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74.協力者

 アッシュがクロエに結界や魔族が聖都に潜んでいる可能性。また結界を破壊することによって魔族が現れるのではないか、と考えていることを話した。

 またそのためには教会や大聖堂の一般人の立ち入りを禁止されている場所にまで侵入する必要があるかもしれない。だからクロエに協力してもらえればそれが少し楽になるかもしれない。

 そういった話を聞いたクロエは、魔族の存在について触れた際に信じられない、というように驚愕の表情を浮かべていた。だが話が進むにつれて、アッシュの真剣な表情にそれが本当のことなのだと理解することとなった。


「とりあえず、これが今の状況だ。クロエ、協力してくれるか?」


 話が終わり、アッシュが真っ直ぐにクロエを見て協力を要請するとクロエは考え込むように押し黙り、どうするべきか思案しているようだった。

 クロエはもっと簡単な、もしくはわかりやすい問題などがありそれに協力して欲しいと言われているのだと思っていた。だが蓋を開けてみればその内容は自分の想像を遥かに超えるものであり、安易に頷いても良いものか、と考える。

 その話の内容を考えれば協力して解決する必要があるのはわかる。だが自分に何が出来るのか、という点でどうしても二の足を踏んでしまっていた。


「まぁ、確かに内容が内容だから簡単には頷けないよな。でもクロエの協力があればより確実になると思うんだ」


「……私に何が出来るかわかりません。アッシュさんは期待してくれているのはわかります。でも……」


 アッシュとしてはクロエが何を考えているのか、何となくわかっていた。

 だがクロエは聖女候補であり、教会の一般人の立ち入りが禁止されている場所にも立ち入ることが出来るはずだった。だからこそ、そんなクロエの協力を取り付けることが出来れば色々とやりやすくなる。

 またルキたちには先に結界の要を探すように頼んであるのに自分は何の成果もない。というのは避けたい事態だった。

 だからこそ、非常に悪辣であり、本当にやりたくない手段ではあるが使えるものは利用するしかない、と判断して覚悟を決めた。


「クロエの力が必要なんだ」


 アッシュは真っ直ぐにクロエの目を見つめながらそっと手を重ねた。その瞬間にクロエの体が僅かにビクリと跳ねたが、手を振り払うことはなく、それどころか頬を赤く染めてからアッシュを見つめ返していた。


「これは、クロエにしか頼めない。だから、どうか頼む、俺のために力を貸してはくれないか?」


 反応は悪くないのでこのまま更に押すのが正解だろう。とアッシュはグッと身を乗り出すようにして言葉を続けた。


「え、あ、その、えっと……ち、近っ……!!」


 するとクロエは更に赤くなりながら今までにない距離感に戸惑い、照れ、視線を彷徨わせ始めた。

 押すのは間違いだったか? と思いながらもこのままでは埒が明かないと考えて更に押してみることにした。


「クロエだけが頼りなんだ。だからお願いだ、力を貸してくれ。それとも……クロエは、俺に力を貸すのは、嫌か?」


 嫌か? と問いながらアッシュは不安そうに見えるようにと表情を作り、そして僅かに揺らぐ瞳でクロエを見た。

 顔の造詣はイシュタリアをして良いと言わしめるほどなのでそれは非常に庇護欲を掻き立てるようなものに見えただろう。尚、アッシュはそんなことをしている自分に対し内心では非常に苦々しく思い、それと同時に二度とやりたくない。と考えていた。

 とはいえクロエに対しては非常に有効だったようでクロエは息を呑んでアッシュを見た。

 そして自身の手に触れているアッシュの手をバッと両手で握り力強くこう答えた。


「わ、わかりました!! 私にどれだけのことが出来るかわかりません。ですが、アッシュさんのために、アッシュさんの力になるために、お手伝いさせてください!!」


 完全にアッシュの術中にはまっていて見事に庇護欲を刺激されてしまったちょろいクロエだった。それに関して多少なりと申し訳ないと思いながらもアッシュはダメ押しというか、演技を更に続ける。


「そうか……そうか。ありがとう、クロエ。本当に助かる」


 そう言ってから安心したように小さく微笑む。

 クロエはそんなアッシュを見て自身も安堵したように頬を緩ませていた。だが相も変わらず顔は赤いままで、それどころかアッシュを見つめる瞳は熱を帯びていた。

 元々好感度がぎゅんぎゅん上がっていたところに普段とは違う不安そうな様子、というギャップに見事に撃ち抜かれたせいなのだが、そんな副次効果というか副作用というか。そんなものがあるとは思っていなかったアッシュは内心ではあれ? と首を傾げていた。

 そして、もしかしたら最初から最後まで見事に選択を誤っていたのかもしれない。とも考えた。


「い、いえ! 私も、アッシュさんのお力になれるようで、その、とても嬉しいです……」


 えへへ、と照れたようにそう口にするクロエを見て、もしここでお礼に自分に出来ることなら何でもする。とでも言った場合はどうなるのだろうか、と余計な好奇心が湧いてきた。

 とはいえ妄想癖を拗らせているクロエにそんなことを言えば即妄想の世界へと旅立ち、暫く戻って来なくなりそうなのでそんなことはしない。ただ、協力してもらう以上は何らかの礼をするのが道理だとアッシュは考えている。


「クロエ、問題を解決出来たら何か礼をさせてくれ。まぁ、大した礼は出来ないんだけど……協力してもらうんだ、最低限はしないとな」


「お礼だなんて……! アッシュさんの御力になれるなら、それだけで私は充分ですよ!」


「そうか……そうか? あー、まぁ、何か考えておいてくれ。何もなし、ってなると俺がすっきりしないからな」


 お礼は必要ない、と言うクロエにそう返してからアッシュは立ち上がる。


「それじゃ……早速で悪いけど、教会に戻るか」


「はい。あ、でも……」


「でも、どうした?」


「いえ、その……無我夢中で走っていたので、教会までの道がわからなくて……」


 恥ずかしそうに指先で頬を掻きながらそう言ったクロエ。

 そんなクロエにアッシュはこの場所までの道のりを思い浮かべてから言葉を返した。


「あー……この辺りの道は入り組んでたからな。教会がある方に歩いただけだとそれなりに迷うかもしれないな。まぁ、道なら俺がわかるから大丈夫だ、ついて来てくれ」


「あ、そうだったのですね……それなら申し訳ありませんが、案内をよろしくお願いします」


「あぁ、任せてくれ」


 そうして二人は聖都の中央にある教会に戻るために歩き始めた。そうして暫く歩き、徐々に人通りが増えてきた。

 その頃になると案内するためにクロエよりも一歩前を歩くアッシュの後ろ姿を見ていたクロエは少しだけ考えてから足を速め、アッシュの隣へと並んだ。


「……どうした?」


「いえ、何だかアッシュさんの隣を歩きたい気分でしたので……」


「どんな気分なんだろうな、それは」


 クロエの言葉に呆れたように返しながらアッシュがクロエを見ると、何処となく嬉しそうに笑っていた。

 これはあまり良くない。と考えながらも、どうこう出来るようなものでもないのでとりあえずは放置するしかないとアッシュは考えた。


「えへへ……でも、こうして並んで歩いていると、その……こ、恋人とか、そういう風に見えたりするのでしょうか……!」


 周囲の人間にそういう風に見られていたら良いな、という願望マシマシの言葉を口にするクロエ。

 そんなクロエに対して、自分でそういうことを言うのか、と呆れるアッシュ。それと同時にこれはあまり良くないどころかダメ過ぎる。とクロエから好意を向けられている今の状況を判断してアッシュは内心で頭を抱えた。


「さて、どうだろうな。まぁ……その服装だと恋人どうこうって風には見えないだろうな」


「む……そういうことでしたら、今度はもっと違う服装の時に一緒に街を歩きましょう。そうですね、それがお礼、ということでどうでしょうか?」


「……まぁ、それでも良いか」


「やった……! 約束ですからね?」


「わかった。無事に解決したらな」


 たった少し話をしただけでこうも自身に好意を向けて来ることに、クロエがここまでちょろい人間だとは思わなかった。そう頭を痛めながらアッシュは言葉を返す。

 するとクロエはほわほわと幸せそうに周囲へと花を振り撒き始め、すれ違う人々はそんなクロエを微笑ましいものを見るような目を向けていた。

 尚、一部の人間はそんなクロエの隣を歩くアッシュに対して嫉妬の念がありありと浮かぶ目を向けていた。

 そんな状況になっていることにアッシュは小さくため息を零し、それと同時に本当に聖都の人間は何も知らないのだな、と考えていた。


「……ルキたちが見つけることが出来ていれば良いんだけどな……」


「……え? 何か言いましたか?」


「いや、何でもない。それよりもクロエ、逃げ出してきたわけだけど大丈夫なのか?」


「…………た、たぶん大丈夫だと、思い、ます……よ?」


 突然全力疾走して逃げ出した、という状況を冷静に振り返ってみると何事もなく戻れるとは思えなかった。というよりも戻れるはずがない。

 最低でもどうして逃げ出したのか、その事情を説明して納得してもらうことが出来なければアッシュたちに協力するどころの話ではない。

 それにもし両親ではないのだと確信を持っている。ということを知られた場合はどうなってしまうのか。クロエには想像することが出来なかった。


「まぁ……心の準備が出来てなかったとか、二人の顔を見て色んな想いが込み上げてきて混乱した結果逃げたとか、そういう適当なことでも言っておけばたぶん大丈夫だろ」


 そんなクロエにどうしたら良いのか、という言葉を口にする辺り、何を考えているのかアッシュには何となくの察しがついていた。

 というよりも一番の問題はどう考えてもそこだった。クロエを利用するつもりだった人間ならばそう簡単に手放そうとはせず、何としても手中に収めたがるはずなので最悪は捕まってしまう可能性もある。

 そうならないようにどうにか誤魔化さなければならない。


「何にしても、教会に戻るまでの間にそれらしい言い訳でも考えておくか」


「そ、そうですね……うぅ……何だかお腹が痛くなってきました……」


「状況が状況だからな。最悪なことにならないようにだけは気を付けろよ。まぁ、一応何かあれば助けるつもりではいるけど」


「……アッシュさんが助けてくださるのでしたら、きっと大丈夫ですよね……でも、状況によっては、こう……颯爽と駆けつけてくるアッシュさんが見られるかもしれない、となるとときめきが止まらなくなりそうです……!!」


「はぁ……そうならないようにしないといけないんだけどなぁ……」


 自分の妄想を口に出しているクロエに呆れたようにそう言ってからアッシュは遠くに見える教会へと目を向けた。

 何事もなく物事が進むとは思っていないが、可能な限りは厄介事が少なく済めば助かるのに。そんなことを考えながらアッシュは隣を歩くクロエが遅れないように、と少しだけ歩く速さを遅くした。

この子ちょろいぞ!

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