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57.むっつり目隠れ

 あれからそれぞれが落ち着くまで、というよりもクロエが妄想の世界から現実の世界へと戻って来るまで随分と時間がかかってしまった。

 ついでに言えば現実の世界に戻って来てからもクロエはアッシュとルキのことをちらちらと見ては顔を赤くして目を逸らす。ということをしていた。

 クロエは二人は完全にそういう仲なのだと認識していた。その上でこれから聖都までの旅路を共にするのであればまたあのようなことがあるのではないか、と考えて下手をするとまたすぐにでも妄想の世界へと旅立ってしまいそうだった。


 そんなクロエを新しく加えた聖都までの一行はこれから村を出立するところだった。

 クロエの見送りには村人たちが集まっていたが既に挨拶が終わっているからか、はたまたアッシュたちがいるからなのか。少し離れた場所で見送る態勢となっていた。

 とはいえミザリーはクロエだけではなくアッシュたちを見送るためにその近くに立っていた。


「それでは皆さん、クロエのことをよろしくお願いします」


「うん、任せてよ。僕たちがちゃんと聖都まで連れて行くからさ」


「そうだね。クロエのことは安心して僕たちに任せて欲しいかな」


 シルヴィアとアルトリウスはそう言ってからアッシュへと視線を向けた。


「クロエのことは基本的にシルヴィアとアルトリウスに任せるけど、何かあったら俺たちも手伝うさ」


「アッシュが手伝うって言うなら俺も手伝うぞ。あんまり気乗りはしねぇけど」


「私も出来る限りのお手伝いはしますよ!」


 するとアッシュが口を開き、それにルキとシャロが続いた。

 その言葉は何かあれば手助けをすることに協力的な言葉であり、それを聞いてミザリーは安心したように一つ息を吐いてから深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございます」


 そして顔を上げるとクロエへと向き直ると言葉を続けた。


「クロエ、皆さんにご迷惑をかけないようにするのですよ」


「はい、わかっていますよ」


「それから聖都までは遠く、その旅路はクロエにとっては過酷な物になるかもしれません。ですが無理だけはしてはいけません」


「えぇ、気をつけます」


「あぁ、それと教会の者としての自覚を持って淑やかに、ですからね」


 淑やかに、という言葉を口にした際にスッとその視線をアッシュとルキに向けていた。

 ミザリーとしてはあれだけ人目を憚らずに抱き着いたりするのは教会の人間として、だけではなく単純にどうかと思っていた。だからこそこのしとやかに、という言葉はクロエにだけ向けられた言葉ではなくアッシュとルキに対しての言葉でもあった。

 そのことを向けられた視線によって理解したアッシュだったが気づかなかったフリをし、ルキはルキで気づいていながらも我関せず、といった様子だった。

 そんな二人を見てミザリーが小さくため息を零しているとクロエがその視線を辿り、アッシュとルキがいることに気づくとボッと顔を赤くしてわたわたとし始めた。


「そ、そうですね! 淑やかに、ですよね!!」


 淑やかに、と言っているクロエだったがすぐに妄想の世界に旅立ってしまう辺りお前が言うな。とアッシュは思ったがそれを口にすることはなかった。


「はぁ……ったく、あのむっつり目隠れは……」


 だが隣に立つルキは小さくそう呟いていて一瞬だけミザリーの視線が鋭くなっていた。

 それに気づいてアッシュはルキがそれ以上余計なことを言わないようにと人差し指を立ててルキの唇に押し当ててそれ以上喋れないようにした。

 するとルキは視線だけをアッシュに向けるとニッと笑うとその指にかぷっと噛みついた。いや、噛みついたというよりも口に含んだ。というのが正しい。

 しかし今の状況でルキに好き勝手やらせると更にミザリーから睨まれることがわかっているアッシュは空いている手でルキの頭に軽く手刀を落とした。

 お前は何をやっているんだ、という意味と単純にやめろ、という意味を込めたそれを受けてルキは不満そうにしていた。だがアッシュの指を解放することはなくそのままあむあむと甘噛みを続けているのでアッシュはため息を零し、ミザリーもまたルキに対してため息を零していた。


「はぁ……何にせよ、無理や無茶はしないように、どうか息災で」


「は、はい! 充分に気を付けるつもりです!」


「……あまり物思いに耽るのも控えるようにしてくださいよ」


「うっ……は、はい……」


 ミザリーの言葉に微妙に頭の中がピンク色になりそうだったクロエは現実に引き戻され、そこに追い打ちをかけられた。

 この物思いに耽る、というのはオブラートに包んではいるが妄想に浸らないように。という意味であり、クロエはそれを理解しているために気まずそうに言葉を返していた。


 そんな中、ルキが楽しそうにアッシュの指を甘噛みしていることに気づいたシャロがひそひそとアッシュに話しかけた。


「主様主様」


「どうした?」


「えっと……ルキさんは何を……?」


「さぁな……口寂しいんじゃないのか?」


「口寂しいからって主様の指を咥えるのはどうかと思います……というよりも主様の指は美味しくないと思うんですけど……」


「普通に考えて人の指が美味しい、とかないと思うぞ」


 アッシュが口寂しいから、という適当な理由を口にするとシャロは何故か納得した様子だった。

 そして微妙に的外れなことを言っていたのでアッシュは呆れたように言葉を返していた。

 その間もルキは変わらずにアッシュの指を咥えて甘噛みをしたり舐めてみたりと外からわからないのを良いことに好き勝手していた。

 それに対してルキは何も言わず、大したことはないという態度を見せていたが実際はルキが指を舐める度にその指から甘い痺れのような感覚が脳髄にまで駆け抜けていた。そのせいで内心では心臓がバクバクと脈打っていてそろそろ指を引き抜かなければ、と考えていた。


「何にしても口寂しいからって人の指を咥えるのはやめてもらおうか」


 だからこそ、そう言ってから指を引き抜こうとするアッシュだったがそれを察したルキがより深くアッシュの指を咥え込んだ。

 そしてアッシュが離せよ、という想いを込めてルキを見るとルキは自然と上目遣いになりながら絶対に嫌だ、とルキの目が語っていた。

 またルキはその際にアッシュの指を軽く噛んだ。これによってアッシュが無理に指を引き抜かないように、と牽制をする。アッシュはそれに小さくため息を零してどうしてやろうか、と考えていた。

 そんな二人を見てシャロはもしかするとこれは自分も混ざった方が良いのでは? と血迷った考えを抱き始めていた。


 そうした混沌とし始めた三人を遠巻きに見ることとなったシルヴィアたちは何をやっているんだろうか、と呆れた様子を見せていた。いや、一人だけ別世界へと旅立っていた。それが誰、とは言わないのだが

 その誰かに対してため息を零してミザリーは口を開く。


「アッシュさんたちはどうにもクロエの情操教育にはあまり良くない様子です。いえ、クロエ本人の性格もあって、ということなのですが」


「その、物思いに耽ってしまう、ということかな?」


「はい……幼い頃から想像力の豊かな子ではありましたが、最近はどうにもその想像力が良くない方向に向いているようなのです。いえ、年頃の子供だ、と言えば仕方のないことではありますが……教会の人間としてはそういうものは控えるべきだと何度も言い聞かせているのですよ」


 ミザリーは何処となく疲れた様子でもはや愚痴のような言葉を零していた。

 しかしすぐにそのことに気が付いて咳払いを一つして気を取り直し、再度口を開いた。


「いえ、それについてはきっとこれから年齢を重ねることで落ち着くはずですから気にしても仕方がありません。ただ私が言っておくべきことはクロエが物思いに耽ってしまうことがあれば早めに現実に引き戻してあげて欲しい。ということです」


「早めに?」


「はい。時間がかかればかかるほどにあの子は妄そ……いえ、想像が先走ると言えば良いのでしょうか……」


「あ、あー……そ、そうだね、それなら早めの現実に引き戻した方が良さそうだね……」


「そういうことですから、どうかよろしくお願いします」


「う、うん……わかったよ……」


「ま、かせて欲しい、かな……」


 とても真剣にそんなことを頼んで来るミザリーにシルヴィアとアルトリウスは微妙に引きながらも返事を返した。

 三人がそうした状態となっている中でもクロエは妄想の世界にどっぷりと浸かっていて顔を真っ赤にしながらもじもじしながら時折アッシュたちへと視線を向けていた。

 現実ではアッシュとルキが良くわからない駆け引きをしていて、シャロがそれに混ざるべきかどうか考えながらじりじりとアッシュへと近寄っていた。

 これがクロエの妄想ではアッシュがルキに指を咥えるように命令して、ルキが従順に命令に従い、丁寧に、熱心に奉仕をしている。というようになっている。

 思春期特有の妄想を更に加速させて拗らせたのがクロエであり、ルキがむっつり目隠れと呼んでいるのは実のところ正確に特徴を捉えていたりする。


 さて、そんな状態になっている七人だったが何をしているのだろうか、と最も困惑しているのは見送りの為に集まっていた村人たちだった。

 クロエが聖都へと出立する。ということで集まったのにどうして謎の駆け引きをしているアッシュたちや愚痴を零しているミザリーに微妙に引いているシルヴィアたち、それから妄想の世界に旅立ったクロエを見せられているのだろうか。

 そんなことを考えながら、出立するなら早く出立した方が良いのでは? とも考えていた。

 またミザリーのことを狙っている村人たちは愚痴を零すミザリーを見て、これは愚痴を聞くという名目でお近づきになるチャンスなのでは!? とざわついていたりした。村人は村人で何をしているのだろうか。


 そんなアッシュたちも、周囲の村人たちも、微妙に混沌として来たために早く出立した方が良い、だとか、お前たちは何をやっているんだ、とツッコミをする人間は誰一人としていなかった。

 どうやらアッシュたちが聖都へと出立するまではまだ時間がかかりそうだった。

ルキはグイグイ迫る。シャロは無知感をちょっと出していく。

クロエ? あの子はむっつりだから。

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