76.暴走する妄想
アッシュとクロエが教会に辿り着くと、それとほぼ同時にルキがシャロたちを引き連れて教会から出てきた。
尻尾を左右に揺らしながら非常に上機嫌なルキを見てアッシュは、どうやら何らかの発見をしたみたいだな。と察した。それと同時に撫でてもらおうとか考えているんだろうな、とも予想をつけていた。
そしてその予想は的中しているようで、アッシュを見つけた瞬間にルキは耳をピンッと立て、より大きく尻尾を左右に振り始めた。
「アッシュ!!」
アッシュの名を口にしたかと思うと、ルキは地面を強く蹴り、瞬きの合間にアッシュへと吶喊した。
「ニョグタ!?」
最近のルキは以前よりも大人しくなったと思っていたアッシュだったので吶喊してくるとは思っておらず、まともにその突撃を喰らってしまった。
だが吹き飛ばされることはなく、どうにかその場に留まることが出来た。その代わりに普段は目が死ぬが今回は容赦のない一撃にシンプルに死にそうなダメージを受けていた。
「え、えっと……だ、大丈夫ですか……?」
そんなことになっているアッシュを見てクロエが心配そうに声をかけるが、それに言葉を返す余裕はアッシュにはなかった。
これがシャロやクロエであれば何ともないのだろうが、残念ながらルキが相手となればいつもこうだった。
「う、ぐ……ルキ、随分と機嫌が良いな……?」
「おう! 一つだけだったけど、ちゃんと見つけたからな!!」
これで褒めてもらえる! ということで非常に上機嫌なルキに対してアッシュは文句を言うことも出来ず、とりあえず撫でておこう、という投げやりな考えに至った。
そんな考えによる行為とはいえ、アッシュに撫でられたルキは嬉しそうに頬を緩ませ、尻尾をふりふりと揺らしていた。
「そうしていると、主に飛びつく犬のようだな」
ルキに追いついたカルナがその様子を犬のようだ、と例えた。
「アッシュの犬になら喜んでなるっての! っていうか、そうなったらあれだよな、最後まで面倒見るのが飼い主の義務ってことで名実ともにアッシュは俺だけのアッシュになると思うんだけど、そこのところどうなんだ?」
「いや、ルキは犬じゃなくて狼だからな? 俺が最後まで面倒見る必要ないからな?」
「アッシュさんの犬になる……!? そ、それはつまり、そういうことなのでしょうか……!?」
アッシュの犬になら喜んでなる、と言ったルキを見ながらクロエはそう言って良からぬ妄想をし始める。
つまりは、そういうプレイなのですね!? という非常に間違ったその妄想の世界に飛び立った、というよりも崖っぷちから飛び降りたようなクロエは顔を真っ赤にし、はわわと言いながらアッシュとルキのことを交互に見ていた。
「ルキさんは主様のことが大好きですよね、本当に。でも、今はそれどころじゃないと思いますよー?」
そんな一人で混沌としているクロエに気づいていないシャロはそれよりも結界の要を見つけたかもしれない。という話をするべきなのでは? と苦言を呈した。
ついでに言えば、結界の要を見つけことを褒められる。ということであれば気にしなかったが、そういう理由ではなくいつものやつ、というようにアッシュに抱き着いて撫でられているルキのことをずるいと思ったから。という理由もあったりする。
「そうだな。そうなんだよな……で、ルキの様子を見ればわかるけど、何か見つかったんだよな?」
「おう! って言っても一つだけ、ってのがどうにも微妙なんだけどなー」
「何も見つからないよりはずっと良いと思うから、一つでも充分だ。そこから魔力のラインが繋がってる可能性も充分にあるわけだからさ」
「なるほど。そういうことでしたら主様に視てもらった方が良さそうですね」
「アッシュの瞳は随分と特殊なようだからな。ただ一つから全てを見通すことも出来るかもしれない」
四人はとりあえず結界の要を見に行く。ということで話をまとめると、指示したかのようにクロエへと視線を向けた。
クロエは未だに妄想の世界にどっぷりと浸かっていて、どんな妄想になっているのか真っ赤になったクロエからは湯気が立ち昇っているように見えた。
アッシュたちはまたか、というようにクロエを見ていたが、カルナはあれは何なのだろうか? と不思議そうにしていた。
「あれは何だ」
「妄想癖があるみたいなんだ。まぁ、何を妄想してるのかは知らないけど、ろくでもないことだろうな」
「そうか。放っておいても良いのか?」
「いや……やりたくないことをやってまで協力を取り付けたのに、放っておいて行くのもな……」
苦い表情に変わったアッシュに疑問符を浮かべるカルナだったが、ルキには何となくわかったようでこう言った。
「アッシュは演技派だからなー」
「演技派、ですか?」
「おう。それにアッシュは顔も良いしアレに押し付けられた色々があるからな、やろうと思えばそこら辺の人間を誑し込むくらい楽勝だと思うぞ」
「そんなことはやりたくないけどな」
やりたくない、と言ったアッシュは先ほど以上に苦々しい表情となり、心の底からやりたくないと思っていることがよくわかる。
とはいえそうして人を誑し込むことが出来る演技、というのはどういうものなのだろうかとシャロとカルナの二人は興味を示しているようだった。
そんな二人の様子に気づいていないフリ、というよりも興味があろうと知らない。とばかりにクロエに声をかける。
「クロエ、現実に戻ってこい」
「ひゃっ!? な、何ですか!? こんなところでそういうのは良くないですよ!?」
アッシュがクロエの肩に手を置いて軽く揺さぶりながらそう声をかけると現実と妄想がごちゃ混ぜになっているクロエがそんな言葉を返した。
真っ赤になりながらわたわたしているクロエを見てアッシュは何を言っているんだか、と呆れていた。
それからため息を一つ零し、結界の要がある場所まで行く。ということをクロエに伝える。
「とりあえず、探してたものが一つ見つかったはずだからそこに案内してもらう予定だ。余計な……いや、クロエの大好きな思春期みたいな妄想はそのくらいにしておけ」
「し、思春期みたいなってそんな、その……え、えっちな妄想なんてしてませんからね!?」
クロエが真っ赤になりながらえっちな妄想はしていない、と否定の言葉を口にしたがその場にいた全員がそういう妄想をしていたのか、とクロエを見ていた。
いや、シャロだけがその言葉を聞いてどういう妄想なのかわからないようで戸惑っているようだった。とはいえ、えっちな、という響きのせいか赤くなりながらわたわたしていたりもした。
「なるほど。そういう妄想をしていたのか。だがアッシュでそういう妄想をするのはやめてもらおうか」
そんな中、カルナはアッシュとクロエの間に入り、アッシュに下がるようにと手で制しながらクロエにそう言い放った。
その姿はどう見てもアッシュを庇おうと、もしくは守ろうとしてるようにしか見えなかった。
「だ、だから違いますって! 私はそんな、アッシュさんとルキさんの二人がそういうことをしている妄想とか、全くしてませんからね!! 本当ですよ!?」
「お前の反応は疑わしい。少しばかりアッシュから離れてもらおうか」
「疑わしくないですっ! というよりもどうして貴方にそのようなことを言われなければならないのですか!?」
「惚れた相手を守るというのは当然のことだ」
堂々と惚れた相手、と言い切ったカルナ。
苦々しい表情を浮かべるルキ。
はっきりと言い切ったことを凄いと思いながら何かモヤモヤしたものを感じるシャロ。
この様子だと本気だな、と小さくため息を零すアッシュ。
そして、旅の中でアッシュを良い人だと好感を抱き、先ほどの出来事で好感度がぎゅんぎゅん上がり、更にはギャップ萌えまで体験してしまったことにより、アッシュに好意を抱くこととなったクロエはルキ以外の思わぬライバルの存在に衝撃を受けていた。
「な、あ……お、男の子にばかり好かれるのですね、アッシュさんは……!!」
ただしその衝撃の受け方はどうにもおかしな方向のものであり、それを聞いたアッシュたちは心の底から何を言っているんだろうか、とクロエを見た。
「そ、それに、旅の宿でのルキさんとの出来事を考えると……そういうことなのですね……!?」
「どういうことだ、おい」
「いえ! 良いと思います! そういうの、悪くないですよね!!」
もはや妄想が暴走している様子のクロエは誰にも止めることは出来ないのではないか? とその場にいる四人は考えた。それと同時にこういう場合の対処はアッシュに任せると手っ取り早い。とわかっているのか、ルキたちはアッシュを見た。
するとアッシュは大きなため息を零し、カルナを軽く横にどけてからクロエの前に立った。
「クロエ、俺はそういう趣味じゃないとか言うべきなのかもしれないけど、そんなことよりもさっさと教会に入るぞ」
「いえ! この話は今後のことを考えると重要な話だと思います!!」
「はいはい、さっさと行くぞ。あぁ、それと……ルキ、カルナ。微妙に頷くのやめろ。っていうかルキの場合はまぁ、そうじゃないとしても俺は特別枠だけどな、みたいに思ってるだろ」
凄い勢いで食いつくクロエを制止しながら視界の外のルキとカルナの気配で頷いていること、そして長い付き合いからルキが何を考えているのか察して、釘を刺した。
「シャロも、意味のわからない状況で混乱してるかもしれないけど落ち着いてくれ」
それから振り返り、場が混沌とし始めたためにに混乱し始めたシャロに落ち着くようにと言ってからアッシュは一人で先に教会へと向けて歩き始めた。
そして教会の目の前まで進むと立ち止まり、振り返ってから四人に向けてこう言った。
「ほら、さっさと行くぞ。俺としては案内してくれるなら感謝の意を込めて頭を撫でるくらいはしたいんだけどな」
「よっしゃ! それならさっさと行こうぜ、アッシュ!!」
アッシュの言葉に真っ先に、と言うよりも間髪入れずにそう言って地面を蹴り、先ほどのように瞬きの瞬間にアッシュの手を取り、教会へと入ろうとしていた。
「待て。俺が案内しよう」
「え、あ! わ、私が案内しますよ! 私にもそれくらい出来ますから!!」
「え、待ってください! 私は案内したくても出来ないので撫でてもらえませんよねそれ!!」
「こういうのは早い者勝ちだろ! んでもって一番は俺だから撫でてもらうのも俺だ!!」
混沌とした状況だったがアッシュに撫でてもらえる。たったそれだけのことで全員がアッシュの下に集まった。
ルキはアッシュの手を取ったまま。シャロは中庭に続く廊下への扉を指し示しながら。カルナはそっとアッシュの背を押して進むように促しながら。最後にクロエはそんな四人を追うように。
というある意味で混沌としているが先ほどの状況よりはマシだな。とアッシュは考えていた。
この子は妄想癖持ちだからね。ついでにその場合には暴走することもありますよね。




