9 初めての茶会(ミーア 1)
公爵家長女ミーア
初めての茶会が終わって、来客が引き上げていく。あの子も家族と一緒に屋敷から出ていく。最初から最後まであの目のままだった。つまらないからあんな目をしていると思ったのに、見ている間は変化した様子はなかった。嘘ついているって思ったのに、ほんとに生まれつきだったの?
睨むように見ていたら上兄様に声をかけられる。
「ミーア。着替え終わったら父上が自分のところに来なさいってさ」
「……はい」
あのことについてだろうな。気が進まない。
「俺は見てないけど、もめごと起こしたんだって? しかも相手はファッテンベル家。ちょっとまずかったな」
上兄様がファッテンベル家は特別だと話す。力があるからではなく、長い付き合いから信頼できる家だと。そういった無条件で信を置ける家は少なく、なくすと今後困ることになる。今日のことでファッテンベル家からのゴートル家への心象はマイナスになったかもしれないと締めくくる。
「……注意しようと思っただけだもん」
「父上はそう思わなかったみたいだけどな。まあ大事にならなかったみたいだし、少し叱られるくらいだろうさ。さっさとすませてきな」
私の肩を叩いて上兄様は胸元を緩めながら去っていく。
私も着替えてお父様のところに行ってこよう。遅くなるとお叱りがもっと増えるだろうし。
メイドに手伝ってもらいパーティー用のドレスを脱いで、普段着を着る。朝に新しいドレスを着たときはあんなにわくわくしたのに、こんなことになるなんて。
お父様の部屋の扉をノックして返事を聞いてから入る。
「座りなさい」
「はい」
座るとすぐにお父様が話しかけてくる。
「どうして呼ばれたかわかるか」
「ファッテンベル家のことと生まれついてのものを責めたこと」
「少し違うな」
違うの? だったからなんだろうかと考えているとお父様が続ける。
「関係はしているが、ミーアが考えているようなファッテンベル家ともめごとを起こしたこと自体は、まだあの場での小言ですませられる範囲だ。シルベローナ嬢の目に関してもな。まだ未熟な子供の言うことだからと周囲は考えてくれる」
未熟ではない一人前のレディーだと言いたいけど、認めてはもらえないと思う。
「大人になったら、周囲は小さなミスを突いて有利に事を運ぼうとしてくるから注意するように」
「はい」
自分の未熟さに助けられたのだから、素直に頷くしかない。
「それで結局なにが駄目だったのかというと、八つ当たりしただろう?」
「っ!」
お父様の言葉がまるで矢みたいに心を貫いて、思わずお父様から視線をそらす。なんでばれたの? 主催として注意したのも事実だけど、そういった思いが大きかったのは事実。私と同じくらいの子がつまらなそうなのを見て、あの子なら憂さ晴らししてもって思った。でもそれを口に出してないのに。
「その反応で確信できた」
「だましたの!?」
「騙してはない。ここ最近のお前のことから、そういった感じだろうなと推測できていたからな。ビルフェ殿下との付き合いが上手くいっていないことは城に同行したメイドからの報告で知っていた。そのことが原因で、イライラしていることもな」
筒抜けじゃない! 今後メイドに伝えないように言う、なんてのは無理ね。お父様の命令の方が大事だもの。
「……」
「公爵令嬢だから多少の無茶がきくのは事実だ。だからといってなにをしても許されるわけではないし、そんなことをしていればミーア自身が言っていたようにうちの格を下げる。それにミーア自身の格もな。権力を使うことは悪ではないが、使いどころというものがある。公爵令嬢として振る舞いは常に見られている。注目されている場で、馬鹿な振る舞いをすればその程度と周囲は見る。今回は初の社交の場ということとシルベローナ嬢のおかげでなんとかなったが、次に同じことをすればミーアの評価がほぼ定まると思え」
「……十分に気をつけます」
それにしてもあの子のおかげというのはどういうことなのかしら。
「シルベローナ嬢がなにをしたのか気になるのか」
「どうして考えていることがわかったの?」
「表情になにを考えているのかでていたぞ」
思わず両手で顔を押さえる。そんな私にお父様は小さく笑みを向けて続ける。
「彼女の年齢なら、いきなり責められれば泣きだしてもおかしくない。ミーアもあの場で叱ったときは感情を表に出していたしな」
たしかに叱られてショックで感情を隠すなんて余裕も考えもなかった。あの子はできていたの? 同じ年齢くらいなのにあっちの方が上?
「彼女はあの場でなにを考えているか表に一切出さず、自身にも非があるとはっきり口に出し、一方的にミーアが悪いという流れにならないよう動いた。おかげで穏やかに場を収めることができた。あの年齢であの気遣いはなかなかできるものではない。ファッテンベル侯爵は良い娘を持った」
「偶然では?」
「誰にも教わることなくあの対応ができるならば、彼女の本質が好ましいものだというだけだ。どちらにしろプラスにしかならん。彼女と同じようにやれとは言わないが、今後は感情のままに行動することは避けるように。感情を押さえつけろというわけではないから、そこも注意が必要だ」
感情のままに行動しちゃいけないというのは、感情を押さえつけないといけないってことじゃないの?
「わからないか。まあ、そこらへんはもっと年齢を重ねて理解することだろうな。権力に関しても言ったが、感情を伴った行動も使いどころがある。人の心を揺さぶりたいなら、理詰めで話すよりも感情に訴える方がよいこともある。生きていくうえで感情を押さえることは武器であり、感情をオープンにすることもまた武器だ。今は理解できずとも、そういったことを話したと心の隅に置いておくように」
頷く。お父様の言うように理解はできない。でもこうして話してくれたということは、いずれ必要になることだとも思う。
「さてほぼ用件は終わった。最後に近日出かけることを当主として命じる」
「どこにでかけるのですか」
お父様としてではなく当主としての発言で、楽しいおでかけじゃないことはわかるけどどこに行くんだろう。
「ファッテンベル家だ」
「え? それは」
あの子を責めたことで良い印象は与えてないだろうし、気まずくなるんじゃないかしら。
「必要なことだ。あちらとこちらが仲違いしているという噂が流れるかもしれない。それが広がる前に、両家は仲良くやっていると貴族たちに見せる必要がある」
「それならこちらに呼べばいいのではないでしょうか」
「それでは意味がない。こちらから迷惑をかけておいて呼びつけるのは、悪い方向で権力を使っているとみなされかねん。迷惑をかけたお前が足を運んで、シルベローナ嬢と共に過ごすという画が必要なのだ。私個人の感情としても気のおけない友人をこのようなことでなくしたくないしな。お前の訪問は、私からの詫びという意味もある」
お父様が詫びるということで、今回の失態の大きさがわかった気がする。
そんな表情を見たお父様がそれほど大事ではないと言ってくる。心を読めるのかしら。それともそんなにわかりやすい?
「詫びるのは友人に不快な思いをさせただろうと思ったからで、公爵家を揺るがす大問題というわけではない。侯爵とシルベローナ嬢に一言謝れば問題ないだろうさ。向こうも子供のやったことだと理解している。嫌がらせをされるようなことはないだろうから、きちんと頭を下げてきなさい。いい経験だろうから向こうに頼んで嫌がらせをやってもらおうかとも思ったが、それで誤解が重なるのもまずいしやめておいた」
お父様公認で嫌がらせとか、そうならずにすんでよかった。嫌がらせに激怒して帰ってきて、お父様が頼んだと知らされたら気絶しかねない。
ファッテンベル家に行くのは今から気分が沈むけど、嫌がらせがないだけましだよね。
これで話は終わりということで部屋を出る。とぼとぼと自分の部屋に帰る私を見て、家族はかなり怒られたのだろうと思っていたらしかった。
茶会から数日経過して、ファッテンベル家訪問の日がやってくる。
専属使用人と馬車に乗って移動し、緊張している間にうちより小さめな屋敷に到着する。馬車置き場には、別の家からきている馬車が置かれていたけど、どこの家なのか確認する余裕はなかった。
ファッテンベル家の使用人に案内されて、応接間に入る。そこにはファッテンベル家の当主様と奥方様がいた。シルベローナはどこだろうかと思わず視線をあちこちに動かす。
「こんにちは、ミーア様。シルベローナは中庭にいます。すぐに案内させますので、まずはこちらへ」
「あ、はい」
ソファを勧められ座ると、すぐに当主様がにこやかに口を開く。
「当家へようこそ。来訪の理由が少々残念ではありますが、歓迎いたします」
「歓迎ありがとうございます。そしてこのたびは不快な思いをさせて申し訳ありません」
お父様にも言われたし、自分が悪いという意識もあるので、さっさと謝ってしまいたかった。
「はい。謝罪受け取りました。こちらからゴートル家になにかしら思うことはないと公爵に伝えてください」
「必ず。あのところでシルベローナ様はお茶会のあとに落ち込んでたりは」
「私たちが見たところそういった様子はありませんでしたね」
そうなんだ。よかった。ほっとしていると当主様が続ける。
「ただあの子は感情を大きく表に出さない子なので、内心どう思っているのかは私たちも見抜けないことはあります。加えて目についてはあの子も気にすることはありますから、言われ慣れているとはいえ落ち込んでいた可能性もないとは」
……落ち込んでいるかもしれないか。というか言われ慣れているって、会う人会う人に指摘されてるの? そうだとしたら気が滅入ってもおかしくないわね。それを表にださず、フォローに動いたとか、完全にあの子の方が私より上だわ。そりゃお父様も褒めるわ。
深刻に思い悩んでいると思われたのか、奥方様が話しかけてくる。
「あまり気に病むこともありませんよ。あの子も気にしますが、いつまでも引きずる性質でもありません。少し落ち込んでまたすぐに元に戻ります。なので軽めに謝罪してしまえば、あとは触れずにお話していけるはずです」
「助言ありがとうございます」
「できればあの子と友達になっていただけるとありがたい。まあ、親から見ても独特な子なので、性格的に合わない可能性もあるため無理にとは言いません」
親から見ても独特? そんな評価される子だったの? 令嬢としてきちんと教育された子だっていうイメージだったんだけど。
再会する前にどんな子か聞いておきたいわ。
「シルベローナ様はいろいろなことに気が付く、令嬢として教育の行き届いた子なのだと思っていたのですが」
私の評価にお二人は苦笑を浮かべた。その反応ということは茶会で見たあの子は普段とは違うのでしょうね。
「あの茶会だけ見ればそういった感想になるのですね。令嬢として相応しい態度でいるよう言っておいたので、本当のあの子というわけではないのですよ。教育係も手を焼く、マイペースな子で、芯のしっかりした子です」
「マイペースで芯がある」
「実際に会って話してみた方がいいと思いますよ。家ではありのままで過ごしていますから。敬おうとしたら、いつも通りにすごすように言ってください。それで演技などはやめますから」
当主様方との挨拶はそれで終わり、使用人に案内されて中庭へと向かう。
手入れされた庭が見えてきて、そこにテーブルがあり、若いメイドとシルベローナと見覚えのある客がいた。しかしその客が今浮かべている表情を私は見たことがなかった。
(ガルフォード、あなたそんな顔できたの?)
公爵家に属する者として顔を合わせること数度。そのすべてでガルフォードは明るい表情をしていたことはなかった。でも今は明るく楽しそうにあの子に話しかけている。返事は言葉少なくみえるけど、それでも十分なようでガルフォードは言葉を重ねていく。愛おしい者の気を少しでもひこうとする姿は、私自身に似ている……って私とガルフォードが似てるなんてありえるわけないわ。
感想ありがとうございます




