59.仲の良い兄弟妹のような
アッシュたちは聖都へと向けて旅を続けている。それも街道に沿って進み、いくつかの街を経由するルートではなく最短距離で進むことを選んでいた。
その結果、王都から続いていた魔物除けの仕掛けられた街道からは既に離れ、今までに多くの旅人たちによって踏み固められた道を歩くこととなっていた。
王都に近ければある程度は舗装されていた物だったので歩くのも簡単なことだった。それがこうしてただ踏み固められただけの物となればでこぼこな場所も多く、歩くだけで想像以上に体力を消耗してしまう。
まず一番初めに疲れを見せたのはクロエ。次にシルヴィア。それからアルトリウスだった。
そうして疲れを見せている三人をそのままに歩き続けることは出来ず、休憩を取ることにした。
今まで歩いて来た道から少し外れ、周囲に視界を遮るものがない平原で腰を落ち着けて三人は息を整えていた。当然のことなのだが一番最初に疲れを見せていたクロエは草の上に座り込んでいて、アッシュたちが思っていたよりも体力がないことが見て取れた。
それと同時にクロエの体力のことを考えると、聖都に到着するまでの時間は思っていたよりも長くなる。ということもわかってしまった。
とはいえアッシュとしては聖都までは旅に慣れていないシルヴィアがいるのでそれなりにかかるはずだと考えていたのでそれが更に長くなると考えて少しだけ面倒だな、と考えていた。
そんな三人を放置して勝手に休憩をしていろ。とは言えないのでアッシュは玩具箱の中から水筒を取り出して三人に水分補給をさせ、今日は予定よりも早めに休んだ方が良いのかもしれない、と考えて頭の中でこの辺りの地図を思い浮かべていた。
確かもう少し進んだ先に旅人たちが利用している簡素な宿がある。そこまで辿り着けばそこで休むのもありだ。とアッシュが一人で考えているとこんな言葉が聞こえた。
「……こいつら体力ねぇな」
ルキは座り込んでいるクロエと疲れの色を残すシルヴィア、二人ほどではないが休憩となって安堵しているアルトリウスを見て呆れを含んだ声色でそう言った。
その言葉にシルヴィアとアルトリウスは気まずそうにし、クロエは反応を返すだけの余裕はないようで無反応だった。
そんな三人を一瞥してから今度はシャロへと視線を向ける。
「まぁ、俺としては意外だったのはチビが全然疲れてないってことだな」
言いながらルキは感心したようにシャロの顔を見る。するとシャロは小さく首を傾げてから言葉を返した。
「そうですか?」
「おう。だって一番チビなのに体力だけはあるって思わないだろ」
「むぅ……反論したいですけど、確かに一番小さいのは私ですし……あ、でも私だってすぐに大きくなりますからね! というよりもルキさんに小さいとか言われたくないです!!」
「何でだよ。俺の方がお前よりもでかいだろ」
「そうですけど主様に比べるとやっぱり小さいんですから人のことは言えないと思います!」
シャロはお前が言うな。と言外に伝えるとルキは小さく鼻で笑ってから答える。
「そうだとしてもチビがチビなのは事実だろ? っていうかアッシュよりは小さいってのは良いことだぞ」
「え? 小さいのに? 普通はもっと大きくなりたいと思いませんか?」
「まぁ、そうなんだけど……」
そこで言葉を切ってからルキはアッシュの目の前に立った。
「アッシュ、ちょっと大人しくしてくれよ?」
「何する気だよ……」
「良いから良いから!」
そう言ってアッシュを押し切ってからアッシュの両腕に手を伸ばし、くるりと反転すると器用にアッシュの腕を自分の体に回した。
結果を言ってしまえばまるでアッシュがルキを後ろから抱き締めているような形となっていて、そうなるようにしたルキは何処となく自慢にこう言った。
「こういうことが出来るからな! アッシュよりも小さいとすっぽり収まる感じで良い感じだろ?」
「こんなことするのはルキくらいだからほとんど意味ないだろそれ」
「俺にとって意味があるってんだから良いんだよ!」
言いながらもアッシュの腕を解放する気配はなく、隙あらばアッシュに引っ付いていようとするルキらしいと言えばとてもらしいことだった。
そしてそんなルキを見てシャロはなるほど、と納得した様子で一つ頷いた。
「でも……簡単に出来ることじゃないですよね、それ」
「まぁ、そうだろうな。でも俺は簡単に出来る! これは昔からアッシュと一緒にいる俺の特権って奴だな!」
「特権と言うよりもルキさんの遠慮がなくて主様がそれを仕方がない、と受け入れているだけのような気もしますね」
「そうやって受け入れてくれるってのが俺の特権なんだよ! そうだよな、アッシュ?」
自分の言葉をそうだと信じて疑わないルキは首を後ろに逸らしながらアッシュへとそんなことを言った。
するとアッシュは小さくため息を零してから言葉を返した。
「まぁ……確かにそうかもな。だからってあんまりこういうことばっかりってのもどうかと思うから自重しろよ?」
「えー、やだ」
アッシュに自重しろ、と言われたルキはそう言ってぷいっとそっぽを向いてしまった。
そんな非常に子供らしい。もしくはあざとい行動にアッシュは苦笑を漏らしてからこう言った。
「本当にお前って奴は……昔から甘えん坊だよな。あー、いや、最近はそれだけじゃないのはわかってるけど」
後半は困ったように言ってからルキに掴まれている腕に少しだけ力を入れて軽くルキを抱き締めるように、もしくは余計なことをされないように抱き締めた。
ルキにとってはどちらにしてもアッシュに抱き締められているので良し! と思っているので抵抗などはなかった。
「むむむ……主様! 仲間外れはめっ! ですよ!!」
「仲間外れにしてるつもりはないっての。でもそう思うなら……」
言いながらアッシュは器用にもするりと右腕を引き抜くとシャロを手招きした。
シャロが招かれるままにトコトコと近寄るとアッシュはスッとシャロを優しく抱き締めるようにして腕の中に閉じ込めた。
「わわっ……主様?」
「これで仲間外れなんて言えないよな?」
「むぅ……主様はたまに強引過ぎます!」
「多少は強引に行かないとずるずる言葉でのやり取りを続けそうだったからな」
「それは……そう、ですけど……」
不満そうな言葉を口にするシャロだったがその口元は緩んでいて嬉しそうだった。
仲間外れではない、ということが嬉しかったのか。それともこうしてアッシュから抱き締めるという行動に出たことが嬉しかったのか。どちらなのかはシャロにしかわからない。
だがアッシュにとってはシャロが満足しているのであればそれで良し。と考えていた。
「はぁ……ったく、本当に仕方ねぇチビだよな」
「ルキさんが主様を独り占めしようとするからですよ。仲間外れも独り占めも、良くないですからね!」
「アッシュを独り占めするのは俺の特権だっての。まぁ、少しくらいなら、本当に少しくらいならチビにも分けてやっても良いってことにしておいてやるけどな」
「俺は物じゃないんだから分けるもなにもないだろ、まったく」
本当の本当に少しくらいな、と思っているルキに対してアッシュは呆れたように返してから、内心ではルキも少しはシャロに甘くなっているな、と考えていた。
そうして三人がそんなやり取りをしている間に多少なりと休むことが出来たシルヴィアとアルトリウスは三人を眺めていた。
「んー……両手に花、で良いのかなぁ……?」
「僕としては仲の良い兄と弟妹。とかその辺りに見えるかな」
シルヴィアは両手に花という言葉を用いてアッシュの状況を表現したが自分でも何だか違うな、と思っているために疑問符を浮かべ、アルトリウスは兄と弟妹。という言葉で表現した。
「あ、確かにそっちの方が的確なのかもしれないね。でも……仲の良い兄妹かぁ……」
アルトリウスの言葉に賛同したシルヴィアだったが、すぐに何か思うことがあるようにそう呟いた。それと同時に羨ましそうにアッシュたちを見た。
いや、アッシュたちというよりもルキとシャロを見た。というのが正しかった。
「シルヴィア様……」
「あ、いや、気にしないで。ああいうのを見るともしかしたら僕もあんな風になれたのかなぁ、って思っちゃっただけだからさ」
「そう、ですか……」
何か言葉をかけるべきだ、とアルトリウスは考えたがそれと同時にシルヴィアが気にするなと言った。
こういった場合、気を使わせたくないと考えたシルヴィアは頑なであり、アルトリウスが何か言葉をかけたとしてもあまり意味をなさない。そのことを理解しているからこそアルトリウスは口を噤んでいた。
「あの……どうかしたのですか?」
しかしそんなことはわからないクロエが息を整えてからシルヴィアへと声をかけた。
クロエにとっては単純にシルヴィアが何か落ち込んでいるようにしか思えず、とりあえず事情を聞こうとしたのだ。
「あ、ううん、何でもないよ。ちょっとだけ考えこんじゃっただけだからさ」
「そうなのですか? 私には、その……何だか寂しそうに、もしくは落ち込んでいるように見えたので……」
「あはは……本当に何でもないよ。だから気にしないで」
「はぁ……シルヴィアさんがそう言うのであれば気にしないようにしますね」
「うん、ごめんね。それとありがとう」
心配して声をかけたクロエだったがシルヴィアはやはり頑なでやんわりとそれ以上何かを聞かれるのを拒絶していた。
クロエはシルヴィアが言うのであれば、と引き下がったがそれでも心配そうにシルヴィアのことを見ていた。
またアルトリウスはそんな二人を見てもしかするとシルヴィアに必要なのはもう少し相手に踏み込むことを躊躇わないような押しの強い友人なのかもしれない。と、考えていた。
そしてアルトリウスにはそういった人間に二人ほど心当たりがあった。
それはアッシュとルキの二人であり、この二人ならばシルヴィアが遠慮しても気にせずに踏み込み、話を聞くことが出来るはずだ、と考えていた。
兄弟妹のように見えなくもない、かもしれない三人は置いておくとして。
シルヴィアが羨ましそうに見ていた理由はまたいずれ。




