69.聖女の下へ
アッシュたちがカルナと合流している頃。シルヴィアたちは一足先に教会へと辿り着いていた。そしてシャロと同じようにその内観の豪華さと荘厳さに言葉を失っていた。
そんなシルヴィアたちの下へと歩み寄る人物が一人。その細身の落ち着いた初老の男性はシルヴィアたちが自分に気づいたのを見て立ち止まり、会釈をしてから口を開いた。
「ようこそ、シルヴィア様、アルトリウス様、そしてクロエ様」
柔和な微笑みを浮かべたその男性はとても穏やかな様子でシルヴィアたちの名前を口にした。
「え、え?」
「シルヴィア様、教会の方が出迎えてくれた、ということですよ」
「あ、そっか……僕たちのことは話が通ってるはずだよね」
「はい。ですから僕たちが訪れるのを待っていてくれたのだと思います」
「そっか……そっか。えっと、初めまして。シルヴィア・シャルマス・リマト・ウルシュメルクです」
「アルトリウス・カレトヴルッフ。シルヴィア様の護衛として同行致しました」
「あ、えっと……く、クロエ・クローネ。聖女候補として参上致しました」
「ベトリューガと申します。ただのしがない神父をさせていただいております」
それぞれが名乗り、それからベトリューガと名乗った男性は更に言葉を続けた。
「ではシルヴィア様はこれから聖女様の下へ、アルトリウス様は大変申し訳ありませんが別室で待機をお願いします。それからクロエ様は大聖堂へとお向かいください。そちらにて、お二人がお待ちです」
このお二人、というのが自分の両親かもしれない人間のことを言っているのだと理解したクロエは緊張したような、神妙な面持ちで頷いて返した
そんなクロエを見てベトリューガは変わらぬ柔和な笑みを浮かべたまま口を開いた。
「そう緊張せずとも大丈夫ですよ。お二人はクロエ様との再会を心待ちにしています」
「再会、ですか……そう、ですね。きっとそうですよね……」
ベトリューガの言葉に思うことがあるのかクロエは歯切れ悪くそう零した。
クロエにとっては顔も知らない両親との再会と言われてもピンと来るわけもなく、また本当に自分の両親なのだろうか、と疑問に思わずにはいられなかった。
自分が聖女候補だから利用するために両親を名乗っている可能性があり、何をもって両親だと判断したら良いのかクロエにはわからなかった。
だがここまで来た以上は会うしかない。もしかすると会えば何となく両親だと感じるかもしれないし、互いに距離感がわからなくても徐々に家族になれるかもしれない、そう考えてクロエはこう言った。
「……大聖堂、ですね。わかりました、向かいます」
「はい、よろしくお願いします。大聖堂はこの教会を抜け、中庭を進めばその奥にあります」
聖都の中央に位置する教会は南方に教会、中庭を挟んで北方に大聖堂。また西方と東方には男子修道院、女子修道院があり多くの教会関係者が生活をしている。
そして大聖堂の更に奥。一般の人間が立ち入ることの出来ないそこは教会の本部がある建物があり、教皇や大司教、司教たちがそこに住むように、となっている。またその建物の最上階は聖女の領域となっている。またその本部へは特殊な道を通らなければ辿り着くことは出来ず、ある意味では秘匿されている場所だった。
そうして聖都に住む聖職者は全員がこの教会とそれに連なる建物で生活をしている。どうにも異様な決まりとなっているこれは最高位の女神であるイシュタリアに祈りを捧げるためにその人生を捧げるという教会の人間の考えによるものだった。
「シルヴィアさん、アルトリウスさん。私はこれから大聖堂に向かいます。ですので、ここでお別れですね」
「そうだね。それじゃ、ここはアッシュの言葉を借りて……」
「ふふ……そうですね。縁があればまた、ということで」
「はい、縁があればまたお会いしましょう」
三人でアッシュの言っていた縁があれば、という言葉を交わして小さく笑った。そしてクロエは一礼してから大聖堂へと向かって行った。
そんなクロエを見送ってからシルヴィアはベトリューガを見た。
「それではシルヴィア様とアルトリウス様はこちらへ」
その意味を察してベトリューガは二人を引き連れて教会の本部へと向かって案内を始めた。
廊下を進み、壁掛けの燭台を引いて、隠し扉を開け、地下に潜り、地下道を進み、本来であれば立ち入ることの出来ない大聖堂の更に奥へと辿り着いた。
そこは先ほどまでシルヴィアたちがいた教会の内装よりも更に豪奢な物ばかりであり、シルヴィアとアルトリウスにとっては非常に見慣れた、貴族たちが好む見た目に華美なその内装は自分たちが考えていた教会らしさはなかった。
むしろ自分たちが苦手としている権力や地位、財産に固執する貴族の姿そのもののように思えて仕方なかった。
「えっと……ず、随分と豪華、だね……」
「そう、です、ね……私たちの想像とは、随分と違いますね……」
そしてどうにか絞り出した言葉は苦々しく、快く思っていないことは明白だった。
それを聞いたベトリューガは苦笑を漏らすでも眉を顰めるでもなく、相も変わらず柔和な微笑みを浮かべたままで二人の言葉を気にしていなかった。
「大司教様方の趣味、ということもありますが……最高位の女神であるイシュタリア様を祀るには豪奢でなければならない、という考えを持っている方も多いのです」
「な、なるほど……そういう事情があるなら、納得かな……?」
「そうですね……あぁ、それよりもベトリューガさん」
「はい、何でしょうか?」
「シルヴィア様が聖女様より祝福を頂いている間、私は何処で待機していれば良いのでしょうか? シルヴィア様の護衛という役目がある以上、そう離れるわけにはいかないのですが」
アルトリウスは最上階は聖女の領域として人の立ち入りが厳しく制限されているという話を聞いていた。だからこそ自分が立ち入ることは出来ないのではないかと考え、しかし護衛としてシルヴィアから離れることはあまり良しとは出来なかった。
「あぁ、それでしたら聖女様が祝福を授けている間、隣の部屋でお待ちください。本来であれば他の方たちも良い顔をしませんが、カレトヴルッフとなれば話は違ってきますからね」
ベトリューガの言葉にアルトリウスは曖昧な表情で乾いた笑みを浮かべていた。
カレトヴルッフという家名を後ろ盾にしているようでアルトリウスにとってはあまり気分の良い物ではなかった。とはいえ今回はそのおかげでシルヴィアからあまり離れなくて済むということで自身を納得させていた。
そんなアルトリウスの心情を理解しているシルヴィアはアルトリウスを心配するように見た。するとアルトリウスは大丈夫だよ、とでも言いたげに小さく微笑んでから頷いて返した。
「そういうことでしたか。お気遣い、ありがとうございます」
「いえ。他に質問などありましたらどうぞ。何もなければ聖女様の下へと案内させていただきます」
「えーっと……いきなりでしたけど、聖女様の都合とか、そういうのは気にしなくても良いのかな……?」
「問題ありません。というよりも、聖女様は今日あの時にシルヴィア様やアルトリウス様が教会を訪れると予見していらっしゃいました」
「予見して……?」
「聖女様が聖女様たり得る所以、というものでしょうか。ただの神父である私には理解も出来ないような特殊な御力をお持ちなのです」
そう言ってからベトリューガは浮かべていた笑みを深めた。
「そっか………そっか、そういうこともあるんだね……」
特殊な御力、と言われてそういうものなのかぁ、と自身を納得させたシルヴィアは他には何かないかな? とアルトリウスを見た。
するとアルトリウスは小さく首を振って質問はないことを示した。
「ないようですので案内をさせていただきます。どうぞ、こちらへ」
そんな二人を見てベトリューガは質問はないと判断し、聖女の下へと二人を案内し始めた。
とはいえここまで来ると隠し通路などがあるわけではなく、廊下を進んだ先にある螺旋階段を上り始めた。
「さて、先にご説明させていただきますと、この螺旋階段は結界魔法によって空間を捻じ曲げられています。これはこの場に立ち入ることを許されている教会の人間が共にいるのであれば問題はありませんが……もしそうでなければ上に辿り着くことは出来ず、また降りることも出来ない無限階段となります。どうか、お気を付けください」
ベトリューガはなんてことはない、というように口にした言葉にシルヴィアとアルトリウスの頬が引き攣っていた。
立ち入ることを許された教会の人間、ということは自分たちが知る限りでそれに該当するのはベトリューガだけであり、一緒に行動しなければ帰ることが出来なくなってしまう。
そんなことが起こらなければ良いな、いや、起こるわけがない。と考えた二人だったがもしここにルキがいて、その考えを聞いた場合はこれもフラグだ、と言ったことだろう。
「そ、そうなんだ……でも大丈夫なはずだよね、僕たちだけで行動はしないから……」
「はい、その通りです。申し訳ありませんが帰る際も案内していただけますか?」
「えぇ、もとよりそのつもりですのでご安心ください」
ベトリューガの言葉に二人はほっと息をつき、少しだけ安心したようにその後ろに続いた。
そして螺旋階段を上り続け、これはいつまで続くのだろうか。そう考えながらシルヴィアの息が微妙に切れ始めた頃、三人は気づけば大きな扉の前に辿り着いていた。
「え……?」
「これは……?」
「先ほど申し上げました通り、結界魔法の影響です。申し訳ありませんが、この結界を張ったのは私ではありません。ですのでどういう仕掛けなのか私には説明できません」
「そ、そっか……そっかぁ……何だか、すごいね……」
「えっと……何にしても、シルヴィア様がこの先に。そして私は隣の部屋で待機、でしたね」
「はい、その通りです。シルヴィア様はどうぞこの奥に。アルトリウス様はこちらへ」
そう言ってベトリューガはシルヴィアに対して一礼をするとアルトリウスを隣の部屋へと案内するために歩き始めた。
アルトリウスはそれに続く前にシルヴィアを見て、それから一つ頷いてからベトリューガの後を追った。
その意図は何かあればすぐに呼んで欲しい、というものであり、それを理解しているシルヴィアは必要なことだけど聖女様に会うだけなのに過保護だなぁ、と考えて小さく苦笑を漏らしていた。
そして二人を見送ってから一つ深呼吸をすると目の前の大きな扉へと向き直った。
所々不穏に。聖都ってまともじゃないな!




