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78.特殊な結界

 時間は少し戻り。

 シルヴィアはファルシュとのお茶会を終えていよいよ祝福を授かることとなっていた。


「さて、それでは聖女としての役目を果たしましょう。とはいえ、祝福を授けるというのはそう大袈裟に何かをする。ということはないのですけれどね」


 クスクスと小さく笑みを零しながらファルシュはそう言って立ち上がると歩き始めた。


「それでもイシュタリア様の石像の前で行うことが通例となっていますから、そちらまで案内します」


「あ、はい。それにしても通例、ですか……」


「えぇ、歴代の勇者様も同じく歴代の聖女たちによって祝福を授かり、それを国王陛下へと報告し、それから王国領内を旅した。と聞いています」


 そう言いながらファルシュは扉を開けてシルヴィアに廊下へと出るように促した。


「えっと……?」


 案内するのであればついて来るように、というのが普通なのにどういうことなのだろうかとシルヴィアが戸惑っているとファルシュが口を開いた。


「螺旋階段には結界魔法が施されている。ということはご存じですよね」


「あ、はい。その話を聞いています」


「実を言うと螺旋階段とはまた別にこの廊下にも同じような結界魔法が施されているのです」


 その言葉を聞いてシルヴィアはファルシュの行動の意味を理解した。


「つまりこの廊下は僕一人だと目的地に辿り着くことは出来ない、ということですね?」


「はい。ですから私と一緒に歩いてください」


「そういうことでしたか……わかりました。はぐれないように気をつけます」


 シルヴィアはなるほど、と頷いてからファルシュに促されるままに廊下に出るとすぐにファルシュがそれに続き、扉を閉めるとシルヴィアから離れないようにと傍についた。

 そしてシルヴィアと並んで廊下を歩き始めた。


「こうした結界は王都では珍しいですか?」


「そう、ですね……王城内ではこうした結界を施すことはありません。王都には騎士団や憲兵団など心強い方々ばかりですから結界は必要ない。とされています」


 シルヴィアはファルシュの言葉にそう返していたが実際のところは騎士団や憲兵団の存在があるから結界による守りが必要ない。というわけではない。

 王城に結界のよる守りがない理由はそうしたものは必要ないほどに騎士団や憲兵団は強大な力を持っているのだ、ということを王国領内のみならず他国に対しても示すためであった。

 見栄のような、政治的な意味があるような。どうにも微妙なところではあるが、これは過去から続いていることであり、いずれは結界による守りがないことが原因で何か厄介なことが起こるのではないか、と危惧する声もあったりする。


「そうですか。聖都にはそうした存在はいませんからね……どうしてもこうした結界が必要になって来るのです。とはいえ……イシュタリア様への祈りを忘れなければきっとイシュタリア様の御加護があります。ですから本来はここまでする必要はないと思うのですけれどね」


 そう言って小さく笑みを零すファルシュはイシュタリアの信徒として祈りには意味があり、何かあったとしてもきっとイシュタリアが救ってくれる。そう信じていた。


「確かにそうですね。イシュタリア様への祈りと感謝を忘れなければ、きっとイシュタリア様が救ってくださいますよね」


 そしてそれはシルヴィアも同じであり、同意の言葉を返してからファルシュと同じように小さく笑みを零し、二人の間に流れる空気は非常に穏やかなものになっていた。

 最初はシルヴィアがファルシュを見た際の奇妙な感覚のせいで非常に緊張した様子を見せていたが、今はそんなものはなく、シルヴィアはきっとあれは気のせいだったんだ。と考えていた。

 そう考えて安心したのか、ふとあることが頭の中に思い浮かんだ。


「そういえば……さっきの部屋の隣に僕と一緒に来た騎士が待機してるはずです」


「隣の部屋に? そうですか。では後ほど迎えに行くこととしましょうか」


「はい、よろしくお願いします」


 隣の部屋にいたはずのアルトリウスを後ほど迎えに行く。そうして話をつけてシルヴィアはこれで大丈夫。と一つ気になっていたことを片付けていた。

 だが反対にファルシュは隣の部屋にいた。という言葉を聞いて内心では首を傾げていた。

 それはアルトリウスが隣の部屋にいたこと、というよりもどうして隣の部屋に案内されていたのだろうか。というものだった。

 これは隣の部屋にいた、ということになっているが空間の歪められた廊下のせいで実際には遠く離れた部屋に案内されていることになる。

 そのことを口にしてシルヴィアが妙に不安にならないように、と気遣いとして何も言わなかったがファルシュにとってはそれは大きな違和感だった。


「シルヴィアさん」


「はい、何でしょうか?」


「どなたがその騎士の方を隣の部屋に案内したのでしょうか?」


「ベトリューガさんです」


「ベトリューガさん?」


「はい、教会に辿り着いた時に出迎えてくれてここまで部屋まで案内してくれました」


 ファルシュはベトリューガの名前を聞いて首を傾げた。


「ベトリューガさんにはお願いしていなかったのですけれど……わかりました。ベトリューガさんには後ほどお礼を言わないといけませんね」


 お礼を、と言いながらも本当はどうしてベトリューガが案内をしたのか、ということを聞き出そうとファルシュは考えていた。

 ファルシュはシルヴィアの案内を頼んだ人物がいて、その人物ではなく何故ベトリューガが案内をしたのか。それを確認しなければならなかった。

 これは建前として聖女である自身の言葉を反故にした誰かがいることになり、それは教会内においては許されざることだから、という理由がある。ただこれはファルシュにとってはそう気にすることではなかった。

 ファルシュが気にしているのは、何故ベトリューガに頼むことになったのか、だった。


「……いえ、今は気にしても仕方ないですね。それよりもシルヴィア様に祝福を授けることとしましょう」


 とはいえ今は優先すべきことがあるのでひとまずは置いておくとして。

 二人がそれ以上の言葉を交わさずに少し歩けばいつの間にか大きな扉の前に辿り着いていた。

 だがそこは先ほどまでそんな扉はなく、普通の大きさの扉があるだけの場所だったはずだ。


「あれ? さっきまでこんな扉はなかったはずなのに……」


「結界の影響ですよ。目の前にある物はちゃんと目の前にありますけれども、少し離れた場所にある物は本当は全く別の物。ということも珍しくありません」


「そっか……そっかぁ……そういうことならファルシュさんからは離れないようにしないといけませんね……」


 神妙な顔で頷くシルヴィアを見て、これならはぐれてしまうこともなさそうだ、とファルシュは安心したように小さく吐息を零していた。

 実のところ一度はぐれてしまうとファルシュでさえ人を探すというのは非常に難しくなってしまう。だからこそシルヴィアがはぐれないようにしようと考えてくれることにこれなら大丈夫そうだ、と考えていたのだ。


「さて、それでは中に入りましょうか。それでは中へどうぞ」


「はい、わかりました」


 ファルシュが扉を開けてシルヴィアに中に入るように促すとシルヴィアはそのまま扉の中へと足を踏み入れた。

 そこは部屋というには広く、ウルシュメルクの王城にある謁見の間ほどの大きさがある大広間となっていた。


「え……こ、これは流石におかしいんじゃ……!?」


 豪奢な造りをしているわけではなく、寧ろ荘厳と言える造りになっていて、正面には教会にあった物よりも大きなイシュタリアの石像があり、またステンドグラスにも聖母の如き微笑みを浮かべるイシュタリアが描かれていた。

 勿論、イシュタリア本人の姿ではないのだが、この世界の人間にとってイシュタリアとはこうして描かれた誰かの願望による姿なのだ。


「何も知らないとやはり驚いてしまいますよね。あまり詳しく説明は出来ませんが……実は隠し扉を通った時点で結界の影響により空間は歪められています。空間を縮めたり、伸ばしたり、広げたり、折り曲げたり。その結果としてこうした大広間さえ用意出来てしまうのです」


「は、はぁ……もしかして、とても大規模な結界を……?」


「えぇ、それも複数施されています。ですから下手な迷宮よりも厄介な場所になっているかもしれませんね?」


 戸惑っているシルヴィアに対してファルシュは悪戯っぽくそう言ってから小さく微笑んだ。

 またファルシュの口にした迷宮というのは強大な力を持った魔物が住み着いた洞窟や廃墟などが、その魔物から漏れ出す魔力によって地形などが歪み、またその魔力に惹かれて多くの魔物が集まり、住処としてしまう。

 そのまま長い年月が経過することによって本来の姿からかけ離れた一度中に入れば方向感覚を狂わされ、太陽は見えず、非常に濃密な魔物の魔力により時間の感覚は崩れ、常人であれば二度と出てくることは出来ない。

 また当然その中には当然その迷宮を住処としている魔物がいるために腕に自信のある人間でなければ足を踏み入れるどころか近寄ることもないのだが。

 閑話休題(それはそれ)。そんな迷宮よりも厄介な場所、と言われてシルヴィアは頬を引き攣らせ、ファルシュからは離れないようにしよう。と強く心に決めていた。


「とはいえ、今はそんなことはあまり関係はありませんね。それよりもシルヴィア様に祝福を授ける方が先でしょう」


 そう言ってからファルシュは大広間を進み、イシュタリアの石像の前に辿り着くと振り返り、シルヴィアが来るのを待っているようだった。

 シルヴィアは広間の雰囲気に圧倒されながらもファルシュが待っていることがわかっていたのでゆっくりとファルシュへと歩み寄る。

 そうしてシルヴィアがファルシュの目の前に辿り着くとファルシュは微笑みを浮かべた。

 その微笑みはすぐにスッと消え、ファルシュはシルヴィアへ祝福を授けるための言葉を紡いだ。


「――――――――――」


 いや、これは言葉なのだろうか。シルヴィアにはそれが何を言っているのか理解出来ず、しかしどうしてか心の奥底に響くような、魂が揺さぶられるような奇妙な感覚に陥っていた。

 そしてその感覚に引き込まれていき、シルヴィアはただぼうっとファルシュを見続けていた。

実は迷宮よりも入り組んでいるというか空間が歪んでいるので忍び込んでも迷うだけ。という話。

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