32 原因(シルベローナ)
やあ友人、元気かね。私は屋敷から出られないでいるよ。
学院での騒動から十四日目なのに、家族からいまだ外出禁止を言い渡されている。見舞いに来るガルフォードも同じように止めるし、毎日来るファナ嬢たちも同じように止める。
今学院に行けば、保身のため謝ろうと近づいてくる学生たちでまともに勉強できないだろうということだ。勉強の邪魔されるのは嫌だし、それなら仕方ないかな。
あの日家に帰ってコーラルから報告を受けた家族は驚き心配してきた。私はそこまでショックを受けていないから大丈夫なのだが、スフィナが狙われた件もあって信じてもらえなかったよ。
ビルフェ殿下が動いているとコーラルが伝えなければ、父上たちは怒りのまま行動していたかもしれない。それくらいにわかりやすい怒気をまとっていた。「男爵令嬢ごときがなめたまねを」などと真顔で言う父上は初めて見たよ。
余る時間で、研究を進めたり、父上たちの仕事を少し手伝ってみたり、母上とのんびりしている。
ガルフォードもファナ嬢たちほどではないが、よく会いに来る。私の心配をしているのもあるが、ガルフォード自身が落ち着くためでもありそうだ。
学院であったことを聞いて駆けつけてきたガルフォードは明らかに怒気を抑えることができていなかった。落ち着くように声をかけて、膝枕してやってようやく落ち着いた。
私が気にしていないのに、周囲が騒ぎすぎだと思う。たしかにあれによって心騒ぐものがあったのは事実だ。でも学院に行けなくなったり、人を怖がったりするほどでもない。だから心専門の医者は必要ないし、心を癒す薬湯も必要ない。添い寝は、まあ愛されていることがわかるからたまにはね。
この十四日で私にあったのはこれくらいだ。
屋敷には子から話を聞いた親が何人か謝罪に来ていた。しかし父上は謝罪を受け入れずに「ビルフェ殿下からの沙汰を待て」と追い返した。来訪した親たちは謝罪し少しでも印象を良くしたかったんだろう。それは父上もわかっていたので、一応来訪者の名前はメモしてあるとのことだ。謝罪の意思があるなら、多少は勘弁してやろうということらしい。
学院は保身目的の学生が少し騒がしいくらいだそうだ。コーラルは私に付き合い、家から出ずに仕事に精を出している。ダーナも私に連絡をとりたい学生をいなしながら勉強を頑張っていると聞いている。この二人が落ち着けるためにもさっさとあの騒動にけりがついてほしい。
それで騒動の中心となったカルテアだが、おとなしく寮にこもってたところをロッシェに連れ出されようとして見張っていた兵に捕まったと聞いた。兵はビルフェ殿下が手配していたそうだ。カルテアはそのまま寮に戻され、ロッシェは暴れるため兵舎の牢に入れられたそうだ。
扉がノックされてコーラルが来客だと告げてくる。入室許可を出すと扉が開かれ、すぐにスフィナが小走りで駆け寄ってきて抱き着かれた。
スフィナはぎゅっと力強く抱き着いて、体を離して口を開く。
「ジーナ姉様! 会いたかった!」
「スフィナ、元気そうでよかったよ」
「ジーナ姉様こそ、お元気そうでなによりです。大変なことがあったと聞いて、すぐにでも会いたかったのにお兄様が止めたのです。お兄様は意地悪です」
「そんなこと言うものではないよ。誘拐未遂から時間がたってなかったのだから、無理もないことだ。心配して止めたのであって、意地悪ではないよ」
ほら謝ろうと言うとスフィナは素直にビルフェ殿下に謝った。それにビルフェ殿下は苦笑を浮かべて、ガルフォードと一緒に近寄ってくる。ガルフォードはどこか申し訳なさそうであり、苛立ちも感じているように見える。
「城から出ることができずに暇だったろうしね、多少の文句は受け入れるさ」
「今日連れてきたということは誘拐の件について目処が立ったということかな」
「そうだね。それについて、それ以外についても話すため今日訪問したんだよ」
来客用に部屋隅に置いていた小型のテーブルと椅子を持ってきて、テーブルを囲むように椅子を置いて、それぞれ椅子に座る。
コーラルはテーブルの移動を手伝ったあと、お茶の準備で部屋を出て行った。
「では話を聞かせていただきたい」
「うん。まずは誘拐の件からだね。実行犯を尋問して情報を得て、それを元に調査して、叔父の元家臣たちが依頼したと突き止めた」
「これまでも迷惑でしたけど、こんなことをするなんて大馬鹿としか言いようがありません」
ぷんぷんといった様子で怒るスフィナ。
先に聞いていてショックは抜けたのか、今は可愛らしくもある怒り方に小さく笑みがこぼれる。
しかしあやつらが誘拐を? そうする理由がいまいちわからない。
それを言葉にするとビルフェ殿下は答えてくれる。
「誘拐してなにをしようとは思っていなかったみたいだね。成功すればなお良し、失敗でも目的は達せられる。誘拐が起きたと周囲に認知させることが目的だったようだ」
「そう認知させることであやつらにある利益とは……?」
誘拐ということが起きて、スフィナとその周囲に起こる変化がどのようにあやつらにプラスになるのだろう。
スフィナは恐怖を感じるだろう。警備の強化を陛下たちに頼むかもしれない。その人事に関わって、今よりも上の地位に異動したかった?
その考えをビルフェ殿下に話す。
「少し当たりかな。まずは誘拐という事態を起こして、スフィナに対する注目度を上げる。その重要性を周囲に再認識させる。誘拐が成功した場合は、元上司の大事な娘ため必死に情報を集めたという体裁で誘拐犯の情報を騎士たちに渡す。その功績をもって、スフィナの側役に就く。という流れだったらしいね」
なるほど。以前からの目的達成に付け加えて、スフィナの力を強めて側役としての力も大きくすると。
「自分たちに都合よく考えすぎでは?」
「そうだね。誘拐犯が捕まったときのことを考えていなかったしね」
誘拐犯の逃亡ルートに自信があったから、捕まることは考えてなかったのかな。
「シルベローナの抵抗が想定外だった可能性がある」
「そうなのか、ガルフォード」
誰だって抵抗くらいするだろうに。よほど上手く不意を突かなければ抵抗なく誘拐は難しいと思うが。
「誘拐犯たちはか弱い女の誘拐のつもりだったと報告書に載っていた。抵抗はあってもせいぜい声を出すか、暴れるくらいだと思っていて、接近前に怪しまれて魔法を使って抵抗されることは考えてなかった。だから驚いてさっさと逃げることができなかった」
誘拐犯の表面上は驚きなどなかったが、内心は驚き焦っていたのか。逃げなかったのはそれだけではなかったかもな。
「それに加えて、依頼主から周囲への認知のため早すぎる逃亡は禁じられていて、その場に留まる必要があったのかもな。抵抗されてさっさと引いたら、偶然暴漢に襲われただけという小さな騒ぎで終わってしまう。最低限争っているところを騎士や兵に目撃させる必要があったのかもしれない」
私の考えにビルフェ殿下たちは頷いた。
ビルフェ殿下は続ける。
「捕まった誘拐犯から情報を得て元家臣たちを捕まえることにも成功したわけだけど、一つ疑問点がでてくる。元家臣たちはスフィナのおでかけルートを知ることができる立場にいなかった。ではどこから誰から情報を得たのだろうね」
「もっと上にスフィナに興味を持った誰かがいるのか」
「そう思って調べていたけど、上手く隠れていてみつからなかったわけだ。でも見方を変えたり、ヒントが得られたりして判明した。それはまたあとで」
「気になるが、今はスフィナに関する騒ぎが終わったことを喜ぼう」
スフィナを見ると、嬉しそうに頷いてくる。
戻ってきたコーラルが配ったお茶を飲んで、話を再開する。
「次はシルベローナの件だ。シルベローナが良からぬことを考えて実行しているということはなかった。潔白の身を疑うようなまねをしてすまなかった」
「いえ、なにもないとわかっていただけるだけで十分」
この場にいる者たちも嬉しそうに頷く。
「このことはミーアたちにも知らせてある。今頃喜んでいるだろうね」
「ミーアたちにも心配をかけていたからな。安心させることができてよかった」
「学院掲示板にそのことを張り出す手配をしている。近々皆が君の潔白を知るだろう。これ以上迷惑をかけないよう警告も同時に記載するから、学院に通えるようになって騒ぎになることはないと思いたい」
「しばらくは警戒用に警備を配置してもいいかもしれません」
スフィナの提案に、私はそこまでしなくともと思ったが、ビルフェ殿下とガルフォードとコーラルは良い意見だとばかりに頷く。
家族が聞いていたら、同じように頷いたのだろうか。きっと頷いたのだろうなぁ。
「それで皆が安心できるなら受け入れよう」
「では私の護衛から二人、ジーナ姉様に動かしましょう。学院での移動になれていますから、新たに騎士や兵を引っ張ってくるより良いかと」
「うん、その方向で話を進めよう。次にあのときシルベローナを囲んでいた者たちには、警告の手紙を家に送っておいた。今はそれで終わりだが、またなにか迷惑をかけたら学生だけではなく家にも厳罰を与えるという内容でね」
「あのとき囲んでいた学生たちはこっぴどく叱られるでしょうね」
すでに話していて叱られた学生もいるだろう。だからうちに詫びに来た親もいたんだろうし。
「軽率のつけがそれくらいですんだのだからよかったと思ってもらわねばな。もっとも要注意の家として国からにらまれることにもなったから、学生以上に各家の当主が頭を抱えていそうだが」
「友人から距離をとられる学生もでてきそうだけど、シルベローナを罵倒した罰としては軽いくらいだ」
不満といったガルフォードを落ち着かせるため、ぽんぽんと軽く背を叩く。
その手を握られたので、落ち着くならばとそのままにして、ビルフェ殿下の話を聞く。
「囲んでいた学生に関してはそれくらいで、主犯のカルテアに関してだ。彼女は療養もかねて修道院に入れることにした。貴族籍も抜いてあるが、父親であるコッフィン男爵からの懇願でしっかりと反省したのなら一応戻せるようにはしてある。修道院には厳しく判断するように通達してあるから、戻れる可能性はかぎりなく低いだろうけど」
戻ってきたところで貴族令嬢としてまともに生活できるのだろうか。一度追放されたということで周囲が拒絶しないか? まあ、戻ってくるならそこらへんは彼女自身もわかっているだろうし、私には関わりのない話だろう。
最悪死罪の可能性も考えてたが、そうならずにすんでよかった。迷惑だったけど、それで死なれるも私的には困る。
それよりも療養が必要という部分が気になる。ビルフェ殿下に尋ねる。
「なんというか覇気が抜けたといった感じでね。言われたことを言われたままにする意志薄弱な状態だ。おかげで尋問は楽だったらしいが。変な抵抗や虚偽はなく、反省していると考えられて、死罪という方向にはいかなかったね」
「死罪の可能性はやはりあったのだな。しかし覇気がなくなったか。彼女と付き合いなどなかったので、そうなる理由がさっぱりだ」
「聞き出した情報によると、自分は主役だったと言っているそうだ」
「どこかの劇団に所属していたのだろうか?」
「いや、この世界の主役なのだと。夢には別の主人公がいたが、現実にはそれに相当する人物がおらず、夢で流れを知ることができた自分がそうなのだと考えていたらしいね」
「……それはまた大きくでたな。人生というものの主役だと言う者はいるだろうが、世界の主役と言い切る者は初めてだ」
たいした自信家だ。いや、だったというべきか。今は心折れているようだし。
「そしてシルベローナ、君は悪役令嬢なのだとも言っていた」
「なんだそれは」
悪役令嬢。悪役を割り当てられた令嬢ということだろうか。
彼女は夢の中の私を見てそう思っていたから、あの場で自信満々に私の悪事を指摘したと? 悪役だから絶対に悪さをしていて、あの場でそれを解き明かせると思っていた。自分は主役だから犯人に勝てる存在なのだと考えていた?
「さすがに馬鹿らしい。主役だ悪役令嬢だなどと理解しかねる」
「そうです。ジーナ姉様は悪役なんかじゃありません! とても素敵で綺麗で頼もしい、ジーナ姉様こそ主役に相応しい令嬢です」
「主役とまでは言い過ぎだが、ほめてくれてありがとう」
ふんすと拳を握って言ってくるスフィナの頭をそっと撫でて礼を言う。
あまり主役という言葉には惹かれるものはない。物語の花形ではあるが、トラブルが舞い込んでくるものでもある。
トラブル解決に奔走するよりも、家族や友人と穏やかに過ごすほうがずっと魅力的だ。
「カルテアの見た夢に関しては、ほかの貴族の厄介な情報も得られていて、放置していると暗殺されかねなくて修道院に放り込むという処置になった。夢から得れた情報すべてが当たっていたわけではないが、中には当たっているものもあって調査部署は大騒ぎだよ。死罪にならなかったのは、ほかに重要な情報がでてこないかと考えられたからでもある」
実際に当たっているものがあったのなら、主役はどうかとしても夢の内容に自信を持っても仕方ないな。
「カルテアの処遇はここまでだ。次は彼女が関わった人物について。まずはロッシェ。騒動のあとにカルテアを寮に連れて行った男だな」
「ああ、カルテアを寮から連れ出そうとして兵に捕まったとかいう」
私の確認にビルフェ殿下は頷く。
「彼はカルテアが夢をもとに行動し、心のケアを受けた。良い方向に転がったのだろう。以前よりも健全な精神となって、カルテアに好意を抱くようになった」
「そこだけ聞くと良い話だな」
私も小さい頃にガルフォードに似たようなことをやっているしな。ケアしたことを間違いとは言えない。
「カルテアが夢をもとに行動し接したのは彼だけではなく、ほかに二人いた。そのうちの一人である剣術教師のルガーマンは、近づいてくる彼女とは一線を引いて教師と学生のみの関係だったとわかっている」
ルガーマン教師とは何度か会ったことがある。兄上とガルフォードが指南してもらっていたので、二人に会いに行ったとき挨拶していたのだ。
私の歩く姿や運動する姿を見て、兄上よりも剣才があるかもとか言っていた。それで兄上に稽古に誘われたけど、特に興味ある分野ではなかったから断った。私は剣よりもペンを持つのが性に合っている。
「接触したもう一人、それはシャベイだ。詳しく語る必要はないな」
ガルフォードが握る手にわずかに力が込められた。
「ガルフォードの兄だからな。彼女は兄上殿もケアしたのか?」
「ロッシェからの情報では利用価値を見出していたということらしい。しかし今回の騒動で邪魔に思ったのだそうだ。なにかに気づかせてくれた礼として、騒動の処罰を悪い方向へはいかないよう細工しようとしていたが、いろいろと不運が重なって無駄になった」
「不運ってどういうことですか。私もそこは聞いていないのですけど」
スフィナの質問にビルフェ殿下は頷いて話し出す。
「カルテアの夢の話をもとにロッシェの父親の不正に関して問うため騎士が訪問。同じタイミングでシャベイから父親排除の手段を得たロッシェが鉢合わせし、ロッシェはその騎士を、自分も邪魔に思ったシャベイが排除のため動かしたと考えた。ここで足止めされるわけにはいかないと、父親排除を放棄してロッシェは王都へ急いで帰還。そのままカルテアと一緒にシャベイから逃げようとして失敗。そのときにシャベイの名前を出して、尋問時に詳細を聞くことになる」
ビルフェ殿下は大雑把に解説し、スフィナが疑問に思ったところに答えていった。
スフィナの疑問に答え終わって、ビルフェ殿下は話を続ける。
「シャベイはシルベローナの悪い噂を流すことに協力していたようだ。どうりでウェルオンやガルフォードが調べても詳細がわからないはずだ。優れた才をそんなことに使っていたとは嘆かわしい」
「そんなことをしていたのか」
「兄が迷惑をかけた」
ガルフォードが心底すまなそうに頭を下げる。
「いや、気にしていないからよいのだが、なぜ私の噂を流す協力をしたのだろうか、兄上殿に好かれることはしていないが、嫌われることもしていないはず」
「ロッシェの所感としては恨みに近いものを君に抱いているらしいが」
「恨み?」
兄上殿との会話などを思い返してみるが、恨まれるようなことはなかったと思う。
ガルフォードならばなにか心当たりあるかと視線を向けてみたが、首を傾げていた。
「二人とも心当たりがないようだね」
ガルフォードが頷く。
「そもそもシルベローナに強い関心を向けていた覚えがありません。ずっと隠していたのだろうか。隠していたのならいつから?」
「それはあとで聞けばいい。このあとベルクカッツの屋敷に向かうから」
「そうでしたね」
「わざわざ行くのか?」
「このままシャベイを放置できないんだ。なにせ叔父の元家臣にスフィナのおでかけルートに関して情報を流したのはシャベイの可能性が高いから」
「そんなことまでしたのか」
さすがに驚きなんだが。誘拐の手伝いとか、それは王家に喧嘩を売る行為だろう。王家に対して何かしら思うところでもあるのか、それともスフィナ個人に対して?
「それはたしかな情報なのだろうか」
「そうだと直接示す情報はなかった。でもいろいろな情報を集めて、専門の部署がそれらを組み合わせて指し示す人物はシャベイとほか二名だった。そしてその二名はすでに潔白が証明されている。残ったシャベイが怪しいということになる。もちろんそれさえも欺瞞の可能性はあるから得た情報をもとにした調査はまだ行っている」
「兄上殿だと確定しても、違っても大騒ぎにしかならなさそうだ」
「本当にね」
ビルフェ殿下は困ったように笑う。そして温くなったお茶を飲み、立ち上がる。
情報は粗方渡したので、シャベイに会いに行こうということなのだろう。
私も立ち上がると、コーラルが近づき聞いてくる。
「お嬢様、私は同行してもよろしいでのしょうか。あまり多人数に聞かせるような話ではないと思いますが」
「誘拐やら学院の騒動やらの関係者のところに、供をつけずに行ったら父上たちから私が叱られると思う。なにかあればガルフォードが守ってくれるだろうが、父上たちとしては兄上殿の親類ということで微妙な思いを抱くだろう。完全に私の側の人間がいないという状況は歓迎されないはず。だからついてきてくれ」
確認のためビルフェ殿下に視線を向けると頷きが返ってくる。
コーラルは承知いたしましたと一礼し、私の後ろに移動する。
誤字指摘と感想ありがとうございます




