89.話し合いへ
アッシュがカルナを撫でているとそれを見過ごすことが出来ないルキがアッシュへと吶喊する。
ルキがそうする、というのはアッシュには何となくわかっていたので自分に向けて突っ込んで来るルキを見て小さくため息を零してからカルナの頭から手を放した。
「赤チビばっかずるいと思うんだよなぁ!!」
そう言って地面を蹴り、自分に飛びついて来たルキを抱き留めることに成功したアッシュは自分の腕の中で抗議の視線を向けてくるルキを見た。
だがルキはアッシュの腕の中という状況に気分を良くしたようで尻尾を左右にフリフリと揺らしながら、今度は何かを期待するようにアッシュを見る。
そんなルキにアッシュは苦笑を漏らし、しかし期待に応えるようにルキの頭を撫でた。
「一撃か……流石だな、ルキ」
「当然だろ! 俺はアッシュの相棒なんだからこれくらい出来ないとな!」
流石だ、と褒められたルキは幸せそうに頬を緩ませながらそう言い、ちらっとカルナに視線を向ける。
そして良いだろ、と得意げな表情を浮かべた。
「……アッシュ、俺はまだ満足していない」
「赤チビが満足してるかどうかなんてアッシュには関係ないだろ」
「いや、関係はある。アッシュはルキやシャロが満足していないと撫でる手を止めないだろう。ならば俺も同様の扱いを受けたいと思うのは当然だ」
「俺とチビは良いんだよ! 赤チビは絶対にダメだけどな!!」
腕の中でガルルと唸るルキを宥めるように撫で、それからアッシュはカルナに向けてこう言った。
「悪いけど、俺たちはそこまでの関係じゃないだろ。今回は諦めてくれ」
「そうか……了解した。今回は我慢しておこう」
「……今回は、ってのは言葉の綾だからな」
「そうだとしても先ほどの言い回しならば次回であれば問題ない。として俺は受け取った」
そう言ったカルナは次回は自分が満足するまで撫でてもらうぞ。という確固たる意志を持っているようでアッシュが何と言おうと意味はなさそうだった。
それを悟った、というか理解してしまったアッシュはため息を零し、現実逃避をするようにルキの頭を撫でる。
「あの、主様」
「ん、シャロか。どうした」
自分の隣に出てきたシャロがアッシュに声をかけると、アッシュはそちらを見てから言葉を返した。
「いえ、その……ゴーレムが……」
シャロの言葉を聞いたアッシュがその視線の先を見ると、数体のゴーレムが不気味なほどに静まりかえり、停止していた。
だがすぐにゴーレムたちはガタガタと震え始めたかと思えばそのまま突如として暴れ始めた。どうにも自身の召喚者を失ってしまったがために暴走を起こしてしまったようだった。
ゴーレムが暴走した場合は周囲の物を破壊し、魔力が尽きるまでは決して止まることはない。止めたければゴーレムを破壊してしまうのが一番手っ取り早い手段だろう。
「あぁ、暴走したのか」
そのことがわかっているアッシュは暴走を開始したゴーレムを見て空いている手をゴーレムへと向ける。
「煌々と輝く天の一矢」
そして指を鳴らす。すると凄まじい閃光と共に雷が奔り、それがゴーレムたちの核を打ち砕いた。
かと思えばそれと同時に雷がゴーレムたちの体内を駆け巡る、内部からその体を崩壊させていく。
「流石だ、と言えば良いのか」
「アッシュならこれくらい余裕だよな!」
「これくらいはな。それよりもシュヴァーハとゴーレムは片付いたから次は結界の基点か」
「片付いたから、と簡単に言いましたね……普通であればそう簡単なことではなかったと思いますよ?」
本当に大したことはしていない。そういった様子のアッシュたちにシャロが呆れと感心の入り混じったような声で言うと、アッシュは小さく笑ってこう返した。
「簡単なことさ。下っ端相手なら尚のことな」
その言葉にシャロは何処か違和感を覚えたがそれを言及することは出来なかった。
それよりも先にファルシュがシルヴィアたちを引き連れてアッシュたちへと歩み寄り、声をかけたからだ。
「少し、よろしいでしょうか」
「ある程度の事情はアルトリウスから聞いてくれ。あの石像を壊したのはあれが結界の要だったからで、素性に関しては話す気がない。代わりに俺たちは教会の中に魔族が入り込んでいたことを口外しない。それで良いか?」
「……話の内容を先読みして返答をする。というのはあまり良くないと思います。もう少し、話をしようとは思いませんか?」
「思わないな」
「即答ですか……」
アッシュがファルシュとの会話をするつもりはない。と言外に伝えるとファルシュは何処か残念そうにそう零した。
「……いえ、貴方がそうだとしてもこちらとしてはお話をしなければなりません。聖女としての責務、とお考え下さい」
ファルシュは真っ直ぐにアッシュを見てそう言った。
その瞳には断ることを許さない。という意思の光が宿っていて、アッシュは小さくため息を零して言葉を返した。
「はぁ……わかった。ただ人数が多くても面倒だから俺とお前、それから……クロエの三人で、だ」
アッシュが話をするのならクロエを交えた三人で。と言うとファルシュの肩が僅かに跳ねた。
それは良く見ていなければきっと気づけなかったほどに小さなものだった。だがアッシュにはそれが見えていて、口元が小さく弧を描いた。
するとファルシュは困ったように苦笑を漏らしてから、クロエに視線を向ける。
「えぇ、わかりました。私とアッシュさん、それからクロエさんの三人で、少し話をしましょう。イスタトア様、シルヴィア様とアルトリウス様のことをお願いします」
「は、はい! お任せください、ファルシュ様!」
ファルシュの言葉にイスタトアは先ほどまで何の役にも立てなかった負い目からか気合十分の様子で言葉を返した。とはいえ、そう気合を入れるようなことでもないのだが。
「ルキ、カルナ。余計なことを言わない程度ならアルトリウスたちに話をしても良いぞ」
「えー、俺は話とかする気ねぇんだけど」
「俺も特に必要性を感じていない。石像の破壊に関してはあれが結界の要だったからだ。という説明程度であればするかもしれないが」
「それだけで良い。シャロ、とりあえずルキと一緒にいてくれ。そうすれば何かあっても怪我をするようなことはないからな。ルキ、シャロのことは任せたぞ」
「わ、わかりました……」
「おう! チビのことは任せくれ!」
アッシュの言葉にやはり違和感を覚えるシャロは素直に返事をして、ルキもそれに是と答えた。
そんな二人の様子に小さく笑みを零してからアッシュはクロエを見る。
「そういうことだからクロエ、ついて来てくれ」
「え、あ、はい……事情は良くわかりませんが、わかりました……」
ぽんぽんと変わる状況について行けないクロエは気の抜けたような言葉を口にしてアッシュの傍に寄った。
「よし……とりあえず部屋を変えようか。落ち着いて話が出来る場所があれば良いんだけど」
「それでしたら私の部屋に戻りましょう。案内いたしますのでどうぞこちらに」
ファルシュがアッシュとクロエを案内するために先に歩いて大広間を出て行く。
それをアッシュとクロエが追い、今度は残ったイスタトアがアルトリウスたちに声をかけた。
「えっと……それではアルトリウス様たちはこちらへ。私の部屋に案内いたしますね」
「はい、わかりました。あー……っと、ルキたちもついて来るよね?」
「いや、俺たちは遠慮しとく。それよりも教会でアッシュたちを待つ方が良いからなー」
そう言ってルキは歩き出す。
「あ、ルキさん! もー……すいません、私たちはこれで失礼します。その……本当なら色々とお互いに事情を話すのが良いと思います。でも、主様がそれを望まないようですから……」
シャロはそう言葉にして頭を下げ、ルキを追う。
最後にカルナはアルトリウスたちを一瞥し、特に何も言わずに二人に続いて大広間から出て行った。
「うーん……何て言えば良いのかな……ルキはアッシュが絡まないと本当につれないよね……」
「そう、だね……それだけアッシュのことが好きなんだけど思うよ。もう少し、周りとコミュニケーションを取っても良いような気もするけどね」
「だよね……」
そんな三人を見送ってからアルトリウスとシルヴィアはそうした言葉を交わした。
「あの、お二人とも……」
「あ、申し訳ありません。イスタトア様、案内をよろしくお願いいたします」
するとイスタトアがそろそろ、というように声をかけるとアルトリウスはそう返してシルヴィアを見る。
シルヴィアはそれに小さく頷いて返してイスタトアを見た。
「良かった……それでは、こちらです」
そうして自身の部屋へと案内するために歩き出したイスタトアに続いてアルトリウスとシルヴィアの二人も大広間から出て行った。
そうして大広間に残されたのはカルナの炎による焦げ跡と、砕け散った石像とゴーレムの残骸だけだった。
▽
アッシュとクロエがファルシュの部屋に辿り着き、テーブルについて少しするとファルシュが紅茶とクッキーを乗せたトレーを持ってやって来た。
「お口に合えば良いのですが……」
「あ、いえ! お気遣いなく……」
クロエは緊張した様子で背筋をピンと伸ばしている。クロエにとっては聖女であるファルシュとこうして話をすることになるとは思っていなくて、何を話せば良いのかわからず、また何をしたら良いのかもわからなかった。
ファルシュもそのことを理解しているようで、そんなクロエを見守るような温かい眼差しを向けていた。
「そう緊張する必要もないだろ。聖女とはいえ、同じ人間だろ」
「それはそうかもしれません。でも……普通は聖女様にそんなことを言えませんよ……?」
「そうか……そうか。まぁ、俺は聖女が相手でも気にしないけどな」
「もう……あ、でも確かにアッシュさんはシルヴィアさんやアルトリウスさんが相手でも態度は変わりませんでしたね……」
「変える必要はないだろ」
平然と第三王女であるシルヴィアと王国騎士の中でも上位の家系であるカレトヴルッフの人間であるアルトリウスが相手でも態度は変えない。そう言外に口にしたアッシュにクロエは、流石と言えば良いのかな? と微妙にずれたことを考えていた。
そしてアッシュはファルシュやクロエのことを大して気にした様子もなく紅茶に口を付けていた。
ファルシュはそんな二人を見て長い付き合いではないようだが良い関係を築けているのだな、と微笑ましく見守るようにしていた。
子供三人って不用心に見える?
やべぇの二人いるから大丈夫なんですよ、これ。




