79.結界に迷う
時は戻り、シルヴィアがファルシュに連れられて部屋を出た頃。
隣の部屋とは名ばかりの遠く離れた一室でアルトリウスはイスタトアから話を聞いて現在の教会の状況や魔族のものである魔力を感じる場所、それから教会内の結界についてなど様々なことがわかった。
そして隣の部屋にいるはずのシルヴィアが本当はまったく別の部屋にいる。それもイスタトアが怪しいと言っているファルシュと共に。ということに気づいてアルトリウスは焦りを感じていた。
だがここで飛び出して行ったとしても目的の部屋に辿り着くことは出来ず、ただ迷い続けるだけだと理解しているアルトリウスはイスタトアにこう言った。
「シルヴィア様は、イスタトア様が怪しいと仰るもう一人の聖女様であるファルシュ様と一緒にいるはずです。まずは怪しまれないように引き離す必要があります」
「えぇ、わかりました。まずはファルシュ様の部屋を訪ね、シルヴィア様を上手く引き離しましょう」
そう言ってから互いに頷き合い、二人は部屋を出た。その際にイスタトアははぐれないように、とアルトリウスに伝えるとアルトリウスはそれに一つ頷いて返した。
それから二人が並んで廊下を歩くが目的地であるファルシュの部屋にはなかなか辿り着かない。いや、辿り着いたと思ってイスタトアが扉を開けてもファルシュの部屋ではない別の部屋だった。ということが何度もあった。
一度目はイスタトアは単純に部屋を間違たのだとアルトリウスに一言謝って次の部屋に。そしてその部屋も違う部屋だとわかると首を傾げ、三度目になると酷く戸惑っていた。
「え、あれ……? ここがファルシュ様のお部屋のはずなのに……?」
「イスタトア様? 先ほどからどうかしたのですか?」
「い、いえ……ファルシュ様の部屋に来たはずなのに、違う部屋ばかりで……どうしてこんな……?」
そして四度目。扉を開けるがそこはファルシュの部屋ではなく物置とまではいかないが色々な物が押し込まれている部屋だった。
流石に四度目になるとイスタトアは酷く狼狽え部屋の中を覗き込んだり、廊下を見渡して近くの扉を開けたりと混乱しているようだった。
「嘘、なんで、だってここがファルシュ様のお部屋のはずなのに……!」
「イスタトア様、落ち着いてください!」
「こっちの部屋は!? ならこっち……!!」
「イスタトア様!!」
混乱したイスタトアが次々と扉を開けながらアルトリウスから遠ざかって行く。
それに気づいてアルトリウスは離れないように、とイスタトアを追いかけた。少し走って扉を開け、また走って扉を開ける、という行動を繰り返していたので追いつくのは容易だった。
「イスタトア様! 落ち着いてください!!」
アルトリウスはイスタトアの腕を掴み、強めにそう言ってイスタトアを落ち着かせようとしていた。
「だって、だって!! ファルシュ様のお部屋がわからないんです!! あるはずの場所になくて、探しても見つからなくて……!! これじゃ、まるで、私がこの場所に立ち入ることを許されていないみたいじゃないですか!!」
だがそれだけでイスタトアが落ち着くことはなく、自身の状況をそう例え、またそれを認めたくないようだった。
この場所は立ち入ることの許されている教会の関係者であれば迷うことはない。それだというのに自分は今まさに迷ってしまっている。
それはつまり、自身は立ち入りを許されていないということになり、それがイスタトアにとってはどうしても理解したくないことだった。
「私は聖女です! やっと、聖女になれたんです!! だからこんなところで迷うわけがないのに……!!」
「イスタトア様! 少し落ち着いてください!」
「ずっとずっと憧れていたんです!! 聖女となり信徒のために、聖都のために、そして何よりもイシュタリア様のために何かをしたいと! それなのにどうしてこんな……!!」
「イスタトア様!! 今まで問題なかったのが突然このようになってしまったということは何者かの手によって、ということも考えられます!!」
現に今までは問題なく目的の場所に辿り着くことが出来ていて、アルトリウスの待機している部屋にも辿り着くことが出来ていた。
それが突然、ということであれば何者かがそうした。ということになる。そのことをアルトリウスが口にするとイスタトアはハッと何かに気づいたように目を見開いた。
「まさか……ファルシュ様が……?」
「……もし本当にファルシュ様が魔族との繋がりがあるのであればその可能性は充分にあるかと思われます。当然、まだそうであると決まったわけではありませんが……」
「そう、ですよね……わかりました。まずは落ち着いて、どうにかファルシュ様の下に行かなければなりませんよね……」
「はい、本当にファルシュ様がそうであるならばシルヴィア様の身に危険が迫っている可能性もありますから」
アルトリウスにとってはイスタトアの個人的な事情というのはそこまで重要ではなかった。
一番重要なのはシルヴィアの身に危険が迫っているのであれば守るために急いで合流しなければならないことだった。
そしてそのためにはイスタトアの協力が不可欠であり、だからこそイスタトアがある程度落ち着いて正気を取り戻したのを見て内心ではほっと胸を撫で下ろしていた。
だが、問題が解決したわけではないのだからと気を引き締め直す。
「でも、今の私では迷うだけ、となればどうすれば良いのでしょうか……?」
「それは……いえ、一つ手はあります」
「本当ですか?」
「はい。空間が結界によって歪められているのであれば……」
そこで言葉を切り、アルトリウスは剣を抜いた。
「あ、アルトリウス様?」
「すぅー……はぁー……いきます!」
深呼吸を一つしてからアルトリウスは剣を振り被りその剣へと魔力を込めていく。
すると徐々に赤い燐光が剣から漏れ始める。これは限界まで剣に魔力が込められている証拠であり、その光こそがアルトリウスの魔力だった。
「龍の牙は全てを砕く!!」
振り下ろされた剣は赤い極光を放ち、真っ直ぐに光は進む。しかしすぐに何もないはずの場所で何かにぶつかったようにそれ以上光が突き進むことはなかった。
だがそれも一瞬のことでより眩い光を放つと硝子の砕け散る音が響き、何かを破壊した。
そしてそのまま赤い燐光を残滓として廊下に残し、光は霧散する。
「……これで結界は破壊出来たはずです」
そう言ってアルトリウスは剣を鞘に納めながら自身の手を見る。
するとその手には赤い稲妻のような罅割れが走っていた。アルトリウスはそれを見て苦々しい表情を浮かべていたが、その罅割れは周囲にあった赤い燐光が消えると共に跡形もなく消え去った。
「は、破壊って……だ、大丈夫なのでしょうか……?」
イスタトアはそんなアルトリウスの様子に気づくことはなく、結界を破壊したという言葉に酷く困惑していた。
「わかりません。ですがこのままでは迷うばかりです。申し訳ありませんが今回は緊急事態ということで……」
聖女を守るための結界を破壊するというのは躊躇われたが、このままではシルヴィアの下に辿り着くことが出来ず、その結果として何か起きてから行動を起こす。というのでは手遅れだ。
だからこそ暴挙とも取れる行動に出たアルトリウスは、自分たちの思い過ごしであった場合は正式な謝罪と責任を取るつもりでいた。
例えその結果として自身がカレトヴルッフ家から放逐されることになったとしても構わないという決意のもとに。
「そ、そうですよね。緊急事態ですから、仕方ありませんよね……」
アルトリウスの言うようにこのまま歩き続けても目的地に辿り着くことなく、ただひたすらに迷い続けるだけだと理解しているイスタトアはそう言って自身を無理やり納得させているようだった。
イスタトアとしてはこの結界を破壊するという行動がどれほど問題のあるものなのかわかっていたが、今それを言ったところで意味はなく、無理にでも納得するしかなかった。とも言える。
「……何にしてもまずはシルヴィア様の下へ急ぎましょう」
「は、はい……えっと、結界が破壊されて正常に歩くことが出来るのでしたら……ファルシュ様の部屋の扉には天使の刻印があります」
「天使の?」
「はい。とはいえ普段は結界が施されているのでそれは見えません。ただ……今回はわかりやすくなるので助かりましたね」
そう言ってからイスタトアは歩き始めた。だが普段は結界によって歪められた廊下を歩き続けていたこともあってか、その足取りは非常に頼りなく、扉の前を通る度に天使の刻印があるかどうかを確認していた。
そして暫く歩き、イスタトアが一つの扉の前で足を止めた。その扉には先ほどイスタトアが口にしたように天使の刻印が施されていて、ここがファルシュの部屋なのだということがわかった。
「ここです。今度こそ、ここがファルシュ様のお部屋です」
「ここが……わかりました」
ここにシルヴィアと、魔族と関わりがあるかもしれないファルシュがいる。
そう考えてアルトリウスは一つ深呼吸をしてから覚悟を決め、扉を四回、ノックした。
だがいくら待っても何かしらの反応が返って来ることはなく、もう一度同じように扉をノックする。
しかし、やはり反応はない。
「……失礼します!!」
もしや、と思いアルトリウスが扉を勢いよく開けるが、部屋の中には人の姿はなかった。
アルトリウスは部屋の中を見渡し、机の方を見ると机の上にはティーカップなどが置いてあるのがわかった。
それを見て少し前までこの部屋に人がいたことを確信し、更に部屋の中が荒らされた様子もないことからこの部屋で襲われたわけではなく、ただ移動しただけだということがわかった。
「イスタトア様。もしシルヴィア様とファルシュ様が移動するとして、何処に向かうと思いますか?」
「ど、何処に、と言われても……えっと、もし、シルヴィア様に祝福を授ける。ということでしたら一ヶ所だけ心当たりがあります。でも、そこは結界によって空間が歪められているからこそ存在出来て、辿り着くことが出来る場所なので今のままでは辿り着けません……」
元々空間を歪めることで本来はあり得ない大広間を存在させている以上、結界の力が及ばない今のアルトリウスとイスタトアでは辿り着く事は出来ない。
それを聞いたアルトリウスは苦々しい表情を浮かべてからどうするべきなのかを考え始めた。
誰が怪しいんだろうね。まぁ、割とわかりやすいけど。




