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81.釘を刺す

 あれからアッシュたちはクロエの両親を名乗る二人の協力によって修道院に入ることが出来た。またアッシュが視ることによって結界の要が隠されている場所もすぐさま看破することとなった。

 とはいえ教会にあるイシュタリアの石像のようにイシュタリアの信徒が破壊することを躊躇われるような物を結界の要としているのではなく、人の目に付かないようにするための認識阻害の魔法がかけられていた。

 だがそんなものがアッシュに通用することはなく、あっさりとアッシュの手によって破壊されるだけだった。

 またそうして修道院でのあれこれの前にアッシュとクロエの仲間というか協力者が子供ばかりということに両親を名乗る二人は酷く困惑していたが誰もそれについて何かを言うことはなく、完全に流されてしまっていた。

 そして何よりも二人にとって、というかシャロとクロエの二人を含めて戸惑ってしまったことは、アッシュは二人の名前を聞こうとはせず、大した自己紹介を挟むことなく修道院へと向かったことだった。

 これはアッシュとルキ、そしてカルナはこの二人に対して一切の興味はなく、名前を聞く必要はない。そう考えていたからだ。

 そのことは態度というか、雰囲気というか。そういうものからなんとなく察したシャロはどうしたら良いのかと悩むも何も言わずに中庭に戻って来ていた。

 また大聖堂と中庭の結界の要はアッシュが片手間に壊していて残るは大聖堂の奥だけ、となっていた。


「さて、協力してくれてありがとう。後は……大聖堂の奥に行く方法でも聞いておこうか」


「だ、大聖堂の奥ですか……? い、いえ、私たちにはわかりません……大聖堂の奥には聖女様がいらっしゃいますから、最低でも司教様でなければわからないと思います……」


「なるほど、司教か。それは難しそうだな……」


 難しそうだな、と言いながらもアッシュは教会内をざっと見た際にしっかりと隠し通路が視えていたのでそこを利用する必要がありそうだ、と考えていた。

 だからこそアッシュはこれ以上この二人に協力してもらう必要はないと判断した。


「わかった、それならとりあえずこれからどうするか考えてみるさ。本当にありがとう。後はこっちでどうにかするからこれでお別れだ」


 そう言ってからアッシュがルキに視線を向けると、ルキは一つ頷いてから教会へと向けて歩き始めた。


「え、あ、ルキさん?」


「ほら、さっさと行くぞー。チビと赤チビはついて来いよな」


「あぁ、わかった」


 戸惑うシャロなどお構いなしに進むルキとカルナ。


「え? え? あ、待ってください!!」


 そんな二人に戸惑いながらも置いて行かれそうになり、シャロは慌てて二人を追いかけた。

 ただその際に少しだけ振り返ってアッシュとクロエを見たが、アッシュには何か考えがあるはずだ、と前を向いてルキとカルナに追いつくために駆け出した。


「……さて、クロエ、何か言いたいことがあるんじゃないのか?」


 中庭にこの場に残った四人以外に人影はなく、そして何よりもこちらもさっさと終わらせておいた方が良い話だ。そう考えてアッシュがそう口にすると、クロエの肩がびくりと小さく跳ねた。

 それから視線を彷徨わせ、どう言えば良いのかと口を開いては閉じ、開いては閉じ、と繰り返し、言葉を発することはなかった。

 アッシュはそんなクロエの様子を見て小さくため息を零し、それを聞いたクロエが小さく肩を震わせた。


「別に丁寧に丁寧に言葉を選ばなくても良い。ちゃんと言っておかないといけないことを言えば良いだけだ」


「……はい、わかりました。でも、その……す、少し、勇気が出ないと言いますか……」


「勇気、勇気か。あー……ちょっと待て。こういう場合はどういうのがあるんだったか……」


 クロエの言葉を待っていた二人も、クロエも、あぁでもない、こうでもない、と何かを思い出そうとしているアッシュを見て疑問符を浮かべていた。

 だがそれもほんの少しのことであり、大きな大きなため息を一つ零したかと思うと、アッシュは一瞬だけ嫌そうな顔をして、スッと普段通りの表情に戻ったかと思うとそっとクロエの手を握った。

 突然のことにクロエは驚いて変な声を上げそうになったが、それよりも早くアッシュはこう言った。


「自分の頭の中にある言葉をそのまま口にしたら良い。大丈夫、俺が傍にいるから」


 そしてふわりとクロエに微笑みかける。柔らかく、花が綻ぶように、まるで愛おしい人を見守るように。

 クロエはアッシュの浮かべた微笑みに数秒ほど見惚れ、しかしすぐにハッと現実に戻って来るとボッ! と一気に耳まで真っ赤になった。


「あ、は、はい!! そ、うですよね! アッシュさんが傍にいますからね!!」


 それから普段のクロエよりも大きな声でそう言ってからまるで恋する少女のようにアッシュを見つめた。

 アッシュはクロエの言葉に頷いて返しながらも内心ではこんな感じ。こんな感じだったはず。と前世で呼んだ覚えのある、もしくは見たことのある漫画やアニメの主人公がヒロインの背を押すシーンを思い浮かべながらそれを模倣していた。

 どうにもクロエはちょろく、誑し込むことも容易だった。だがあまりやり過ぎても良くないと考えたアッシュは青春してるな、とか、少し甘酸っぱい感じ。という程度の少年誌でありそうなシーンを選んだのだが、実のところこれは悪手だった。

 耐性が全くなく、更にはアッシュに好意を寄せているクロエには寧ろこの程度が最も心に来るものであり、クロエ本人が体験したことのない胸の高鳴りを感じていた。

 わかりやすく言ってしまえば、見事にクロエのツボにはまり、好意が加速度的に高まっていく。というアッシュにとっては頭を抱える事態になっていた。


「あぁ、だからほんの少し、勇気を出して」


「はい!」


 そんなことに気づかないアッシュは自分でやっておきながら何やってるんだろうな、と内心で遠い目をしながらも言葉を重ね、クロエは元気に返事をして正面に立つ二人を見た。

 そして一つ深呼吸をし、意を決したように口を開いた。


「貴方たちは私の両親だと名乗りました。ですが、そうではありません」


「なっ……!?」


「ど、どうして!? 私たちは、貴方のお父さんとお母さんなのですよ!?」


「私にはわかります。貴方たちが両親ではなく、言葉は悪いかもしれませんが……聖女候補という立場の私を利用したかったことも、わかっています」


 隣にいるアッシュの存在が非常に心強く、心の支えを得たクロエははっきりとそう言った。

 それから隣に立つアッシュをちらりと見て、更に言葉を続ける。


「貴方たちと初めて会って、貴方たちの言葉を聞いて、私はそうなのだと理解してしまいました。ですから、今後は私の両親を名乗らないでください」


 凛とした声でそう言い切ったクロエを信じられないものを見るような目を向ける二人が反論するよりも早くアッシュが口を開いた。


「よく頑張ったな、クロエ」


「いえ、その、アッシュさんが傍にいてくれたので……」


 そう言ってクロエは気恥ずかしそうにアッシュを見た。前髪で目が隠れているが、雰囲気としてはきっと潤んだ瞳となっているのかもしれない。


「そうか……そうか。力になれたなら良かった」


 アッシュは安心したようにクロエに微笑みかけてから一度酷く動揺している二人へと目を向けてから言葉を続ける。


「それじゃ、クロエはルキたちを追ってくれ。俺はまだ少しだけ話があるんだ」


「え? 話、ですか?」


「あぁ、そう長くかかるような話じゃないから、な?」


「は、はぁ……わかりました。あの、すぐに追って来てくださいね?」


「勿論だ」


 そんな言葉を交わしてクロエは後ろ髪を引かれる様子だったがルキたちを追って教会へと小走りで向かった。

 アッシュはそれを見送ってから、浮かべていた微笑みをスッと消し去り、クロエを追いかけようと足を踏み出した二人を止めるために声をかける。


「おい」


 その声は先ほどまでクロエにかけていたものとは異なる非常に冷たい声だった。

 あまりの変わりよう、そして何よりも底冷えするような声に二人は足を止めた。いや、動くことが出来なくなってしまった。


「お前たちが聖女候補の両親って立場に収まって上を目指したかったのか、それ以外に理由があったのか知らない。でもな、もう本人には違うってばれてるんだから付き纏うようなことはするなよ」


「な、何を根拠に違うと言っているのですか!? 私たちは本当にクロエの両親なのですよ!?」


「本当にクロエの親なら言わない言葉を口にした。それに俺もクロエもお前たちから悪意を感じた。根拠としてはそれで充分だ」


「そんなものは根拠になりません!!」


「あぁ、お前たちにとってはそうだろうな。でもな……」


 そこで一度言葉を切り、アッシュはスッと二人に近寄り、耳元で小さく囁いた。


「――――――」


 二人にだけしか聞こえない声でアッシュが囁いた言葉に二人は目を見開き、アッシュが離れるとすぐに否定の声を上げた。


「そんなはずはない!!」


「そうです!! だってあの子はどう見たって……!!」


「語るに落ちた、とでも言えば良いのか……見た目だけでどうこう言うような人間が親なわけないな」


 そう言ってアッシュは声を荒げる二人に先ほど以上に冷めた目を向けた。


「何にしても、もうクロエに関わるなよ。クレジェンテ・ピストス。フィデリス・ピストス」


 アッシュが静かに口にした名前に二人は息を呑み、アッシュを見る。

 どうして一度も名乗ったことのない自分たちの名前を知っているのか、そうした疑問を抱きながら。


「元々は孤児で教会に保護され、イシュタリアの信徒になった。とはいえ孤児だからこそ後ろ盾はなく、貴族の出身や、司教や司祭の縁者のように出世することはない。どうして出世したいのかは知らないけど、聖女候補、つまりはクロエの両親を名乗ることで出世の足掛かりにしようと考えていた。けどクロエは言葉を交わしただけで逃げ出し、ばれたのかと思ってこれからどうしようか話をしている時に俺が話しかけた。そうだろ」


 アッシュが言葉を続ければ続けるほどに男性、クレジェンテは血の気が引いたように真っ青になり、女性、フィデリスはガタガタと震え始めた。


「それにしても一人は必死に助祭や司祭に媚びを売って司教とのコネを作ろうとしたり、もう一人は他人の足を引っ張ることで上に行けないように、か。いや、本当に救えない人間だな」


 自分たちの名前だけではなく簡単な過去や自分たちの考えていたことを知っていること。淡々と自分たちのしてきたことをばらされたこと。救えない人間だと言った際に心臓が凍り付くような寒気を感じたこと。

 そして自分たちの全てを見透かすようなアッシュの瞳が何よりも恐ろしかった。


「まぁ、俺にとってお前たちがどういう人間なのかってのはどうでも良いんだ。ただ……クロエにちょっかいをかけるようなことがあれば、またお前たちに関わらないといけなくなる。一度きり、だけどな」


 一度きり。それが意味するのは何だろうか。

 一瞬だけ疑問として浮かんだそれは、アッシュから自身に向けられた冷たくも鋭い殺気にその意味を理解してしまい、二人は腰を抜かしてへたり込むとアッシュから逃げるために後退る。


「だから……クロエのことは放っておけ。それくらいは出来るだろ?」


 優しい声色で諭すように、しかし殺気は収まらず。

 そのちぐはぐさに二人は得体の知れない物を見るような目をアッシュに向けながら必死に頷いて返した。

 するとアッシュはその様子に満足したのか一つ頷くと背を向け、教会へと歩き始めた。


 アッシュが完全に教会の中へと入っていき、姿が見えなくなると二人は漸く真っ青な顔を見合わせると震える足に力を入れてどうにか立ち上がると、そのままそれぞれが修道院へと足が縺れて転びながらも逃げ込んで行った。

辛辣だけど、貧民街(スラム)出身系主人公としては容赦なくお片づけするのがアッシュです。

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