属性を習得済みだったことだ。言うなれば見たことも聞いたこともない他国の言語を彼は独りで習得してしまっているのである。「奇跡の子」、巷でイヴはそう呼ばれる。
弟は飛び級を重ね、11にして王立中等学校に入学を決めた。私は去年から通っており、現在は14歳、2年生である。ベルへレア王国では、中等教育は2年間と決まっていて、私はもちろんこの学校に2年在籍するのだが、イヴの場合は1年でよいという特別処遇が下った。つまり彼と私は時期を同じくして中等学校を卒業し、高等学校に進むこととなる。この事実のいかに凄まじいことか。
それからもうひとつ特記しておきたいこと……私もイヴも、魔術士を目指すことになりました…。
小学生の頃の私は文官を目標としていたんだけど、あろうことかイヴは私に合わせて自分も文官を目指すと言い出したのだ。そこで巻き起こったは「イヴを魔術士にさせたいベルへレア」 vs. 「私にくっついて文官になりたい弟」の戦い!…いやもう大変だったよ。国の主要な人たちが何度もうちに訪問しにきたからねぇ。それでもどうしても折れない弟に見切りをつけたのか、ベルへレア国王から直々に、私が魔術士コースに移ればいいじゃないかという提案(命令)状が届いた。びっくりした。
そんなこんなで私は文官を諦め、いばらの道である魔術士を目指すこととなったのである。
「はぁ~今日からここも賑やかになるだろうな~。」
「イヴくんさっそく女子のハートを鷲掴みだね!さっすが。」
「上手くやってくれればいいけどさ、血なまぐさい恋愛戦争に私は巻き込まれたくないよー。」
親友と呼べる友、クレア。彼女も実は魔術士を目指すこととなった。クレアの場合の理由は正当なるもので、小6の頃の魔力測定で限りなく8に近い7という高レベルを出したために可能性が見えたからだそうだ。クレアかっこいい。
『これにて入学式を終わります。続きまして、新入生歓迎会を行います。1年生はそのまま待機し、2年生は速やかに準備に取りかかってください。』
ホール内に放送が響いた。新入生は待機だと言われても、彼らはわいわいとイヴの方に寄っていく。人間バキュームだね。
「それじゃいっちょ行きますかっ!」
奮然と立ち上がるクレアに続いて、私も気合を入れなおした。部活動や委員会別に2年生が出し物を披露していく中で、私とクレアを含む全生徒から抜擢された4名はこの学校の歓迎会慣例となった魔法花火を打ち上げるのだ。私は今日のために一生懸命練習してきた。新入生をあっと言わせるものを見せたい!
演目が進んでいくのをドキドキしながら見つめる。そうするうちにとうとう次が出番だ。舞台袖にてリーダーのクレアが小さく言った。
「ミーク、ロア、ジェイ、今まで私たち頑張ったと思うの。」
「あぁそうだな。」
「うん。」
「その通りだね。」
「自分たちを信じて…絶対成功させようね、いい?せーのっ!」
「「「オーッ!」」」
『それでは最後を飾りますのは、もはや毎年の名物となりました、魔法花火です。今年の演者は第2学年400名から選ばれました、クレア・モンタンドン、ジェイ・キース、ミーク・ウェンストン、ロア・フィッツジェラルドの4名です。皆様どうぞ暖かい拍手でお迎えください!』
割れんばかりの拍手に包まれたホール。一気にライトが落とされ、教師陣の光遮断魔法により暗闇が生み出された。私の手は緊張で震える。目をつむり、ゆっくり数を数えていった。クレアの合図で魔法花火の幕は開ける。彼女が呼吸した。
「火の聖霊よ、我に力を与えたまえ!フィオーネ!!!」
ゴーっという音と共に閃光が迸る。温度が急上昇し、冷えた私の手を温めてくれた。私はまだ目をつむったままだ。…今だ!
「光の聖霊よ!」「水の聖霊よ!」「風の聖霊よ!」
「「「我に力を与えたまえ!」」」
「レイ!!!!」「フレア!!!」「グロウド!!」
バチバチバチッ…!!!という轟音。振動が鼓膜だけでなく体全体を震わす。私は天井を仰いだ。大きく美しい、煌びやかな花火がそこにはあった。
魔法花火は連弾式で行うものではない。火力がそこにある限り、ずっと花は咲いた状態でいられる。クレアは火の属性に恵まれ、入学当初から才能をぐいぐいと伸ばしており、まさに今魔法花火の根幹を背負っている。火を扱う者は勇敢で、粘り強い心を持っていなくてはならない。私の隣にたたずむジェイだが、彼は光属性である。こちらは操作にひどく骨が折れ、繊細さと器用さが不可欠だ。ロアに関しては風属性であり、属性分布的に一番人口が多く集まるところである。魔法使いの5割が風属性と言われている。しかしその中でも彼は抜きんでた風の使い手だ。何より扱える量が莫大なのだ。
風と炎にたなびく花火は光のベールを纏い、それはそれは見ごたえあった。
私はというと4人の中では一番目立たないことをしている。火が暴走しないよう水で温度を下げているのだ。急激に温度が上昇した水が蒸発し煙となって趣を加えていることがかろうじて、見る人によっては立派なのかもしれないが、本当のところ私は3人のブレーキ役なのである。私がしくれば暴発した花火が誰かを傷つけるかもしれない。
トクッ…トクッ…
早鐘のようだった私の心臓が落ち着いてきた。上を向いたままだった私にも余裕が出てくる。
しかしそれは油断だったと言えよう。客席に目を向けた私は、驚きに目を奪われ、集中力を切らしてしまった。魔法花火が勢いを増す。それをよそに私の頭は別のことを考え出してしまった。…暗闇の中、私に見えるのは壇上のクレア、ジェイ、ロアの3人のみのはず。それなのに遠方には、青い光を纏ったシルエットが…
イヴだ。
彼に間違いない、あの光はイヴである。遠目でも透き通るような美しさがわかった。だが、私を衝撃の底に沈めたのは我が弟ではない。彼から数メートル離れた場所にある、赤い光。
私の目は釘付けになってしまった。赤い光を纏う彼は、うっすらと微笑みをたたえこちらを見ている。品の良い佇まい、聡明そうな顔つき。それでいてとても妖艶だった。中性的で、成長すれば性を超越した美丈夫になるだろう。私は花火が不安定になっていることを忘れ、見惚れてしまっていた。
これが私と、ジョシュア・ローゼンハイドとの出会いだった。
物語のキーパーソンが登場しました。今後もよろしくお願いします。




